不圖ふと)” の例文
新字:不図
「さればにてさふらふ別段べつだんこれまをしてきみすゝたてまつるほどのものもさふらはねど不圖ふと思附おもひつきたるは飼鳥かひどりさふらふあれあそばして御覽候ごらんさふらへ」といふ。
十万石 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
不圖ふと落付かぬ何やらの音が聞えた。紙とガラスの二重になつてゐる窓の障子の間にまひ込んだ何やらの羽蟲が立つる音である。
扨て公園の岡の茶店に憩ひながら、先刻の稚兒の事が不圖ふと胸に浮んだが、その稚兒が男だつたか女だつたか、はつきり記憶おぼえてゐなかつた。
四邊あたり見𢌞みまはせば不圖ふと眼にとまる經机きやうづくゑの上にある薄色の折紙、取り上げ見れば維盛卿の筆と覺しく、水莖みづぐきの跡あざやかに走り書せる二首の和歌
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
不圖ふと小六ころくんなとひ御米およねけた。御米およね其時そのときたゝみうへ紙片かみぎれつて、のりよごれたいてゐたが、まつたおもひらないといふかほをした。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
何故なぜ家はうなんだらうと、索寞さくばくといふよりは、これぢやむし荒凉くわうりやうツた方が適當だからな。」とつぶやき、不圖ふとまた奧をのぞいて、いらツた聲で
青い顔 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
物言ものいふは用事ようじのあるとき慳貪けんどんまをしつけられるばかり、朝起あさおきまして機嫌きげんをきけば不圖ふとわきひてには草花くさばなわざとらしきことば
十三夜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
譯讀を止して練習課題に變へた時、私は不圖ふと彼の方を見た。と、私は、いつも凝視みつめてゐるあの碧い眼に、私が押へられてゐるのに氣が附いた。
腹這ひになつておかゆを召上り乍ら不圖ふと思ひ出したやうに「圭一郎はなんとしとるぢやろ」と言はれると、ひとり手にお父さまの指から箸が辷り落ちます。
業苦 (旧字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
不圖ふと見れば、王瀧川の上流遠く、雲の幾重いくへともなく重れる間より、髣髴としてあらはれ渡れる偉大なる山の半面。
秋の岐蘇路 (旧字旧仮名) / 田山花袋(著)
すべてひと感情かんじやう動物どうぶつで、しきときには何事なにごとたのしくえ、かなしきときには何事なにごとかなしくおもはるゝもので、わたくしいま不圖ふとこの悽愴せいさうたる光景くわうけいたいして物凄ものすごいとかんじてたら
不圖ふといたときしなははき/\として天秤てんびんかついだ。はやしきて田圃たんぼした。田圃たんぼせばむらで、自分じふんいへ田圃たんぼのとりつきである。あをけぶりがすつとのぼつてる。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
『さァ、何方どつち何方どつち?』とつぶやいて、功能こうのうためすために右手めてつた一かけすこめました、するとあいちやんはたちまち、其顎そのあごしたしたゝたれたのにがついて、不圖ふとると
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
そのうちに不圖ふと思ひ附いたやうに、食事中自分の膳を離れて、例の新しい雨傘を取りに立つて行きました。それを大事さうに自分の膳の側に置いて、それから復た食ひ始めました。
時どき私はそんな路を歩きながら、不圖ふと、其處が京都ではなくて京都から何百里も離れた仙臺とか長崎とか——そのやうなまちへ今自分が來てゐるのだ——といふ錯覺を起さうと努める。
檸檬 (旧字旧仮名) / 梶井基次郎(著)
私が此下宿へ初めて移つた晩、此女が來て、亭主に別れてから自活して居たのを云々と話した事があつたが、此頃になつて、不圖ふとした事から、それが全然根も葉も無い事であると解つた。
菊池君 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
それが不圖ふとしたことからある近親みよりの人の眼を患つて肥前小濱をはま湯治場たうぢばに滯留してゐた頃、母と乳母とあかんぼとはるばる船から海を渡つて見舞に行つた當時の出來事だということがわかつた。
