なみだ)” の例文
「よく、ご主人しゅじんのいいつけをまもって、辛棒しんぼうするのだよ。」と、おかあさんは、いざゆくというときに、なみだをふいて、いいきかせました。
子供はばかでなかった (新字新仮名) / 小川未明(著)
さあぼっちゃん。きっとこいつははなします。早くなみだをおふきなさい。まるで顔中ぐじゃぐじゃだ。そらええああすっかりさっぱりした。
黄いろのトマト (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
なみだを目に一ぱいにしたかとみるまに、いてたわが子を邪険じゃけんにかきのけて、おいおい声を立ててきだすようなことがあるのである。
告げ人 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
といって、くわしくみちおしえてくれました。ぼうさんはなみだをこぼして、わせておがみながら、ころがるようにしてげていきました。
人馬 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
うつくしきかほ似合にあはぬはこゝろ小學校通せうがくかうがよひに紫袱紗むらさきふくさつゐにせしころ年上としうへ生徒せいと喧嘩いさかひまけて無念むねんこぶしにぎときおなじやうになみだちて
別れ霜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
あゝ、のよろこびのなみだも、よる片敷かたしいておびかぬ留守るすそでかわきもあへず、飛報ひはう鎭守府ちんじゆふ病院びやうゐんより、一家いつけたましひしにた。
雪の翼 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
「私が死んではいけないのかい? それなら、私が死んだらお前はなみだを流すにちがいない。よし! 私はお前のために天国へいこう。」
巨男の話 (新字新仮名) / 新美南吉(著)
そなたはしきりに先刻さっきから現世げんせことおもして、悲嘆ひたんなみだにくれているが、何事なにごとがありてもふたた現世げんせもどることだけはかなわぬのじゃ。
アンドレイ、エヒミチはせつなる同情どうじやうことばと、其上そのうへなみだをさへほゝらしてゐる郵便局長いうびんきよくちやうかほとをて、ひど感動かんどうしてしづかくちひらいた。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
「どうしたね勘次かんじうしてれてられてもいゝ心持こゝろもちはすまいね」といつた。藁草履わらざうり穿いた勘次かんじ爪先つまさきなみだがぽつりとちた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
さすがの勇士も、煙の魔軍には勝つすべがなかった。息づまる苦しさと、目にしむなみだをこらえながら、いっさんにそのあなを走りもどった。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
聞給きゝたまはゞさぞよろこび給ふべししばなみだくれけるが否々年も行ぬ其方們そなたたち先々まづ/\見合みあはせくれと云を兄弟は聞ず敵討かたきうちに出ると云にも非ず父樣の樣子を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
それを聞いておりますと、思わず、なみだうかんでまいります。まるで、母が、あたしにキスをしてくれるような気持がいたしますの
これをきいたジェンナーは、目になみだをためて喜びました。ハンター先生のこの一言は、どんなにかジェンナーをはげましたことでしょう。
ジェンナー伝 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
小初のきつい眼からなみだが二三てき落ちた。貝原は身の置場所もなく恐縮きょうしゅくした。小初は涙を拭いた。そして今度はすこし優しい声音で云った。
渾沌未分 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
これほどにも情深く、心根のやさしい人があるかと思い、ヘルンに対して、何かいじらしくなみだぐましいものさえも感じたというのである。
早苗はぽろっとなみだをこぼし、くいしばった口もとをこまかくふるわせていた。二つのうちどちらをとってよいか判断はんだんがつかなかったのだ。
二十四の瞳 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
そして、おなみだのうちに、やっと、女神のおなきがらを、出雲いずもの国と伯耆ほうきの国とのさかいにある比婆ひばの山におほうむりになりました。
古事記物語 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
わたしあがつて、をりからはこばれて金盥かなだらひのあたゝな湯氣ゆげなかに、くさからゆるちたやうななみだしづかにおとしたのであつた。
日の光を浴びて (旧字旧仮名) / 水野仙子(著)
そこへ、やせた清兵衛がやせた朝月をひいてあらわれると、毛利輝元もうりてるもとは、籠城ろうじょうの苦しさを思いやって、さすがに目になみだを見せ
三両清兵衛と名馬朝月 (新字新仮名) / 安藤盛(著)
あのなみだいけおよいでからはなにかはつたやうで、硝子ガラス洋卓テーブルちひさなのあつた大廣間おほびろままつた何處どこへかせてしまひました。
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
『あゝ、ゆめではありますまいか、これゆめでなかつたら、どんなにうれしいんでせう。』と、とゞかねたる喜悦よろこびなみだをソツと紅絹くれない手巾ハンカチーフ押拭おしぬぐふ。
まちは、まへに、すべての景色けしきえでもするかのやうに、一しんになつてなみだぐみながらふのであつた。すると、末男すゑをも、おなじやうに
追憶 (旧字旧仮名) / 素木しづ(著)
彼女はなみだもこぼさないでしおれていた。風呂敷の中からメリンスの鯨帯くじらおびと、結婚の時に着ていた胴抜どうぬきの長襦袢ながじゅばんが出て来た。
魚の序文 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
……おかあさんたちも、ひとりのこらずその横手よこてに立っていて、さめざめとなみだを流しながら、めいめい自分のむす子やむすめを、目でさぐりあてる。
