ぷん)” の例文
停車場ステエションうしろは、突然いきなり荒寺の裏へ入った形で、ぷんと身にみるの葉のにおい、鳥の羽ででられるように、さらさらと——袖が鳴った。
唄立山心中一曲 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
枕元の机の上の巻烟草まきたばこを取ろうとして、たもとくわえて及腰およびごしに手を伸ばす時、仰向あおむきにている私の眼の前に、雪をあざむく二の腕が近々と見えて、懐かしい女のぷんとする。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
舟の方へ下りて来るとぷんと酒のにおいがして、真先に女しかも女郎の肩に手をかけてぐでんぐでんに酔って、赤い眼をとろとろさせて、千鳥足に下りて来るのを見ると、此は驚いた
漁師の娘 (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
兎も角も、お蔭さまで助かりますと、片肘かたひじに身を持たせて吸筒すいづつの紐をときにかかったが、ふッと中心を失って今は恩人の死骸の胸へ伏倒のめりかかった。如何にも死人しびとくさい匂がもうぷんと鼻に来る。
其處そこふるちよツけた能代のしろぜんわんぬり嬰兒あかんぼがしたか、ときたならしいが、さすがに味噌汁みそしるが、ぷんとすきはらをそゝつてにほふ。
二た面 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
かぜつめたさわやかに、町一面まちいちめんきしいた眞蒼まつさを銀杏いてふが、そよ/\とのへりをやさしくそよがせつゝ、ぷんと、あきかをりてる。……
十六夜 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
て、ぷんかをりのたか抽斗ひきだしから、高尾たかを薄雲うすぐも一粒選ひとつぶえりところして、ずらりとならべてせると、くだん少年せうねん鷹揚おうやうたが
人参 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
こいつがされては百年目、ひょいと立って退すさったげな、うむと呼吸いきを詰めていて、しばらくして、そっと嗅ぐと、ぷんと——貴辺あなた
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ぷんと、麝香じゃこうかおりのする、金襴きんらんの袋を解いて、長刀なぎなたを、この乳の下へ、平当てにヒヤリと、また芬と、丁子ちょうじの香がしましたのです。
神鷺之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
上には知らぬ間の大鯛が尾をねて、二人の抜出した台所に、ぷんと酢の香の、暖い陽炎かげろうのむくむく立ってなびくのは、早鮨はやずしの仕込みらしい。
卵塔場の天女 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
蚊帳が顔へ搦んだのが、ぷんと鼻をついた水のにおい。引き息で、がぶりと一口、おぼるるかと飲んだ思い、これやがて気つけになりぬ。
悪獣篇 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
しごけば、するすると伸び、伸びつつ、長く美しく、黒く艶やかに、ぷんと薫って、手繰り集めた杯のうちが、光るばかりに漆をく。
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
番茶をほうじるらしい、いゝ香気においが、真夜中とも思ふ頃ぷんとしたので、うと/\としたやうだつたさわは、はつきりと目が覚めた。
貴婦人 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
如何いかなるくはだてか、内證ないしようはずわざ打明うちあけて饒舌しやべつて、紅筆べにふで戀歌こひうた移香うつりがぷんとする、懷紙ふところがみうや/\しくひろげて人々ひと/″\思入おもひいれ十分じふぶんせびらかした。
二た面 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
しかしこれを供えた白い手首は、野暮なレエスから出たらしい。勿論だ。意気なばかりが女でない。同時にぷんと、なまめかしい白粉おしろいかおりがした。
灯明之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
しずくを切ると、雫までぷんにおう。たとえば貴重なる香水のかおりの一滴の散るように、洗えば洗うほど流せば流すほど香が広がる。
伯爵の釵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
しずくを切ると、雫までぷんにおふ。たとへば貴重なる香水のかおりの一滴の散るやうに、洗へば洗ふほど流せば流すほどが広がる。
伯爵の釵 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
市場を出た処の、乾物屋と思う軒に、真紅まっかな蕃椒が夥多おびただしい。……新開ながら老舗しにせと見える。わかめ、あらめ、ひじきなど、いその香もぷんとした。