思ひ出:抒情小曲集 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
それから二つ三つ世間話をしてゐる間に、をぢさんは不圖ふとかんがへた。この半七ならば祕密を明かしても差支へはあるまい、いつそ何も彼も打明けて彼の智慧を借りることにしようかと思つた。
半七捕物帳:01 お文の魂 (旧字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
『うん、あのはなしか。あれは幾度いくどいても面白おもしろいな。』と、ひかけた但馬守たじまのかみは、不圖ふと玄竹げんちくたてあたまに、剃刀創かみそりきずが二ヶしよばかりあるのを發見はつけんして、『玄竹げんちく、だいぶあたまをやられたな。どうした。』
死刑 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
不圖ふと自分は柔いはねで撫で開けられるやうに靜かに目をいた。
女の子 (旧字旧仮名) / 鈴木三重吉(著)
尼ヶ崎橋に立つて不圖ふと東京の今川橋に居るやうな氣になつた。
京阪聞見録 (旧字旧仮名) / 木下杢太郎(著)
不圖ふと昔の夢が胸に浮んで來た。
(旧字旧仮名) / 吉江喬松吉江孤雁(著)
ところが不圖ふと見ると廊下の角に當る柱が眼に見えて斜めになり、且つそれから直角に渡された雙方の横木がぐつと開いてゐるのに氣がついた。
樹木とその葉:34 地震日記 (旧字旧仮名) / 若山牧水(著)
打ち見やりて時頼莞爾につこと打ちみ、二振三振ふたふりみふり不圖ふと平見ひらみに映る我が顏見れば、こはいかに、内落ち色蒼白あをじろく、ありし昔に似もつかぬ悲慘の容貌。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
「肉は決しての要求ばかりじやない。」周三は不圖ふと此様なことを考へた。其をきツかけに、彼はまた何時もの思索家しさくかとなつた。頭は直に曇つて来る。
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
近頃不圖ふと思ひ出して、あゝして置いては轉宅の際などに何處へ散逸するかも知れないから、今のうちに表具屋へつて懸物かけものにでも仕立てさせやうと云ふ氣が起つた。
子規の画 (旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
友仙いうぜんおびぢりめんのおびあげも人手ひとでりずにばしこくめたる姿すがた不圖ふとたるには此樣このやう病人びやうにんともおもるまじきうつくしさ、兩親ふたおや見返みかへりて今更いまさらなみだぐみぬ
うつせみ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
懷中時計くわいちうどけい海水かいすいひたされて、最早もはやものようにはらぬが、とき午前ごぜんの十と十一とのあひだであらう、此時このとき不圖ふと心付こゝろづくと、今迄いままでは、たゞなみのまに/\たゞよつてるとのみおもつてつた端艇たんてい
ところ不圖ふとわきると自分じぶん身長せいくらゐもあるおほきなきのこるのにがつくや、早速さつそく其兩面そのりやうめんうしろとを見終みをはつたので、つぎには其頂そのいたゞきになにがあるかを檢査けんさする必要ひつえうおこつてました。
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
不圖ふと四面打開きたる一帶の高地に出でゝわれは思はず足をとゞめぬ。
秋の岐蘇路 (旧字旧仮名) / 田山花袋(著)
小池も不圖ふと其の女の黒髮を見付けて、こんなことを言つてみた。
東光院 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
だから自分は、此公園にのぼつた時、不圖ふと次の樣な考を起した。
葬列 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
山深いところなどで不圖ふと聞きつけた松風の音や遠い谷川のひゞきに我等はともすると自分の寄る邊ない心の姿を見るおもひのすることがある。
中宮の御所をはや過ぎて、垣越かきごし松影まつかげ月を漏らさで墨の如く暗きほとりに至りて、不圖ふと首を擧げて暫し四邊あたりを眺めしが、俄に心付きし如く早足に元來もときし道に戻りける。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
不圖ふといてるとかどおほきな雜誌屋ざつしやがあつて、その軒先のきさきには新刊しんかん書物しよもつおほきな廣告くわうこくしてある。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
