にぎ)” の例文
みんなは、しずかになりました。そして、としちゃんは、まるまるとした鉛筆えんぴつにぎって、おかあさんの、おかおおもしているうちに
さびしいお母さん (新字新仮名) / 小川未明(著)
此君このきみにして此臣このしんあり、十萬石じふまんごく政治せいぢたなそこにぎりて富國強兵ふこくきやうへいもとひらきし、恩田杢おんだもくは、幸豐公ゆきとよぎみ活眼くわつがんにて、擢出ぬきんでられしひとにぞありける。
十万石 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
うつくしきかほ似合にあはぬはこゝろ小學校通せうがくかうがよひに紫袱紗むらさきふくさつゐにせしころ年上としうへ生徒せいと喧嘩いさかひまけて無念むねんこぶしにぎときおなじやうになみだちて
別れ霜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
そのばん郵便局長ゆうびんきょくちょうのミハイル、アウエリヤヌイチはかれところたが、挨拶あいさつもせずにいきなりかれ両手りょうてにぎって、こえふるわしてうた。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
にぎりこぶしで胸をどんとたたいたが、そのくせ、何があってはならないのかという点になると、自分でも見当がつかなかったのである。
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
「だから、はないツちやない。」と蘿月らげつは軽くにぎこぶし膝頭ひざがしらをたゝいた。おとよ長吉ちやうきちとおいとのことがたゞなんとなしに心配でならない。
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
ところがだん/\進歩しんぽするにしたがつて石塊いしころ多少たしよう細工さいくくはへ、にぎつてものこわすに便利べんりかたちにこしらへるようになりました。
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
私はある機会に、人々の目をかすめて、その鉄板の上から、一にぎりの灰を、無残に変った私の恋人の一部分を盗みとったのである。
孤島の鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
とちょっと考えたもんだから、涎も拭かずに沈んでいると、長蔵さんが、ううんとのびをして、寝たままにぎこぶしを耳の上まで持ち上げた。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
たちまち、うしほ泡立あわだち、なみ逆卷さかまいて、其邊そのへん海嘯つなみせたやう光景くわうけいわたくし一生懸命いつせうけんめい鐵鎖てつさにぎめて、此處こゝ千番せんばん一番いちばんんだ。
「お早う。」私たちは手をにぎりました。二人の子供の助手も、両手を拱いたまま私に一揖いちゆうしました。私も全く嬉しかったんです。
ビジテリアン大祭 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
……いくら他人の秘密を預るのが商売の精神病医でも、これ程の秘密をにぎつぶすのは、容易な事であるまいと思いましたからね。
キチガイ地獄 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
佐助を呼んで下されと云うのを無理にさえぎ手水ちょうずならばわいが附いて行ったげると廊下ろうかへ連れて出て手をにぎったか何かであろう
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
俊基は、添え小刀を取って、にぎりの髪を切り、それを妻の文殻にくるんで助光に託してから、べつな懐紙へこう辞世のをしたためた。
私本太平記:03 みなかみ帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
にぎり向ふをきつと見詰たる手先にさは箸箱はしばこをばつかみながらに忌々いま/\しいと怒りの餘り打氣うつきもなくかたへ茫然ぼんやりすわりゐて獨言をば聞ゐたる和吉の天窓あたま
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
「あたしが、こんなふうに、諸手もろてで抱えこんでしまいますから、あなたはバットをにぎる要領で、グイと掴んでくだされば、それでいいんです」
西林図 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
へば、あたまから青痰あをたんきかけられても、かねさへにぎらせたら、ほく/\よろこんでるといふ徹底てつていした守錢奴しゆせんどぶりだ。
死刑 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
一つずつかぞえたら、つめかずは、百ちかくもあるであろう。春重はるしげは、もう一糠袋ぬかぶくろにぎりしめて、薄気味悪うすきみわるくにやりとわらった。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
片手のてのひらにぎり込むを得る程の石にて打ち、恰も桶屋おけやが桶の籠を打ち込む時の如き有樣ありさまに、手をうごかし、次第次第しだい/″\に全形を作り上げしならん。
コロボックル風俗考 (旧字旧仮名) / 坪井正五郎(著)
にぎりたてのおむすびが彼樣あうするとにくツつきませんし、そのはう香氣にほひぎながらおむすびをべるのはたのしみでした。
ふるさと (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
外部ではにぎこぶしで続けさまに戸をたたいている。葉子はそわそわと裾前すそまえをかき合わせて、肩越しに鏡を見やりながら涙をふいてまゆをなでつけた。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
東京の某耶蘇教会で賢婦人の名があった某女史は、眼が悪い時落ちたたすき間違まちがえて何より嫌いな蛇をにぎり、其れから信仰に進んだと伝えられる。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
或いはにぎこぶしをさし上げてモゲタまたはモゲタリというところも九州に二つ三つあるが、是は多分土地だけの改作であろう。
こども風土記 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
