すみ)” の例文
さくらうらを、ぱつとらして、薄明うすあかるくかゝるか、とおもへば、さつすみのやうにくもつて、つきおもてさへぎるやいなや、むら/\とみだれてはしる……
浅茅生 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
二郎じろうは、自分じぶんをそのきゅうりにきました。きゅうりのあおいつやつやとしたはだは、二郎じろうこうとするふでさきすみをはじきました。
遠くで鳴る雷 (新字新仮名) / 小川未明(著)
彼が江戸へ入ると真っ先に、この駿河台するがだいすみ屋敷、甲賀家の門を訪れたのは無論だったが、ひょいと見ると門札の名が変っている。
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
とふくろうはって、さんざんくびをひねってかんがえていましたが、やがてからすをどっぷり、くろすみのつぼにつっみました。
物のいわれ (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
紙をらして手ずから源氏の鼻のあたまを拭いてやろうとする時に、「平中のようにすみを塗られたら困りますよ、赤いのはまだ我慢しますが」
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
字はまるでへたで、すみもがさがさして指につくくらいでした。けれども一郎はうれしくてうれしくてたまりませんでした。
どんぐりと山猫 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
それはまだいいとして、憂鬱ゆううつなことには、あたりがまっくらで、すみつぼの中を歩いているような感じのすることであった。
海底都市 (新字新仮名) / 海野十三(著)
それがふくれると自然しぜん達磨だるま恰好かつかうになつて、好加減いゝかげんところ眼口めくちまですみいてあるのに宗助そうすけ感心かんしんした。其上そのうへ一度いちどいきれると、何時いつまでふくれてゐる。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
すみべにながしてめた色紙いろがみ、またはあかあを色紙いろがみ短册たんざくかたちつて、あのあをたけあひだつたのは、子供心こどもごゝろにもやさしくおもはれるものです。
ふるさと (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
なげくべきことならずと嫣然につこみてしづかに取出とりいだ料紙りやうしすゞりすみすりながして筆先ふでさきあらためつ、がすふみれ/\がちて明日あす記念かたみ名殘なごり名筆めいひつ
たま襻 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
売った覚えのない上物のすみが二本もなくなっていたり、一ダース仕入れた細筆が一本も姿を見せなかったりした。
(新字新仮名) / 壺井栄(著)
どこか雨宿りをと坂を上りつめた時分には、一天すみの如く、ガラス玉のようなのが矢を射るように落ちて来ます。
そこで何処どこかの坊さんに頼んだそうだが、坊さんはいいすみがなければ書けぬと云うたそうで、字を書かぬなら墨を貸してくれと村の人達が墨を借りに来た。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
洗ふ水音みづおと滔々たう/\として其の夜はことに一てんにはかに掻曇かきくも宛然さながらすみながすに似てつぶての如きあめはばら/\と降來る折柄をりから三更さんかう
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
でも、源三郎様は、この植木屋とは月とすっぽん、雪とすみ、くらべものにならない武骨な方に相違ない……。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
すみ黒々くろ/″\かれた『多田院御用ただのゐんごよう』の木札きふだててられると、船頭せんどうはまたふねかへさないわけにかなかつた。
死刑 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
一同みんなふでかみすみの用意して愡掛そうがかりだと云た所でここに一つ困る事には、大切な黒田様の蔵書をこわすことが出来ない。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
周章狼狽あわてふためき戸外こぐわい飛出とびだしてると、今迄いまゝで北斗七星ほくとしちせい爛々らん/\かゞやいてつたそらは、一面いちめんすみながせるごとく、かぎりなき海洋かいやう表面ひやうめん怒濤どたう澎湃ぼうはい水煙すいえんてんみなぎつてる。
