“杉(すぎ)” の例文
時には岩石が路傍に迫って来ていて、高い杉(すぎ)の枝は両側からおおいかぶさり、昼でも暗いような道を通ることはめずらしくなかった。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
最早(もはや)、最後(さいご)かと思(おも)ふ時(とき)に、鎭守(ちんじゆ)の社(やしろ)が目(め)の前(まへ)にあることに心着(こゝろづ)いたのであります。同時(どうじ)に峰(みね)の尖(とが)つたやうな眞白(まつしろ)な杉(すぎ)の大木(たいぼく)を見(み)ました。
雪霊続記 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
向うの方ではまるで泣いたばかりのような群青(ぐんじょう)の山脈や杉(すぎ)ごけの丘のようなきれいな山にまっ白な雲が所々かかっているだろう。
風野又三郎 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
しかし妻(つま)は夢(ゆめ)のやうに、盜人(ぬすびと)に手(て)をとられながら、藪(やぶ)の外(そと)へ行(ゆ)かうとすると、忽(たちま)ち顏色(がんしよく)を失(うしな)つたなり、杉(すぎ)の根(ね)のおれを指(ゆび)さした。
藪の中 (旧字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
家は真実そんなでもなかったけれど、美事な糸柾(いとまさ)の杉(すぎ)の太い柱や、木目(もくめ)の好い天井や杉戸で、手堅い廻船問屋らしい構えに見受けられた。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
隣に見えるのが有名な苔香園(たいこうえん)、あすこの森の中が紅葉館、この杉(すぎ)の森がわたし大好きですの。きょうは雪が積もってなおさらきれいですわ
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
宗助(そうすけ)は老師(らうし)の此(この)挨拶(あいさつ)に對(たい)して、丁寧(ていねい)に禮(れい)を述(の)べて、又(また)十日(とをか)前(まへ)に潛(くゞ)つた山門(さんもん)を出(で)た。甍(いらか)を壓(あつ)する杉(すぎ)の色(いろ)が、冬(ふゆ)を封(ふう)じて黒(くろ)く彼(かれ)の後(うしろ)に聳(そび)えた。
門 (旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
私の耳には真昼の水の音がさながらゆめのように聞えて、細い杉(すぎ)の木立から漏れて来る日の光が、さながら月夜の影のように思いなされた。
駅夫日記 (新字新仮名) / 白柳秀湖(著)
板屋根を葺くのは枌板といって、もとは杉(すぎ)だの檜(ひのき)だのの柾目(まさめ)のよくとおったふとい材木を、鉈(なた)のような刃物(はもの)でそぎわったうすい板であった。
母の手毬歌 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
家財道具(かざいだうぐ)が門(もん)の外(そと)に運(はこ)ばれた時(とき)火勢(くわせい)は既(すで)に凡(すべ)ての物(もの)の近(ちか)づくことを許容(ゆる)さなかつた。家(いへ)を圍(かこ)んで東(ひがし)にも杉(すぎ)の喬木(けうぼく)が立(た)つて居(ゐ)た。
土 (旧字旧仮名) / 長塚節(著)
才兵衛はひとり裏山に登って杉(すぎ)の大木を引抜き、牛よりも大きい岩を崖(がけ)の上から蹴落(けおと)して、つまらなそうにして遊んでいた。
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
山門の所からは杉(すぎ)森は暗いほどに繁(しげ)り、奥(おく)へ行くにしたがって肌(はだ)がひやりとするような寒い風が流れるように吹(ふ)いて来た。
鬼退治 (新字新仮名) / 下村千秋(著)
墓を囲んだ杉(すぎ)や榎(えのき)が燃えるような芽を出している。僕にはなぜか苦しすぎる風景であった。夜が待ち遠しい位だ。早く夜になってくれるといい。
魚の序文 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
それは貝を掘るためのもので、籠は約一メートル四方、一方に砂へ打ち込むための鉄の歯があり、四メートルほどの杉(すぎ)の若木の棹(さお)がついていた。
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
だれかからもらったキュラソーのびんの形と色を愛しながら、これは杉(すぎ)の葉のにおいをつけた酒だよと言って飲まされたことを思い出すのである。
夏目漱石先生の追憶 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
しかし、三輪(みわ)の杉(すぎ)ではないが、この前の木立ちを目に見ると素通りができなくてね、私から負けて出ることにしましたよ
源氏物語:15 蓬生 (新字新仮名) / 紫式部(著)
言(い)うより早(はや)く天狗(てんぐ)さんは電光(いなづま)のように道場(どうじょう)から飛(と)び出(だ)したと思(おも)う間(ま)もなく、忽(たちま)ちするすると庭前(ていぜん)に聳(そび)えている、一本(ぽん)の杉(すぎ)の大木(たいぼく)に駆(か)け上(あが)りました。
