われ)” の例文
或時は却て其れから逃れ出やうとあせる程な、感覺の快味に、全く「われ」を忘却してしまふ無限の恍惚———私は實に、戀それよりも
歓楽 (旧字旧仮名) / 永井荷風永井壮吉(著)
われゆゑぬるひとのありとも御愁傷ごしうしようさまとわきくつらさ他處目よそめやしなひつらめ、さりともおりふしはかなしきことおそろしきことむねにたゝまつて
にごりえ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
狐の妖魅えうみをなす事和漢わかんめづらしからず、いふもさらなれどいふ也。われ雪中にはあかりをとらんため、二階のまどのもとにて書案つくゑる。
視よわれ戸の外に立ちて叩くもしわが声を聞きて戸を開く者あらば我その人のもといたらん而して我はその人とともにその人は我と偕に食せん
湖水と彼等 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
彼處あすこ通拔とほりぬけねばならないとおもふと、今度こんど寒氣さむけがした。われながら、自分じぶんあやしむほどであるから、おそろしくいぬはゞかつたものである。
星あかり (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
学んで然る後、前にもいった如くかれの長を取ってわれの短を補い、以て日本今日の文明を促進せしめることが我々国民の使命である。
一種不思議な力にいざなわれて言動作息さそくするから、われにも我が判然とは分るまい、今のお勢の眼には宇宙はあざやいで見え、万物は美しく見え
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
掛られ平左衞門は此方吟味中ぎんみちうなり主税之助ひかへませいシテ平左衞門われおもひの外なる忠臣者ちうしんものぢや然すれば其方につみは有ども又其方を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
龐涓はうけんくこと三日みつかおほひよろこんでいはく、『われもとよりせいぐんけふなるをる。りて三日みつか士卒しそつぐるものなかばにぎたり』
我が同類を殺しはせぬかとうたぐっての事であろう、もっとも千万、しかわれ強力ごうりきに恐れてか、温順おとなしくなったとは云うものゝ、油断はならぬわい
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
しかし顔を洗ったあとでも、今しがた見た夢の記憶は妙に僕にこびりついていた。「つまりあの夢の中の鮒は識域下しきいきかわれと言うやつなんだ。」
海のほとり (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
うす暗ひランプの光…………彼女のすゝり泣く声………………何と云ふ薄命あはれな女であるかとわれをもはず溜息ためいきをついた、やがて汽車はとまつた
夜汽車 (新字旧仮名) / 尾崎放哉(著)
そしてまたふたたあがってましたが、いまはもう、さっきのとり不思議ふしぎ気持きもちにすっかりとらわれて、われわすれるくらいです。
ただほんの一瞬間、本能的な恐怖のために判断が麻痺まひする。次の瞬間には命を賭する気持ちになれるにしても、最初は思わずわれを忘れて逃げる。
地異印象記 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
たちま全山ぜんざん高等野次馬かうとうやじうまは、われおくれじと馳付はせつけてると、博士はかせわらひながら、古靴ふるぐつ片足かたあしを、洋杖すてつきさきけてしめされた。
我が母は何もらさね、子のわれも何もきこえね、かかる日のかかる春べに、うつつなく遊ぶ子供を見てあれば涙しながる。
観相の秋 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
と云って、もう一つ、ほんとうに前のよりはずっと長いのを授けてくれたが、それは「われおもふ所の人あり」と云う「夜雨」の詩であった。———
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
あはれなるかな吾友わがともよ、我のラサ府にありし時、その身につみのおよばんを、知らぬこころゆわがために、つくせし君をわれいかに、てゝや安くすごすべき
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
わずかうなずく、いまだ全く解せざるものの如し。更に語を転じて曰く、われいまのために古池の句の歴史的関係を説くべし。
古池の句の弁 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
ちいさなまないたのうえせてきざんでいるのをて、おもわずあゆみをめて、しばらくわれわすれてじっとながめていました。
なくなった人形 (新字新仮名) / 小川未明(著)
かれ微笑びせうもつくるしみむかはなかつた、輕蔑けいべつしませんでした、かへつて「さかづきわれよりらしめよ」とふて、ゲフシマニヤのその祈祷きたうしました。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
あくまで諏訪家を恥ずかしめた振る舞い、これは怒るが当然だ! われ石棺を引き上げると云うも、法性の冑を奪い返し、家宝にしたいに他ならぬ。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
みちにて弟子たちに問ひて言ひたまふ「人々はわれを誰と言ふか」答へて言ふ「バプテスマのヨハネ、或人あるひとはエリヤ、或人は預言者の一人」また問ひたま
(新字新仮名) / 太宰治(著)
彼はたゞ、われひとともに、その運命を悲しむ。彼の胸に燃えてゐるその火の如くに高貴ならざるが故にである。ヒロシはよく眠りうるであらうか、と。
母の上京 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
と、はなかせてゐるうちに、をつとあたまなかには二三にちまへつまとの對話たいわ不意ふいおもうかんでた。をつとわれらず苦笑くせうした。
画家とセリセリス (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
