しも)” の例文
それから写真を二枚って貰った。一枚は机の前に坐っている平生の姿、一枚は寒い庭前にわさきしもの上に立っている普通の態度であった。
硝子戸の中 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
かれこもつくこをかついでかへつてとき日向ひなたしもすこけてねばついてた。おしな勘次かんじ一寸ちよつとなくつたのでひどさびしかつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
としちゃんは、はしっていって、どこからか米俵こめだわらいたのをげてきました。はらててあったとみえて、たわらしもでぬれていました。
雪の降った日 (新字新仮名) / 小川未明(著)
わたしは、しもねむりをさました劍士けんしのやうに、ちついてきすまして、「大丈夫だいぢやうぶだ。ちかければ、あのおときつとみだれる。」
十六夜 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
そらにはしもの織物のような又白い孔雀くじゃくのはねのような雲がうすくかかってその下をとんび黄金きんいろに光ってゆるくをかいて飛びました。
風野又三郎 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
梅雪入道は、もうまゆにもしものみえる老年、しかし、千軍万馬を疾駆しっくして、きたえあげた骨ぶしだけは、たしかにどこかちがっている。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しもに焼けたつつじのみが幾重いくえにも波形に重なって、向こうの赤松あかまつの森につづいている。空は青々とんでおり、風もない。
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
たゞ何事なにごとはづかしうのみありけるに、しもあさ水仙すいせんつくばな格子門かうしもんそとよりさしきしものありけり、れの仕業しわざるよしけれど
たけくらべ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
書院前しょいんまえ野梅やばいに三輪の花を見つけた。年内に梅花を見るはめずらしい。しもに葉をむらさきめなされた黄寒菊きかんぎくと共に、折って小さな銅瓶どうへいす。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
あくる日は、しものおりた、よいお天気になりました。——それから、雪がとけはじめました。——やがて、春になりました。
無事で、若白毛わかしらががますますしもを加へて、相変らず飃々ひょうひょうとしてゐるだらうか。……われわれはまづ、そんなことを噂し合つた。
夜の鳥 (新字旧仮名) / 神西清(著)
そして、神さまは、『ここは、しものよくおりる、やせた土地になるだろう。しかし、いまさら、どうすることもできない。』
さま/″\の評判のうちに、秋は去り、冬は来た。木の葉は疎々そゝとして落ち、打渡した稲はきいろく熟した。ある朝はしもは白く本堂の瓦の上に置いた。
ある僧の奇蹟 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
およそ天よりかたちしてくだものあめゆきあられみぞれひようなり。つゆ地気ちき粒珠りふしゆするところしもは地気の凝結ぎようけつする所、冷気れいき強弱つよきよわきによりて其形そのかたちことにするのみ。
藁積わらぐまなどには白くしもり、金色にさしてくる太陽の光が、よい一日を約束していたが、二十年も正月といえば欠かさず一緒に出かけた松次郎が
最後の胡弓弾き (新字新仮名) / 新美南吉(著)
ころ享保きやうほ丙申ひのえさるしも月十六日の事なりし此日はよひより大雪おほゆきふりて殊の外にさぶき日なりし修驗者しゆげんじや感應院には或人よりさけ二升をもらひしに感應院はもとより酒を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
「おい、おしも、今帰ったよ」くりやに向かって声を掛けたが、声が掛かっても唖のことで、お霜が返辞をしようもない。いつもの癖で掛けたまでであった。
名人地獄 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
冬になって木々のこずえが、銀色の葉でも連ねたようにしもで包まれますと、おばあさんはまくらの上で、ちょっと身動きしたばかりでそれを緑にしました。
彼は依然として枯木林の間のしもの線路を渡りつづけながら、その時の自分の姿をマザマザと眼の前に凝視した。
木魂 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
今日は急いで行けば大抵首府カトマンズに着ける心算つもりですから余程早く起きましたので、やがて山上の平原に出ますと広い芝原に大変しもが降って居るです。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
朝靄のなかから靴音がして、しもふりとカーキー色の職工服が三々五々現れては、また靄のなかに消えてゆく。
ヒルミ夫人の冷蔵鞄 (新字新仮名) / 海野十三丘丘十郎(著)
外へ出ると、ふてくされた日が一面にしもどけの土を照らしている。その日の中を向こうへつっきって、休所へはいったら、誰かが蕎麦饅頭そばまんじゅうを食えと言ってくれた。
葬儀記 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
初恋がしもげて物にならなかった事を書いたのだからとて、題は初霜だ。雪江さんの記念に雪江せっこうと署名した。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
太郎の家で雇っているおしもばあさんのほかに、近くに住むおきく婆さんも手伝いに来てくれ、森さんのかあさんまで来てわが子の世話でもするように働いていてくれた。
(新字新仮名) / 島崎藤村(著)
着物も越後屋えちごやのぞみ次第云付いいつけさするから遠慮なくおしも使つかえ、あれはそなたの腰元だから先刻さっきよう丁寧ていねいに辞義なんぞせずとよい、芝屋や名所も追々に見せましょ。
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
それはいけません、あなたはまだしもというやつを見ないんですか。それはおそろしいしらがのじいで、あなたのようなやさしいきれいな鳥は手もなく取って殺します。
燕と王子 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
