“次(つ)” の例文
そんな素直(すなお)な考(かんが)えも心(こころ)のどこかに囁(ささや)かないでもなかったのですが、次(つ)ぎの瞬間(しゅんかん)には例(れい)の負(ま)けぎらいが私(わたくし)の全身(ぜんしん)を包(つつ)んで了(しま)うのでした。
おのおの智能と衣裳と役割を持ち寄って、この一冬のMORITZに雪の舞踏を踊り抜く——それは、夜を日に次(つ)ぐ白い謝肉祭(カアニバル)なのだ。
踊る地平線:11 白い謝肉祭 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
圭一郎は「あゝ」と頷いて顏を出し二言三言お座なりに主人夫婦が旅に出かけたことなど話柄にしたが、直ぐあとが次(つ)げずに口を噤(つぐ)んだ。
業苦 (旧字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
これで木(き)の若葉(わかば)の美(うつく)しい色(いろ)や、新緑(しんりよく)の緑色(みどりいろ)のこともおわかりになつたと思(おも)ひますから、次(つ)ぎには樹木(じゆもく)の生活(せいかつ)について少(すこ)しお話(はなし)をしませう。
森林と樹木と動物 (旧字旧仮名) / 本多静六(著)
第十代(だいじゆうだい)崇神天皇(すじんてんのう)と、次(つ)ぎの垂仁天皇(すいにんてんのう)の頃(ころ)から、前(まへ)が角(かく)で後(うしろ)の圓(まる)い前方後圓(ぜんぽうこうえん)の立派(りつぱ)な車塚(くるまづか)が、築(きづ)かれるようになつたことは疑(うたが)ひありません。
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
次(つ)いで径二尺五寸程の大きな下部注水孔のバルブも開いて、吸い込まれて面喰(めんくら)った魚を渠底(きょてい)のコンクリートへ叩き付け始めた。
カンカン虫殺人事件 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
院長(いんちょう)は、その老人(ろうじん)と、取(と)り次(つ)いだ看護婦(かんごふ)とを鋭(するど)く一瞥(いちべつ)してからいかにも、こんなものを……ばかなやつだといわぬばかりに
三月の空の下 (新字新仮名) / 小川未明(著)
その証拠(しょうこ)として今日(こんにち)あるミカンの苗(なえ)にははじめ三出葉が出(い)で、次(つ)いで一枚の常葉(じょうよう)(単葉)が出ていることがたまに見られ
植物知識 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
ラザフォードはそれに次(つ)いで、放射性元素から出る放射線に、アルファ線、ベーター線およびガンマ線の三種類があることを明らかにしましたが
ロード・ラザフォード (新字新仮名) / 石原純(著)
「春(はる)も漸(やう)やく一段落(いちだんらく)が着(つ)いた」と語(かた)つてゐた。そこへ清(きよ)が坂井(さかゐ)からの口上(こうじやう)を取(と)り次(つ)いだので、御米(およね)は夫(をつと)の顏(かほ)を見(み)て微笑(びせう)した。宗助(そうすけ)は茶碗(ちやわん)を置(お)いて
門 (旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
さうした着物(きもの)は、山(やま)の藤(ふぢ)の纎維(せんい)で織(お)つたものが多(おほ)かつたので、藤江(ふぢえ)のふぢを起(おこ)すために、あらたへのといふ言葉(ことば)を、据(す)ゑたのであります。次(つ)ぎの歌(うた)
歌の話 (旧字旧仮名) / 折口信夫(著)
彼の妻が十一時ごろに出かけて行つた時、それを生けて置いたままで、彼はそれつきり炭を次(つ)がなかつたのだから。
伊曾の手で鋭いメスの一撃が劉子の頸部(けいぶ)に加へられた。劉子の端麗な容貌(ようぼう)が音もなく彼の腕の中で失心して行つた。次(つ)いで伊曾は自らの頸部を切り裂いた。
青いポアン (新字旧仮名) / 神西清(著)
多田院(ただのゐん)は日光(につくわう)に次(つ)ぐ徳川家(とくがはけ)の靈廟(れいべう)で、源氏(げんじ)の祖先(そせん)が祀(まつ)つてあるから、僅(わづ)か五百石(ひやくこく)の御朱印地(ごしゆいんち)でも、大名(だいみやう)に勝(まさ)る威勢(ゐせい)があるから天滿與力(てんまよりき)も幅(はゞ)が利(き)かなかつた。
死刑 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
真向から平手でピシヤツと、殴(なぐ)るやうな父の返事に、相手は暫らくは、二の句が、次(つ)げないらしかつた。が、暫らくすると、太い渋い不快な声が聞え始めた。
真珠夫人 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
まったく夢想(むそう)もしなかった出来事(できごと)に、おせんは、その場(ば)に腰(こし)を据(す)えたまま、直(す)ぐには二の句(く)が次(つ)げなかった。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
