ゆめ)” の例文
そして、あたりはしずかであって、ただ、とおまちかどがる荷車にぐるまのわだちのおとが、ゆめのようにながれてこえてくるばかりであります。
花と人の話 (新字新仮名) / 小川未明(著)
しるべの燈火ともしびかげゆれて、廊下らうかやみおそろしきをれし我家わがやなにともおもはず、侍女こしもと下婢はしたゆめ最中たゞなかおくさま書生しよせい部屋へやへとおはしぬ。
われから (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
もちろん、アンネ・リスベットが、むかし、うばとして、このお屋敷でたいせつな人だった、ということなどは、ゆめにも知りません。
あるときは、隣室りんしつてゐるKの夫人ふじんゆすおこされてましたが、彼女かのぢよにはそれがたんゆめとばかり、すことができなかつた。
彼女こゝに眠る (旧字旧仮名) / 若杉鳥子(著)
わたしは、まるでゆめの中にでもいるように身を運びながら、何やら馬鹿々々ばかばかしいほど緊張きんちょうした幸福感を、骨のずいまで感じるのだった。
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
伊那丸いなまるの一とうが立てこもる小太郎山こたろうざんとりでが、いま、立っている真上まうえだとは、ゆめにも知らずにいただけに、身のさむくしてしまった。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いま、そのうしろ、東の灰色の山脈の上を、つめたい風がふっと通って、大きなにじが、明るいゆめの橋のようにやさしく空にあらわれる。
マリヴロンと少女 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
そしていつとなく青木さん夫婦ふうふは、かつてはゆめにも想像さうざうしなかつた質屋しちや暖廉のれんくぐりさへ度重たびかさねずにはゐられなくなつてしまつた。
(旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
ふたりはわくわくして修繕しゅうぜんにとりかかった。まったくゆめのような気持ちだ。自転車をなおしたことのない人にはとてもわかるまい。
空気ポンプ (新字新仮名) / 新美南吉(著)
クラリオネットとラッパの音とが、はなれたりもつれたり、何か見知らぬ遠い国からきこえて来るゆめのようなひびきをつたえて来ます。
曲馬団の「トッテンカン」 (新字新仮名) / 下村千秋(著)
ですから、さっきなぐられた右のほっぺたがヒリヒリしなかったら、少年はたぶん、みんなゆめだったんだと、思ったことでしょう。
まだまだ若いのだとそんな話のたびに、改めて自分を見直した。が、心はめったに動きはしなかった。湯崎にいる柳吉のゆめを毎晩見た。
夫婦善哉 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
あるひはまた廷臣ていしんはなうへはしる、と叙任ぢょにん嗅出かぎだゆめる、あるひは獻納豚をさめぶた尻尾しっぽ牧師ぼくしはなこそぐると、ばうずめ、寺領じりゃうえたとる。
つひには元禄七年甲戊十月十二日「たびやみゆめ枯埜かれのをかけめぐる」の一句をのこして浪花の花屋が旅囱りよさう客死かくしせり。是挙世きよせいの知る処なり。
こく——亞尼アンニーかほ——微塵みじんくだけた白色檣燈はくしよくしようとう——あやしふね——双眼鏡さうがんきやうなどがかはる/\ゆめまぼろしと腦中のうちゆうにちらついてたが
おい昨夜ゆうべ枕元まくらもとおほきなおとがしたのはぱりゆめぢやなかつたんだ。泥棒どろぼうだよ。泥棒どろぼう坂井さかゐさんのがけうへからうちにはりたおとだ。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
縁起えんぎでもないことだが、ゆうべわたしは、上下じょうげが一ぽんのこらず、けてしまったゆめました。なさけないが、所詮しょせん太夫たゆうたすかるまい
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
宗「左様か、ウヽン……煩悩経にある睡眠、あゝ夢中むちゅうゆめじゃ、実に怖いものじゃの、あゝ悪い夢をました、悪い夢を視ました」
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
「およそ人心じんしんうちえてきのこと、夢寐むびあらわれず、昔人せきじんう、おとこむをゆめみず、おんなさいめとるをゆめみず、このげんまことしかり」
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
かくし夜半頃新町橋にいたり待受まちうけたり彌七は斯る事とはゆめにも知ず其夜は大いにざんざめき翌朝よくてう夜明方よあけがたに新町の茶屋を立出橋へ掛る處を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
さく三十七ねん十二ぐわつ某夜ばうやことなりき、れいごと灌水くわんすゐへてじよくねむりきしもなく、何者なにものきたりて七福しちふくあたふとげたりとゆめむ。
命の鍛錬 (旧字旧仮名) / 関寛(著)
家にかえって、しずかなへやの中におちつくと、マサちゃんはもうどなりもせず、ゆめからさめたように、きょとんとしていました。
風ばか (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
なぜって、こうすれば、よくみんながするように、王子もゆめを見ながらへんじをしてくれはしないかと、ひそかにねがっていたからです。
しかして手かごいっぱいに花をみ入れました。聖ヨハネ祭の夜宮には人形のリザが、その花の中でいいゆめを見てねむるんです。
おもむきを如何どういふふういたら、自分じぶんこゝろゆめのやうにざしてなぞくことが出來できるかと、それのみにこゝろられてあるいた。
画の悲み (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
