時分じぶん)” の例文
だから、小僧こぞうがものをいう時分じぶんには、みみたぶがあかくなって、平生へいぜいでさえ、なんとなく、そのようすがあわれにられたのであります。
初夏の不思議 (新字新仮名) / 小川未明(著)
Kさんのその時分じぶんうたに、わがはしやぎし心は晩秋ばんしう蔓草つるくさごとくから/\と空鳴からなりするといふやうなこゝろがあつたやうにおぼえてゐます。
冬を迎へようとして (旧字旧仮名) / 水野仙子(著)
這麼老朽こんならうきうからだんでも時分じぶんだ、とさうおもふと、たちままたなんやらこゝろそここゑがする、氣遣きづかふな、こといとつてるやうな。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
夕月夜ゆふづくよといふのは夕月ゆふづきといふことでなく、月夜つきよつきのことです。で、夕月ゆふづきころといふと、新月しんげつ時分じぶんといふことになります。
歌の話 (旧字旧仮名) / 折口信夫(著)
陸路を威勢よく走って運ばれたものであろうが、それにしても日本橋の魚河岸うおがしに着く時分じぶんは、もはや新鮮ではあり得なかったろう。
いなせな縞の初鰹 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
ざつみづけて、ぐいとしぼつて、醤油しやうゆ掻𢌞かきまはせばぐにべられる。……わたしたち小學校せうがくかうかよ時分じぶんに、辨當べんたうさいが、よくこれだつた。
間引菜 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
そうして、町の中に、こんなに電信柱でんしんばしらやなにかが立たなかった時分じぶんには、東京でも、どんなに大きなたこを上げたかを話したりして
清造と沼 (新字新仮名) / 宮島資夫(著)
とうとうおかまが上までけました。その時分じぶんには、山姥やまうばもとうにからだじゅうになって、やがてほねばかりになってしまいました。
山姥の話 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
くちもうしたらその時分じぶんわたくしは、えかかった青松葉あおまつばが、プスプスとしろけむりたてくすぶっているような塩梅あんばいだったのでございます。
極端な例をいうと、女房に檀那取だんなとりをさせている男さえあるからな。土地会社の時分じぶん外交員に野島というせいの高い出歯でっぱの男がいたろう。
ひかげの花 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
あるひは娘共むすめども仰向あふむけてゐる時分じぶんに、うへから無上むしゃう壓迫おさへつけて、つい忍耐がまんするくせけ、なんなく強者つはものにしてのくるも彼奴きゃつわざ乃至ないしは……
今日こんにち二人ふたりの境界は其時分じぶんとは、大分はなれてた。さうして、其離れて、ちかづくみちを見出しにくい事実を、双方共に腹のなかで心得てゐる。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
床屋とこや伝吉でんきちが、笠森かさもり境内けいだいいたその時分じぶん春信はるのぶ住居すまいで、菊之丞きくのじょう急病きゅうびょういたおせんは無我夢中むがむちゅうでおのがいえ敷居しきいまたいでいた。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
そして、三月になって熱海の梅が散る時分じぶんになって、喜美代の母親の病気が癒ったので、その間に結婚式をあげようと云うことになった。
赤い花 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
とうさんの田舍ゐなかでは、夕方ゆふがたになると夜鷹よたかといふとりそらびました。その夜鷹よたか時分じぶんには、蝙蝠かうもりまでが一しよしました。
ふるさと (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
われ/\は子供こども時分じぶんにはをしへられた。最初さいしよ地震ぢしんかんじたなら、もどしのないうち戸外こがい飛出とびだせなどといましめられたものである。
地震の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
それで自分の生涯を顧みてみますれば、まだ外国語学校に通学しておりまする時分じぶんにこの詩を読みまして、私もおのずから同感にえなかった。
後世への最大遺物 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
それがいけないので、わつし子供こども時分じぶんから、人の見てまいでは物ははれない性分しやうぶんですから、何卒どうぞかへつて下さい、お願ひでございますから。