その次(つ)ぎには一度会つた女の名を成るべく忘れないやうにする。女の名を覚えてゐるのは兎角便利なものだ。
長(なが)き沈默(ちんもく)に次(つ)ぐに僅(わづ)かこれだけの言葉(ことば)でした、それも時々(とき/″\)グリフォンの『御尤(ごもつと)も!』と云(い)ふ間投詞(かんとうし)や、絶(た)えず海龜(うみがめ)の苦(くる)しさうな歔欷(すゝりなき)とに妨(さまた)げられて絶(た)え/″\に。
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
そういう理由から、私は覗き眼鏡の一端を、浴場の中へではなく、その次(つ)ぎの間(ま)になっている、大きな姿見(すがたみ)のある、脱衣場にとりつけようと、決心したものであります。
湖畔亭事件 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
屡(しば/\)海底(かいてい)の大地震(だいぢしん)を起(おこ)す場所(ばしよ)に接(せつ)し、そこに向(むか)つて大(おほ)きく漏斗形(じようごがた)に開(ひら)いた地形(ちけい)の港灣(こうわん)がそれに當(あた)るわけであるが、これに次(つ)いで多少(たしよう)の注意(ちゆうい)を拂(はら)ふべきは、遠淺(とほあさ)の海岸(かいがん)である。
地震の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
九年春、白龍庵有司(ゆうし)の毀(こぼ)つところとなる。夏建文帝浪穹(ろうきゅう)鶴慶山(かくけいざん)に至り、大喜庵(たいきあん)を建つ。十年楊応能(ようおうのう)卒し、葉希賢(しょうきけん)次(つ)いで卒す。帝因(よ)って一弟子(いちていし)を納(い)れて応慧(おうえ)と名づけたもう。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
彼(かれ)は粟幹(あはがら)が葺(ふ)き上(あ)げられた次(つ)ぎの日(ひ)から二三日(にち)近所(きんじよ)の馬(うま)を借(か)りて田(た)の傍(そば)の畑(はたけ)から土(つち)を運搬(つ)けた。
土 (旧字旧仮名) / 長塚節(著)
次(つ)ぎに竈(かまど)地獄を見た。これは地中の鬼がうめくような声を発して、岩窟(がんくつ)の中から熱気を吐き出しているのである。その熱気で蒸したアンコのないまんじゅうがおいしかった。
別府温泉 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
別(べつ)に貴重(きちやう)の金石を発見(はつけん)せず、唯黄鉄鉱の厚層(こうさう)広(ひろ)く連亘(れんたん)せし所あり、岩石は花崗岩(みかげいし)尤も多く輝石安山岩之に次(つ)げり、共に水蝕の著(いちじ)るしき岩石なるを以て、到(いた)る処に奇景(きけい)を現出せり
利根水源探検紀行 (新字旧仮名) / 渡辺千吉郎(著)
以上の諸名家に次(つ)いで大正時代の市井狭斜の風俗を記録する操觚者(そうこしゃ)の末に、たまたまわたくしの名が加えられたのは実に意外の光栄で、我事は既に終ったというような心持がする。
正宗谷崎両氏の批評に答う (新字新仮名) / 永井荷風(著)
あやしまれるほど、機略縦横(きりゃくじゅうおう)の妙(みょう)をきわめ、手足のごとく、奇兵に奇兵を次(つ)いでくる。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
詰(つま)り生涯の根気でそろ/\自(みず)から節するの外(ほか)に道なしと決断したのは、支那人が阿片(あへん)を罷(や)めるようなもので随分苦しいが、先(ま)ず第一に朝酒を廃し、暫(しばら)くして次(つ)ぎに昼酒を禁じたが
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
次(つ)ぎに余(よ)は、宅前(たくまへ)の新(あらた)なる貝塚(かひづか)から、何(なに)か出(で)ぬかと問(と)うたが、土方(どかた)は首(くび)を振(ふ)つて、出(で)たらば破片(はへん)でも取(と)つて置(お)けツてお前(まへ)さんが言(い)つたので、隨分(ずゐぶん)氣(き)はつけたが、何(なに)も無(な)かツたといふ。
そして気がついて見ると、も一つのしゃりこうべの跡方(あとかた)もなく崩れてしまったのを見て嘆いた。が、その次(つ)ぎにはまだ自分がこのようにがっしりした形をもっていることを何より喜んだ。
しゃりこうべ (新字新仮名) / 室生犀星(著)
次(つ)ぎの日に、この新らしき湖を、分隊毎(ごと)に分れて、渉(わた)ったが、この時の絶景といったら、実に筆紙(ひつし)にも尽(つく)し難い、仰向いて見れば、四方の山々の樹々が皆錦(にしき)を飾って、それが今渉(わた)っている
雪の透く袖 (新字新仮名) / 鈴木鼓村(著)
お望み次第、いつ何時(なんどき)でも用意の出来ている、今もいう甘ったるい渦巻型の肉饅頭だとか——そう言った料理の、暖めなおしたのや冷たいままのが次(つ)ぎ次(つ)ぎと運ばれる間に彼は宿屋の下男