都て不快な衝動しようどうあたへたにかゝはらず、しかも心には何んといふことは無く爽快そうくわいな氣が通ツて、例へば重い石か何んぞにせられてゐた草のが、不圖ふといしを除かれて
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
十六日はかならずまちまするくだされとひしをもなにわすれて、いままでおもしもせざりし結城ゆふきともすけ不圖ふと出合であひて、あれとおどろきしかほつきのれい似合にあは狼狽あわてかたがをかしきとて
にごりえ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
喫烟室スモーキングルームくも面倒めんだうなり、すこふね規則きそく違反ゐはんではあるが、此室こゝ葉卷シユーガーでもくゆらさうとおもつて洋服やうふく衣袋ポツケツトさぐりてたが一ぽんい、不圖ふとおもしたのは先刻せんこくネープルスかう出發しゆつぱつのみぎり
不圖ふと私は自分の眼の前にこまかにさし交はしてゐるその冬枯の木の枝のさきに妙なものゝ附いてゐるのを見つけた。初めは何かの花の蕾かとも思つた。
ところがそれが偶然ぐうぜん御米およねのためにめう行爲かうゐ動機どうき構成かたちづく原因げんいんとなつた。過去くわこ週間しうかんをつと自分じぶんあひだおこつた會話くわいわに、不圖ふとこの知識ちしきむすけてかんが彼女かのぢよ一寸ちよつと微笑ほゝゑんだ。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
此の沒趣味な變人が、不圖ふとたツた一ツ趣味ある行爲を爲るやうになツた。といふのは去年の冬の初、北國の空はもうにがりきツて、毎日あられの音を聞かされる頃からの事で。
解剖室 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
打水うちみづのあとかろ庭下駄にはげたにふんで、もすそとる片手かたてはすかしぼね塗柄ぬりえ團扇うちわはらひつ、ながれにのぞんでたつたる姿すがたに、そらつきはぢらひてか不圖ふとかゝるくもすゑあたりにわかくらくなるをりしも
たま襻 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
或日彼の細君から「若山さん、二圓あるとお羽織が出來ますがねエ」と言つて嘆かれた事を不圖ふといま思ひ出した。
雖然けれども悠長なして不斷の力は、ともすると人の壓伏に打勝ツて、其の幽韻はさゝやくやうに人の鼓膜に響く。風早學士は不圖ふと此の幽韻を聞付けて、何んといふことは無く耳を傾けた。
解剖室 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
いとしきこととひかけては幾度いくたびはヽそでしぼらせしが、そのはヽにもまた十四といふとし果敢はかなくわかれていま一つのいたはしさ、かの學士がくしどの其病床そのびやうしよう不圖ふとまねかれて盡力じんりよくしたるが原因もととなり
経つくゑ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
其時不圖ふとした事から、偶然ある附添の看護婦と口を利く樣になつた。
変な音 (旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
傍らに同じく腰をおろしてゐた年若い友は不圖ふと何か思か出した樣に立ち上つたが、やがて私をも立ち上らせて對岸の岡つゞきになつてゐる村落を指ざしながら
みなかみ紀行 (旧字旧仮名) / 若山牧水(著)
それこそ空々寂々くう/\じやく/\で、不圖ふと立起たちあがツて、急に何か思出したやうに慌しく書棚を覗き𢌞る。
解剖室 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
もううでもやにつたのですからとて提燈ちようちんもちしまゝ不圖ふとわきへのがれて、おまへわがまゝの車夫くるまやさんだね、それならば約定きめところまでとはひませぬ、かはりのあるとこまでつてれゝばそれでよし
十三夜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
不圖ふと氣がついて一つの押入をあけて見ると其處の布團はぐつしよりだ。周章うろたへて他のをあけて見ると其處も同斷である。臺所、便所にまでポチ/\と音が聞えだした。
樹木とその葉:34 地震日記 (旧字旧仮名) / 若山牧水(著)