しつ)” の例文
また、一とうしつからも、大臣だいじんや、高等官こうとうかんかおがちょっとばかりあらわれました。しかしそのひとたちのかおは、じきにんでしまいました。
白い影 (新字新仮名) / 小川未明(著)
しかるに形躯けいく変幻へんげんし、そう依附いふし、てんくもり雨湿うるおうの、月落ちしん横たわるのあしたうつばりうそぶいて声あり。其のしつうかがえどもることなし。
牡丹灯籠 牡丹灯記 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
父はおこツてゐる、母夫人は冷淡れいたんだ。周三は何處にも取ツて付端つきはが無いので、眞個まつたく家庭を離れて了ツて、獨其のしつに立籠ツて頑張ツた。
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
しつの中央には畳一畳敷程の大きな彫刻つきのデスクが置かれ、それを囲んで、やはり古風な彫刻のある肘掛椅子ひじかけいすや長椅子が並んでいる。
悪魔の紋章 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
イワン、デミトリチ、グロモフは三十三さいで、かれはこのしつでの身分みぶんのいいもの、元来もと裁判所さいばんしょ警吏けいり、また県庁けんちょう書記しょきをもつとめたので。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
皇太子は立派な宮殿のなかを方々案内し廻つた末ホオヘンツオレルン家の御先祖の肖像がづらりと並んだあるしつにはいりながら言つた。
しかししつ比較的ひかくてきひろつくられるのが通常つうじようであるから、みぎのようなものゝちてさうな場所ばしよからとほざかることも出來できるであらう。
地震の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
取っつきのしつには粗末な木地のテーブルに、ミルクの空罎からびんだのつまったのだの、ゴチャ交ぜに並べた、その横に片肱かたひじをついて
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
其後そののち旗野は此家このやすまひつ。先住のしつが自ら其身そのみを封じたる一室は、不開室ととなへて、開くことを許さず、はた覗くことをも禁じたりけり。
妖怪年代記 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
ぴちりと音がして皓々こうこうたる鏡は忽ち真二つに割れる。割れたるおもては再びぴちぴちと氷を砕くが如くこな微塵みじんになってしつの中に飛ぶ。
薤露行 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
手紙に書いてあつた來遊の音樂者が、此時來客との應接を辭してしつの片隅に据ゑられたピヤノの上からヴイオロンを取上げた。
新帰朝者日記 (旧字旧仮名) / 永井荷風(著)
こうなって来ると、例の連中はいかなる手段をもってドーブレクのしつに侵入せんとするだろうか?ドーブレクは電気を消した。
水晶の栓 (新字新仮名) / モーリス・ルブラン(著)
すぎとし北国より人ありてこぶしの大さの夜光やくわうの玉あり、よく一しつてらす、よきあたひあらばうらんといひしかば、即座そくざに其人にたくしていはく、其玉もとめたし
かしこに人の住まざる家なく、しつの内にてらるゝことを教へんとてサルダナパロの來れることもあらざりき 一〇六—一〇八
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
ドーンと、下から入口をふさいでしまわれると、山曲輪やまぐるわの一しつにはもう、竹童と咲耶子、たッたふたりきりになってしまった。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
くぼの尼は、くぼ持妙尼ぢめうにとよばれて、松野殿後家尼御前あまごぜの娘だが、武州池上宗仲むねなかしつ日女御前にちぢよごぜと同じ人であらうともいふ。
そして、このしつを中心として、隣りから隣りへと、それよりやや小さい室が、まるで墜道トンネルのように拡がっているのだった。
空襲葬送曲 (新字新仮名) / 海野十三(著)
今度こんどは石をにしきつゝんでくらをさ容易よういにはそとに出さず、時々出してたのしむ時は先づかうたいしつきよめるほどにして居た。
石清虚 (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
その銀笛は此私が、マリア姫のしつから持って来た大事な証拠の品でして、其夜も私はその笛をゴッサンの眼の前へ突き出して、確めさせた程でした。
