“蒼(あを)” の例文
御酒(ごしゆ)をめし上(あが)つたからとて快(こゝろよく)くお醉(ゑ)ひになるのではなく、いつも蒼(あを)ざめた顏(かほ)を遊(あそ)ばして、何時(いつ)も額際(ひたひぎは)に青(あを)い筋(すぢ)が顯(あら)はれて居(を)りました。
この子 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
やゝ上気した頬の赭味(あかみ)のために剃つた眉のあとが殊に蒼(あを)く見える細君はかう云ひ乍ら羞ぢらひげに微笑(ほゝゑ)んだ会釈(ゑしやく)を客の裕佐の方へなげ
其(そ)の下襲(したがさ)ねの緋鹿子(ひがのこ)に、足手(あして)の雪(ゆき)が照映(てりは)えて、女(をんな)の膚(はだえ)は朝桜(あさざくら)、白雲(しらくも)の裏(うら)越(こ)す日(ひ)の影(かげ)、血(ち)も通(かよ)ふ、と見(み)る内(うち)に、男(をとこ)の顔(かほ)は蒼(あを)く成(な)つた。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
吾妻は暫(し)ばし川地の面(おもて)ながめ居りしが、忽如(たちまち)、蒼(あを)く化(な)りて声ひそめつ「——ぢや、又た肺病の黴菌(ばいきん)でも呑(の)まさうと云(いふ)んですか——」
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
巡査は如何(いか)に驚きけんよ、かれもこれも各(おのおの)惨として蒼(あを)き面(おもて)に涙垂れたり——しかもここは人の泣くべき処なるか、時は正(まさ)に午前二時半。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
村落(むら)の處々(ところ/″\)にはまだ少(すこ)し舌(した)を出(だ)し掛(か)けたやうな白(しろ)い辛夷(こぶし)が、俄(にはか)にぽつと開(ひら)いて蒼(あを)い空(そら)にほか/\と泛(うか)んで竹(たけ)の梢(こずゑ)を拔(ぬ)け出(だ)して居(ゐ)た。
土 (旧字旧仮名) / 長塚節(著)
再び、私を見たときの彼女の狂(くる)ほしい程の喜びが、いたく私を動かした。彼女は蒼(あを)ざめて痩せて見えた。幸福ではないと彼女は云つた。
帰り、賑(にぎ)やかな通りへ出て、富岡はウィスキーを買つた。宿へ戻ると、ゆき子は蒲団に寝て、蒼(あを)い顔をしてがたがた震(ふる)へてゐた。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
『この寒いのに御出掛なさるんですか。』と袈裟治は呆(あき)れて、蒼(あを)ざめた丑松の顔を眺めた。『気分が悪くて寝て居なさる人が——まあ。』
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
已(や)むなくんば、蒼(あを)い空(そら)の下(した)と思つてゐたが、此天気では夫(それ)も覚束なかつた。と云つて、平岡の家(いへ)へ出向(でむ)く気は始めから無(な)かつた。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
海は高い浪の向うに、日輪さへかすかに蒼(あを)ませてゐた。その又浪の重なつた中には、見覚えのある独木舟(まるきぶね)が一艘、沖へ沖へと出る所だつた。
老いたる素戔嗚尊 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
後添のお國の美しい顏は、緊張に蒼(あを)ざめて、夫半兵衞の擴げた腕の中から、歎願するやうな眼を平次の方に向けるのでした。
仏蘭西(フランス)で見ると同じやうな蒼(あを)い黄昏(たそがれ)の微光は甲板上の諸有(あらゆ)るものに、船梯子(ふなばしご)や欄干や船室の壁や種々(いろ/\)の綱なぞに優しい神秘の影を投げるので
黄昏の地中海 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
先刻(さつき)まで蒼(あを)かつた空(そら)も、何時(いつ)とはなし一面(めん)に薄曇(うすぐも)つて、其処(そこ)らが急(きふ)に息苦(いきぐる)しく、頭脳(あたま)は一層(さう)圧(おし)つけられるやうになる。
背負揚 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
「もう少し徳次郎の愚図に似るとよかつたんだ。星を見てゐて——蒼(あを)くなつて倒れる——どうも徳次郎らしくない」
朧夜 (新字旧仮名) / 犬養健(著)
我はかの際(きは)貴(たか)き者の群(むれ)の、やがて色蒼(あを)ざめ且つ謙(へりくだ)り、何者をか待つごとくに默(もだ)して仰ぎながむるを見き 二二—二四
