のば)” の例文
細くてとおつたきいきいといふ鳴声を挙げる。「ほい畜生ちくしょう」と云つて平太郎はたくみに操りながら、噛みつかれないやうに翅をのばして避ける。
蝙蝠 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
古木こぼくやうみにくうでのばして、鐵車てつしやおり引握ひきつかみ、力任ちからまかせにくるま引倒ひきたほさんとするのである。猛犬稻妻まうけんいなづま猛然まうぜんとしてそのいた。
「ほんとさ。お前さん。」お豊は首を長くのばして、「私の僻目ひがめかも知れないが、実はどうも長吉の様子が心配でならないのさ。」
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
「おゝなこつた、らねえよ」おつぎはすこかがめて手桶てをけつかんでまゝのばすと手桶てをけそこが三ずんばかりはなれた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
君長は卑弥呼を見ると、獣慾に声を失った笑顔の中から今や手をのばさんと思われるばかりに、そのえた体躯たいくを揺り動かして彼女にいった。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
突かれて男はよろめきながら左手ゆんでのばして槍先を引抜ひきぬきさまグッと突返つきかえす。突かれて孝助たじ/\と石へつまずき尻もちをつく。
「倅の云うには、それが為に忠一さんを態々わざわざ呼び戻すにも及ぶまい。どうで歳暮くれには帰郷するのだから、その時までのばしても差支さしつかえはあるまいと……。」
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
のばして貰ひし恩義おんぎは城重のかげあらうな然れば師匠ししやうなり義理有る養父なり實父よりは猶更大切たいせつに致さねば相成まじ然るを
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
往来おうらいの真中に立ち留って、首をのばしてこの白い者をすかしているうちに、白い者は容赦もなく余の方へ進んでくる。
琴のそら音 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
彼は朝になってもう二三日帰りをのば工風くふうはないかと考えたが、そのうちに停車場ていしゃばへ往く自動車が迎えに来たので、しかたなしにそれに乗って出発した。
草藪の中 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
こう手をのばして、グルグルと、彼らの頭の上の方へ、一つ大きな円を画いたら、刀を持った十人も、藪の向うの十人も、そのまま居縮いすくんでしまったのじゃ。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
それから青芒あおすすきの線をのばして、左へ離れた一方に、一叢立ひとむらだちやぶがあって、夏中日も当てまい陰暗く、涼しさは緑の風を雲の峰のごとく、さと揺出ゆりだし、揺出す。
沼夫人 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
まあまあと一寸いっすんのばしにしていたが、いつまでほうって置くわけにも行かないので、遂に決心してそれを伐った。
俳句はかく解しかく味う (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
何日に戦争があるなどと云う評判、その二十日の期間もすで過去すぎさって、又十日と云うことになって、始終しじゅう十日と二十日の期限をもって次第々々に返辞へんじのばして行く。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
ロミオ さいはよるころもてゐる、見附みつけらるゝはずはない。とはいへそもじあいせられずば、立地たちどころ見附みつけられ、にくまれて、ころされたい、あいされぬくるしみをのばさうより。
それが斜に枝をのばいた檜のうらに上つたれば、とんとその樹は四十雀が実のつたやうぢやとも申さうず。
きりしとほろ上人伝 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
或年あるとしの住僧此塔の出たる時天を拝していのる、我法華ほつけ千部読経どくきやうぐわんあり、今一年にしてみてり、何とぞ命を今一年のばし玉へと念じて、かの塔を川中のふちなげこみたり。
肩幅の広い、ガッシリした六十余歳の、常に鼠色の洋服を着て、半ば白くなった顎髭あごひげをもじゃもじゃとのばして、両手でこれをひらいている。会堂の両側は硝子窓ガラスまどである。
(新字新仮名) / 小川未明(著)
「下へ置いて、よくのばして見るのだ、——おや、おや、大分切り取られて、きれがなくなつてゐるぜ」
銭形平次捕物控:311 鬼女 (旧字旧仮名) / 野村胡堂(著)
ただ敷石の道が白く長く帯をのばした様に奥深く通じて居るのが見えるばかりである、予等二人が十五六けんも進んで這入はいってゆくとようやく前面にぼんやり萱葺かやぶきの門が見えだした。
八幡の森 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
ひくい天井に只一つ小さな硝子がらす窓があつて寝ながら手をのばせば開閉あけたてが出来る。昼はその窓から日光が直射し、雨の晩などはぐ顔の上へ音を立てて降りかゝる様で眠られないさうである。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
三人が帰ると急に寒い気がしだした。服部嘉香よしかさんへ書く返事を明日あすのばして寝た。
六日間:(日記) (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
ああしてこねたりのばしたりしているところを見ると、まるで餅屋だな。……おい、見ろ、むこうの鞴のそばでは、金を水引みずひきのように細長く引きのばして遊んでいる。……さあ、帰ろう。
顎十郎捕物帳:07 紙凧 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
をりしもモイセイカはそとからかへきたり、其處そこ前院長ぜんゐんちやうのゐるのをて、すぐのば
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
アノ傷は決して不意打で無く随分闘った者だから夫はう男には違い無い(大)サア既に男とすれば誰が一尺余りののばして居ますか代言人の中にはあるとか言いますけれど夫は論外
無惨 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
うんよくはまん身代しんだいまんのばして山梨縣やまなしけん多額納税たがくのうぜいめいうたんもはかりがたけれど、ちぎりしことばはあとのみなとのこして、ふねながれにしたがひひとかれて、とほざかりゆくこと、二千、一萬
ゆく雲 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
氣分が惡いやうだけれど——この續きはまた別の日にのばしませうか?
