“来(く)” の例文
旧字:來
此(こ)の按摩(あんま)杖(つゑ)を力(ちから)に、川(かは)べりの水除(みづよ)け堤(づゝみ)へ来(く)ると、杖(つゑ)の先(さき)へ両手(りやうて)をかけて、ズイと腰(こし)を伸(の)ばし、耳(みゝ)欹(そばだ)てゝ考(かんが)えて居(ゐ)る様子(やうす)、——と言(い)ふ。
怪力 (新字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
「ねえ、」とお母(かあ)さんが言(い)った。「あの子(こ)は田舎(いなか)へ行(ゆ)きましたの、ミュッテンの大伯父(おおおじ)さんのとこへ、暫(しばら)く泊(とま)って来(く)るんですって。」
どんどん逃(に)げて行って、山(やま)の下まで来(く)ると、御飯(ごはん)を食(た)べてしまった山姥(やまうば)が、いくらさがしても女の子がいないので、大(たい)そうおこって
山姥の話 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
それが一段(だん)向上(こうじょう)すると浅黄色(あさぎいろ)になり、更(さら)に又(また)向上(こうじょう)すると、あらゆる色(いろ)が薄(うす)らいで了(しま)って、何(なん)ともいえぬ神々(こうごう)しい純白色(じゅんぱくしょく)になって来(く)る。
(起ちあがり)どら、風呂(ふれ)へいつて来(く)う……(出て行きながら)一番の蚊帳、早うまた吊つとかんと、おツ母さんに怒(おこ)らるるばい。
牛山ホテル(五場) (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
此家(こゝ)へ世辞(せじ)を買(かひ)に来(く)る者は何(いづ)れも無人相(ぶにんさう)なイヤアな顔の奴(やつ)ばかり這入(はい)つて来(き)ます。是(これ)は其訳(そのわけ)で無人相(ぶにんさう)だから世辞(せじ)を買(かひ)に来るので婦人
世辞屋 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
全国に出しますもんな。彼(あり)ば引っ張って来(く)う。今度呼子においでたなら、そりゃよか、学校ん生徒でん何でんお迎い出すちいよる。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
犬(いぬ)の皮(かわ)をかぶって、おせんの裸(はだか)を思(おも)う存分(ぞんぶん)見(み)た上(うえ)に写(うつ)し取(と)って来(く)るなんざ、素人(しろうと)にゃ、鯱鉾立(しゃちほこだち)をしても、考(かんが)えられる芸(げい)じゃねえッてのよ
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
三千代(みちよ)の顔を頭(あたま)の中(なか)に浮(うか)べやうとすると、顔の輪廓が、まだ出来上(あが)らないうちに、此黒(くろ)い、湿(うる)んだ様に暈(ぼか)された眼(め)が、ぽつと出(で)て来(く)る。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
四郎五郎(しろごろう)さんの藪(やぶ)の横(よこ)までかけて来(く)ると、まだ三百米(メートル)ほど走(はし)ったばかりなのに、あつくなって来(き)たので、上衣(うわぎ)をぬいでしまった。
ごんごろ鐘 (新字新仮名) / 新美南吉(著)
「いつまでひとを使いくさる。小んまい餓鬼(がき)まで千よ、千よ、ぬかしくさって——育てられた恩はもう差引してつりが来(く)らあ!」
暦 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
ごく遠いところからやって来(く)るようでもあるし、どこへ行(ゆ)くのかわからなくもあった。朗(ほがら)かではあるが、なやましいものがこもっていた。
ジャン・クリストフ (新字新仮名) / ロマン・ロラン(著)
「あら、済まないなんて、やだわ。御見舞いに来(く)んのあたりまえじゃないの……あたし、黒ちゃんが可哀そうだし、それに——」
夢鬼 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
もし今後(こんご)中央公論(ちゅうおうこうろん)の編輯(へんしゅう)を誰(たれ)かに譲(ゆず)って閑(ひま)な時(とき)が来(く)るとしたら、それらの追憶録(ついおくろく)を書(か)かれると非常(ひじょう)に面白(おもしろ)いと思(おも)っていました。
夏目先生と滝田さん (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
七八年昔の縁故までたどって来(く)っからない、と。本当に切符はどうかしら。こんな手紙、何年にもかいたことございませんね。
袖子(そでこ)は物(もの)も言(い)わずに寝苦(ねぐる)しがっていた。そこへ父(とう)さんが心配(しんぱい)して覗(のぞ)きに来(く)る度(たび)に、しまいにはお初(はつ)の方(ほう)でも隠(かく)しきれなかった。
