“大喜庵”のいろいろな読み方と例文
読み方割合
たいきあん50.0%
だいきあん50.0%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
九年春、白龍庵有司(ゆうし)の毀(こぼ)つところとなる。夏建文帝浪穹(ろうきゅう)鶴慶山(かくけいざん)に至り、大喜庵(たいきあん)を建つ。十年楊応能(ようおうのう)卒し、葉希賢(しょうきけん)次(つ)いで卒す。帝因(よ)って一弟子(いちていし)を納(い)れて応慧(おうえ)と名づけたもう。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
十四年、帝程済(ていせい)に命じて従亡伝(じゅうぼうでん)を録せしめ、みずから叙(じょ)を為(つく)らる。十五年史彬(しひん)白龍庵に至る、庵(あん)を見ず、驚訝(きょうが)して帝を索(もと)め、終(つい)に大喜庵(たいきあん)に遇(あ)い奉る。十一月帝衡山(こうざん)に至りたもう、避くるある也。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)