神曲:02 浄火 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
芝居(しばゐ)の土間(どま)で煙草(たばこ)を吸(す)つて、他人(たにん)の袂(たもと)を焦(こ)がしたものも、打首(うちくび)になるといふ噂(うはさ)が傳(つたは)つた時(とき)は、皆々(みな/\)蒼(あを)くなつた。
死刑 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
バル まゝ、お耐(こら)へなされませい、甚(いか)うお色(いろ)も蒼(あを)ざめて、物狂(ものぐる)ほしげな御樣子(ごやうす)、ひょんな事(こと)でも遊(あそ)ばしさうな。
闇のいろはおのづから濃くなつたけれども、西方の空には、まだ淡黄の光を再び絹ごしにしたやうないろが、澄み切つた蒼(あを)い空のいろにまじつて残つてゐる。
接吻 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
信一郎の顔が、激怒のために、真赤に興奮してゐるのにも拘はらず、夫人はその白い面が、心持蒼(あを)んでゐる丈で、冷然として彫像か何かのやうに動かなかつた。
真珠夫人 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
手品師はきつと真面目(まじめ)な顔に還(かへ)つて、右手に少し長い刀を取り上げた。緊張がしばらく彼の顔に漲(みなぎ)る……額のあたりが少し蒼(あを)ざめて、眼が猛々(たけ/″\)しく左腕に注がれた。
手品師 (新字旧仮名) / 久米正雄(著)
と謂ツて學士は、何も謹嚴に構へて、所故(ことさら)に他(ひと)に白い齒を見せぬといふ意(つもり)では無いらしい。一體が榮(は)えぬ質(たち)なのだ。顏は蒼(あを)ツ白(ちろ)い方で、鼻は尋常だが、少し反(そ)ツ齒(ぱ)である。
解剖室 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
少し喰過(くひすぎ)て靠(もた)れて蒼(あを)い顔をしてヒヨロ/\横に出る抔(など)は、余(あま)り好(よ)い格好(かつこう)ではござりませぬ。
世辞屋 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
空(そら)は蒼(あを)かつた。それは必(きつ)と風雪(ふうせつ)に暴(あ)れた翌朝(よくてう)がいつもさうであるやうに、何(なに)も彼(か)も拭(ぬぐ)はれて清(きよ)く青(あを)かつた。混沌(こんとん)として降(ふ)り狂(くる)つた雪(ゆき)のあとの晴(はれ)た空位(そらぐらひ)又(また)なく麗(うる)はしいものはない。
日の光を浴びて (旧字旧仮名) / 水野仙子(著)
又(また)弄(ろう)されて千鳥(ちどり)の群(むれ)は岩(いは)より岩(いは)へと飛(と)びかうて居(ゐ)ましたが、斯(か)かる際(さい)にも絶望(ぜつばう)の底(そこ)に沈(しづ)んだ人(ひと)の心(こゝろ)は益々(ます/\)闇(やみ)を求(もと)めて迷(まよ)ふものと見(み)え、一人(ひとり)の若者(わかもの)ありて、蒼(あを)ざめた顏(かほ)を襟(えり)に埋(うづ)め
日の出 (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
女(をんな)は少(すこ)し冷(ひや)やかにいひ放(はな)つと、蒼(あを)ざめて俯向(うつむ)いた。二人(ふたり)の間(あひだ)に、暫(しばら)く沈默(ちんもく)が續(つゞ)いた。
彼女こゝに眠る (旧字旧仮名) / 若杉鳥子(著)
不思議な思ひに満たされた群集の上に、薄暮の色は蒼(あを)く暗く押寄せて来た。
ある僧の奇蹟 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
私は全く誰かの言葉に違(たが)はず、確かに低能児であると思ひ、もう楽しみの谷川の釣も、山野の跋渉(ばつせふ)も断念して、一と夏ぢゆう欝(ふさ)ぎ切つて暮した。九月には重病人のやうに蒼(あを)ざめて寄宿舎に帰つた。
途上 (新字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
まなかひにおほにそびやぐ蒼(あを)の波かなたなぞへに鴨は居らしも
海阪 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
引出したりと色(いろ)蒼(あを)ざめて我家へ歸來り女房のお富に向ひ突然(いきなり)と證據人に立(たて)て呉(くれ)と道十郎の後家のお光に言れ何と云紛(まぎ)らしても漸(とん)と聞入れず漸々(やう/\)と迯(にげ)歸りては來れ共お光が駈込(かけこみ)願ひにても及ぶ時は必ず我が名を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
