つか)” の例文
ところが、その多分たぶん朝鮮ちようせん支那しなふうつたはつたのでありませうが、よこからはひるながいし部屋へやつかなかつくられることになりました。
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
そして、せんの犬のつかのとなりへ穴をほり、死がいをていねいにズックのきれでつつんで中へ入れ、ちゃんと土をもり上げました。
やどなし犬 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
またそういう婦人になにかふしぎな事があって、神にあがめまたはつかまつったという伝説は、今でもおりおり田舎いなかにはのこっている。
母の手毬歌 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
小千谷をぢやより一里あまりの山手やまて逃入村にごろむらといふあり、(にげ入りを里俗にごろとよぶ)此村に大つか小塚とよびて大小二ツの古墳こふんならびあり。
ハヾトフは其間そのあひだ何故なにゆゑもくしたまゝ、さツさと六號室がうしつ這入はひつてつたが、ニキタはれいとほ雜具がらくたつかうへから起上おきあがつて、彼等かれられいをする。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
あきぼんには赤痢せきりさわぎもしづんであたらしいほとけかずえてた。墓地ぼちにはげたあかつちちひさなつかいくつも疎末そまつ棺臺くわんだいせてた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
いまもなお道成寺には、おろちつかが残っているということである。一方、庄司の娘富子は、これがもとでついに病気にかかり、死んでしまった。
退陣の時にでも積まれたかと見える死骸のつかが出来ていて、それにはわずかに草や土やまたはやぶれて血だらけになッている陣幕などが掛かッている。
武蔵野 (新字新仮名) / 山田美妙(著)
あやしみて或博士あるはかせうらなはするに日外いつぞやつみなくして殺されたる嫁のたゝり成んと云ければ鎭臺には大に駭かれつかたてて是をまつり訴へたる娘を罪に行ひさきの鎭臺の官を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
饅頭まんじゅうのかたちに土を盛り上げた新しいつか、「青山半蔵之奥津城おくつき」とでもした平田門人らしい白木の墓標なぞが、もはやそこに集まるものの胸に浮かんだ。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「そうじゃねえよ。や、提灯ちょうちんかな。はは。なるほどあそこに新しいつかがあらア。あれだな。うめえ。うめえ。」
つかの上にでも哀れをかけてくださるあなただと思うことができましたら、すぐにも死にたくなるでしょうが。
源氏物語:46 竹河 (新字新仮名) / 紫式部(著)
かはらぬちぎりのれなれや千年せんねん松風しようふう颯々さつ/\として血汐ちしほのこらぬ草葉くさばみどりれわたるしもいろかなしくらしだすつき一片いつぺんなんうらみやとぶらふらん此處こゝ鴛鴦ゑんあうつかうへに。
別れ霜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
業平橋の名もそれゆえに起りましたそうでございますが、都へお帰りの時船がくつがえって溺死できしされましたにより、里人さとびとあわれと思って業平村につかを建てゝ祭りました
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
加之それにまへ諸氏しよし發掘はつくつしたのは、畑中はたなかつかかたちしてところで、それはいまひらかれてかたちめぬ。
ですけど、うちの息子むすこは、アリのつかへやるわけにはいきません。あなたがたが、もうそのほかに、いい話をご存じないのなら、白ブヨさんにお願いすることにしましょう。
おお、あの岩城、横蔵、慈悲太郎——これからは、二人のつかを訪れる者とてないであろう。
紅毛傾城 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
つかもりえのきに、線香せんかうけむりあはち、こけいしやしろには燈心とうしんくらともれ、かねさらこだまして、おいたるはうづくまり、をさなきたちはつどふ、やまかひなるさかひ地藏ぢざうのわきには、をんなまへいて
麻を刈る (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
つかの上には一もとずつのかわらが立とう。
ルバイヤート (新字新仮名) / オマル・ハイヤーム(著)
つかたた
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
それはまへ四角しかくうしろまるいといふ意味いみであります。このつか模型もけいとくいてありますから、それを御覽ごらんになるとよくわかります。
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
小千谷をぢやより一里あまりの山手やまて逃入村にごろむらといふあり、(にげ入りを里俗にごろとよぶ)此村に大つか小塚とよびて大小二ツの古墳こふんならびあり。
ハバトフはそのあいだ何故なにゆえもくしたまま、さッさと六号室ごうしつ這入はいってったが、ニキタはれいとお雑具がらくたつかうえから起上おきあがって、彼等かれられいをする。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
一里ごとにつかを築き、えのきを植えて、里程を知るたよりとした昔は、旅人はいずれも道中記をふところにして、宿場から宿場へとかかりながら、この街道筋を往来した。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