片手(かたて)に独楽(こま)——まわすと見せて、一方の手に、般若丸(はんにゃまる)の脇差(わきざし)を抜(ぬ)きはなったかと思うと、杉(すぎ)の根もとにつながれている、クロの綱(つな)をさッと斬(き)った。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
この松(まつ)や杉(すぎ)のように丈(たけ)の高(たか)くなり、形(かたち)も大(おほ)きくなる樹木(じゆもく)を『喬木(きようぼく)』といひ、つゝじやぼけのように形(かたち)も小(ちひ)さく、機状(きじよう)に茂(しげ)る木(き)を『灌木(かんぼく)』と呼(よ)びます。
森林と樹木と動物 (旧字旧仮名) / 本多静六(著)
落葉木(らくようぼく)は若葉から漸次青葉になり、杉(すぎ)松(まつ)樫(かし)などの常緑木が古葉を落(おと)し落して最後の衣更(ころもがえ)をする。田は紫雲英(れんげそう)の花ざかり。林には金蘭銀蘭の花が咲く。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎、徳冨蘆花(著)
月の色に燃えた杉(すぎ)の梢へでも、谷底の、岩の裂け目に咲く苔(こけ)の花へでも、邪婬の霧が降らずにはいようもないわ。
道成寺(一幕劇) (新字新仮名) / 郡虎彦(著)
最前(さいぜん)はただ杉(すぎ)檜(ひのき)の指物(さしもの)膳箱(ぜんばこ)などを製し、元結(もとゆい)の紙糸(かみいと)を捻(よ)る等に過ぎざりしもの、次第にその仕事の種類を増し、下駄(げた)傘(からかさ)を作る者あり、提灯(ちょうちん)を張る者あり
旧藩情 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
船着き場の桟橋(さんばし)に建てられたアーチは、歓送迎門(かんそうげいもん)の額(がく)をかかげたまま、緑の杉(すぎ)の葉は焦茶(こげちゃ)色に変わってしまった。
二十四の瞳 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
そしてそこにたくさん並(なら)んでいる杉(すぎ)の木を平家(へいけ)の一門(いちもん)に見立(みた)てて、その中で一ばん大きな木に清盛(きよもり)という名(な)をつけて、小(ちい)さな木太刀(きだち)でぽんぽん打(う)ちました。
牛若と弁慶 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
三男 井戸車のある家と、めくらのじいさんのお家の間をとおっていくとね、杉(すぎ)の垣根(かきね)にあながあいてるからね、そこをくぐると、お医者さんちの裏だよ。
病む子の祭 (新字新仮名) / 新美南吉(著)
蚊(か)いぶし火鉢(ひばち)に火(ひ)を取分(とりわ)けて三尺(じやく)の椽(ゑん)に持出(もちいだ)し、拾(ひろ)ひ集(あつ)めの杉(すぎ)の葉(は)を冠(かぶ)せてふう/\と吹立(ふきたつ)れば、ふす/\と烟(けふり)たちのぼりて軒塲(のきば)にのがれる蚊(か)の聲(こゑ)凄(すさ)まじゝ
にごりえ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
この樹林(じゆりん)は、檜(ひのき)、杉(すぎ)、松等(まつとう)の優良(いうれう)なる建築材(けんちくざい)であるから、國民(こくみん)は必然(ひつぜん)これを伐(き)つて家(いへ)をつくつたのである。
日本建築の発達と地震 (旧字旧仮名) / 伊東忠太(著)
この辺(へん)、楓(かえで)が割合いに少く、かつひと所にかたまっていないけれども、紅葉(こうよう)は今が真(ま)っ盛(さか)りで、蔦(つた)、櫨(はぜ)、山漆(やまうるし)などが、杉(すぎ)の木の多い峰のここかしこに点々として
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
が、教えられていたから、妻に対(むか)って、オイ、二三枚でよいが杉(すぎ)の赤身(あかみ)の屋根板は無いか、と尋ねた。
野道 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
境内(けいだい)の杉(すぎ)の木立ちに限られて、鈍い青色をしている空の下、円形の石の井筒(いづつ)の上に笠(かさ)のように垂れかかっている葉桜の上の方に、二羽の鷹が輪をかいて飛んでいたのである。
阿部一族 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
寺の裏門からずっと出て、死骸を越えて、一本道をまっすぐたどっていったその曲がりかどに、杉(すぎ)の葉束の酒屋のしるしが、無言のなぞを物語り顔につるされてあるのです。
杉(すぎ)や檜(ひのき)の大樹がまわりを取り囲んで、たださえ暗い闇夜の空を、一そう暗く覆(おお)い隠している。
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
折柄(をりから)杉(すぎ)の妻戸(つまど)を徐ろに押し開(あ)くる音す、瀧口首(かうべ)を擧げ、燈(ともしび)差(さ)し向けて何者と打見やれば、足助二郎重景なり。端(はし)なくは進まず、首(かうべ)を垂れて萎(しを)れ出でたる有樣は仔細ありげなり。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
あたりには大きな杉(すぎ)の木が立ち並(なら)んでいて、昼間(ひるま)でも恐(おそ)ろしいようなところでした。けれども甚兵衛(じんべえ)は一心になって、どうか上手(じょうず)な人形使いになりますようにと、神様(かみさま)に願(ねがい)いました。
