あへ)” の例文
なぜと云ふに、逆意の有無を徳川氏に糺問きうもんせられる段になると、其讒誣ざんぶあへてした利章と對決するより外に、雪冤せつゑんの途はないのである。
栗山大膳 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
声する方を松本はにらみつ「証人の名を言ふに及ばぬ、し諸君が僕を信用するならば、あへて証人の姓名を問ふに及ばぬではないか」
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
ほどならば何故なぜかれ蜀黍もろこしることをあへてしたのであつたらうか。かれれまでもはたけものつたのは一や二ではない。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
あへちうするにおよばないが、くるまうへ露呈あらは丸髷まるまげなり島田しまだなりと、散切ざんぎりの……わるくすると、揉上もみあげながやつが、かたんで、でれりとしてく。
麻を刈る (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
「それでも俺は金を送つた。行かなきやならんのではあるけれど、と云つて取りあへず、俺には大変な犠牲である弐拾円を今朝出したんだ。」
公判 (新字旧仮名) / 平出修(著)
なだれはあへて山にもかぎらず、形状かたちみねをなしたる処は時としてなだるゝ事あり。文化のはじめ思川村おもひがはむら天昌寺てんしやうじ住職じゆうしよく執中和尚しつちゆうをせう牧之ぼくし伯父をぢ也。
こたへられたがあいちやんには愈々いよ/\合點がてんがゆかず、福鼠ふくねずみ饒舌しやべるがまゝにまかせて、少時しばらくあひだあへくちれやうともしませんでした。
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
それが中途から学問をめて、この商売を始めたのは、放蕩ほうとう遣損やりそこなつたのでもなければ、あへ食窮くひつめた訳でも有りませんので。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
宗助そうすけもとよりさうだとこたへなければならない或物あるものあたまなかつてゐた。けれども御米およねはゞかつて、それほど明白地あからさま自白じはくあへてしなかつた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
いはく、『三ぐんしやうとして士卒しそつをしてたのしましめ、敵國てきこくをしてあへはからざらしむるは、いづれぞ』と。ぶんいはく、『かず』と。
雖然けれども僕等はピュリタンで無いことを承知して貰ひたい。僕は人間なんで、人間には矛盾の多いものだから、從ツて矛盾の行爲もあへてするのさ。
解剖室 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
私は私の嗤笑しせうすべき賢達けんたつの士のあるのを心得てゐる。が、私自身といへども私の愚を笑ふ点にかけてはあへて人後に落ちようとは思つてゐない。
澄江堂雑記 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
弱くない者にはかへつて此様かういふ調子はあるものである。で、はか/″\しい抵抗も何等あへてしなかつたから、良兼の軍は思ふが儘に乱暴した。
平将門 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
棒押ばうをしに於ては村内の人民あへて之につものなしと云ふ、一夕小西君と棒押ばうをしを試みしも到底とうてい対手あひてに非ざるなり、此他の諸君も皆健脚けんきやくの人のみ
利根水源探検紀行 (新字旧仮名) / 渡辺千吉郎(著)
電氣事業の發達は、雷鳴や夕立を非常に少なくしたことは、あへて故老をつまでもなく、誰でも一應は知つて居ります。
カピ長 いや、なう、パリスどの、むすめあへけんじまする。れめは何事なにごとたりとも吾等われら意志こゝろざしにはそむくまいでござる、いや、其儀そのぎいさゝかうたがまうさぬ。
かくの如き戦慄の快感を追究するのはあへて自分ばかりではあるまい。小説的ロマンチツクと云ふ病気にかゝつたものは皆さうであらう。
海洋の旅 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
黄口の児あへ吻喙ふんたくるるの要なきを知る、知つてなほかつこれをいふ、これ深く天下の為に竢つところあればなり。
誰が罪 (新字旧仮名) / 清水紫琴(著)
父上、願ふは此世の縁を是限これかぎりに、時頼が身は二十三年の秋を一期に病の爲にあへなくなりしとも御諦おんあきらめ下されかし。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
難船なんせん? それはなんですか、本船ほんせんにはえず海上かいじやう警戒みは當番たうばん水夫すゐふがあるです、あへ貴下きかはずらはすはづいです。』
この奇抜な画風を室内の装飾に応用する事はだ本元の巴里パリイでもあへてしない事で、それい効果を収めて居るのは奇だと柏亭さんと良人をつととが評して居た。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
このへん飾馬考かざりうまかんがへ』『驊騮全書くわりうぜんしよ』『武器考證ぶきかうしよう』『馬術全書ばじゆつぜんしよ』『鞍鐙之辯くらあぶみのべん』『春日神馬繪圖及解かすがしんばゑづおよびげ』『太平記たいへいきおよ巣林子さうりんし諸作しよさくところおほあへ出所しゆつしよあきらかにす
孔雀船 (旧字旧仮名) / 伊良子清白(著)
宥められ豆州づしう八丈島へ流罪ながされ存命ぞんめいせしも長庵の大罪に處せられけるも善惡ぜんあく應報おうはうの然らしむる所にしてあへめづらしからず
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
然し同僚の誰一人、あへて此時計の怠慢に対して、職務柄にも似合はず何等匡正きやうせいの手段を講ずるものはなかつた。
雲は天才である (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
わたくしは、以上述べたやうなことを、いま改めて強調する必要があると信じて、あへてこの文を成したのだ。
北海道現存の竪穴中には長徑十間に達するもの無きに非ず、二十歩三十歩等の數あへあやしむに足らざるなり。
