わづ)” の例文
わすれてゐることはないかとかんがへて見るが、萬事手はづとゝのつてゐる。そこで金太郎は、二時間といふわづかな時間をもてあましてしまふ。
坂道 (旧字旧仮名) / 新美南吉(著)
のべければ後藤は否々いや/\其樣に禮を云ふには及ばず夫よりはまづ貴殿の疵所きずしよ手當てあて致されよと申に後藤は某の疵はわづかばかりなりと云ふを
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
んなことで一かう要領えうりやうず、山頂さんてうはうでは、わづかに埴輪はにわ破片はへん雲珠うず鞆等ともなど)を見出みいだしたのみ、それで大發掘だいはつくつだいくわいをはつた。
「ウム、其方そちの方が余程物が解わちよる、——アヽ、わづかの間でも旅と思へば、浜子、誰はばからず、気が晴々としをるわイハヽヽヽヽ」
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
向ひの家の二階のはづれをわづかにもれいづる影したはしく、大路にたちて心ぼそくうちあふぐに、秋風たかく吹きて空にはいさゝかの雲もなし。
あきあはせ (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
伊吹いぶき」は全速力で救助に向つてゐることは明らかだ。もうわづかな間である。豊国丸はそれまでどうしても浮かんでゐなければならない。
怪艦ウルフ号 (新字旧仮名) / 宮原晃一郎(著)
今代きんだいの難波文学はわづかに吾妻の花に反応する仇なる面影に過ぎざれども、徳川氏の初代に於て大に気焔を吐きたるものは、彼にてありし。
徳川氏時代の平民的理想 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
日本にほん麻雀マアジヤン近頃ちかごろ少々せう/\ねこ杓子しやくしものかんじになつてしまつたが、わづか四五ねんほどのあひだにこれほど隆盛りうせい勝負事しようぶごとはあるまいし
麻雀を語る (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
いかほど機会を待つても昼中ひるなかはどうしても不便である事をわづかにさとり得たのであるが、すると、今度はもう学校へはおそくなつた。
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
食物がなくなると、日傭稼ひやとひかせぎに出たり、遠い町へ使ひに行つたりして、わづかの賃金をもらつてきて、それで暮してゐました。
犬の八公 (新字旧仮名) / 豊島与志雄(著)
此の時の彼の顔は全く蒲団ふとんの襟深く埋められてゐたけれど其の云ひやうのない表情はわづかに見えてゐる額にも読まれた。
煤煙の匂ひ (新字旧仮名) / 宮地嘉六(著)
この間わづかに何分時といふ程に過ぎずと覚ゆれど、かもこの短時間に於ける、はば無限の深き寂しさの底ひより
予が見神の実験 (新字旧仮名) / 綱島梁川(著)
その旅人とっても、馬を扱ふ人のほかは、薬屋か林務官、化石を探す学生、測量師など、ほんのわづかなものでした。
種山ヶ原 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
しかしはかほかには、わづかに陶器とうきつくつた窯跡かまあとのようなものがあるくらゐで、ほとんどいふにるものはありません。
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
トロリとした鶴見つるみ神奈川かながはぎて平沼ひらぬまめた。わづかの假寢うたゝねではあるが、それでも氣分きぶんがサツパリして多少いくら元氣げんきいたのでこりずまに義母おつかさん
湯ヶ原ゆき (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
彼としては非常な大骨折おほゞねをりで、わづか二三日の間に、げツソリ頬の肉がけたと思はれるばかり體もつかれ心もつかれた。
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
すると今度こんどかはづ歩兵ほへいが、おなおごそかな口調くてう繰返くりかへしました、たゞわづ言葉ことばじゆんへて、『女王樣ぢよわうさまより。球投まりなげのおもよほしあるにつき公爵夫人こうしやくふじんへの御招待状ごせうたいじやう
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