次(つ)ぎは、昨日通った、南穂高・奥穂高・北穂高と鮮(あざや)かにそれと仰がれる。
穂高岳槍ヶ岳縦走記 (新字新仮名) / 鵜殿正雄(著)
と言ってしまいましたから、お絹は二の矢が次(つ)げないようになりました。
大菩薩峠:13 如法闇夜の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
次(つ)ぎに持統(ぢとう)、文武(もんぶ)兩帝(りやうてい)は藤原宮(ふじはらぐう)に都(みやこ)したまひ、元明天皇(げんめうてんのう)から光仁天皇(くわうにんてんのう)まで七代(だい)は奈良(なら)に都(みやこ)したまひ、桓武天皇以來(かんむてんのういらい)孝明天皇(かうめいてんのう)まで七十一代(だい)は京都(けうと)に都(みやこ)したまひたるにて、漸次(ぜんじ)に帝都(ていと)が恒久的(こうきうてき)となり
日本建築の発達と地震 (旧字旧仮名) / 伊東忠太(著)
が、それツ切り、どちらからも言葉の次(つ)ぎ端(は)がなかつた。
泡鳴五部作:01 発展 (旧字旧仮名) / 岩野泡鳴(著)
濱島武文(はまじまたけぶみ)は春枝夫人(はるえふじん)に次(つ)いで口(くち)を開(ひら)いた。
叱(しか)つていふのは次(つ)ぎのこと——
鸚鵡:(フランス) (旧字旧仮名) / 福士幸次郎(著)
心は気息(いき)を次(つ)ぐ間(ま)も無く
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
この二(ふた)つの種類(しゆるい)はみなさまのおうちの庭(には)でも、公園(こうえん)や、山(やま)や、どこへ行(い)つても見(み)られます。次(つ)ぎには樹木(じゆもく)は葉(は)の形(かたち)によつても區別(くべつ)されます。
森林と樹木と動物 (旧字旧仮名) / 本多静六(著)
A院長(エーいんちょう)は、居間(いま)で、これから一杯(ぱい)やろうと思(おも)っていたのです。そこへはばかるような小(ちい)さい跫音(あしおと)がして、取(と)り次(つ)ぎの女中(じょちゅう)兼(けん)看護婦(かんごふ)が入(はい)ってきて
三月の空の下 (新字新仮名) / 小川未明(著)
またその次(つ)ぎには石(いし)を組(く)み合(あは)せて棺(かん)を造(つく)ることをしないで、蓋(ふた)と身(み)とは別々(べつ/\)として、石(いし)をくり拔(ぬ)いて、大(おほ)きな棺(かん)を造(つく)るように進歩(しんぽ)して來(き)ました。
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
その次(つ)ぎが山(やま)の修行場(しゅぎょうば)、その時代(じだい)に竜宮界(りゅうぐうかい)その他(た)いろいろの珍(めず)らしい所(ところ)へ連(つ)れて行(ゆ)かれ、又(また)良人(おっと)をはじめ多(おお)くの人達(ひとたち)にも逢(あ)わせていただきました。
けれども、代助の精神は、結婚謝絶と、其謝絶に次(つ)いで起るべき、三千代と自分の関係にばかり注(そゝ)がれてゐた。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
真向から平手でピシャッと、殴(なぐ)るような父の返事に、相手は暫(しば)らくは、二の句が、次(つ)げないらしかった。が、暫らくすると、太い渋い不快な声が聞え始めた。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
本屋はかう言つたきり、あとの言葉も次(つ)がないで、じつとチヤーチルの顔を見つめた儘ぼんやりしてゐた。小説家は幾らか手持不沙汰な思ひをしたらしかつた。
そのびっくりしている現場が写真にとられて、次(つ)ぎの日の新聞に出ているのを私が見たんだから確かだ。
この次(つ)ぎには舟(ふね)が空(あ)くだらう、どうせ日(ひ)いつぱいには歸(かへ)れまいから、ゆつくりして行(ゆ)かうと、下男(げだん)にさう言(い)つて、煙草(たばこ)をくゆらしてゐると、いつぱい人(ひと)を乘(の)せて
死刑 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
何(いず)れにしても、我が国の医学は山脇東洋に次(つ)いで、杉田玄白や前野良沢などによって正しい道に進んだと云(い)ってよいので、その後続々と多くの医学者の出て来たのも
杉田玄白 (新字新仮名) / 石原純(著)
『そんなに押(お)すな』と愛(あい)ちやんの次(つ)ぎに坐(すわ)つて居(ゐ)た福鼠(ふくねずみ)が云(い)ひました。『呼吸(いき)も吐(つ)けやしない』
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
秦(しん)晋(しん)燕(えん)周(しゅう)等に王とし、其(その)甚(はなはだ)しきは、生れて甫(はじ)めて二歳、或(あるい)は生れて僅(わずか)に二ヶ月のものをすら藩王とし、次(つ)いで洪武十一年、同二十四年の二回に、幼弱の諸子をも封じたるなれ
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)