前途ゆくて)” の例文
はたと、これに空想の前途ゆくてさえぎられて、驚いて心付こころづくと、赤楝蛇やまかがしのあとを過ぎて、はたを織る婦人おんな小家こいえも通り越していたのであった。
春昼後刻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
吾等の前途ゆくてを圧するような、雄大な山の姿は、問わずと知れた武甲山、成程武蔵の名山であると、心を躍らせながら、秩父大宮の町に着いた。
武甲山に登る (新字新仮名) / 河井酔茗(著)
我等はゆふべの間、まばゆきくれの光にむかひて目の及ぶかぎり遠く前途ゆくてを見つゝ歩みゐたるに 一三九—一四一
神曲:02 浄火 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
恐ろしい大きな高い巌が前途ゆくてに横たはつてゐて、あのさきへ行くのか知らんと疑はれるやうな覚束ない路を辿つて行くと、辛うじて其の岩岨いはそばいとのやうな道が付いて居て
観画談 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
田圃が湖にならぬが不思議で、どうどうとになって、前途ゆくて一叢ひとむらやぶが見える、それを境にしておよそ二町ばかりの間まるで川じゃ。
高野聖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
恐ろしい大きな高いいわ前途ゆくてに横たわっていて、あのさきへ行くのか知らんと疑われるような覚束おぼつかない路を辿たどって行くと、かろうじてその岩岨いわそばいとのような道が付いていて
観画談 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
こゝはや藪の中央ならむともとかた振返ふりかへれば、真昼は藪に寸断されて点々星にさもたり。なほ何程なにほどの奥やあると、及び腰に前途ゆくてながむ。
妖怪年代記 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
前途ゆくての路もおぼつかなきまで黒みわたれる森に入るに、もみかしは大樹おほきは枝を交はし葉を重ねて、杖持てる我が手首たなくびをも青むるばかり茂り合ひ、梢に懸れる松蘿さるをがせ鬖〻さん/\として静かに垂れ
二日物語 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
田圃たんぼみづうみにならぬが不思議ふしぎで、どう/\とになつて、前途ゆくてに一むらやぶえる、それさかひにしておよそ二ちやうばかりのあひだまるかはぢや。
高野聖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
市を出はずるる頃より月明らかに前途ゆくてを照しくるれど、同伴者つれも無くてただ一人、町にて買いたるもちを食いながら行く心の中いと悲しく、銭あらば銭あらばと思いつつようよう進むに
突貫紀行 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
透かした前途ゆくてに、蘆の葉にからんで、一条ひとすじ白い物がすっとかかった。——穂か、いやいや、変に仇光あだびかりのする様子が水らしい、水だと無駄です。
沼夫人 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と見ると、雲の黒き下に、次第に不知火しらぬいの消え行く光景ありさま。行方も分かぬ三人に、遠く遠く前途ゆくてを示す、それが光なき十一の緋の炎と見えた。
南地心中 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
前途ゆくてのきづかわしさは、くるまもこの宿しゅくまって、あとの山路は、その、いずれに向っても、もはや通じないと言うのである。
栃の実 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
つぶやいてひと溜息ためいきする。……橋詰はしづめから打向うちむか眞直まつすぐ前途ゆくては、土塀どべいつゞいた場末ばすゑ屋敷町やしきまちで、かどのきもまばらだけれども、それでも兩側りやうがは家續いへつゞき……
月夜 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
小助こすけ前途ゆくて見渡みわたして、これから突張つツぱつてして、瓜井戸うりゐど宿しゆくはひつたが、十二時こゝのつしたとつては、旅籠屋はたごやおこしてもめてはくれない。
一席話 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
しかる処、前途ゆくての段をば、ぼくぼくと靴穿くつばきあがって来た駅夫どのが一人あります。それが、この方へ向って、その和尚と摺違すれちごうた時じゃが、の。
白金之絵図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
とてもこのつかれようでは、坂を上るわけには行くまいと思ったが、ふと前途ゆくてに、ヒイインと馬のいななくのがこだまして聞えた。
高野聖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
到底とてつかれやうでは、さかのぼるわけにはくまいとおもつたが、ふと前途ゆくてに、ヒイヽンとうまいなゝくのがこだましてきこえた。
