のき)” の例文
越前ゑちぜん武生たけふの、わびしい旅宿やどの、ゆきうもれたのきはなれて、二ちやうばかりもすゝんだとき吹雪ふゞき行惱ゆきなやみながら、わたしは——おもひました。
雪霊記事 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
ふしぎにおもって、おとうさんがあおむいて見ると、のきさきの高いたなの上にのせられて、たにしの子が日向ひなたぼっこしていました。
たにしの出世 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
原田氏はらだし星亨氏ほしとほるし幕下ばつか雄將ゆうしやうで、關東くわんとうける壯士さうし大親分おほおやぶんである。嶺村みねむら草分くさわけ舊家きうけであるが、政事熱せいじねつ大分だいぶのきかたむけたといふ豪傑がうけつ
ももひきぞうりばきのいでたち、ふたりは二十五、六ぐらい、によったふうである。のきに近づくとふたりはひとしくかぶりものをとる。
告げ人 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
古ぼけた葭戸よしどを立てた縁側えんがはそとには小庭こにはがあるのやら無いのやらわからぬほどなやみの中にのき風鈴ふうりんさびしく鳴り虫がしづかに鳴いてゐる。
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
からははひにあともとゞめずけぶりはそら棚引たなびゆるを、うれしやわが執着しふちやくのこらざりけるよと打眺うちながむれば、つきやもりくるのきばにかぜのおときよし。
軒もる月 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
いずれも表の構えは押しつぶしたようにのきれ、間口まぐちせまいが、暖簾の向うに中庭の樹立こだちがちらついて、離れ家なぞのあるのも見える。
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
と空ろな頭で考えて、小屋ののきに並んだ絵看板を眺めると、様々な魔奇術の場面が、毒々しい油絵で、さも奇怪に、物凄く、描いてある。
魔術師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
おなじ宿場しゅくばのきをながしていた坂東巡礼ばんどうじゅんれいの三十七、八ぐらいな女——わが子をたずねて坂東めぐりをしてあるくおときという女房にょうぼう
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
大きな金の日の丸の扇をあずまやののきから差し出して、空に向かって両手であおぎながら、雷の神を招き落とそうとしました。
雷神の珠 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
のきをならべて続いている大きい商店が、第一、巳之助には珍らしかった。巳之助の村にはあきないやとては一軒しかなかった。
おじいさんのランプ (新字新仮名) / 新美南吉(著)
民家がのきならべた村などで屋敷の特色をもって呼びにくい処では、戸主の平兵衛とか源蔵とかの名前を屋敷の名にしているが
地名の研究 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
其時そのとき野々宮さんは廊下へりて、したから自分の部屋ののき見上みあげて、一寸ちよつと見給へ藁葺わらぶきだと云つた。成程めづらしく屋根に瓦をいてなかつた。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
借家しやくやは或実業家の別荘の中に建つてゐたから、芭蕉ばせうのきさへぎつたり、広い池が見渡せたり、存外ぞんぐわい居心地のよい住居すまひだつた。
身のまはり (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
と、十数間離れたあなたに——もと来た方の家ののきに、その軒よりも高いほどに、身長たけ高い一本の御幣ごへいのようなものが、風に靡いて立っていた。
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
なぞと誠におとなしい夫故それゆゑされるうれひはございません、けれどものきしたにはギツシリつめも立たんほど立つてります。
牛車 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
その銀色の面を区ぎるのきの線の美しさ。左半分が天平時代の線で、右半分が鎌倉時代の線であるが、その相違も今は調和のある変化に感じられる。
古寺巡礼 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
それに、なによりも恐ろしいことには、母屋おもやのきに、大きなフクロウが七もならんでとまっているではありませんか。
卯平うへい清潔好きれいずきなのでむつゝりとしながらひとりときには草箒くさばうき土間どまのきしたいてはとりあしつめみだした庭葢にはぶた周圍あたりをもきつけていた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
いつもや、いえのきでねたり、はやしなかでねたりしていた。あさはやきると、子供こどもあそんでいるのをさがしてあるいた。
つばめと乞食の子 (新字新仮名) / 小川未明(著)
小屋の前ののきの下に写真がいくつもいくつも掲げられてその下に大勢の子供、米屋の小僧、小料理屋の出前持ち、子を背負う女中などが群れていた。
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
猫はすぐ鼻のさきに、大きなししがふいにあらわれたので、あわてて、長ぐつのまま、あぶないもこわいもなく、のきのかけひの上にかけあがりました。
其處から納屋なやへ行つて見ると、のきの下に仁王樣の草鞋のやうなのが十足ばかりブラ下げてあり、そのうち三足には明かに新しい足形が附いて居ります。
と結んだ主人は、折から縁の日向ひなたにおろしてある鳥籠に小猫がじゃれているのを見ると、って行って猫を追い、籠をのきに吊るしておいて座に帰った。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
何処かの茶店に休んで餅を食っている時に、のき近く飛んで来た鶯が、その手にしている餅——もしくは皿の中に在る餅——に糞をしたというのである。
俳句はかく解しかく味う (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
ふと見れば片側ののきにそひて、つたかずらからませたるたなありて、そのもとなる円卓まるづくえを囲みたるひとむれの客あり。こはこの「ホテル」に宿りたる人々なるべし。
うたかたの記 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