黄金餅 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
しかし汽車きしやはその時分じぶんには、もう安安やすやす隧道トンネルすべりぬけて、枯草かれくさやまやまとのあひだはさまれた、あるまづしいまちはづれの踏切ふみきりにとほりかかつてゐた。
蜜柑 (旧字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
「ありがとうございます。就きましては、もう時分じぶんどきでございますから、ほんのお口よごしでございますが召し上がって頂きとう存じます」
半七捕物帳:49 大阪屋花鳥 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「四百両か! その時分じぶんいまとは物価が違っているから、四百両では行くまいな。伊東出雲いとういずもにきくと、あいつの時は、千二百両かかったそうだ」
吉良上野の立場 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
その翌日よくじつから、わたくしあさ東雲しのゝめ薄暗うすくら時分じぶんから、ゆふべ星影ほしかげうみつるころまで、眞黒まつくろになつて自動鐵檻車じどうてつおりのくるま製造せいぞう從事じゆうじした。
やれもらへと無茶苦茶むちやくちやすゝめたてる五月蠅うるささ、うなりとれ、れ、勝手かつてれとてれをうちむかへたは丁度てうど貴孃あなた御懷妊ごくわいにんだときゝました時分じぶんこと
十三夜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
あの大和やまと法隆寺ほうりゆうじなどのおほきい伽藍がらん出來でき時分じぶんに、いままで私共わたしども古墳こふんがなほつくられてをつたのであります。
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
「何もおまへんけど、時分じぶんどきだすよつて千代さん。」と、お駒が低い足附きの膳を持つて來て千代松の前に据ゑた。
天満宮 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
「さうだ、もうつき時分じぶんだな‥‥」と、しばらくしてわたしとほひがしはう地平線ちへいせんしらんでたのにがついてつぶやいた。
一兵卒と銃 (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
ですから新吉は、いなかの鍛冶屋かじやにいた時分じぶんよりは、もっとまっ黒けになって、朝っから夜まで、その夜も十一時から十二時ごろまで働きつづけました。
曲馬団の「トッテンカン」 (新字新仮名) / 下村千秋(著)
『まァ、そんなものサ』と帽子屋ばうしや長太息ためいきして、『それは何時いつもおちや時分じぶんだ、それで、あひだ其器そのうつはあら時間じかんもない』
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
「三十年もまえにとび出したんだから、ひょっとすると、あなたのおかあさんがわかかった時分じぶんを、知ってるかもしれませんね。おかあさんのお名前は?」
名なし指物語 (新字新仮名) / 新美南吉(著)
卯平うへいはあんでもあれが嚊等かゝあらそだ時分じぶんことなんぞおもつちや疎末そまつにやんねえんでがすかんね、それお内儀かみさん卯平うへいいくつにりあんすね、わしだらなあに
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
聞ながら行に行共々々ゆけども/\果しなくまことに始て江戸へ來る事なれば何と云處なるかまちの名も知れざれども其夜そのよ丑刻やつ時分じぶんに或町内の路次をひらき二人ながら内に入るを
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
いまだからそんなくちもきけるんだ。あまつちよめ!……貴樣きさまはなだつた時分じぶんときたらな……どうだい、あの吝嗇けちくせえちつぽけな、えてなくなりさうなはながさ。
ちるちる・みちる (旧字旧仮名) / 山村暮鳥(著)
おかしな事には、己はあの時分じぶん荒唐無稽こうとうむけいな妄想を、決して妄想だとは思って居なかった。
小僧の夢 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
さて、わたしが、くまと、列車れっしゃの中で大格闘だいかくとうをしたという話も、まあ、そんな時分じぶんのことなのだ。
くまと車掌 (新字新仮名) / 木内高音(著)
といつて、やはりつき時分じぶんになると、わざ/\縁先えんさきなどへなげきます。おきなにはそれが不思議ふしぎでもあり、こゝろがゝりでもありますので、あるとき、そのわけをきますと
