“修驗者”のいろいろな読み方と例文
新字:修験者
読み方割合
しゆげんじや62.5%
しゆけんじや12.5%
しゆけんしや12.5%
しゆげんしや12.5%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
振り返つてクワツと眼を剥いたのは、五十近い修驗者(しゆげんじや)、總髮に兜巾(ときん)を頂き、輪袈裟(げさ)をかけて數珠(じゆず)を押し揉む、凄まじい髯男です。
構(かま)ゆる手續(てつゞき)に掛らんとて常樂院の別懇(べつこん)に南藏院(なんざうゐん)と云(いふ)江戸芝田(しばた)町に修驗者(しゆけんじや)あれば此者方へ常樂院(じやうらくゐん)の添状(そへじやう)を持せ本多源右衞門(ほんだげんゑもん)に金子を渡し先(まづ)江戸表へ下しける源右衞門は道中を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
調(しら)べ寶澤(はうたく)と申す者有しが夫は盜賊(たうぞく)に殺(ころ)されしと云に其仔細(そのしさい)は如何にと尋(たづ)ぬれば甚左衞門は答(こた)へて右寶澤と申すは九州浪人(らうにん)原田何某の悴(せがれ)にて幼年の頃兩親(りやうしん)に別れ夫より修驗者(しゆけんしや)感應院(かんおうゐん)の弟子と成りしが十三歳の暮(くれ)感應院には横死(わうし)いたし候に付右(みぎ)寶澤へ跡(あと)を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
その頃何處からともなく江戸に現はれた修驗者(しゆげんしや)で、四十五六の魁偉(くわいゐ)な男でしたが、不思議な法力を持つと噂されて、僅かの間に江戸中の人氣を渫(さら)ひ、谷中に建てた堂宇は、小さい乍ら豪勢を極め