コロボックル風俗考 (旧字旧仮名) / 坪井正五郎(著)
初めより十八九字又は三十二三字の覺悟にて之を吟ずるか若しくは虚心平氣にてあへて三十一字十七字と豫定せずして之を吟じなば句調のあしき處もあらざるべし。
字余りの和歌俳句 (旧字旧仮名) / 正岡子規(著)
お前さんのは其処そこにお葉漬はづけかありますよ、これはわたしわたしのおあしで買つたのですと天丼てんどんかゝ候如そろごときはあへて社会下流かりうの事のみともかぎられぬ形勢けいせいそろ内職ないしよく人心じんしん
もゝはがき (新字旧仮名) / 斎藤緑雨(著)
アヽ罪過が戯曲、小説に於ける地位、かくの如く重要なり。あへて罪過論をさうして世上のアンチ罪過論者にたゞす。
罪過論 (新字旧仮名) / 石橋忍月(著)
汝歸らばこれを人の世に傳へ、かゝる目的めあてにむかひてあへてまた足を運ぶことなからしむべし 九七—九九
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
村の人々、無情なる村の人々、死してもなほ和睦わぼくする事をあへてせぬ程のひやゝかなる村の人々の心! この冷かなる心に向つて、重右衛門の霊は何うして和睦せられよう。
重右衛門の最後 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
高踏派の壮麗体を訳すに当りて、多く所謂いはゆる七五調を基としたる詩形を用ゐ、象徴派の幽婉ゆうえん体をほんするに多少の変格をあへてしたるは、そのおのおのの原調に適合せしめむがためなり。
海潮音 (新字旧仮名) / 上田敏(著)
と、まこと都合つがふ哲學てつがくです。さうして自分じぶん哲人ワイゼかんじてゐる……いや貴方あなたこれはです、哲學てつがくでもなければ、思想しさうでもなし、見解けんかいあへひろいのでもい、怠惰たいだです。自滅じめつです。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
その少年の読経するところなども私らは見た。Spetechシユペテツヒ 君は麦酒ビールを好み、私もあへて辞せぬので二人はいい心地になるまで飲んだ。けふのあそびはイーサル川に来た最後の日になつた。
イーサル川 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
此の佐用が家はすこぶる富みさかえて有りけるが、丈部母子のかしこきをしたひ、娘子をとめめとりて親族となり、しばしば事にせて物をおくるといへども、口腹こうふくの為に人をわづらはさんやとて、あへくることなし。
あへ因縁いんねんをいふならば、たまたま名曲堂が私の故郷の町にあつたといふことは、つまり私の第二の青春の町であつた京都の吉田が第一の青春の町へ移つて来て重なり合つたことになるわけだと
木の都 (新字旧仮名) / 織田作之助(著)
乾分こぶんでもないのだから、あへ阿諛おべつかをつかつて彼是言はねばならぬ義務は持たぬが、当然問題となるべき「三部曲」の批評が一つも文学雑誌——少なくとも文芸をその要素の一つとする雑誌や新聞に
愛人と厭人 (新字旧仮名) / 宮原晃一郎(著)
しかし、それは私の場合には一向いつかうに合はないことが分つてるからそれではいけませんよ。何故つて、私はその二つの有利なものを、あへて惡用したとは云はないが、無頓着むとんぢやくな使ひ方をしましたからね。
自らをあへて弱しと思ふにあらず、他の更に我より強きがためぞ。
頌歌 (旧字旧仮名) / ポール・クローデル(著)
観るほどはあへなかるらし日を経りて物のあいろの暗くなりゆく
黒檜 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
こゝに『私の社交ダンス』一篇をあへて草する所以ゆえんである。
私の社交ダンス (新字旧仮名) / 久米正雄(著)
れてはゞかりさまといひもあへけぬうちにおいそぎなされなまなかおまをさずばほどつもるまいものおどくのこといたしたりおわびはいづれとおく門口かどぐちいぬこゑおそろしけれどおくりの女中ぢよちゆうほねたくましきに心強こゝろづよくて軒下傳のきしたづた三町さんちやうばかり御覽ごらんなされませあの提灯ちやうちん
別れ霜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
私はあへてそれを試みた。そして其間に推測をたくましくしたには相違ないが、余り暴力的な切盛きりもりや、人を馬鹿にした捏造ねつざうはしなかつた。
大塩平八郎 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
しからばでよ。あへなんぢくるしめてなぐさみにせむ所存しよぞんはあらず」とゆるたまふに、よろこび、おそれ、かごよりはふはふのていにてにじりでたり。
十万石 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
将門は然しながら最初から乱賊叛臣の事をあへてせんとしたのではない。身は帝系を出でゝ猶未なほいまだ遠からざるものであつた。
平将門 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
狐疑こぎしてるやうなその容貌ようばうとは其處そこあへ憎惡ぞうをすべき何物なにもの存在そんざいしてないにしても到底たうてい彼等かれら伴侶なかますべてと融和ゆうわさるべき所以ゆゑんのものではない。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
それが境遇に応じて魂ともなれば根性ともなるのさ。で、商人根性といへども決して不義不徳をゆるさんことは、武士の魂とあへて異るところは無い。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
またあへ(五八)横失わういつしてつくすのかたきにあらざるなりおよぜいかたきは、(五九)ところこころつて(六〇)ぜいもつこれきにり。
奧方はあへなく御落命、それと知つて曲者を追つた半次は、物置の蔭で肩先をやられ、これも一時は氣を失ひ申した。奧方の傷は、正面から、左乳の下を
けれども長吉ちやうきちにはたれにもとがめられずに恋人の住むうちの前をとほつたとふそれだけの事が、ほとんど破天荒はてんくわうの冒険をあへてしたやうな満足を感じさせたので
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)