西班牙の恋 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
湯は菖蒲の湯で、伝説にいう源三位げんざんみ頼政のしつ菖蒲の前は豆州ずしゅう長岡に生れたので、頼政滅亡の後、かれは故郷に帰って河内村の禅長寺に身をよせていた。
秋の修善寺 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
日本にほんでも徳川柳營とくがはりうえいにおいて、いつのころからか『地震ぢしん』としやうして、はめて頑丈ぐわんぜうな一しつをつくり、地震ぢしんさいげこむことをかんがへ、安政大震あんせいだいしんのち
日本建築の発達と地震 (旧字旧仮名) / 伊東忠太(著)
階下したよりほのかに足音の響きければ、やうやう泣顔隠して、わざとかしらを支へつつしつ中央まなかなる卓子テエブル周囲めぐりを歩みゐたり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
彼女は黒い着物を身につけ、高い襟をつけた、優雅な女で非常にすばしこい、黒い眼を持っていた。彼女は註文をきくために奥のしつへと彼についてきた。
番頭ジロリ我々一行の姿を見て、たちまち態度を一変し、無礼極まる言辞をろうして、別館という、梅毒患者ばかり押込めておく薄汚いしつへ追い込もうとした。
乗るだけの客が大抵乗ってしまった頃に、詠子さんが同じしつに這入って来た。さっきの洋服の男は、三等にでも乗るのであろう。挨拶をして走って行った。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
為家のしつ宇都宮頼綱女うつのみやよりつなのむすめには為氏・為教があった。しかし晩年安嘉門院あんかもんいん四条を後妻として、為相ためすけを生んだ。ほかにも子はあるが、問題はこの三者から生じる。
中世の文学伝統 (新字新仮名) / 風巻景次郎(著)
柳田歯科医院に着いたら、患者かんじゃが数名ひかしつに待っていた。しかし照彦様は特別だから、おくさんの案内で客間から治療室へ通って、すぐに椅子にかけた。
苦心の学友 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
その式には白粉おしろいを神像の顔に塗ることあり。大同の家には必ずたたみ一帖いちじょうしつあり。この部屋へやにてよるる者はいつも不思議にう。まくらかえすなどは常のことなり。
遠野物語 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
なかにはひると十數疊敷じゆうすうじようじきぐらゐのおほきさのしつがあつて、そのおくすゝむと二三十間にさんじつけんほどもはひつてかれます。
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
彼等かれら各自めい/\つて種々いろ/\かくれた性情せいじやう薄闇うすぐらしつうちにこつそりとおもつて表現へうげんされてた。女房はようばう言辭ことば悉皆みんなかほたゞ驚愕おどろき表情へうじやうもつおほはしめた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
町名は湊町三丁目の裏といつた。標札に真面目な字で渡辺正利まさとしと書いてある。老婆が導いて十二畳のしつに通る。表の見かけより中の造りは広くて手が入つてる。
坊つちやん「遺蹟めぐり」 (新字旧仮名) / 岡本一平(著)
ははなどは、ほかおおくの人達ひとたちおなじく、こちらにまいってから、産土神様うぶすなのかみさまのお手元てもとで、ある一しつてがわれ、そこでしずかに修行しゅぎょうをつづけているだけなのです……。
それよ今宵こよひよりは一時いちじづゝの仕事しごとばして此子このこため收入しうにふおほくせんとおほせられしなりき、火氣くわき滿みちたるしつにてくびやいたからん、ふりあぐるつち手首てくびいたからん。
軒もる月 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
仕事するにはよろしく専門的であるべしと僕は確信している。堂にのぼらばよろしくしつにも入るを要する。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
まちは、なみだうかんでると、そつとひとみぢた。そして、いつまでもじつとしてゐた。はじめは、兄妹きやうだいたちのこゑとなりしつからきこえてた。そして彼女かれかなしかつた。
追憶 (旧字旧仮名) / 素木しづ(著)
西町奉行にしまちぶぎやう荒尾但馬守あらをたじまのかみは、たか土塀どべいかこまれた奉行役宅ぶぎやうやくたくの一しつで、腕組うでぐみをしながら、にツとわらつた。
