おとろ)” の例文
人間にんげん女房にようぼうこひしくるほど、勇気ゆうきおとろへることはない。それにつけても、それ、そのかばんがいたはしい。つた、またばしやり、ばしやん。
十和田湖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
むしあひはんした放縱はうじう日頃ひごろ自然しぜん精神せいしんにも肉體にくたいにも急激にはか休養きうやうあたへたのでかれ自分じぶんながら一はげつそりとおとろへたやうにもおもはれて
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
瓜実うりざね顔、富士額、薄い受口、切長の眼、源女に相違ないのであった。ただ思いなしか一年前より、痩せておとろえているようであった。
剣侠 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
氣も心も肉體も、やゝおとろへかけた主人の半左衞門が何彼につけて、若く美しい女房に引廻されてゐるのもやむを得ないことでした。
むまじき事なりおとろふまじき事なりおとろへたる小生等せうせいらが骨は、人知ひとしらぬもつて、人知ひとしらぬたのしみと致候迄いたしそろまで次第しだいまるく曲りくものにそろ
もゝはがき (新字旧仮名) / 斎藤緑雨(著)
あれよ/\とみてゐると水煙みづけむりきゆうおとろくちぢて噴出ふんしゆつ一時いちじまつてしまつたが、わづか五六秒位ごろくびようくらゐ經過けいかしたのちふたゝはじめた。
地震の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
すでに雨は止み、波頭も低まって、その轟きがいくぶんおとろえたように思われたが、闇はその頃になるとひとしおの濃さを加えた。
潜航艇「鷹の城」 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
おかあさんはその夕方ゆうがたひいさんをそっとまくらもとせて、やせおとろえた手で、ひいさんのふさふさしたかみをさすりながら
鉢かつぎ (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
そして、こういたわると、としとったがんは、わかいものにみずからのちからおとろえと、弱気よわきせまいと努力どりょく努力どりょくをつづけてんでいました。
がん (新字新仮名) / 小川未明(著)
なさけない……なになにやら自分じぶんにもけじめのない、さまざまの妄念もうねん妄想もうそうが、暴風雨あらしのようにわたくしおとろえたからだうちをかけめぐってるのです。
モン長 なう、なさけなや、我君わがきみ! 我子わがこ追放つゐはう歎悲なげきあまりにおとろへて、つま昨夜やぜん相果あひはてました。なほ此上このうへにも老人らうじんをさいなむは如何いかなる不幸ふかうぢゃ。
一心の芸術は、こうも人の精血せいけつを吸ってしまうものだろうか。僅かな間に、久米一のおとろえたことは非常なものであった。
増長天王 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
寵愛ちょうあいいよいよ厚きを加えたが、その後きさきちょうおとろえたとき、かつて食い残した品を捧げた無礼のけんによりてばっせられたという。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
そうして身体はおとろえるばかりで、非常に電波に妨害されて居ります。先生のお力を以てこの電波を止めて戴きたい
火山がだんだんおとろえて、その腹の中まで冷えてしまう。熔岩の棒もかたまってしまう。それから火山は永い間に空気や水のために、だんだんくずれる。
楢ノ木大学士の野宿 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
この篇の稿るや、先生一本を写し、これをふところにして翁を本所ほんじょの宅におとないしに、翁は老病の、視力もおとろえ物をるにすこぶる困難の様子なりしかば
瘠我慢の説:01 序 (新字新仮名) / 石河幹明(著)
「ジョン爺さんと、その内儀かみさんとで、その他には誰もお入れにはならないのです。あの方の健康はもうすつかりおとろへておしまひになつたさうです。」
親のに至りて家道かどうにわかおとろえ、婦人は当地の慣習とて、ある紳士の外妾となりしに、その紳士は太く短こう世を渡らんと心掛くる強盗の兇漢きょうかんなりしかば
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
他日幕府の政權をかへせる、其事實に公の呈書ていしよもとづけり。當時幕府ばくふ既におとろへたりと雖、威權ゐけん未だ地にちず。公抗論かうろんしてまず、獨立の見ありと謂ふべし。
始めとして到処いたるところ西洋まがいの建築物とペンキ塗の看板おとろえた並樹なみきさては処嫌わず無遠慮に突立っている電信柱とまた目まぐるしい電線の網目のために
と、突きつけたその顔には、つねよりやつれたおとろえがすわり、目隈めくまが青く、唇が歪んで世にもすさまじい、三十おんなの恨みの表情が、一めんにみなぎっている。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
思ひも懸けぬ細いみちが、更に思ひもかけぬ汚い狭いおとろへた町を前にひろげた。どぶの日に乾くにほひと物の腐るにほひと沈滞したほこりまじつた空気のにほひとがすさましく鼻をいた。
父の墓 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
老子らうし(一一)道徳だうとくをさむ、其學そのがくみづかかくしてきをもつつとめせり。しうることこれひさしうして、しうおとろふるをすなはつひつて、(一二)くわんいたる。
思ふにコロボックルは數人連合し互にあひたすけて獸獵に從事し、此所彼所ここかしこより多くの矢を射掛ゐかけ、鹿なり猪なり勢おとろへて充分じうぶんはしる事能はざるに至るを見濟みすまし
コロボックル風俗考 (旧字旧仮名) / 坪井正五郎(著)
俊寛 (やせおとろえ、かみをぼうぼうとのばし、ぼろぼろに破れ、風雨のために縞目しまめもわからずなりたる着物をきている。岩かどに立ちて、嘆息しつつ海を眺める)
俊寛 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
長病ちやうびやうゆゑ氣力きりよくおとろへ自身に首をくゝることは成ずなどと當推量あてすゐりやうを申立夫のみ成ず金子を貸ぬとそれを遺恨に存じしうとめ
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
