やゝ)” の例文
代助のちゝの場合は、一般にくらべると、やゝ特殊的傾向を帯びる丈に複雑であつた。彼は維新前の武士に固有な道義本位の教育を受けた。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
かごうへに、たなたけやゝたかければ、打仰うちあふぐやうにした、まゆやさしさ。びんはひた/\と、羽織はおりえりきながら、かたうなじほそかつた。
印度更紗 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
やゝ焦り気味だったのが、今度始めて彼の手で嗅ぎ出した、どうやらものになる事件だったので、彼は充分意気込んでいるのだった。
支倉事件 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
上に載する所は倉知本を底本とし、遠近新聞の謄本を以て対校した。二本には多少の出入がある。倉知本の自筆なることはやゝ疑はしい。
津下四郎左衛門 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
やゝ、うつむきこんで軸列器をがちゃがちゃ鳴らし、木枠に軸木を植えつけている于立嶺ユイリソンは、おどおどして、あたふたと頭をさげた。
武装せる市街 (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
やゝ老いた顔の肉はいたく落ちて、鋭い眼の光の中に無限の悲しい影を宿しながら、じつと今打ちにかゝらうとした若者の顔をにらんだ形状かたち
重右衛門の最後 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
おつたはやゝ褐色ちやいろめた毛繻子けじゆす洋傘かうもりかたけたまゝ其處そこらにこぼれた蕎麥そば種子まぬやう注意ちういしつゝ勘次かんじ横手よこてどまつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
得ず然らば途中の御用心こそ專要せんえうなれど心付るを平兵衞は承知しようちせりといとまつげて立出れば早日は山のかたぶきやゝくれなんとするに道を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
が、裏の物干臺の上に枝を張つてゐる隣家の庭の木蓮の堅い蕾はやゝ色づきかけても、彼等の落着く家とては容易に見つかりさうもなかつた。
崖の下 (旧字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
或る人はやゝ感動して見てゐる。或る人は又軽く微笑みながら見てゐる。兎に角この場の模様は一種の陰鬱な見ものであつた。
(新字旧仮名) / ジュール・クラルテ(著)
横穴よこあななかでも格別かくべつめづらしい構造かうぞうではいが、ゆかみぞとがやゝ形式けいしきおいことなつてくらゐで、これ信仰しんかうするにいたつては、抱腹絶倒はうふくぜつたうせざるをない。
其振動そのしんどうぶりは、最初さいしよ縱波たてなみくらべてやゝ緩漫かんまん大搖おほゆれであるがため、われ/\はこれをゆさ/\といふ言葉ことば形容けいようしてゐる。
地震の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
三田の部屋の下の川岸を住家すみかとする泥龜は、夏の間に相手を見つけて、何時の間にかやゝ形の小さいのと二疋になつてゐた。
大阪の宿 (旧字旧仮名) / 水上滝太郎(著)
日蓮上人、為兼卿ためかねきやう、遊女初君はつきみとう古跡こせきもたづねばやとおもひしに、越後に入りてのち気運きうんじゆんうしなひ、としやゝけんしてこくねだん日々にあがり人気じんきおだやかならず。
紳士がやゝ反身そりみになつて卓子テーブルの前の椅子に腰をおろすと、鵞鳥のやうに白いうはぱりを着た給仕人がやつて来て註文を聞いた。
屋臺店をやゝ大きくした程の停車場ステーシヨンを通り拔けると、小池は始めて落ちついた心持ちになつたらしく、燐寸まつちつてゆツたりと紙卷煙草かみまきたばこを吹かした。
東光院 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
そこに、房一は、酒のために紅くなつてはゐるが、そして、まだ額のあたりに筋張つた色が立つてはゐるが、やゝ前こゞみになつた半白の頭を見た。
医師高間房一氏 (新字旧仮名) / 田畑修一郎(著)