んとの、じゃァござんせんぜ。あのおよんで、垣根かきねくび突込つっこむなんざ、なさけなすぎて、なみだるじゃァござんせんか」
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
僧正そうじょういのりの声と、ろうそくのひかりこうけむりのなかで、人形がうっとり笑いかけたとき、コスモとコスマのからは、なみだがはらはらとながれました。
活人形 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
その女がある日、いつになく心細気な顔をしてなみだぐんでいる。どうしたかといって訊くと、(あなたと本意なく別れるようになるかもしれない)
女強盗 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
一夜、「鳳鳥ほうちょう至らず。河、を出さず。んぬるかな。」と独言に孔子がつぶやくのを聞いた時、子路は思わずなみだあふれて来るのを禁じ得なかった。
弟子 (新字新仮名) / 中島敦(著)
マリちゃんはすみッこへすわって、おさらひざうえへおいて、いていたが、まえにあるおさらは、なみだで一ぱいになるくらいでした。
犬芥いぬがらし、「約百ヨブなみだ」、紫苑しをん、どんなに血のれる心よりも、おまへたちのはうがわたしはすきだ。ほろんだ花よ、むかしの花よ。
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
が、日頃ひごろいかつい軍曹ぐんそう感激かんげきなみださへかすかににぢんでゐるのをてとると、それになんとないあはれつぽさをかんじてつぎからつぎへと俯向うつむいてしまつた。
一兵卒と銃 (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
祖父そふうれし涙をながし——彼はもう年をとっていたのでなみだもろかった——そして、素晴すばらしいものだといってくれた。
ジャン・クリストフ (新字新仮名) / ロマン・ロラン(著)
けれど、いまのじぶんののふしあわせを思いだしますと、なみだがこみあげてきました。でも、しばらくたつと、またもや笑いだしてしまうのでした。
ヂュリ なみだ創口きずぐちあらはしゃるがよい、そのなみだころにはロミオの追放つゐはうくやわしなみだ大概たいがいつけう。そのつなひろうてたも。
をんなかたほヽをよせると、キモノの花模様はなもやうなみだのなかにいたりつぼんだりした、しろ花片はなびら芝居しばゐゆきのやうにあほそらへちら/\とひかつてはえしました。
桜さく島:見知らぬ世界 (新字旧仮名) / 竹久夢二(著)
それから『子持ちは相身あいみたがい見です。このお子さんを手ばなすお心持ちは私もお察し申し上げておりますから』ってなみだをうかべておっしゃいましたの
苦心の学友 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
しかし、ゴオルに入った途端とたん、ぼく達の耳朶じだひびいたピストルは、過去二年間にわたる血となみだあせの苦労が、この五分間で終った合図でもありました。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
このごろ日脚ひあし西に入り易く、四時過ぎに学校をで、五時半に羽生に着けば日まったく暮る。夜、九時、湯に行く。秋の夜の御堂みどうに友のなみだひややかなり。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
看護をしてから二日目ふつかめばんに、三千代みちよなみだを流して、是非あやまらなければならない事があるから、代助の所へ行つて其訳を聞いて呉れろとおつとに告げた。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
そうしたら余人よじんはともかくお前にだけはこの顔を見られねばならぬと勝気な春琴も意地がくじけたかついぞないことになみだを流し繃帯の上からしきりに両眼を
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
このときなみだはらはらといてた。地面ぢめんせ、気味きびわるくちびるではあるが、つちうへ接吻せつぷんして大声おほごゑさけんだ。
「はっ」と言って源太夫はしばらくたたみに顔をし当てていた。ややあってなみだぐんだ目をあげて家康を見て、「甚五郎めにいたさせまする御奉公は」と問うた。
佐橋甚五郎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
目がしらの所がなみだでしじゅうぬれていた。そして時々細く目をあいてぼくたちをじっと見るとまたねむった。
火事とポチ (新字新仮名) / 有島武郎(著)
それであればこそ路傍ろぼう耳朶じだに触れた一言が、自分の一生の分岐点ぶんきてんとなったり、片言かたことでいう小児しょうにの言葉が、胸中の琴線きんせんに触れて、なみだの源泉を突くことがある。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
でも曾祖母ひいおばあさんはしつかりとした氣象きしやうひとで、とうさんたちがおうちには、もうなみだせませんでした。
ふるさと (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
卒都婆は波にもまれてあしのしげみにかくれてしまいました。わしはそれをじっと見送っていたらなみだがこぼれた。しかし神様には何でもできないことはないはずだ。
俊寛 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
お浪もこのはや父母ちちははを失った不幸の児がむご叔母おばくるしめられるはなしを前々から聞いて知っている上に、しかも今のような話を聞いたのでいささかなみだぐんで茫然ぼうぜんとして
雁坂越 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
なみだが目の中にいっぱいたまっているのでそう見えるのですが、林太郎はそんなことは気がつきません。
あたまでっかち (新字新仮名) / 下村千秋(著)
かくて此ありさまをいふべき所へつげしらせ、次の日の夕ぐれくわん一ツにつまわらべををさめ、母のくわんと二ツ野辺のべおくりをなしけるになみだそゝがざるものはなかりけるとぞ。