“活”のいろいろな読み方と例文
読み方(ふりがな)割合
81.1%
いき7.1%
いか3.9%
かつ2.1%
くわつ0.9%
はた0.9%
はたら0.9%
いけ0.7%
0.7%
かっ0.5%
(他:5)1.2%
(注)作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
“活”を含む作品のジャンル比率
文学 > 日本文学 > 小説 物語8.1%
文学 > 日本文学 > 戯曲7.3%
文学 > 日本文学 > 評論 エッセイ 随筆1.6%
(注)比率=対象の語句にふりがなが振られている作品数÷各ジャンルの合計の作品数
松脂まつやにの匂と日の光と、——それが何時でも夫の留守は、二階建の新しい借家の中に、き活きした沈黙を領してゐた。
(新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
彼はこの画に、東菊けて置きけり火の国に住みける君の帰り来るがねと云う一首の歌を添えて、熊本まで送って来たのである。
子規の画 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
驚破すわやとって行き見れば、この時しも得三が犠牲いけにえを手玉に取りて、いきみ殺しみなぶりおれる処なりし。
活人形 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
冬薔薇のような赤いいきいきとした花は、ねずみ色にぼかされた四辺あたりの物象の中にみょうにきわ立って見えた。
赤い花 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
「死んでいるんじゃねえ、殺したと思うと違うんだよ、もう少し辛抱すりゃいかして上げますぜ御新造、はッ、はッ」
待つ、ということのなかに、日本の女の忍耐づよい特徴がいかされもし、期待されもしているのである。
もしこの超人にかつをいれて、彼をさますことができたとしたら、「超人X号」は、ここに始めてこの世に誕生するわけになる。
超人間X号 (新字新仮名) / 海野十三(著)
フランス文学にあらわれているこういう真面目な収穫は、今日の所謂いわゆる事変かつの入った作家たちに深く暗示するところあるわけなのだが。
が、現在げんざいでは對局たいきよくの陰に實際的じつさいてきな生くわつ問題もんだいまでふくまれて來たらしい。
とにかくそのはじめは切じつな人間生くわつ慰樂いらくとしてあそびとしてつくり成された將棋せうきちがひないとおもふが
仏教の背後にその芸術的要素やシナの文化やその他種々のものがはたらいていたからこそ、我々の祖先はあのように大きく動き始めたのである。
偶像崇拝の心理 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
そうして師匠の慈愛が、自分のほんとうに生きやうとする心のはたらきを一時でも痲痺しびらしてゐた事にあさましい呪ひを持つやうな時さへ來た。
木乃伊の口紅 (旧字旧仮名) / 田村俊子(著)
この瞬間には彼女は自己というものを離れ去り、また外界の何物にもわずらわされずに、衝動がはたらくままの行動をする。
エレオノラ・デュウゼ (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
「大和へやる」の「やる」という語も注意すべきもので、単に、「帰る」とか「行く」とかいうのと違って、自分の意志がはたらいている。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
人形いけるがごとくに遣い、この太夫に、三味線はこよ女、いずれも古今に名誉の人、二人立揃いてつとめられし世に双絶の見物と、称誉せられしはこれなり。
釘抜藤吉捕物覚書:11 影人形 (新字新仮名) / 林不忘(著)
雨浸あめじみに浮び出でて朦朧もうろうとお札の中にあらわれていけるがごとし。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
をゝさうだ。伊勢の国に居られる貴い巫女ミコ——おれの姉。あのお人が、おれを呼びけに来ている。
死者の書 (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
おれはきた。
死者の書 (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
く休まではかなわじと行燈あんどん吹き消しを静むるに、又してもその美形、エヽ馬鹿ばかなとかっと見ひらき天井をにらむ眼に
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
弾正太夫はかっと怒るや、太刀をあんじて立ち上がった。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
家は古いが、細君の方の親譲りで、二階の飾りなども可なり揃っていた。友人の今の身分から見ると、家賃がいらないだけに、どこか楽に見えるところもあった。夫婦に子供二人のくらしだ。
戦話 (新字新仮名) / 岩野泡鳴(著)
總髮そうはつに汚ない袷、尻が拔けて膝が拔けて、それを晴着にも寢卷にもしようといふ徹底振り、江戸といふ時代には、こんなにまで落ち果て乍ら、ゑもこゞえもせずに、店賃たなちんを三年も溜めて、晏如あんじよとしてくらしをして行く方法があつたのです。
縱令よしやかしこに往き着かんも、識る人とては一人だに無き身の、誰に頼りてかなりはひをなさん。
夫れ文章はイキんことを要す。
小説総論 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
そういう瞬間に会わないと、カツの入らないような心で、作家たちさえも生きて来ていて、そういう瞬間の自覚を人間性の覚醒、生の覚醒という風に感傷するのね。