泡立あはだなみ逆卷さかまうしほ一時いちじ狂瀾きやうらん千尋せんじんそこ卷込まきこまれたが、やゝしばらくしてふたゝ海面かいめん浮上うかびあがつたとき黒暗々こくあん/\たる波上はじやうには六千四百とん弦月丸げんげつまるかげかたちもなく
自動車の窓に吹き入つて来る風は、それでもやゝ涼しかつたが、空には午後からの暑気を思はせるやうな白い雲が、彼方此方にムク/\と湧き出してゐた。
真珠夫人 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
坊つちやんの蚊帳の中にバツタを運んだ腕白共も少くともこの後に聳ゆる城山の欝葱を日夕につせき、仰いだ事を今でも想像し得るを幸としてやゝ好事かうずの心を慰めた。
坊つちやん「遺蹟めぐり」 (新字旧仮名) / 岡本一平(著)
晩餐を旅館オテルで済ましたのちピニヨレ夫人の門から馬車に乗つたのは夜の八時半であつた。ツウルの大石橋せきけうを渡つて岸に沿ふてやゝ久しく上流の方へ駆けさせた。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
静坐やゝ久し、無言の妙漸く熟す。暗寂の好味まさに佳境に進まんとする時、破笠弊衣の一老叟らうそうわが前に顕はれぬ。われほ無言なり。彼も唇を結びて物言はず。
松島に於て芭蕉翁を読む (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
昼過ひるすぎからすこ生温なまあたゝかかぜやゝさわいで、よこになつててゐると、何処どこかのにはさくらが、霏々ひら/\つて、手洗鉢てあらひばちまはりの、つはぶきうへまでつてる。
背負揚 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
おしやれな娘兎むすめうさぎのこととて、でかけるまでには谿川たにがはりてかほをながめたり、からだぢうを一ぽんぽん綺麗きれいくさでつけたり、やゝ半日はんにちもかかりました。
ちるちる・みちる (旧字旧仮名) / 山村暮鳥(著)
目読もくどくの興を以て耳聞のたのしみに換ゆ、然り而して親しく談話を聞くと坐ら筆記を読むと、おのずから写真を見ると実物に対するの違い有ればやゝ隔靴掻痒かっかそうようかん無きにあらず
松の操美人の生埋:01 序 (新字新仮名) / 宇田川文海(著)
あそんでツてよ。」と周囲しうゐ人込ひとごみはゞかり、道子みちこをとこうでをシヤツのそでと一しよに引張ひつぱり、欄干らんかんから車道しやだうやゝ薄暗うすぐらはうへとあゆみながら、すつかりあまえた調子てうしになり
吾妻橋 (新字旧仮名) / 永井荷風永井壮吉(著)
そこで、今迄いまゝで毎月まいげつ三銭さんせんかの会費くわいひであつたのが、にはかに十せん引上ひきあげて、四六ばん三十二ページばかり雑誌ざつしこしらへる計画けいくわくで、なほひろく社員を募集ぼしうしたところ、やゝめいばかりたのでした
硯友社の沿革 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
昨夜三時頃サン・ロツキユウス区の住民はやゝ久しく連続して聞えたる恐しき叫声に夢を破られたり。その叫声は病院横町の一家屋の第四層にて発したるものゝ如くなりき。
己は其れ等の書物を見たら、藝術に就いてのやゝ明瞭な概念が得られるだろうと云う希望を以て、かたぱしから一生懸命に耽読たんどくした。最初に取り付いたのはハムレットであった。
小僧の夢 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
此処のじゝいばゝあに厄介になって居りますると、先の又九郎夫婦が誠に親切に二人の看病をして呉れ、その親切が有難いと思ってやゝ半年も此処に居りまして、ようやく二人の病気がなおると
敵討札所の霊験 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
「こゝへかう持つてくより外仕方がないな。」と、押入の左手の、半間幅の中塗の壁へあてがつて、恰好かつかうを見てお出でになる。額はやゝ太目の赤い絹の打紐で吊すやうになつてゐる。
桑の実 (新字旧仮名) / 鈴木三重吉(著)
そして彼は英会話が完全に自由でなく、それを顧慮して話すフロラの家族の者とだけやゝ自由に話し得る程度であつたから——英語を持つて様々な日本語の解釈をするのは難儀であつた。
鸚鵡のゐる部屋 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
行跡ぎようせきやゝたゞしとしようせらるゝ者もなほおやし夫にして貯金帳ちよきんてう所持しよじせんためそろ
もゝはがき (新字旧仮名) / 斎藤緑雨(著)