「二た間ほど離れてをります。私は女中のおしもさんと同じ部屋に休んでをりますが、奧樣の御世話は、私からお願ひ申し上げて、出來るだけ私がいたしてをります」
これはまた秋のしもの如くきびしい名著「魯迅」が、全く思いがけなく私に恵送けいそうせられて来たのである。
惜別 (新字新仮名) / 太宰治(著)
たぶん、気候の条件がそろっている上に、その年のしもの降り具合が仕上げをするのであろうと思う。
京の四季 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
しもは和歌にては晩秋よりこれを用ゐ、また紅葉こうようを促すの一原因とす。俳句にては霜は三冬に通じて用うれど晩秋にはこれを用ゐず。従ひて紅葉を促すの一原因となさず。
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
火を背になし、沖のかたを前にして立ちたいをそらせ、両のこぶしもて腰をたたきたり。仰ぎ見る大ぞら、晴に晴れて、黒澄くろすみ、星河せいかしもをつつみて、遠く伊豆の岬角こうかくに垂れたり。
たき火 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
このたい特徴とくちようとして、一年中いちねんじゆうしもゆきらないので、植物しよくぶつ生長せいちよう全然ぜんぜん休止きゆうしするときがありません。
森林と樹木と動物 (旧字旧仮名) / 本多静六(著)
はなはだもけてなみち五百小竹ゆざさうへしもを 〔巻十・二三三六〕 作者不詳
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
外界の事情をよく知らない青年時代には、いかなることがあっても一と花咲かしてみせるという元気もあるが、年る間には風も吹けばしもも降り、雨もあたればひでりもある。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
ヤお芽出めでたうぞんじます、相変あひかはらず、きみ何所どこへ。甲「ぼくは七福神ふくじんまゐりくんだ。乙「旧弊きゆうへいな事を言つてるね、七福神ふくじんまゐりといへば谷中やなかくんだらうがしもどけで大変たいへんみちだぜ。 ...
七福神詣 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
その翌朝、雨はれてゐた。からりとした初冬の空が、雨あがりの湿気を吹きはらつてゐた。荒れた狭い庭の柿の木にはしもを置いたやうな小粒な渋柿しぶがきがいくつか実つてゐた。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
ひろ野邊のべにもまたそのはなに、ときならぬしもりたがやうに、んでむすめ、ヂュリエット!
その晩は月が出ていたので、庭の木や草は、しもがおりたように、白く見えていました。その庭の中を、なにか大きな黒いものが、ゴソゴソと、裏手のほうへ、はっていくのです。
鉄塔の怪人 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
ときふゆはじめで、しもすこつてゐる。椒江せうこう支流しりうで、始豐溪しほうけいかは左岸さがん迂囘うくわいしつつきたすゝんでく。はじくもつてゐたそらがやうやうれて、蒼白あをじろきし紅葉もみぢてらしてゐる。
寒山拾得 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
折ふし徳蔵おじは椽先えんさきで、しもしらんだもみの木の上に、大きな星が二つ三つ光っている寒空をながめて、いつもになく、ひどく心配そうな、いかにも沈んだ顔付かおつきをしていましたッけが
忘れ形見 (新字新仮名) / 若松賤子(著)
しもに、はやくもよわてた蟋蟀こおろぎであろう。床下ゆかしたにあえぐ細々ほそぼそかれた。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
うち定紋じょうもんを染出した印半纒しるしばんてんをきて、職人と二人、松と芭蕉ばしょうしもよけをしにとやって来た頃から、もなく初霜はつしもひる過ぎから解け出して、庭へはもう、一足も踏み出されぬようになった。
(新字新仮名) / 永井荷風(著)
悪性の流行感冒かんぼうは日に幾十となくその善良な市民を火葬場に送った。私もまた同じ戦慄せんりつのうちに病臥びょうがして、きびしいしもと、小さい太陽と、凍った月の光ばかりとを眺むるよりほかなかった。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
そこは冬のけしきで、野にはりのこった枯葉かれはの上に、しもがきらきら光っていました。山から谷にかけて、雪がまっ白に降りうずんだなかから、しばをたくけむりがほそぼそとあがっていました。
浦島太郎 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
梅子さん、秋のしも、枯野の風の如き劇烈なる男児の荒涼くわうりやうが、春霞はるがすみの如き婦人の聖愛に包まれて始めて和楽を得、勇気を得、進路をあやまたざることを得る秘密をば、貴嬢は必ず御了解なさるでせう
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
いたずらにえた髪のしもでもなく、欠伸あくびをしてつくった小皺こじわでもない。
遠藤(岩野)清子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
それは二月に這入はいって間もない頃の、しもの烈しい或る朝の事でした。
とむらい機関車 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
如何いかにそなたが美くしいとて、その黒髪にしもが置き、玉の額に傷があらわれ、まなこ落ちくぼみ、歯がまばらになるならば、あの庭掃きとあまり変らずなるであろう——それまでがそなたのいのちじゃ」
艶容万年若衆 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
しもける冬の夜、遅く更けた燈火の下で書き物などしているのだろう。壁一重ひとえの隣家で、夜通し鍋など洗っている音がしている。寒夜の凍ったような感じと、主観のわびしい心境がよく現れている。
郷愁の詩人 与謝蕪村 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
しもの下りる朝ごとに黄葉朽葉くちばを増し、風もなきに、かつ散る。
蔦の門 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)