古狢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ぬかいて、附木を持翳もちかざすと、火入ひいれ埋火うずみびを、口が燃えるように吹いて、緑青の炎をつけた、ぷんと、硫黄いおうにおいがした時です。
雪柳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「糸ちゃん、望みが叶うと、よ、もやいの石鹸しゃぼんなんか使わせやしない。お京さんの肌の香がぷんとする、女持の小函こばこをわざと持たせてあげるよ。」
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ぷんと薬の香のするへや空間あきま顫動せんどうさせつつつたわって、雛の全身にさっと流込むように、その一個々々が活きて見える……
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
中形模様のなまめかしいのに、あいの香がぷんとする。突立って見ていると、夫人は中腰に膝をいて、鉄瓶を掛けながら
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
松茸の香をぷんとさせて、蛇の茣蓙ござとなうる、裏白の葉をうずたかった大籠おおかご背負しょったのを、一ツゆすって通過ぎた。
みさごの鮨 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その身動きに、いたちにおいぷんとさせて、ひょこひょこと足取あしどり蜘蛛くもの巣を渡るようで、大天窓おおあたま頸窪ぼんのくぼに、附木つけぎほどな腰板が、ちょこなんと見えたのを憶起おもいおこす。
国貞えがく (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
屋根板やねいたにほひぷんとする、いぢかりまたの、腕脛うですねふしくれつた木像女もくざうをんななにる! ……わるこぶしさいたせて、不可思議ふかしぎめいた、神通じんつうめいた、なにとなく天地あめつち
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
すし香気かおりぷんとして、あるが中に、硝子戸越ガラスどごしくれないは、住吉の浦の鯛、淡路島のえびであろう。市場の人の紺足袋に、はらはらと散った青い菜は、皆天王寺のかぶらと見た。
南地心中 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
夥間なかまの友だちが話しました事を、——その大木戸向うで、蝋燭のにおいを、ぷん酔爛よいただれた、ここへ、その脳へ差込まれましたために、ふと好事ものずきな心が、火取虫といった形で
菎蒻本 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
舞台ただ充満いっぱいの古狐、もっとも奇特きどくは、鼠の油のそれよりも、狐のにおいがぷんといたいた……ものでござって、上手が占めた鼓に劣らず、声が、タンタンと響きました。
白金之絵図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「おまけにおまへ小屋こや一杯いつぱい蘭麝らんじやかをりぷんとする。うつくしいことつたら、不啻毛嬙飛燕まうしやうひえんもたゞならず。」
鑑定 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
と云って推重おしかさなった中から、ぐいと、犬の顔のような真黒まっくろなのをもたげると、陰干のにおいぷんとして、内へ反った、しゃくんだような、霜柱のごとき長い歯を、あぐりとく。
露肆 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
……天麩羅てんぷらとも、蕎麦そばとも、焼芋とも、ぷんと塩煎餅のこうばしさがコンガリと鼻を突いて、袋を持った手がガチガチと震う。近飢ちかがつえに、冷い汗が垂々たらたらと身うちに流れる堪え難さ。
売色鴨南蛮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
血にがれてのた打つさまして、ほとんど無意識に両手をひろげた、私の袖へ、うつくしい首が仰向あおのけになって胸へ入り、櫛笄くしこうがいがきらりとして、前髪よりは、眉がぷんと匂うんです。
白花の朝顔 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
紅筆べにふで戀歌こひか移香うつりがぷんとする懷紙くわいしうや/\しくひろげて、人々ひと/″\思入おもひいれ十分じふぶんせびらかした。
片しぐれ (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
つめたい酢の香がぷんと立つと、瓜、すももの躍る底から、心太ところてんが三ツ四ツ、むくむくと泳ぎ出す。
瓜の涙 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
二人分ににんぶん二枚にまいを、一齊いつしよにスツとひらくと、岩膚いははだあめ玉清水たましみづしたゝごとく、溪河たにがはひゞきにけむりあらつて、さけかをりぷんつた。づからこれをおくられた小山内夫人をさないふじんそでふ。
雨ふり (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