これは、うたのばしたり、ちゞめたりしたからでせう。
歌の話 (旧字旧仮名) / 折口信夫(著)
のばよこたへ、膝節ひざぶしも、足も、つきいでて、さざなみ
海潮音 (新字旧仮名) / 上田敏(著)
「ほんとさ。おまへさん。」おとよは首を長くのばして、「私の僻目ひがめかも知れないが、じつはどうも長吉ちやうきち様子やうすが心配でならないのさ。」
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
これから切出される問題に触れるのを少しでも先へのばしたい気持でありましたが、そのうちに、わたくしにも葛岡にも
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
豊三郎はすわったまま手をのばして障子しょうじを明けた。すると、つい鼻の先で植木屋がせっせと梧桐あおぎりの枝をおろしている。
永日小品 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
かれ周圍しうゐさびしいともなんともおもはなかつた。しか彼自身かれじしんるから枯燥こさうしてあはれげであつた。かれすこしきや/\といたこしのばして荷物にもつ脊負せおつてつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
い天気だな。うだ。運動ながら吉岡のうち一所いっしょに行かないか。吉岡の阿母おっかさんに逢って、お前の婚礼をのばすことを一応ことわって置こうと思うから……。」
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
ヂュリ 大空おほぞらくもなかにもこの悲痛かなしみそこ見透みとほ慈悲じひいか? おゝ、かゝさま、わたしを見棄みすてゝくださりますな! この婚禮こんれいのばしてくだされ、せめて一月ひとつき、一週間しうかん
と手をのばして菅笠の端をったが、それでも振払って逃げようとするはずみに笠の紐がぷつりと切れる。
敵討札所の霊験 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
或年あるとしの住僧此塔の出たる時天を拝していのる、我法華ほつけ千部読経どくきやうぐわんあり、今一年にしてみてり、何とぞ命を今一年のばし玉へと念じて、かの塔を川中のふちなげこみたり。
される度一時のばしに致し居れども最早もはや此暮には是非半金もやらねばならず夫故種々いろ/\心配致せど何分私しのかせぎでは其日々々を暮す迄にも引足ひきたらず其中にも私しは三度の物を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
「さア、もう一度世の中へ出て参りましょう。その黒髪をのばして、振袖を着て、貴女あなたの美しさを存分に見せて、貴方あなたの前にひざまずく世間を見返してやろうではありませんか」
百唇の譜 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
待合のふすまの紙がかにのような形に破れているのを見付けるとのばした足の拇指を曲げて、くだん破目やぶれめ
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
イヤもうすでに印度洋から軍艦を増発して何千の兵士はただ今支度最中、しかるにこの戦争の時期をのばして待つなどゝはいわれのない話だ云々うんぬんと、思うさま威嚇おどして聞きそうな顔色がんしょくがない。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
おりしもモイセイカはそとからかえきたり、そこに前院長ぜんいんちょうのいるのをて、すぐのば
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
艇尾ていびにはいろ淺黒あさぐろく、虎髯こぜん海風かいふうかせたる雄風ゆうふう堂々どう/″\たる海軍大尉かいぐんたいゐあり、舵柄だへいにぎれるのばして、『やゝ、貴下等きから日本人につぽんじんではないか。』とばかり、わたくし武村兵曹たけむらへいそうおもて見詰みつめたが
のばよこたへ、膝節ひざぶしも足も、つきいでゝ、さゞなみ
海潮音 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
或樹あるきひげを垂れ、百手ひやくしゆのば
南洋館 (新字旧仮名) / 与謝野寛(著)
彼等は習慣と道徳の雨に散りたる一片の花にして、刑罰と懲戒の暴風にしをれず、死と破滅の空に向ひて、悪の蔓をのばし、罪の葉を広ぐる毒草の気概を欠き居り候。
夜あるき (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
今の俳優の中でのばそうという者も見当らないが、宗之助そうのすけであろう、あの人は女役おやまが適当であると自信して、かなりいい立役が附いても喜ばぬふうであるが、とにかく年は若し
当今の劇壇をこのままに (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
いたところれたやぶはし土手どてせたしのこずゑかゝつて、これめばがこぼれるといはれてどく仙人草せんにんさういくらでものばしておもつてわだかまつたつるしろはなを一ぱいにつけて
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
かつまたこれまでのこよみにはつまらぬ吉凶きつきやうしる黒日くろび白日しろびのとてわけもわからぬ日柄ひがらさだめたれば、世間せけんこよみひろひろまるほど、まよひたねおほし、あるひ婚禮こんれい日限にちげんのばし、あるひ轉宅てんたくときちゞ
改暦弁 (旧字旧仮名) / 福沢諭吉(著)
如意で刄物を打落し、猿臂えんぴのばして逆におさえ付け、片膝を曲者の脊中へ乗掛のっか
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)