記憶きおく)” の例文
就中なかんずく、木村摂津守の名は今なお米国において記録きろくに存し、また古老ころう記憶きおくするところにして、我海軍の歴史に堙没いんぼつすべからざるものなり。
自分じぶんがうたってもらった記憶きおくをわずかにこして子守歌こもりうたをうたい、やっとねかしつけ、すこしでもやすらかなれといのったのでした。
雲と子守歌 (新字新仮名) / 小川未明(著)
調子の区別も曲の詞も音の高低も節廻ふしまわしもべて彼は耳の記憶きおくを頼りにしなければならなかったそれ以外に頼るものは何もなかった。
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
その中には誘拐いうかいや、迷子や、記憶きおく喪失さうしつや、借金逃れもあつたでせうが、昔の人はそんな詮索せんさくをする氣もないほど鷹揚だつたのでせう。
まったく夢のようで夢ではない。見れば見るほど記憶きおく明瞭めいりょうになって来て、これを書いた当時の精神状態せいしんじょうたいも墨も筆も思い出される。
落穂 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
今ではもう人の記憶きおくから消えさったかに見える松江といい、今また富士子といい、どうして彼女たちがわらわれねばならないのか。
二十四の瞳 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
ここにおいてわがはいは日々の心得こころえ尋常じんじょう平生へいぜい自戒じかいをつづりて、自己の記憶きおくを新たにするとともに同志の人々の考えにきょうしたい。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
なぎさつきに、うつくしきかひいて、あの、すら/\とほそけむりの、あたかかもめしろかげみさきくがごとおもはれたのは、記憶きおくかへつたのである。
魔法罎 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
それにはマチアもわたしも、これまでけっして人からちやほやされすぎたことがなかったということを記憶きおくしてもらわなければならない。
すこかたむきかけた初秋はつあきが、じり/\二人ふたりけたのを記憶きおくしてゐた。御米およねかさしたまゝ、それほどすゞしくもないやなぎしたつた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
わたくしとしてはせいぜいふる記憶きおく辿たどり、自分じぶんっていること、また自分じぶんかんじたままを、つくらず、かざらず、素直すなお申述もうしのべることにいたします。
ただ、赤いユニホォムを着た、でぶのじいさんが、米国一流のハムマア投げ、と、きかされ、ものめずらしく、ながめていたのだけ記憶きおくにあります。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
衛生上の原則や生理上の原則を誰でも一々記憶きおくする訳になりますまいから食物問題に対しては程と加減が一番大切だと心得ていらっしゃい。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
実験室の記憶きおくというのは、追憶という意味ではなく、犬などの記憶というのと同じ意味で、実験室が記憶力をもっているという話なのである。
実験室の記憶 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
A イヤ、あれは本統ほんとうだよきみ。ちやんと新聞しんぶんいてあつた。それを精密せいみつ記憶きおくしてるのがすなはおれ頭腦づなう明晰めいせきなる所以ゆゑんさ。
ハガキ運動 (旧字旧仮名) / 堺利彦(著)
町の人は、少年自身がわずかに記憶きおくしている四郎という名を聞き取って四郎馬鹿と言ったが、四郎馬鹿さんと愛称をもって呼ぶようになった。
みちのく (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
現に日清戦争にっしんせんそうの時にも、種々のはかりごとけんじて支那政府の採用さいようを求めたる外国人ありしは、その頃の新聞紙しんぶんしに見えて世人の記憶きおくするところならん。
今や、闇をつんざく電光の一閃いっせんの中に、遠い過去の世の記憶きおくが、いちどきによみがえって来た。彼のたましいがかつて、この木乃伊に宿っていた時の様々な記憶が。
木乃伊 (新字新仮名) / 中島敦(著)
「さうよ、らこつちのおとつゝあと同年齡おねえどしだつけな」かれ自身じしん創意さういではなくて何處どこかでいた記憶きおくまゝ反覆はんぷくしてさうして戯談じやうだんあへてした。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
思はず寒さに胴顫どうぶるひすると同時に長吉ちやうきち咽喉のどの奥から、今までは記憶きおくしてゐるとも心付こゝろづかずにゐた浄瑠璃じやうるり一節いつせつがわれ知らずに流れ出るのにおどろいた。
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
こゝろみに蝋燭らふそくされたあとほのふさま想像さうざうしてました、まへ其麽そんなものたことを記憶きおくしてませんでしたから。
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
とも思って、眼をこすって見なおしたが、やはり記憶きおくはいつわらない。どう見てもあの三人、菊池半助きくちはんすけにバサとられた三ツの首のぬしにまぎれはない。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
滝田くんはじめてったのは夏目先生のおたくだったであろう。が、生憎あいにくその時のことは何も記憶きおくのこっていない。
滝田哲太郎君 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
二人の間にあったことのこまかしい点は、僕の記憶きおくから消えうせていますし、またよしんば覚えているにしたところで、そんなことを、だれ面白おもしろがるでしょう?