うもみません、すこし、うと/\しましたつけ。うつかりゆめでもたやうで、——郡山こほりやままでは一つたことがあるものですから……」
銀鼎 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
しかしつまゆめのやうに、盜人ぬすびとをとられながら、やぶそとかうとすると、たちま顏色がんしよくうしなつたなり、すぎのおれをゆびさした。
藪の中 (旧字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
ベッドにはいってからも、夜っぴて大きなかぶらのようにまっ白な、ぶきみな顔に追いかけられるゆめをみて、うなされつづけた。
平八郎父子が物を言ひ掛ければ、驚いたやうに返事をするが、其間々あひだ/\は焚火の前にうづくまつて、うつゝともゆめとも分からなくなつてゐる。
大塩平八郎 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
さて、百年はゆめのようにすぎました。そのじぶん、その国をおさめていた新しい王様の王子が、ある日、眠る森の近くを通りかかりました。
眠る森のお姫さま (新字新仮名) / シャルル・ペロー(著)
おどろいてめたが、たしかにねここゑがする、ゆめかいか、はねきてたらまくらもとにはれい兒猫こねこすはつてゐた、どこからしのんでたのやら。
ねこ (旧字旧仮名) / 北村兼子(著)
そのころ、僕たち郊外こうがいの墓場の裏に居を定めていたので、初めの程は二人共みょう森閑しんかんとした気持ちになって、よく幽霊ゆうれいゆめか何かを見たものだ。
魚の序文 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
ルイザはクラフト家の人たちのすぐれていることを文句もんくなしにいつもみとめていたから、おっとしゅうと間違まちがっているなどとはゆめにも思っていなかった。
ジャン・クリストフ (新字新仮名) / ロマン・ロラン(著)
少しも眠れなかつた如く思はれたけれど、一睡の夢の間にも、豪雨の音聲におびえて居たのだから、固よりゆめうつゝかの差別は判らないのである。
水害雑録 (旧字旧仮名) / 伊藤左千夫(著)
それらの処置が一段らく終った時、元の船室に立戻った警部が、ふと思い出して、まだゆめめ切らぬ面持の明智に云った。
魔術師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
≪二三日前、新聞でオリムピック選手達が、明日ホノルルに寄航するという記事を読み、坂本さんにも会えると思ったら、その晩ゆめをみました。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
夫婦ふうふ毎夜まいよゆめなかつづけざまにるあの神々こうごうしいむすめ姿すがた……わたくしどものくもったこころかがみにも、だんだんとまことのかみみち朧気おぼろげながらうつってまいり
たましいのイデーする桃源郷とうげんきょうゆめを求めて、世界をあてなくさまよい歩いたボヘミアンであり、正に浦島の子と同じく、悲しき『永遠の漂泊者』であった。
きれいな腰元こしもとたちは、歌をうたったりおどりをおどったりしました。浦島はただもうゆめのなかで夢を見ているようでした。
浦島太郎 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
要吉は、そのばん、ひさしぶりにいなかの家のことをゆめに見ました。ある山国にいる要吉の家のまわりには、少しばかりの水蜜桃すいみつとうはたけがありました。
水菓子屋の要吉 (新字新仮名) / 木内高音(著)
まるでゆめみたような話さ。実は、私としては、それでは安易にすぎて多少気ずかしいような心地がしないでもない。
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
旅宿やど三浦屋みうらやと云うに定めけるに、ふすまかたくしてはだに妙ならず、戸は風りてゆめさめやすし。こし方行末おもい続けてうつらうつらと一夜をあかしぬ。
突貫紀行 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
まるでそれは、瞬間しゅんかんゆめのように、とぶ鳥のかげのようにすぎた。だが、だれひとり夢と考えるものはいなかった。
二十四の瞳 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
それから十何年かがったが、その後、この男がゆめの中にあらわれたことは何十度だか分らない、庭手入れのたびに民さんのことがしじゅう頭にあった。
生涯の垣根 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
わたしは愚かにも、その金色の小蜘蛛に化した大仙女西王母をゆめ見て、時刻ときを消しては、あわてたりしてゐる。
(旧字旧仮名) / 長谷川時雨(著)
枝折戸しをりどぢて、えんきよほどに、十時も過ぎて、往来わうらいまつたく絶へ、月は頭上にきたりぬ。一てい月影つきかげゆめよりもなり。
良夜 (新字旧仮名) / 徳冨蘆花(著)
なが石器時代せつきじだいゆめからさめて、金屬きんぞく使用しようするあたらしいひらけた時代じだいへ、だん/\すゝんでつたものとおもはれます。
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
その後も始終誰にもわての顔を見せてはならぬきっとこの事は内密にしてとゆめうつつのうち譫語うわごとを云い続け
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
とうさんは子供こどもで、なんにもりませんでしたが、あのあをうつくしい不思議ふしぎ狐火きつねびゆめのやうにおもひました。とうさんのうまれたところは、それほどふかやまなかでした。
ふるさと (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
ちがひますよ テン太郎さんのゆめは目をつぶつて見たんでせう 科学くわがくを生みだす夢は目をあけてみる夢だわ