当の良秀はやゝ離れて、丁度御縁の真向に、ひざまづいて居りましたが、これは何時もの香染めらしい狩衣にえた揉烏帽子を頂いて、星空の重みに圧されたかと思ふ位、何時もよりは猶小さく
地獄変 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
日本は古への倭奴わどなり。(中略)咸享元年使を遣はして、高麗を平ぐるを賀す。のちやゝ夏音かおんを習ひて倭の名をにくみ、あらためて日本と号す。使者自ら言ふ。国日出づる所に近きを以て名と為すと。
国号の由来 (新字新仮名) / 喜田貞吉(著)
勿論輓今ばんきんやゝ我人心が少しく内に向ひ、国粋保存の説が歓迎さるゝの現象は見ゆれど、是唯我人民が小児然たる摸倣時代より進んで批評的の時代に到着したるの吉兆として見るべきものにして
天は遠く濁つて、低いところに集る雲の群ばかりやゝ仄白ほのじろく、星は隠れて見えない中にも唯一つ姿をあらはしたのがあつた。往来に添ふ家々はもう戸を閉めた。ところ/″\灯は窓かられて居た。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
はじめには越後の諸勝しよしようつくさんと思ひしが、越地ゑつちに入しのちとしやゝしんして穀価こくか貴踊きようし人心おだやかならず、ゆゑに越地をふむことわづかに十が一なり。しかれども旅中りよちゆうに於て耳目じもくあらたにせし事をあげて此書に増修そうしうす。
チモフエイはやゝ耳をそばだてた気味で、愉快げに齅煙草かぎたばこを鼻に啜り込んだ。
曇日くもりびなので蝙蝠かほもりすぼめたまゝにしてゐるせいか、やゝ小さい色白いろじろの顏は、ドンヨリした日光ひざしの下に、まるで浮出うきだしたやうに際立きわだってハツキリしてゐる。頭はアツサリした束髪そくはつしろいリボンの淡白たんぱくこのみ
虚弱 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
己は初の間此人のゐるのをやゝ不快に感じた。それは此人が君の親友になつてゐて、己が独りで占めてゐるやうに思つた地位を奪つたらしく見えるからであつた。併し己はこの最初の感情に打勝つた。
復讐 (新字旧仮名) / アンリ・ド・レニエ(著)
やゝありて又問掛け
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
てら行列ぎやうれつたゞしく出仕有に程なく夜も明渡あけわたり役人方そろはれしかばやゝあつて嘉川主税之助一件の者共呼込よびこみになり武家の分は玄關にて大小を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
「世路風塵不耐多。池亭相値聴高歌。無端破得胸中悪。漫把觥船巻酒波。」枳園立之きゑんりつしは此年二十二歳、やゝ頭角をあらはした時であつただらう。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
のまだちないうちからにはのぞいてつきしろく、やがてそれがやゝ黄色味きいろみびてにはしげつたかきくりにほつかりと陰翳かげげた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
一夕いつせき、松川の誕辰たんしんなりとて奥座敷に予を招き、杯盤はいばんを排し酒肴しゆかうすゝむ、献酬けんしう数回すくわい予は酒といふ大胆者だいたんものに、幾分の力を得て積日せきじつの屈託やゝ散じぬ。
妖怪年代記 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
友もやゝ酔つた様子で、やうや戸外おもてくらくなつて行くのを見送つて居たが、不意に、かうたづねられて、われに返つたといふ風で
重右衛門の最後 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
日蓮上人、為兼卿ためかねきやう、遊女初君はつきみとう古跡こせきもたづねばやとおもひしに、越後に入りてのち気運きうんじゆんうしなひ、としやゝけんしてこくねだん日々にあがり人気じんきおだやかならず。
親爺おやぢは戦争にたのを頗る自慢にする。やゝもすると、御まへ抔はまだ戦争をした事がないから、度胸がすわらなくつて不可いかんと一概にけなして仕舞ふ。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
苦味走にがみばしつて男らしかつた。たゞ何か大切なものが欠けてゐた。彼は身近かに、皆からやゝはなれて手持無沙汰にぽつねんと坐つてゐる房一を見つけた。
医師高間房一氏 (新字旧仮名) / 田畑修一郎(著)