伸び支度 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
忽(たちま)ち燈(ともしび)の光の消えて行(ゆ)くやうにあたりは全体に薄暗(うすぐら)く灰色に変色(へんしよく)して来て、満ち来(く)る夕汐(ゆふしほ)の上を滑(すべ)つて行(ゆ)く荷船(にぶね)の帆(ほ)のみが真白(まつしろ)く際立(きはだ)つた。
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
ハバトフは折々(おりおり)病気(びょうき)の同僚(どうりょう)を訪問(ほうもん)するのは、自分(じぶん)の義務(ぎむ)であるかのように、彼(かれ)の所(ところ)に蒼蠅(うるさ)く来(く)る。彼(かれ)はハバトフが嫌(いや)でならぬ。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
一月ばかり過ぎて、ある日伯は突然われに向かいて、「余はあす、魯西亜(ロシヤ)に向かいて出発すべし。随(したが)いて来(く)べきか」と問う。
舞姫 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
「吾が恋を夫(つま)は知れるを行く船の過ぎて来(く)べしや言(こと)も告げなむ」(巻十・一九九八)の「来べしや」も「行くべしや」の意
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
微妙な接吻がそののちに来(く)る。同じ単純と誠実とを以て。而も互の動悸を聴きわけるほどの澄徹さを以て。幸に君達の生命も玲瓏乎としてゐる。
てれくさそうにこう言うのである——「それに、わたしゃ、今日は来(く)まいと思うんです。来るならもう来てるはずですよ」
議場(ぎぜう)へ出(で)る政治家(せいちか)でも、両国(れうこく)の土俵(とへう)で見(み)る力士(りきし)でも、伝統的(でんとうてき)なものが亡(ほろ)びて、段々(だん/\)小粒(こつぶ)になつて来(く)るのにも不思議(ふしぎ)はない。
微笑の渦 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
世間は、反動的に静かになり、東京市民は、めっきり暖くなった来(く)る朝来(く)る朝を、長々しい欠伸(あくび)まじりで礼讃(らいさん)しあった。
国際殺人団の崩壊 (新字新仮名) / 海野十三(著)
そうすりゃあいつ等(ら)は、僕(ぼく)がこんなにみっともない癖(くせ)して自分達(じぶんたち)の傍(そば)に来(く)るなんて失敬(しっけい)だって僕(ぼく)を殺(ころ)すにちがいない。だけど、その方(ほう)がいいんだ。
妹たちを再び預かってもらう事になれば葉子は当然挨拶(あいさつ)に行って来(く)べき義務を感じたけれども、どういうものかそれがはばかられてできなかった。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
ラランはいつものやうに、カラカラと笑(わら)つた。五千メートル。いつもならこの辺(へん)へ来(く)るまでに疲(つか)れて墜(を)ちてしまう筈(はづ)なのに、今度(こんど)は莫迦(ばか)に調子(てうし)がいい。
火を喰つた鴉 (新字旧仮名) / 逸見猶吉(著)
わたしたちが若か時分な、腹が痛かてて寝る事(こた)なし、産あがりだて十日と寝た事アあいません。世間が開けて来(く)っと皆が弱(よお)うなり申すでな。はははは。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
さればよ仏壇(ぶつだん)の下こそよきかくれ所なれ、かまへて人にかたり玉ふな、かたりたらば幽霊(いうれい)を見んとて村の若人(わかうど)らが来(く)べきぞ。心えたるはとて立皈(かへ)りぬ。
其(そ)の中(うち)新聞記者(しんぶんきしや)が来(く)る、出迎人(でむかへにん)が来(く)る。汽船会社(きせんぐわいしや)の雇人(やとひにん)が来(く)る。甲板(かんぱん)は上中下(じやうちうげ)ともぎツしり人(ひと)で埋(うづ)まつて了(しま)つた。
検疫と荷物検査 (新字旧仮名) / 杉村楚人冠(著)
など打返(うちかへ)し其(その)むかしの恋(こひ)しうて無端(そゞろ)に袖(そで)もぬれそふ心地(こゝち)す、遠(とほ)くより音(おと)して歩(あゆ)み来(く)るやうなる雨(あめ)、近(ちか)き板戸(いたど)に打(うち)つけの騒(さわ)がしさ、いづれも淋(さび)しからぬかは。
雨の夜 (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
ソレ故(ゆえ)私なども江戸に来(く)れば何は扨置き桂川の家には訪問するので、度々(たびたび)その家に出入(しゅつにゅう)して居る。その桂川の家と木村の家とは親類——極(ごく)近い親類である。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
学校から帰(かえ)って来(く)ると、エムリーヌ・カペルさんは、いいお点(てん)をいただいたということをお母さんにお話(はな)ししました。それから、その後(あと)でこういいました——