もし僕がなんじわれにあたえよと申し出すことを、彼女もないない待ち受けているならば、彼女はあらかじめそれを承諾しそうな気色を示すべきはずである。
ういふ見地からわれといふものを解釈したら、いくら正月が来ても、自分は決して年齢としを取るはずがないのである。
点頭録 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
もしわれ配所に赴かずんば何によりてか辺鄙の群類を化せんといって、法を見て人を見なかった親鸞上人の人格は頗る趣を異にしたものといわねばならぬ。
愚禿親鸞 (新字新仮名) / 西田幾多郎(著)
勝負の要は間也かんなりわれ利せんと欲せば彼又利せんと欲す。我往かば彼また来る。勝負の肝要この間にあり。ゆえに吾伝の間積りと云うはくらい拍子に乗ずるを云う也。
巌流島 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
血のしたたる拳を見て、俺は、はっとわれに返ったおもいで、のっそりと外へ出ると、婆あがついてきて、ガラスの弁償をしろと、うるさく言いつのった。
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
わたしはこの考えをとりのけることができなかった。しばらくして明かりがまた馬車の中へさしこんで来た。わたしは今度はついわれ知らず外をながめた。
小刀ないふわれおとらじと働かせながらも様々の意見を持出し彼是かれこれと闘わすに、余も目科も藻西太郎を真実の罪人に非ずと云うだけ初より一致して今も猶お同じ事なり
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
此方こなた海底戰鬪艇かいていせんとうていは、われ敵抗てきこうする艦隊かんたいありとらば、戰鬪凖備せんとうじゆんびとゝのふるしやおそしや、敵艦てきかん非裝甲軍艦ひさうかうぐんかんならば、併列水雷發射機へいれつすいらいはつしやき使用しようするまでもなく
明くれば早暁さうげう、老鶯の声を尋ねて欝叢たる藪林そうりんに分け入り、旧日の「われ」に帰りて夢幻境中の詩人となり、既往と将来とを思ひめぐらして、神気甚だ爽快なり。
三日幻境 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
しかしいくら信号をしても 火星に智慧ちゑのある生物いきものがゐなければ われ々の信号を受取うけとることができない
なる程、われ正直にすぎおろかなりし、おたつ女菩薩にょぼさつと思いしは第一のあやまり、折疵おれきずを隠して刀にはを彫るものあり、根性が腐って虚言うそ美しく、田原がもって来た手紙にも
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
現に苦しみつつある我がおろかあわれまない訳に行かない。われに千四五百円の余財があらば、こんな所に一日も居やしないが、千四五百の金は予の今日では望外の事である。
大雨の前日 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
敬二はわれをわすれて躍りあがった。○○獣の生擒なんて、いまのいままで考えていなかったことだ。もし生擒にできたなら、○○獣の謎の正体もはっきり分るだろう。
○○獣 (新字新仮名) / 海野十三(著)
巡査じゆんさ此處こゝはじめ新聞しんぶん手離てばなした。自分じぶんはホツと呼吸いきをしてわれかへつた。義母おつかさんはウンともスンともはれない。べつわれかへ必要ひつえうもなくかへるべきわれもつられない
湯ヶ原ゆき (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
敵は屈せずに石を投げたが、幸いに石が小さいのと、距離が余りに接近しているのとで、われには差したる損害を与えなかった。それでも二三人は顔や手に微傷かすりきずを負った。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
しかし己はたかが身の周囲まわりの物事を傍観して理解したというに過ぎぬ。己と身の周囲まわりの物とが一しょに織り交ぜられた事は無い。周囲まわりの物に心をゆだねてわれを忘れた事は無い。
其夜そのよ詩集ししふなどいだして読みしは、われながら止所とめどころのなき移気うつりぎや、それ其夜そのよの夢だけにて、翌朝よくあさはまた他事ほかのこと心移こゝろうつりて、わすれて年月としつきたりしが、うめの花のくを見ては毎年まいとし
隅田の春 (新字旧仮名) / 饗庭篁村(著)
家の内にはおのれ老婢ろうひとのほかに、今客も在らざるに、女の泣く声、ののしる声の聞ゆるははなは謂無いはれなし、われあるひは夢むるにあらずやと疑ひつつ、貫一はまくらせるかしらもたげて耳を澄せり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
つきったときに、おかみさんは、杜松ねずしたきましたが、杜松としょうあま香気かおりぐと、むねそこおどつようながしてて、うれしさにわれしらずそこへひざきました。
「にあり」「てあり」「といふ」が、「なり」「たり」「とふ」となるのも同様の現象である。「ふ」「われはやぬ」など連語においても、これと同種の現象がある。
国語音韻の変遷 (新字新仮名) / 橋本進吉(著)
それは皆なわれに着いたために起つて来たあらゆる光景である。ある国はある国と争つて、無辜むこの血を流してゐる。ある人間はある人間と争つて、互に虚偽の勝敗を争つてゐる。
ある僧の奇蹟 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
けだし、かれ白人は滅種計画を励行し、彼らの大帝国主義の志は、全世界を統御して後まんとす。その心のじゃにして、その計りのけんなることかくのごとし。われ黄種は危機に頻す。
上海 (新字新仮名) / 横光利一(著)
しゆり、しゆれに宿やどときは我はつとめずして光をはなつなり、而してわれより出るしゆひかりわれしんぜずしてしゆしんずるにいたる、しんずる基督教的きりすとけうてき伝道でんだうなる者なり。
問答二三 (新字旧仮名) / 内村鑑三(著)
たかくもわれさへにきみきなな高峰たかねひて 〔巻十四・三五一四〕 東歌
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
自覚をもつわれ、及び自然的人間情緒が捲き起さざるを得ない軋轢あつれきと相剋とを描き得た。