もろもろの業(わざ)、太陽のもとにては蒼(あを)ざめたるかな。
山羊の歌 (新字旧仮名) / 中原中也(著)
影薄れゆき、色(いろ)蒼(あを)み、絶(た)えなむとして消(け)つべきか。
海潮音 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
私は蒼(あを)ざめた貧しい少女の手に眠る
幸福が遅く来たなら (新字旧仮名) / 生田春月(著)
質屋の店には蒼(あを)ざめた女が立ち
心の姿の研究 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
竜宮のそとの蒼(あを)い波風に
忘春詩集:02 忘春詩集 (新字旧仮名) / 室生犀星(著)
チヨン切(ぎ)り落(おと)して蒼(あを)い顏(かほ)
赤い旗 (旧字旧仮名) / 槙本楠郎(著)
髪の乱れも、蒼(あを)い目も
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
蒼(あを)みて曇る玻璃(はり)の戸を
薄紗の帳 (旧字旧仮名) / ステファヌ・マラルメ(著)
とくなが顏(かほ)は蒼(あを)みたり
孔雀船 (旧字旧仮名) / 伊良子清白(著)
此(こ)の急信(きふしん)は××年(ねん)××月(ぐわつ)××日(にち)、午後(ごご)三時(じ)に屆(とゞ)いたので、民子(たみこ)は蒼(あを)くなつて衝(つ)と立(た)つと、不斷着(ふだんぎ)に繻子(しゆす)の帶(おび)引緊(ひきし)めて、つか/\と玄關(げんくわん)へ。
雪の翼 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
弁護士、大日向、音作、銀之助、其他生徒の群はいづれも三台の橇(そり)の周囲(まはり)に集つた。お志保は蒼(あを)ざめて、省吾の肩に取縋(とりすが)り乍ら見送つた。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
静かに宿命を迎へた死骸である。もし顔さへ焦(こ)げずにゐたら、きつと蒼(あを)ざめた脣(くちびる)には微笑に似たものが浮んでゐたであらう。
其(その)時分(じぶん)の夫婦(ふうふ)の活計(くらし)は苦(くる)しい苛(つら)い月(つき)ばかり續(つゞ)いてゐた。宗助(そうすけ)は流産(りうざん)した御米(およね)の蒼(あを)い顏(かほ)を眺(なが)めて、是(これ)も必竟(つまり)は世帶(しよたい)の苦勞(くらう)から起(おこ)るんだと判(はん)じた。
門 (旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
円(まる)い月は形が大分(だいぶ)小(ちひさ)くなつて光が蒼(あを)く澄(す)んで、静(しづか)に聳(そび)える裏通(うらどほ)りの倉(くら)の屋根(やね)の上、星の多い空の真中(まんなか)に高く昇つて居(ゐ)た。
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
「へえ、なに、わしが一攫(ひとつか)み引(ひ)つ扱(こ)いて來(き)て見(み)たの打棄(うつちや)つたんでがした」勘次(かんじ)は恁(か)ういつて蒼(あを)く成(な)つた。巡査(じゆんさ)は更(さら)に被害者(ひがいしや)に勘次(かんじ)の畑(はたけ)を案内(あんない)させた。
土 (旧字旧仮名) / 長塚節(著)
蒼(あを)くなつて迎へた兼松に案内されて行くと、納屋の後ろの下男郎屋で、寅藏は遺書(ゐしよ)まで殘して死んで居るのでした。
ひげののびた蒼(あを)ざめた加野の顔は、痩(や)せてとがつてゐた。まんまるい子供の顔のやうだつた加野は、まるで十年も年を取つたやうな老(ふ)けかたであつた。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
痩せて蒼(あを)い姉娘の方は母親の煙水晶(ケヤアンゴーム)の眼を受け、花やかな、みづ/\しい妹娘は顎と頤(おとがひ)の輪廓を受けてゐた——多分幾分かは柔(やは)らか味はついてゐるが
黒髪バラリと振り掛かれる、蒼(あを)き面(おもて)に血走る双眼、日の如く輝き、怒(いかり)に震(ふる)ふ朱唇(くちびる)白くなるまで噛(か)み〆(し)めたる梅子の、心決(きは)めて見上たる美しさ、只(たゞ)凄(すご)きばかり
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
飮(の)めば飮(の)むほど顏色(かほいろ)の蒼(あを)ざめて行(ゆ)くのが、燭臺(しよくだい)の火(ひ)のさら/\する中(なか)に、凄(すご)いやうな感(かん)じを玄竹(げんちく)に與(あた)へた。
死刑 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)