母の話 (新字新仮名) / アナトール・フランス(著)
「それでは風邪薬(かぜぐすり)でも買って来(く)べえ。それ、蒲団(ふとん)を頭のところからよく被(かぶ)っていねえと隙間(すきま)から風が入る」
大菩薩峠:02 鈴鹿山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「これあ盛り場から拾(ひ)らって来(く)んだ。別荘町だら長(なげ)えのが落ちてるッテッケンド、俺(おら)、行ったコタネエ」
老巡査 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
動物園のおぢさん「ある時(とき)、白(しろ)い夏服(なつふく)を着(き)た巡査(じゆんさ)が、剣(けん)か何(なん)かでこの虎(とら)をおどかしたことがありました。それからといふもの白(しろ)い服(ふく)を着(き)た巡査(じゆんさ)が来(く)ると怒(おこ)ります」
其の明(あす)雀部(ささべ)にわかれて、八月(はづき)のはじめ京(みやこ)を立ちて、九三木曾路を来(く)るに、山賊(だち)あまたに取りこめられ、衣服金銀残りなく掠(かす)められ、命ばかりを辛労(からう)じて助かりぬ。
此辺には牝犬(めいぬ)が少ないので、春秋の交尾期(こうびき)になると、猫程しかないピンを目がけて、来(く)るわ/\、白君、斑君(ぶちくん)、黒君、虎君、ポインタァ君、スパニール君、美君
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎、徳冨蘆花(著)
「そいつは事だゝ。すぐにお医者さア呼ばらなくちゃならねえだ。俺(おら)、町まで一走(ひとはし)りして来(く)べい」
青服の男 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
展覧会が開かれている間(あいだ)の随意の日に、見に来たが、来(く)る前の日に、そのころ展覧会会場の近くの上野桜木町に住んでいた私の所に、何時頃(なんじごろ)に行くと速達の葉書をよこし
茂吉の一面 (新字新仮名) / 宇野浩二(著)
けれども昆虫はただでは来(こ)なく、利益交換(りえきこうかん)の蜜(みつ)が花中にあるので、それでやって来(く)るのである。
植物知識 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
されどもかかる夜中にひとりこの辺に来(く)べき道理なければ、必定(ひつじょう)化物(ばけもの)ならんと思い定め、やにわに魚切庖丁(うおきりぼうちょう)を持ちて後の方より差し通したれば、悲しき声を立てて死したり。
遠野物語 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
ところへ竜女来って商人を呼び入れ宝牀褥上に坐らせ何の食を食わんと欲するかと問うので、閻浮提人間の食を望んだ、すると竜女種々の珍饌を持ち来りさあお一つと来(く)る
主(しゆ)はあたしに下(くだ)さらなかつたので、主(しゆ)に属(ぞく)する者(もの)を捉(つかま)へたくなつて堪(たま)らない。さてこそ、あたしは、ヷンドオムの地(ち)から、このロアアルの森(もり)へ下(お)りて来(く)る幼児(をさなご)たちを跟(つ)けて来(き)た。
卒業されて文学士というエライお方になられたげなと評判隣村にまで広がりしより取分け人の訪(と)い来(く)る事多く主人夫婦は応接に遑(いとま)あらず「イヤこれは八兵衛(べえ)さんよくおいでだね」
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
「岡の外からはろくな物は来(く)まい」と云ふのである。不思議にもこの詞が讖(しん)をなした。
十三時 (新字旧仮名) / エドガー・アラン・ポー(著)
黒き箪笥の傍(そば)に、廊下より入(い)り来(く)るようになりおる入口あり。右手の壁の前には、窓に近き処に寝椅子あり。これに絨緞(じゅうたん)を掛く。その上にはまた金糸(きんし)の繍(ぬい)ある派手なる帛(きれ)を拡(ひろ)げあり。
春、原田の家を逃げ出し、どうしても未だヲダハラの母の家へ帰る決心はつかずに、来(く)る二日前までは名前も知らなかつた此の郊外に偶然引き移つてから、もう夏になつてしまつた。
鏡地獄 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
建設の大業は後に来(く)る天才に譲つて、我々は先づ根柢まで破壊の斧を下さなくては不可(いかん)。然しこの戦ひは決して容易な戦ひではない。容易でないから一倍元気が要る。元気を落すな。
雲は天才である (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
かの了然(さだか)ならざりし形はこの時明(あきらか)に輝かされぬ。宵に来(く)べかりし狂女の佇(たたず)めるなり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)