高野聖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
たけなす茅萱ちがやなかばから、およ一抱ひとかかえずつ、さっくと切れて、なびき伏して、隠れた土が歩一歩ほいっぽ飛々とびとびあらわれて、五尺三尺一尺ずつ、前途ゆくてかれを導くのである。
薬草取 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ええ、と吃驚びっくり身をひるがえして、おもて遁出にげだし雲を霞、遁がすものかと銀平は門口まで追懸け出で、前途ゆくてを見渡し独言ひとりごと
活人形 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ひとつでない、ふたつでもない。三頭みつ四頭よつ一齊いつせいてるのは、ちやう前途ゆくて濱際はまぎはに、また人家じんかが七八けん浴場よくぢやう荒物屋あらものやなど一廓ひとくるわになつてそのあたり。
星あかり (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
そのかわり、牛が三頭、こうし一頭ひとつ連れて、雌雄めすおすの、どれもずずんとおおきく真黒なのが、前途ゆくての細道を巴形ともえがたふさいで、悠々と遊んでいた、渦が巻くようである。
七宝の柱 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
前途ゆくてはるかに、ちら/\と燃え行く炎が、けぶりならず白いしぶきを飛ばしたのは、駕籠屋かごや打振うちふ昼中ひるなか松明たいまつであつた。
貴婦人 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
うっかり緩めた把手ハンドルに、と動きを掛けた時である。ものの二三町は瞬く間だ。あたかもその距離の前途ゆくての右側に、真赤まっかな人のなりがふらふらと立揚たちあがった。
灯明之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と来り、前途ゆくてに立って、きっと見るより、仕丁を左右へ払いのけ、はた、とにらんで、牛の鼻頭はなづらを取って向け、手縄たづなを、ぐい、とめて、ずかずか我家の前。
夜叉ヶ池 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
わたしは、じつ震災しんさいのあと、永代橋えいたいばしわたつたのは、そのがはじめてだつたのである。二人ふたり風恰好亦如件ふうつきまたくだんのごとし……で、運轉手うんてんしゆ前途ゆくてあんじてくれたのに無理むりはない。
深川浅景 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
たとえば歩行の折から、爪尖つまさきを見た時と同じさまで、前途ゆくてへ進行をはじめたので、啊呀あなやと見る見る、二けんげん
伊勢之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ひとつは村里むらざとちかづいたとおもふまゝに、里心さとごころがついて、きふ人懷ひとなつかしさにへないのと、ひとつは、みづのために前途ゆくてたれて、わたるにはしのない憂慮きづかはしさとである。
みつ柏 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
案山子かゝしみのは、みつつともぴしよ/\とおとするばかり、——なかにもにくかつたはあとからやつかさたを得意とくい容躰ようだい、もの/\しや左右さいうみまはしながら前途ゆくて蹌踉よろめく。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
かくて狸穴まみあなほとりなる狭隘路せまきみち行懸ゆきかかれば、馬車の前途ゆくてに当って往来の中央まなかに、大の字に寝たる屑屋くずやあり。
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ただあぜのような街道かいどうばたまで、福井の車夫は、笠を手にして見送りつつ、われさえ指すかたを知らぬさまながら、かたばかり日にやけた黒い手を挙げて、白雲しらくも前途ゆくてを指した。
栃の実 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
爾時そのとき、これから参ろうとする、前途ゆくての石段の真下の処へ、ほとんど路の幅一杯に、両側から押被おっかぶさった雑樹ぞうきの中から、真向まむきにぬっと、おおきな馬の顔がむくむくといて出た。
春昼 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
実地に当ると、八衢やちまた前途ゆくてわかれて、道しるべをする事はむずかしい……世の中になったんですね。
神鷺之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
實際じつさいとほこれのぞんだときは——もう二三日にさんにち奧州あうしうたびれてやまゆきめづらしくないも、前途ゆくて土手どていてあやしい白氣はくき伏勢ふせぜいがあるやうにそばだてたのであつた。
飯坂ゆき (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