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
けれど、こうした忠犬ナハトや、強盗ごうとうや、地主さんの記憶きおくも、ながい年月の流れには負けてしまうのでした。
丘の銅像 (新字新仮名) / 新美南吉(著)
わが日本選手が三だんとびの第一等に入選したとき、わたしたち内地の日本人がどんなに喜んだかは、おそらくまだみなさんの記憶きおくにあらたなるところであると思います。
国際射的大競技 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
壮二君のしかけたわなが、のちにいたって、どんな重大な役目をはたすことになるか、読者諸君は、このわなのことを、よく記憶きおくしておいていただきたいのです。
怪人二十面相 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
が、それが私の奇妙な錯覚さっかくであることを、やがて私のうちによみがえって来たその頃の記憶きおく明瞭めいりょうにさせた。
美しい村 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
それにしても、次郎さんと二人で挿木をして楽しんでいたころの記憶きおくが、こうした場合に私を力づけてくれるなんて、運命というものは、何とふしぎなものでしょう。
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
蓮月尼れんげつにうたなどは、つくときにはおそらくうちしめりのうたのあることもわすれてゐながら、どこかに記憶きおくのこつてゐて、その調子ちようし、その氣分きぶんが、あらはれてたものでありませう。
歌の話 (旧字旧仮名) / 折口信夫(著)
此方こちらも会ふのが億劫おくゝふで、いつか/\と思ひながら、今だに着手ちやくしゆもせずにると始末しまつです、今日こんにちお話をるのはほん荒筋あらすぢで、年月ねんげつなどはべつして記憶きおくしてらんのですから
硯友社の沿革 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
ヨークシャイヤの一生の間のいろいろなおそろしい記憶きおくが、まるきりまわ燈籠どうろうのように、明るくなったり暗くなったり、頭の中を過ぎて行く。さまざまな恐ろしい物音を聞く。
フランドン農学校の豚 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
東京大学予備門は後の第一高等中学校にして今の第一高等学校なり。明治十八、九年来の記憶きおくれば予備門または高等中学は時々工部大学、駒場農学と仕合いたることあり。
ベースボール (新字新仮名) / 正岡子規(著)
矢張やはりをとここひしく、其学生そのがくせい田舎ゐなかから細君さいくんれてるまで附纏つきまとつたとふだけの、事実談じじつだんぎぬのであるが、ふみ脊負揚しよいあげ仕舞しまつていた一が、なんとなくわたし記憶きおくのこつてゐる。
背負揚 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
近頃ちかごろ噴火ふんかもつともよく記憶きおくせられてゐるのは櫻島さくらじまたか一千六十米いつせんろくじゆうめーとる)であらう。
火山の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
私はもう長い間、一人で住みたいとう事を願ってくらした。古里も、古里の家族たちの事も忘れ果てて今なお私の戸籍こせきの上は、真白いままで遠い肉親の記憶きおくの中からうすれかけようとしている。
清貧の書 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
記憶きおく辿たどれば、久保田さんのはわたしも二三一緒に行つた事のある、あさ草の十二かいしよの球突塲つきば背景はいけいにしたもので、そこに久保田さん獨特どくとく義理ぎりぜう世界せかいを扱つてあつたやうにおもふ。
文壇球突物語 (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
いま女子教育ぢよしきよういく賛成さんせいといひがたきこヽろよりおそのにも學校がくかうがよひせたくなく、まわみちでもなき歸宅かへりがけの一時間じかん此家こヽりては讀書どくしよ算術さんじゆつおもふやうにをしへてれば記憶きおくもよくわかりもはや
経つくゑ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
その後のある日にもまた自分が有毒のものを採ってしかられたことを記憶きおくしているが、三十余年前のかの晩春の一日いちじつかすみおくの花のように楽しい面白かった情景として、春ごとの頭に浮んで来る。
野道 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
ぼくらの窮状きゅうじょうを知らせようというのです、ぼくは、一婦人がたこに乗って、空中に飛揚ひようすることをこころみて、成功したことを、ある本で読んだことを記憶きおくします、いまこれにならってたこを利用し
少年連盟 (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
いつとなく記憶きおくに残りぬ——
悲しき玩具 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
知りたるやととふに八五郎は微笑ほゝゑみ先刻よりうかゞふに御言葉遣ひは讃州のおん言葉ものごしに候あひだもしやと存じお尋ね申上しなりと申せしかば武士は甚だ感じつゝ御亭主ごていしゆ貴樣は記憶きおくといひ心懸こゝろがけといひ天晴の男なり察しの通り某しは讃州丸龜に住居して無刀流劔術の指南しなん
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
その上、まだあまりみにくくならぬうちに、お絹とも別れて、美しい記憶きおくだけでも殘さうといふのが、せめてもの彌三郎の望みだつたのでせう。
さかしげなひからしてつた。しぎはとも、——此處こゝもののかずさへおもつたのは、車夫しやふとき言葉ことば記憶きおくである。
魔法罎 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
宗助そうすけしろすぢふちつたむらさきかさいろと、まだらないやなぎいろを、一歩いつぽ遠退とほのいてながはしたこと記憶きおくしてゐた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
このちいさな、一つの磁石じしゃくによって、自分じぶん息子むすことが、おなじように父親ちちおやたいして、なつかしい記憶きおくのあることをふしぎにおもい、なんということなく
般若の面 (新字新仮名) / 小川未明(著)
勘次かんじはおしなのことをいはれるたびに、おつぎの身體からだをさうおもつては熟々つく/″\たびに、おしな記憶きおく喚返よびかへされて一しゆがた刺戟しげきかんぜざるをない。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
このごろ老人もようやくわすれんとしつつありしをきょうは耳新しく、その狂婦きょうふもなくなったとげられ、苦痛くつう記憶きおくをことごとく胸先むなさきびおこして
告げ人 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
何分なにぶんにも明治初年か慶応けいおう頃の撮影さつえいであるからところどころに星が出たりして遠い昔の記憶きおくのごとくうすれているのでそのためにそう見えるのでもあろうが
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
子供の時から朝夕あさゆふに母が渡世とせい三味線しやみせんくのが大好きで、習はずして自然にいと調子てうしを覚え、町をとほ流行唄はやりうたなぞは一度けばぐに記憶きおくするくらゐであつた。
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)