毎日おびただしい花が咲いては落ちる。この花は昼間はみんなつぼんでいる。それが小さな、可愛らしい、夏夜の妖精フェアリーにぎこぶしとでも云った恰好をしている。
烏瓜の花と蛾 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
その風雪ふうせつの一にぎりのつぶては、時々とき/″\のやうな欄間らんますき戸障子としやうじなかぬすつて、えぬつめたいものをハラ/\とわたし寢顏ねがほにふりかけてゆく。
日の光を浴びて (旧字旧仮名) / 水野仙子(著)
そのうちにゃあ勝ちもした負けもした、いい時ゃ三百四百もにぎったが半日たあ続かねえでトドのつまりが、残ったものア空財布からさいふの中に富籤とみふだ一枚いちめえだ。
貧乏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
見てゐるうちに、倩々つく/″\嫌になつて、一と思にいて了はうかとも思つて見る………氣がいらついて、こぶしまでにぎつた。
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
私は今朝から弐拾銭をにぎったまま呆んやり庭に立っていたのだ。松の梢では、初めてせみがしんしんと鳴き出したし、何もかもが眼に痛いような緑だ。
清貧の書 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
まだ対等の社会群として闘争する場合と、権力をにぎった立場で統合する場合とでは、その現れ方が異なるだけである。
政治学入門 (新字新仮名) / 矢部貞治(著)
片手に太いステッキを持ち、ほかの手でパイプをにぎったまま、少し猫背ねこぜになって生墻の上へ気づかわしそうな視線を注ぎながら私の方へ近づいて来た。
美しい村 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
そうわれたかとると、ぎの瞬間しゅんかんには、おじいさまのなかに、わたくしにもなつかしい懐剣かいけんにぎられてりました。
ぶん酩酊よつぱらつたあし大股おほまたんで、はだいだ兩方りやうはうをぎつとにぎつて、手拭てぬぐひ背中せなかこするやうなかたちをしてせた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
店のいそがしいときや、面倒めんどうなときに、家のものは飯をにぎり飯にしたり、または紙にせて店先からあたえようとした。
みちのく (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
一行中の朴拳闘ぼくけんとう選手が、この男をみるなり、「金徳一だ!」とさけび、けよって手をにぎっていましたが、その男の表情は、依然いぜん白痴はくちに近いものでした。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
おゝこの集団しふだん姿すがたあらはすところ、中国ちうごく日本にほん圧制者あつせいしゃにぎり、犠牲ぎせいの××(1)は二十二しやうつちめた
するとそのときまでつぎ様子ようすていた、こんどのおかあさんがはいってて、むすめの手をかたにぎりしめながら
松山鏡 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
そういって、杜はわれとわが頭をにぎこぶしでもってゴツンゴツンとなぐった。その痛々しい響は、物云いたげな有坂の下垂かすい死体の前に、いつまでも続いていた。
棺桶の花嫁 (新字新仮名) / 海野十三(著)
これを文學ぶんがくうへ把持力はじりよくといつて、自分じぶん經驗けいけんをいつまでもわすれずに、にぎりしめるちからがあつて、機會きかいがあると、それを文章ぶんしようあらは能力のうりよくをいふのであります。
歌の話 (旧字旧仮名) / 折口信夫(著)
やがてかまどのもとに立しきりに飯櫃めしびつゆびさしてほしきさまなり、娘此異獣いじうの事をかねてきゝたるゆゑ、飯をにぎりて二ツ三ツあたへければうれしげに持さりけり。
ヂュリ さ、はやいなしゃれ、わしいなぬほどに。……こりゃなんぢゃ? 戀人こひゞとにぎりゃったはさかづきか? さてはどくんで非業ひごふ最期さいごをおやったのぢゃな。
そのあつせゐだつたのだらう、にぎつてゐるてのひらから身内みうちに浸み透つてゆくやうなそのつめたさはこころよいものだつた。
檸檬 (旧字旧仮名) / 梶井基次郎(著)
土はたたかれにぎり返され、あたたかに取り交ぜられて三十年も、彼の手をくぐりぬけてとしを取っていた。
生涯の垣根 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
そして、木の葉をつづった着物が脱ぎ捨ててあって、その上ににぎり飯が一つちょんと乗っかっていました。
泥坊 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
「待ちなよ。いくら下總でもにぎこぶしで行かれるわけはねえ、——と言つても俺は御存じの通りの懷具合ふところぐあひだ。ちよつと家へ來るがいゝ。お靜が何んとかするだらう」
玉子なりににぎった手のうえの方の穴へ自分の口を持って行き、ちょッとくッくッという啼き声をきかせ
猫八 (新字新仮名) / 岩野泡鳴(著)
しなければするまで投げる。しまいには三つも四つもにぎってむちゃくちゃに投げる。とうとう袂の底には、からからの藻草の切れと小砂とが残ったばかりである。
千鳥 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
あのにぎつたほか、あのむねいだいたほかむねのあつたことを想像さうぞうして、心臓しんざう鼓動こどうも一とまり、呼吸いきふさがつたやうにおぼえた。同時どうじ色々いろ/\疑問ぎもんむねおこつた。
背負揚 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
手を伸ばして、喬之助の頭髪かみのけにぎったのは、大迫玄蕃だった。ぐいと力をこめて、ひっ張り上げた。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
彼は、人にからかわれた鵞鳥がちょうみたいに、首を前に突き出し、にぎこぶしを寝台のふちにあてて伸び上がる。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
これがほかの社会だと弊害へいがいがあると言っても程度が知れているが、軍隊の下剋上だけは全く恐ろしいよ。鉄砲てっぽうをぶっ放す兵隊を直接にぎっているのは下級将校だからね。
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)