紅入ゆうぜんのすそも蹴開くばかり、包ましい腰の色気も投棄てに……風はその背後うしろからあおっている……吹靡ふきなびく袖で抱込むように、前途ゆくてから飛着いたさまなる女性にょしょうがあった。
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
東雲しののめさわやかに、送つて来て別れる時、つと高くみちしるべの松明たいまつを挙げて、前途ゆくてを示して云つた。
貴婦人 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
元二げんじ前途ゆくて見渡みわたして、これから突張つゝぱつてして瓜井戸うりゐど宿やどはひるか、こゝのつをしたとつては、旅籠屋はたごやおこしてもめてはくれない、たしない路銀ろぎん江戸えどまでくのに
二た面 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
寂しくわが邸を志して、その浅草新堀の西福寺——震災後どうなったか判らない——寺の裏道、卵塔場の垣外へ来かかると、雨上りで、妙に墓原が薄明うすあかるいのに、前途ゆくてが暗い。
雪柳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
前途ゆくて焼山やけやま茶店ちやみせいて、少時しばらくするまで、この友船ともぶねさかひへだてたやうにわかれたのである。
十和田湖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
前途ゆくて金色こんじきの日の輝く思ひの、都をさしての旅ながら、かか山家やまが初旅はつたびで、旅籠屋はたごやへあらはれる按摩の事は、古い物語で読んだばかりの沢は、つく/″\ともののあわれを感じた。
貴婦人 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
またその前途ゆくてに、道の両側にしゃがんで待ったらしいのが、ぽんと二個ふたつ立つと、六個むたりも揃って一列になりました。逆に川下へ飛ぶ、ぴかりぴかりと一つおおおな蛍の灯に、みんな脊が低い。
河伯令嬢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
やがて温泉いでゆ宿やど前途ゆくてのぞんで、かたはら谿河たにがはの、あたか銀河ぎんがくだけてやまつらぬくがごときをときからかさながれさからひ、水車みづぐるまごとくに廻転くわいてんして、みづ宛然さながらやぶはしけて
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
この上で立停たちとまって前途ゆくてを見ながら、由井ヶ浜までは、だ三町ばかりあると、つくづくかんがえた。三町はけだし遠い道ではないが、身体からだも精神も共にいたく疲れて居たからで。
星あかり (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
立花がいたずらに、黒白あやめも分かず焦りもだえた時にあらしめば、たちまち驚いて倒れたであろう、一間ばかり前途ゆくての路に、たもといて、厚いふきかかとにかさねた、二人、同一おなじ扮装いでたちわらわ
伊勢之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ほかに、目に着いたものはなかったのですが……宿で教えられた寺の入口の竹藪たけやぶが、ついそこに。……川はななめに曲って、いわけわしくなり、道も狭く、前途ゆくては、もう田畝たんぼになります。
河伯令嬢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
はた一つ前途ゆくてを仕切って、縦に幅広く水気が立って、小高いいしずえ朦朧もうろうと上に浮かしたのは、森の下闇したやみで、靄が余所よそよりも判然はっきりと濃くかかったせいで、鶴谷が別宅のその黒門の一構ひとかまえ
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
早朝あさまだき町はずれへ来て、お兼は神通川に架した神通橋のたもと立停たちどまったのである。雲のごときは前途ゆくての山、けぶりのようなは、市中まちなかの最高処にあって、ここにも見らるる城址しろあとの森である。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
うへ立停たちとまつて前途ゆくてながら、由井ゆゐはままでは、だ三ちやうばかりあると、つく/″\かんがへた。三ちやうけだとほみちではないが、身體からだ精神せいしんともいたつかれてたからで。
星あかり (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
漫々たる水面やみのなかに銀河の如くよこたはりて、黒き、恐しき森四方をかこめる、大沼おおぬまとも覚しきが、前途ゆくてふさぐと覚ゆるあしの葉の繁きがなかにわが身体からだ倒れたる、あとは知らず。
竜潭譚 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
くだん大崩壊おおくずれの海に突出でた、獅子王の腹を、太平洋の方から一町ばかり前途ゆくてに見渡す、街道ばたの——直ぐ崖の下へ白浪が打寄せる——江の島と富士とを、すだれに透かして描いたような
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)