死刑 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
傍屋はなれの、せまくるしいうすぎたないひかしつへ、わたしがおさえても止らぬ武者ぶるいに総身をふるわせながら入って行くと、そこでわたしをむかえたのは、白髪しらがあたまの老僕ろうぼくだった。
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
折から矢部やべと云ふ発送係の男、頓驚とんきやうなる声を振り立てて、新聞出来しゆつたいを報ぜしにぞ「其れツ」と一同先きを争うてせ出だせり、村井のみ悠々いう/\として最後にしついでて行けり
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
思いの外容易たやすく、男が立とうというので、女は喜んだ。ぐに荷物を片付ける。宿屋の勘定をする。馬車を呼びにる。電話で停車場ていしゃばへ言って遣って、借切りのしつを取る。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
土井は最初そこへいたばん、筆を執るやうな落着きがないのに、ちよつと失望しつばうしたが、家主やぬしすまつてゐる家のはなれを一しつりておいたからと、甥が言ふので、彼はそれを信じて
(新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
こころみに問う、天下の男子、その妻君が別に一夫を愛し、一婦二夫、家におることあらば、主人よくこれを甘んじてその婦人につかうるか。また『左伝さでん』にそのしつかううということあり。
中津留別の書 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
続いて、昨夜神意審問会が行われたへやを調べることになったが、そこは、この館にはめずらしい無装飾のしつで、確かに最初は、算哲の実験室として設計されたものに相違なかった。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
斯様こんしつに、一人で夜遅く寝ていたら、さぞ物凄い事もあるだろう」と訊ねると
死体室 (新字新仮名) / 岩村透(著)
早春とは云いながら、大きなカミンに火がいてあるので、しつの中はどうかすると汗がにじむほど暖い。そこへテエブルの上へのせた鉢植えの紅梅が時々支那しなめいた匂を送って来る。
首が落ちた話 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
御をぢの国経大納言のしつ在原棟梁ありわらむねやなの女なりけるを、たばかりとりて我が北の方にし給ひけり、敦忠卿の母なり、国経卿歎き給ひけれども、世のきこえにはゞかりてちから及ばざりけり
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
勾配こうばいがつかぬので、屋根は海鼠板なまこいたのトタンにし、爪立つまだてば頭がつかえる天井てんじょうを張った。先には食堂にして居たので、此狭い船房カビンの様な棺の中の様なしつで、色々の人が余等と食を共にした。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
母親は筒袖つゝそでを着て、いざりばたをチヤンカラチヤンカラ織つてた。大名縞だいめうじまおさの動くたびに少しづゝ織られて行く。裏には栗のが深いかげをつくつて、涼しい風を絶えず一しつに送つて来る。
父の墓 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
叔母に一礼して文三が起上ッて、そこそこに部屋へ戻ッて、しつの中央に突立つったッたままで坐りもせず、やや暫くの間と云うものは造付つくりつけの木偶にんぎょうの如くに黙然としていたが、やがて溜息ためいきと共に
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
そのアパートの一しつ一室に棲んでいる人が、どんな気持で住んでいるかと云えば不知不識しらずしらずのうち、今のアパート暮しは一時的なものという気持、結婚するまでとか、又、結婚している人は
女性の生活態度 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
如何いかにも物凄い音をしてブーンと、余韻を引いて鳴っていた、勿論もちろん夜がけているゆえ、戸も立ててあるし、風などがそう入るわけがないが、静かなしつの内に沈んだ音をしてなったのである。
二面の箏 (新字新仮名) / 鈴木鼓村(著)