そのボウトの底に、おとろえたチャアリイが、手足を縛られて、倒れていました。わたくしを見て、ママア、ママアと細い声で呼びながら、いつまでも泣いていますの。
チャアリイは何処にいる (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
それに、馬はただ腹が大きくなったばかりで、体にも元気にも少しもおとろえは見えませんでした。
天下一の馬 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
「何といっても四十近くなると、人間はそろそろおとろえだすんだね」栄一は弟に向って言って
入江のほとり (新字新仮名) / 正宗白鳥(著)
自由豪放な青春の気はそのつかれた肉体や、おとろえた精神に金蛇銀蛇の赫耀かくようたる光をあたえる。
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
よはひおとろへぬれば白細布しろたへそでれにしきみをしぞおもふ 〔巻十二・二九五二〕 作者不詳
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
とにかく舊式きうしきの名人せいはなはだいい。ただ問題もんだい棋界きかい功勞こうろうがあり、而もおとろへた老棋士ろうきしろう後の生くわつたいして同時に何等かの考慮こうりよはらはるべきである事をぼくは切言したい。
そのせいか、かれはそのあと急に気まりの悪いおとろえた顔つきをして、そっと汗をいた。
渾沌未分 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
見るとおとろえて余程困ったらしい。そのはずだろう、一日置きにぶんぐられるから
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
一 婦人の妊娠出産は勿論もちろん、出産後小児に乳を授け衣服を着せ寒暑昼夜の注意心配、他人の知らぬ所に苦労多く、身体も為めにおとろうる程の次第なれば、父たる者は其苦労を分ち
新女大学 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
進むべき路を進みかねて境遇の犧牲ぎせいとなつた人の、その心に消しがたき不平が有れば有る程、元氣も顏色も人先におとろへて、幸福な人がこれから初めて世の中に打つて出ようといふ歳頃としごろ
歌のいろ/\ (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
弟子達の困憊こんぱい恐惶きょうこうとの間に在って孔子は独り気力少しもおとろえず、平生通り絃歌してまない。従者等の疲憊ひはいを見るに見かねた子路が、いささか色をして、絃歌する孔子のそばに行った。
弟子 (新字新仮名) / 中島敦(著)
死ぬ頃の彼の顔がいかにも気の毒なくらいおとろえてちいさく見えるのに引きえて、髯だけは健康な壮者をしのいきおいで延びて来た一種の対照を、気味悪くまたなさけなく感じたためでもあろう。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そのせいか「八十までは女と寝る」と豪語ごうごしていた、きのうまでの元気はどこへやら、今は急に、十年も年を取ったかと疑われるまでに、身心共におとろえて、一杯の酒さえ目にすることなく
歌麿懺悔:江戸名人伝 (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
母はこの頃ではほとんど毎日のように、私がおとろえた姿の夢や、警察につかまって、そこで「せっかん」(母は拷問のことをそう云っていた)されている夢ばかり見て、眼を覚ますと云った。
党生活者 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
しかるに世くだつて、いつしかこの定義は破れにけり。故に後世の歌は専らおもいを述ぶるといふ方に傾きて、言葉調などいふ事は思を述ぶる材料に過ぎざるやうに成りゆきて、歌は長くおとろへにけり。
人々に答ふ (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
目のあたりに見る何か大いなるもののおとろえに胸をしつぶされたり、そうかとおもうと、見すてられたような廃寺の庭の夏草の茂みのなかから拾い上げたかわらがよく見ると明治のやつだったりして
大和路・信濃路 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
すべて如何いかなる惡獸あくじゆうでも、人間にんげん眼光がんくわうするどそのめんそゝがれてあひだは、けつして危害きがいくわへるものでない、そのひかり次第々々しだい/\おとろへて、やが茫乎ぼんやりとしたすきうかゞつて、たゞ一息ひといき飛掛とびかゝるのがつねだから
脂肪と含水炭素と共に不足すれば蛋白質を消耗せしめて人体はおとろうるに至る。家庭料理をつかさどる者はこの理を忘るべからず。しこうして三成分の人体に必要なる分量は『食道楽』の本文を見るべし。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
ああは云っても、家に落ち着いて暮らしに不自由のない若旦那わかだんなになってしまえば、自然野心もおとろえるものだから、津村もいつとなく境遇きょうぐうれ、平穏へいおんな町人生活に甘んずるようになったのであろう。
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
これには立志伝中の人物、一代の師表しひょうたる先生の御一文を是非々々仰ぎ上げたいのでございます。方今ほうこん世道せどうおとろえ、思想月にすさみ、我等操觚者そうこしゃの黙視するに忍びないものが多々ございます、云々うんぬん
ガラマサどん (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
薄日うすびのかげもおとろへて
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
びたりとかやまいもとはお前様まへさまはるゝも道理どうりなりらざりしわれうらめしくもらさぬきみうらめしく今朝けさ見舞みまひしときせてゆるびし指輪ゆびわぬきりてこれ形見かたみとも見給みたまはゞうれしとて心細こゝろぼそげにみたる其心そのこゝろ今少いますこはやらばくまでにはおとろへさせじを
闇桜 (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
おとろへてくにさか
寡婦の除夜 (新字旧仮名) / 内村鑑三(著)
夢の翅のおとろふる
草わかば (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)