手向たむけ候者一人も是なししか拙僧せつそう宗旨しうしの儀は親鸞上人しんらんしやうにんよりの申つたへにて無縁むえんに相成候つかへはめい日には自坊じばうより香花かうげ手向たむけ佛前ぶつぜんに於て回向ゑかう仕つり候なりと元より墓標はかじるしなき
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
しるしいしあをきあり、しろきあり、しつなめらかにしてのあるあり。あるがなか神婢しんぴいたるなにがしのぢよ耶蘇教徒やそけうと十字形じふじがたつかは、のりみちまよひやせむ、異國いこくひとの、ともなきかとあはれふかし。
弥次行 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
わたしのは、たいてい一つの点にとまるのです。そこには一つの大きなつかがあります。キイチゴのつるとリンボクが、石の間からのびています。ここに、自然の中の詩があるのです。
北国は申すに及ばず、東は関東の各地から、西は中国四国の方々の田舎いなかに、この尼が巡遊したと伝うる故跡こせきは数多く、たいていは樹をえ神を祭り時としてはつかを築き石を建てている。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
それは瓢簟山ひやうたんやま地形ちけいである。此地形このちけい主墳しゆふん周圍しうゐ陪塚ばいづかつくるをゆるさぬ。すなは主人しゆじんほうむつたつかちかくに、殉死者じゆんししやつかつくるだけの餘地よちいので、むを山麓さんろく横穴よこあなつくつたといふのせつである。
蘭若てらに帰り給ひて、三九二堂の前を深くらせて、鉢のままにめさせ、三九三永劫えいごふがあひだ世に出ることをいましめ給ふ。今猶三九四をろちつかありとかや。庄司が女子むすめはつひに病にそみてむなしくなりぬ。
むかしはそんなに樹木じゆもくえてゐたわけでなく、たいていそれらのつかうへには、まる磧石かはらいしせて、全體ぜんたいおほうてをつたものでありました。
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
小使こづかひのニキタはあひかはらず、雜具がらくたつかうへころがつてゐたのであるが、院長ゐんちやうはひつてたのに吃驚びつくりして跳起はねおきた。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
時は十二月のはじめなりしが数日の雪も此日はれたれば、両人かたをならべてこゝろのどかにはなしながらすでつかの山といふ小嶺ちひさきたふげにさしかゝりし時、雪国のつねとして晴天せいてんにはか凍雲とううんしき
つかうへ趺坐ふざして打傾うちかたむいて頬杖ほゝづゑをした、如意輪によいりん石像せきざうがあつた。とのたよりのない土器色かはらけいろつきは、ぶらりとさがつて、ほとけほゝ片々かた/\らして、木蓮もくれんはな手向たむけたやうなかげした。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
出しやりし後に天一をよびちかづけ今日は次助佐助は客人きやくじんの山案内につかはし留主なれば太儀ながら靈具れいぐは其方仕つるべしと云に天一かしこまり品々の靈具を取揃とりそろへ先住のつかへ供にとゆくあとより天忠は殊勝氣しゆしようげ法衣ほふい
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
小使こづかいのニキタはあいかわらず、雑具がらくたつかうえころがっていたのであるが、院長いんちょうはいってたのに吃驚びっくりして跳起はねおきた。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
時は十二月のはじめなりしが数日の雪も此日はれたれば、両人かたをならべてこゝろのどかにはなしながらすでつかの山といふ小嶺ちひさきたふげにさしかゝりし時、雪国のつねとして晴天せいてんにはか凍雲とううんしき
はじめのうち、……うをびくなか途中とちゆうえた。荻尾花道をぎをばなみち下路したみち茄子畠なすびばたけあぜ籔畳やぶだゝみ丸木橋まるきばし、……じやうぬますなどつて、老爺ぢゞい小家こやかへ途中とちゆうには、あなもあり、ほこらもあり、つかもある。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
たう開元年中かいげんねんちうせいあひだ劫賊こふぞくあり。近頃ちかごろ不景氣ふけいきだ、と徒黨とたう十餘輩じふよはいかたらうて盛唐縣せいたうけん塚原つかはらいたり、數十すうじふつかあばきて金銀寶玉きんぎんはうぎよく掠取かすめとる。つかなかに、ときひと白茅冢はくばうちようぶものあり。
唐模様 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
(百樹曰、安寿は対王が妻なるよし塩尻廿二巻にいへり、猶考)西遊記(前編)景清かげきよつかは日向にあり、世の知る処なり。其母の塚は肥後国求麻くまの人吉の城下より五六里ほど東、切幡村きりばたむらにまつる。
(百樹曰、安寿は対王が妻なるよし塩尻廿二巻にいへり、猶考)西遊記(前編)景清かげきよつかは日向にあり、世の知る処なり。其母の塚は肥後国求麻くまの人吉の城下より五六里ほど東、切幡村きりばたむらにまつる。
をとこ呼吸いきめた途端とたんに、立留たちどまつたさかくち。……病院下びやうゐんしたかどは、遺失おとすくらゐか、路傍みちばた手紙てがみをのせてても、こひ宛名あてなとゞきさうな、つか辻堂つじだうさいかみ道陸神だうろくじんのあとらしいところである。
艶書 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)