竹取物語 (旧字旧仮名) / 和田万吉(著)
尚だ所天やどがゐた時分じぶんに、ほら、氣が莎蘊むしやくしやすることばかりなんでせう、所天はもうお金に目が眩むでゐるんですから、私が何と謂ツたツて我を押張おしはツて、沒義道もぎだうな事を爲す
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
れがめに大邊たいへん危險きけんるとのことですが、わたくし田舍いなかりまする時分じぶんこれれについ實見じつけんしたことりますから、れをばまうようぞんじます、れは二さいばかりの子供こども
もう十二時を打つ時分じぶんでございませう。それにあなたは一日中旅をなすつたのですもの、さぞお疲れになりましたらう。よくおみ足が暖まりましたら、お寢間ねまへ御案内いたしませう。
さだめしいま時分じぶん閑散ひまだらうと、その閑散ひまねらつてると案外あんぐわいさうでもなかつた。
湯ヶ原ゆき (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
うめいて、紫色むらさきいろ雑木林ざふきばやしこずゑが、湿味うるみつたあをそらにスク/\けてえ、やなぎがまだあら初東風はつこちなやまされて時分じぶんは、むやみと三きやく持出もちだして、郊外かうぐわい景色けしきあさつてあるくのであるが
背負揚 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
も少しはるとつたやうな多芸たげい才子さいしで、学課がくくわ中以上ちういじやう成績せいせきであつたのは、校中かうちう評判ひやうばんの少年でした、わたしは十四五の時分じぶんはなか/\のあばれ者で、課業くわげふの時間をげては運動場うんどうばへ出て
硯友社の沿革 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
時ならぬ時分じぶんにこれはないかと、べものなど主婦の予算以外な注文をする夫をこらしめるためには、あとでその時の費用を誇張こちょうし、また労力の超過ちょうかをしめすため、そら病気でもして見せます。
良人教育十四種 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
夜が來て酒倉の暗い中からもとすり歌のかいの音がしんみりと調子てうしをそろへて靜かな空の闇に消えてゆく時分じぶんになれば赤い三日月の差し入る幼兒をさなごの寢部屋の窓に青い眼をした生膽取いきぎもとりの「時」がくる。
思ひ出:抒情小曲集 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
種畜場以来しゅちくじょういらいこの人を知ってる人の話を聞くと、糟谷かすやおくさんは、種畜場にいた時分じぶんとはほとんど別人べつじんのようにおもざしがわってしまった、以前いぜんはあんなさびしい人ではなかったというている。
老獣医 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
此処らは未来の大文豪も俗物と余りちがわぬ心持になって、何だかしきりに嬉しがって、莞爾にこにこして下宿へ帰ったのは丁度夕飯ゆうはん時分じぶんだったが、火を持って来たのは小女ちび、膳を運んで来たのはお竹どんで
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
時分じぶんだから上れと云わるゝので、諸君の後について母屋のおもて縁側えんがわから上って、棺の置いてある十畳の次ぎの十畳に入る。頭の禿げた石山氏が、黒絽の紋付、仙台平の袴で、若主人に代って応対おうたいする。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
天和堂テンホータンの哀別 この時分じぶんのラサ府は非常に混雑して、上下の騒ぎは実に眼を廻すばかりである。コーチャクパ(警部)三十名、ラーギャブパ(巡査)三十名、これがラサ府のすべての警察官吏である。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
夫人は、腕時計をみて、(もう来る時分じぶんだのに——)と思った。
ロボットとベッドの重量 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
「もう嫁達は、川端田圃へゆきついた時分じぶんだろう……」
麦の芽 (新字新仮名) / 徳永直(著)
「私がここに来てから、もう三年になりますが、その時分じぶんは生徒の風儀はそれはずいぶんひどかったものですよ。初めは私もこんなところにはとてもつとまらないと思ったくらいでしたよ。今では、それでもだいぶよくなったがな」
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)