これを解禁後かいきんご推定相場すゐていさうば四十九ドルぶんの三と比較ひかくするとわづかに一ドルらずとなつて一わりさがつてつた爲替相場かはせさうばは九回復くわいふくしたわけであつて
金解禁前後の経済事情 (旧字旧仮名) / 井上準之助(著)
が、「越し人」等の抒情詩を作り、わづかにこの危機を脱出した。それは何か木の幹に凍つた、かがやかしい雪を落すやうに切ない心もちのするものだつた。
或阿呆の一生 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
多田院ただのゐん日光につくわう徳川家とくがはけ靈廟れいべうで、源氏げんじ祖先そせんまつつてあるから、わづか五百石ひやくこく御朱印地ごしゆいんちでも、大名だいみやうまさ威勢ゐせいがあるから天滿與力てんまよりきはゞかなかつた。
死刑 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
文科大学の異材なりしが年わづかに二十七にしてうせぬ。逍遙遺稿正外二篇、みな紅心の余唾にあらざるはなし。
若菜集 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
人間はわづか六千年の短き間にいかにその自然の面影おもかげを失ひつゝあるかをつく/″\嘆ぜずには居られなかつた。
重右衛門の最後 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
安之助やすのすけ當分たうぶんあひだわづかな月給げつきふと、この五千ゑんたいする利益りえき配當はいたうとでらさなければならないのださうである。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
発明後わづか二十年つか経たぬ中に此通り弘まつたのは、一方から言へば人間の交通が益々頻繁になつて世界通用語の必要が切に感ぜられることを証拠立てると同時に
エスペラントの話 (新字旧仮名) / 二葉亭四迷(著)
だからわたし其時そのとき日本國民にほんこくみんとして所有しよいうするものは、わづかの家具かぐと、わづかのほんと、わづかの衣服類いふくるゐとにぎなかつた。そしてわづかに文筆勞働ぶんぴつらうどうつて衣食いしよくするのであつた。
青と赤の印の付いたお神籤みくじを交換して、わづかにお互の無事を知らせ合ひ、いろ/\しめし合せて來たのは、行屆き過ぎる惡人共の監視の眼をくゞり、その毒計に對抗して
すずめが米を食ふのはわづ十粒とつぶか二十粒だ、俵で置いてあつたつて、一度に一俵食へるものぢやない、僕は鴫沢の財産を譲つてもらはんでも、十粒か二十粒の米に事を欠いて
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
かれときとしては主人しゆじんのうつかりしてくらから餘計よけいこめはかして、そつとかくしていてよる自分じぶんいへつてることがあつた。それもわづか二しようか三じようぎない。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
そして終ひに自分で金を払つて、やうやく取り返すことができた。その金はわづかだつたけれど、人をめたやうな彼の態度がにくかつた。彼はさく子にも当らずにはゐられなかつた。
風呂桶 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
さうした私をわづかに慰めてくれたのはその地下室の将棋倶楽部で、料金は一時間五銭、盤も駒も手垢てあかと脂でくろずんでゐて、落ちぶれた相場師だとか、歩きくたびれた外交員だとか
聴雨 (新字旧仮名) / 織田作之助(著)
もんまでわづか三四けん左手ゆんでほこらまへ一坪ひとつぼばかり花壇くわだんにして、松葉牡丹まつばぼたん鬼百合おにゆり夏菊なつぎくなど雜植まぜうゑしげつたなかに、向日葵ひまはりはなたかはすごと押被おつかぶさつて、何時いつにかほしかくれた。
星あかり (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
風と雲との烈しい爭ひ、人は其中に包まれて岩角にすがり、岩陰にひそみ、わづかに呼吸をつないでゐるばかり、危く吹き飛ばされ、風に卷かれて千丈の谷底へまろびさうになる——。
山岳美観:02 山岳美観 (旧字旧仮名) / 吉江喬松(著)
わづか十九歳の少年であつた、その事をうか酌量しやくりやうして許してもらひたいのであるが