一山に寺々を構えた、その一谷ひとたにを町口へ出はずれの窮路、陋巷ろうこうといった細小路で、むれるような湿気のかびの一杯ににおう中に、ぷん白檀びゃくだんかおりが立った。小さな仏師の家であった。
夫人利生記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
これこいそれは金銀の糸の翼、輝くにじ手鞠てまりにして投げたやうに、空を舞つて居た孔雀くじゃくも、う庭へ帰つて居るの……燻占たきしめはせぬけれど、棚に飼つた麝香猫じゃこうねこの強いかおりぷんとする……
印度更紗 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
にぎやかなあかるい通りで、血腥ちなまぐさいかわりに、おでんの香がぷんとした。もう一軒、すしの酢が鼻をついた。真中まんなかに鳥居がある。神の名はみだりに記すまい……神社の前で、冷たい汗の帽子を脱いだ。
雪柳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
同じ文字をあらわした大形の名刺のぷんと薫るのを、く用意をしていたらしい、ひょいとつまんで、はやいこと、お妙の袖摺そですれに出そうとするのを、まずい! と目で留め、教頭は髯で制して
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
カタリとも言わず……あまつさえ西洋の、ひしとあり、しんとして、ぷんと、ここる、強い、湿っぽい、重くるしい薬のにおいが、形あるはくのようにさっと来て、時にヒイヤリと寝台を包む。
沼夫人 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
さそくに友染ゆうぜんの膝を乱して、つくろいもなくはらりと折敷おりしき、片手が踏み抜いた下駄げた一ツ前壺まえつぼを押して寄越よこすと、たすけ起すつもりであろう、片手が薄色の手巾ハンケチごと、ひらめいてぷんかおって
春昼後刻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
緑蝶夫人ろくてふふじんといふ艶麗あでやかなのが、麹町通かうじまちどほ電車道でんしやみちむかうへ、つい近所きんじよに、家内かないともだちがあるのに——けないとぷんとしないが、香水かうすゐかをりゆかしきびんならぬ、衣裳鞄いしやうかばんりてつた。
十和田湖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
つまが幻のもみじする、小流こながれを横に、その一条ひとすじの水を隔てて、今夜は分けて線香の香のぷんと立つ、十三地蔵の塚の前には外套がいとうにくるまって、中折帽なかおれぼう目深まぶかく、欣七郎がステッキをついてたたずんだ。
怨霊借用 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
とやっぱりぷんとする懐中ふところの物理書が、その途端に、松葉のいぶ臭気においがし出した。
国貞えがく (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
妾宅では、前の晩、宵に一度、てんどんのおあつらえ、夜中一時頃に蕎麦そばの出前が、ぷん枕頭まくらもとを匂って露路を入ったことを知っているので、けば何かあるだろう……天気がいとなお食べたい。
売色鴨南蛮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
余程目に染みたものらしく、晩飯の折から、どうかした拍子だった、一風ひとかぜさっと——田舎はこれが馳走ちそうという、青田の風がすだれを吹いて、水のかおりぷんとした時、——ぜんの上の冷奴豆腐ひややっこの鉢の中へ
沼夫人 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
清々すが/\しいのは、かけくちをちら/\と、こぼれて、やまぷんかをる、ひのきまきなど新緑しんりよくである。松葉まつばもすら/\とまじつて、浴槽よくさういて、くゞつて、るゝがまゝにふ。
飯坂ゆき (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
黒表紙にはあやがあって、つやがあって、真黒な胡蝶ちょうちょう天鵝絨びろうどの羽のように美しく……一枚開くと、きらきらと字が光って、細流せせらぎのように動いて、何がなしに、言いようのない強いかおりぷんとして
国貞えがく (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
旦那、口幅くちはばっとうはござりますが、目で見ますより聞く方がたしかでござります。それに、それお通りだなどと、途中で皆がひそひそ遣ります処へ出会いますと、ぷんとな、何とも申されません匂が。
怨霊借用 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
やがて孫呉空そんごくうが雲の上を曳々声えいえいごえ引背負ひっしょったほどな芭蕉を一枚、ずるずると切出すと、ぷん真蒼まっさおにおいが樹の中にこもって、草の上を引いて来たが——全身ひっくるまって乗っかった程におおきいのである。
沼夫人 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)