くだんの石をのきそとなほおき、朝飯などしたゝめて彼の石を見んとするに石なし、いかにせし事やらんとさま/″\にたづねもとむれども行方しれずとなん。
ここでは注連しめ飾りが町家ののきごとに立てられて、通りのかどには年の暮れの市が立った。だいだい注連しめ昆布こんぶえびなどが行き通う人々のにあざやかに見える。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
君勇きみゆう』とか『秀香ひでか』とか、みやこ歌妓うたひめめた茶色ちやいろみじか暖簾のれんが、のきわたされて、緋毛氈ひまうせん床几しようぎ背後うしろに、赤前垂あかまへだれをんなが、甲高かんだかこゑしぼつてゐた。
死刑 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
一、此所を寝物語と申すは、江濃がうのうのき相隣あひとなり、壁を隔てて互に物語をすれば、其詞相通じ問答自由なるゆゑなり。
大菩薩峠:33 不破の関の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
うした言葉ことばつうじないつばめも、むられて、家々いへ/\のきをつくり、くちばしの黄色きいろ可愛かあい子供こどもそだてる時分じぶんには、大分だいぶ言葉ことばがわかるやうになりました。
ふるさと (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
今もその城址じょうしには立派な城門ややぐらが残り、花の季節などには絵のようであります。雪に深い町でありますから、店の前に更にのきを設けて雪よけの囲いをします。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
入口にはいつもの魚屋があって、塩鮭しおざけのきたないたわらだの、くしゃくしゃになったいわしのつらだのが台にのり、のきには赤ぐろいゆで章魚だこが、五つつるしてありました。
山男の四月 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
青木さんはふと一人ごとのやうにさうつぶやいて、のき先にえるれた空をぢつと上げた。が、さういふ空さうの明るさとは反対はんたい氕持きもちめうくらしづんでつた。
(旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
のきの低い町並みではあるけれど、割合と色々な商い店がそろっていて、荷箱のように小さい、はとと云う酒場などは、銀座を唄ったレコードなんかを掛けていたりした。
清貧の書 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
それは透のことであろうと私は察したので、いかにも其の通りだと答えると、男はわたしを路ばたの或る家ののきランプの下へ連れて行って、一枚の名刺をとり出して見せた。
深見夫人の死 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
我が家に近き町はずれよりは、のきごとに紅燈こうとうの影美しく飾られて宛然さながら敷地祭礼の如くなり。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
其建物そのたてものをいへば松田まつだ寿仙じゆせん跡也あとなり常磐ときは萬梅まんばい跡也あとなり今この両家りやうけにんまへ四十五銭と呼び、五十銭と呼びて、ペンキぬり競争きやうそう硝子張がらすはり競争きやうそうのきランプ競争きやうそう火花ひばならし候由そろよしそろ
もゝはがき (新字旧仮名) / 斎藤緑雨(著)
その優雅な名前にも似ず、それはのきも傾いたような、ぼろぼろのきたない居酒屋でした。
Sの背中 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
かくて傳吉は小娘に誘引いざなはある家に入て見ればはしらまがりてたふのきかたぶき屋根おちていかにも貧家ひんかの有樣なれば傳吉は跡先あとさき見回し今更立ち出んも如何と見合ける中に小娘はたらひ温湯ぬるゆ
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
そこでも土産物やたべものの店がならんでいた。のきの低い家並やなみに、大提灯おおぢょうちんが一つずつぶらさがっていて、どれにもみな、うどん、すし、さけ、さかななどと、太い字でかいてあった。
二十四の瞳 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
谷中やなか感応寺かんおうじきたはなれて二ちょうあまり、茅葺かやぶきのきこけつささやかな住居すまいながら垣根かきねからんだ夕顔ゆうがおしろく、四五つぼばかりのにわぱいびるがままの秋草あきぐさみだれて、尾花おばなかくれた女郎花おみなえし
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
寄附申込書をかかえてのきなみを駈けずり廻りはするが、そのくせ出入りの仕立屋やおさんどんの仕払いはしない——そんな博愛家そんな同情家が私たちのあいだには何人いるかしれません。
(新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
大通りののきを境に、火焔と毒瓦斯とが、上下に入り乱れて、噛み合っていた。
空襲葬送曲 (新字新仮名) / 海野十三(著)
まことに此時このときうららかにかぜやはらかくうめの花、のきかんばしくうぐひすの声いと楽しげなるに、しつへだてゝきならす爪音つまおと、いにしへの物語ぶみ、そのまゝのおもむきありて身も心もきよおぼえたり、の帰るさ
隅田の春 (新字旧仮名) / 饗庭篁村(著)
しかし、もうそのときには、つま身体からだ絶対ぜつたいうごかすことが出来なかつた。さうして、ふたゝなつ私達わたしたちの家にめぐつて来た。いちごは庭一めん新鮮しんせんいろを浮べ出した。桜桃あうたうのき垣根かきねらなつた。
美しい家 (新字旧仮名) / 横光利一(著)
朝の間、蝶子は廓の中へはいって行きのきごとに西瓜を売ってまわった。
夫婦善哉 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
聞えないかの低い声で鼻唄はなうたをうたいながら歩いている源吉爺さんを先達せんだつにして、トヨは毎日の道順にしたがい、のきの傾いた商家がたち並んでいる広い村道から、ほこりっぽい田圃径たんぼみちへと通り抜けてゆく。
南方郵信 (新字新仮名) / 中村地平(著)
そのうちに楽隊の音は、のき下からのぞけば見えそうなところまで近づいて来ました。が、こんなとき、うっかりのぞいたりしようものなら、親方のかなづちがこつんと向こうずねにぶつかって来ます。
曲馬団の「トッテンカン」 (新字新仮名) / 下村千秋(著)
のきにちょっとした装飾そうしょくをつけた陳列窓ちんれつまどが私の足を引きとめた。
みちのく (新字新仮名) / 岡本かの子(著)