アリア人の孤独 (新字旧仮名) / 松永延造(著)
六歳むツつか……吾家うち子供ばうは、袴着はかまぎ祝日いはひ今日けふ賓客きやくんで、八百膳やほぜん料理れうり御馳走ごちそうしたが、ヤアれが忌嫌いやだのこれ忌嫌いやだのと、我意だだばかりふのに、わづ六歳むツつでありながら親孝行おやかうかう
きばらして此方こなたにらんでつたが、それもわづかのあひだで、獅子しゝ百獸ひやくじうわうばるゝほどあつて、きわめて猛勇まうゆうなる動物どうぶつで、此時このとき一聲いつせいたかさけんで、三頭さんとう四頭しとうたてがみらして鐵車てつしや飛掛とびかゝつてた。
まち小學校せうがつかう校長かうちやうをしてゐた彼女かのぢよをつとは、一年間ねんかんはいんで、そして二人ふたり子供こどもわかつま手許てもとのこしたまゝんでいつた。のこつたものは彼女かのぢよおも責任せきと、ごくわづかなたくはへとだけであつた。
(旧字旧仮名) / 水野仙子(著)
ほんの慰み事ならば又別だが、金も乏しい癖して紙代、絵具代、大変なものだ。友達は皆陰で心配してゐるのです。一体このとしわづかづゝ上達したところで、それがどうなるといふのです。
南京六月祭 (新字旧仮名) / 犬養健(著)
かうしてわづかでも旅先の、しばらくぶりで見る鏡では、身の衰へと云はうか、何時の間にか忍び込んだおい——老と云ふのも気が早過ぎるが、ともかく青春は既に昨日きのふの花であることがありありと分つた。
曠日 (新字旧仮名) / 佐佐木茂索(著)
屋内酒樽さけだるのあるあらばきはめてめうなれども、若し之なくんば草臥くたびぞんなりと、つひに帰路をりて戸倉にいたるにけつす、一帯の白砂はくさおはれば路は戸倉峠につらなる、峠のたかさ凡そ六千呎、路幅みちはばわづかに一尺
利根水源探検紀行 (新字旧仮名) / 渡辺千吉郎(著)
それがわづかなおあしでありながら
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
然れどもわづかに現在の「生」をうかゞひ知ることを得るなり、現在の「生」は夢にして「生」の後がなるべきや否や、吾人は之をも知る能はず。
が、熟練した水雷士官でも、これはよほど難しい。それをわづか十七歳の少年が、見覚え、聞覚えでやるのだ。成功するか知ら? 危ないものだ!
怪艦ウルフ号 (新字旧仮名) / 宮原晃一郎(著)
其顏そのかほ不審いぶかしげにあふぎて、姉樣人形ねえさまにんぎやうくださるか、げまするとわづかにうなづ令孃ひめ甚之助じんのすけうれしくたちあがつて、つたつた。
暁月夜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
貝塚土器かひづかどき破片はへんが、わづかに二三ぺん見出みいだされたが、かひ分量ぶんりやうから比較ひかくしてると、何億萬分なんおくまんぶんいちといふくらゐしかにあたらぬ)
よき屋敷やしき方へ御奉公に差上るなりといひすゝ彼惡婆かのあくばのお定を三次が出入の御屋敷の老女と爲し御取替とりかへ金などと僞りてわづかの金子をお安に與へ妹娘のお富を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
といふのは、せう代に両しんわかれた一人つ子の青木さんは、わづかなその遺産ゐさんでどうにか修学しうがくだけはましたものの、全く無財産むざいさんの上だつた。
(旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
わづかな乗客のなかに、まるまるとたるのやうにふとつた男がありました。二十頭ばかりの立派な羊をつれてゐました。
エミリアンの旅 (新字旧仮名) / 豊島与志雄(著)
良寛さんが、長崎の街と湾を見おろす丘の上まで、辿たどりついたときには、空にわづかに夕映が残つてゐて、海には黒く夕闇ゆふやみがしみこんで来る時分であつた。
良寛物語 手毬と鉢の子 (新字旧仮名) / 新美南吉(著)
きのふまでちひさなたけだとおもつたのが、わづ一晩ひとばんばかりで、びつくりするほどおほきくなつたのがあります。
ふるさと (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
東の国の博士たちはクリストの星の現はれたのを見、黄金や乳香にゆうかう没薬もつやくを宝のはこに入れて捧げて行つた。が、彼等は博士たちの中でもわづかに二人か三人だつた。
西方の人 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)