人形使い (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
小(ちひ)さな杉(すぎ)や、丈(たけ)よりも長(なが)い枯萱(かれかや)が繁(しげ)つて居(ゐ)るので、誰(たれ)が何處(どこ)に居(ゐ)るのやら分(わか)らぬ。
それから上陸して境駅の入際(いりぎわ)からすぐ横へ切れると、森の中の小径へかかッた,両側には杉(すぎ)、檜(ひのき)、楢(なら)などの類(たぐい)が行列を作ッて生えているが、上から枝が蓋(かぶ)さッていて下に木下闇(こしたやみ)が出来ている
初恋 (新字新仮名) / 矢崎嵯峨の舎(著)
市郎は夢のように其(そ)の行方を見送っていると、トムの声を聞き付けて、この家(や)の下男(しもおとこ)も内から出て来た。其(その)話によると、彼(か)の怪しの老女は北の山奥に棲むお杉(すぎ)という親子連(づれ)の乞食であると云う。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
彼女の名はお杉(すぎ)という。お杉は参木が来ると、女たちの肩越しにいつも参木の顔をうっとり眺めているのが常であった。間もなく湯女たちが狭い廊下いっぱいに水々しい空気をたてて乱れて来た。
上海 (新字新仮名) / 横光利一(著)
そこは栃木県の某温泉場で、下には澄(す)みきったK川の流れがあって、対岸にそそりたった山やまの緑をひたしていた。松(まつ)杉(すぎ)楢(なら)などの疎(まばら)に生えた林の中には、落ちかかった斜陽(ゆうひ)が微(かすか)な光を投げていた。
藤の瓔珞 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
主人の佐久間勘解由(かげゆ)は、東照宮入国のお供をして大伝馬町に住み付き、代々公儀の御用達を勤める身分ですが、生得気むずかしく、物事に容捨(ようしゃ)を知らぬ心掛けの人間で、それに連れ添う内儀のお杉(すぎ)は
雪難之碑(せつなんのひ)。——峰(みね)の尖(とが)つたやうな、其處(そこ)の大木(たいぼく)の杉(すぎ)の梢(こずゑ)を、睫毛(まつげ)にのせて倒(たふ)れました。私(わたし)は雪(ゆき)に埋(うも)れて行(ゆ)く………身動(みうご)きも出來(でき)ません。
雪霊記事 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
観音堂(かんのんどう)の屋根はころびかかり、檜木(ひのき)六本、杉(すぎ)六本、都合十二本の大木が墓地への通路で根扱(ねこ)ぎになったと言って見せるものがある。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
秋本は貴族的な立派な風貌(ふうぼう)の持主で、葉子の郷里の人が大抵そうであるように、骨格に均齊(きんせい)があり手足が若い杉(すぎ)のようにすらりとしていた。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
戸板の杉(すぎ)の赤みが鰹節(かつおぶし)の心(しん)のように半透明にまっ赤(か)に光っているので、日が高いのも天気が美しく晴れているのも察せられた。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
あつた所(ところ)でございますか? それは山科(やましな)の驛路(えきろ)からは、四五町(ちやう)程(ほど)隔(へだ)たつて居(を)りませう。竹(たけ)の中(なか)に痩(や)せ杉(すぎ)の交(まじ)つた、人氣(ひとけ)のない所(ところ)でございます。
藪の中 (旧字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
杉(すぎ)の大木(たいぼく)は西(にし)へ倒(たふ)したのでづしんとそこらを恐(おそ)ろしく搖(ゆる)がしてお品(しな)の庭(には)へ横(よこ)たはつた。枝(えだ)は挫(くぢ)けて其(その)先(さき)が庭(には)の土(つち)をさくつた。
土 (旧字旧仮名) / 長塚節(著)
その僅(わず)か五丁もの道の間には、火葬場(かそうば)や大根畑や、墓や杉(すぎ)の森を突切(つっき)らない事には、大変な廻(まわ)り道になるので、私達は引越しの代を倹約(けんやく)するためにも
清貧の書 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
岩屋(いわや)から少(すこ)し参(まい)りますと、モーそこはすぐ爪先上(つまさきあが)りになって、右(みぎ)も左(ひだり)も、杉(すぎ)や松(まつ)や、その他(た)の常盤木(ときわぎ)のしんしんと茂(しげ)った、相当(そうとう)険(けわ)しい山(やま)でございます。
菅沼の家(いへ)は谷中(やなか)の清水町(しみづちよう)で、庭(には)のない代りに、椽側へ出(で)ると、上野の森(もり)の古(ふる)い杉(すぎ)が高(たか)く見えた。それがまた、錆(さび)た鉄(てつ)の様に、頗(すこぶ)る異(あや)しい色(いろ)をしてゐた。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
〔志戸平(しどたいら)のちかく豊沢(とよさわ)川の南の方に杉(すぎ)のよくついた奇麗(きれい)な山があるでしょう。あすことこことはとても木の生え工合や較(くら)べにも何にもならないでしょう。
台川 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)