フフン、わかったぞ。きさま、明智の助手の小林だな。顔にすみなどぬって、ごまかしているが、おれには、ちゃんとわかるんだ。明智のさしずで、おれのあとを
怪奇四十面相 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
をさくとは、めじりを、とげのようなものでいて、すみれて、いれずみをすることをいふ、ふる言葉ことばであります。
歌の話 (旧字旧仮名) / 折口信夫(著)
此の二人たちまをどりたちて、滝に飛び入ると見しが、水は大虚おほぞらきあがりて見えずなるほどに、雲すみをうちこぼしたる如く、雨二七六しのを乱してふり来る。
小川の水を硯にくみ取って、一生懸命にすみをすりました。早くしないと、太陽が昇ってしまいます。太陽が昇ってしまえば、影法師かげぼうしは小さくなってだめなんです。
影法師 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
かれ阿曇の連等は、その綿津見の神の子宇都志日金拆うつしひがなさくの命の子孫のちなり。その底筒の男の命、中筒の男の命、上筒の男の命三柱の神は、すみの三前の大神一四なり。
千穂子は腰かけたなり、その木札の文字を何度も読みかえしていた。そのすみの文字が、虫のように大きくなったり縮んだりして来る。長閑のどかによしきりが鳴いている。
河沙魚 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
そこで、法師をはだかにして、ありがたい、はんにゃしんきょうの経文きょうもんを、あたまからむねどうからからあし、はては、あしのうらまで一めんすみくろぐろときつけました。
壇ノ浦の鬼火 (新字新仮名) / 下村千秋(著)
と、ただ一色のすみにぬりつぶされたような下界が切れて、ぽっかり一面に白いものがひろがった。
少年連盟 (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
帳面の房吉の字が、紙を立てゝ透き寫しにされた爲、すみがにじんで、ひどく汚れてゐるのです。
京都所司代の番士のお長屋の、茶色の土塀どべいすみ黒々と、楽書きをしている女があった。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
薄板うすいた組合くみあはせて名かた暗箱あんはこをこしらへる。内すみる。から十五錢ばかりでしかるべき焦點距離せうてんきよりを持つ虫鏡をつて來て竹つゝにはめんだのを、一方のめんにとりつける。
その足にすみを印しておけば、必ずそのつぎに生まるる子の足に同じ印を持している。
通俗講義 霊魂不滅論 (新字新仮名) / 井上円了(著)
三月みつき越しの母の看病で、月も五月の末やら六月の始めに入ったのやらまるで夢中で過しました。けれども兎に角、夏の始めの闇の夜空です。すみの中につややかな紺が溶かし込まれています。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
各色の音楽的調和によりてくわだてずしておのずから画面に空気の感情を起さしむるといへども、肉筆画にありては、しゅ胡粉ごふんすみ等の顔料は皆そのままに独立して生硬なる色彩の乱雑を生ずるのみ。
浮世絵の鑑賞 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
大食の習慣しふかん今日にいたりても未だ全くきうふくせざるなり、食事おはればれいにより鹽原巡査の落語らくごあり、衆拍手して之をく、為めにらうなぐさめて横臥わうぐわすれば一天すみの如く、雨滴うてき点々てん/\木葉を乱打らんだし来る
利根水源探検紀行 (新字旧仮名) / 渡辺千吉郎(著)
僕の顔に何かすみでもついているのであろうか。失敬な女性である。
正義と微笑 (新字新仮名) / 太宰治(著)
まとへる ぞ みな すみごろも——
御霊うぶや (新字旧仮名) / 岩野泡鳴(著)
すみるかな。
悲しき玩具 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
やがて、とことはのやみとなり、くもすみうへうるしかさね、つきほしつゝてて、時々とき/″\かぜつても、一片いつぺんうごくともえず。
寸情風土記 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
そして自分の犯しかけた——思い出したくない古傷に——ふと、心の灯を吹かれて、すみのような黒いすすの回顧に落ちてしまった。
なぜなら、その湯沸ゆわかしは、くろくすすけて、まるでいたずらっかおるように、すみったかとおもわれたほどだからです。
人間と湯沸かし (新字新仮名) / 小川未明(著)
こうかんがえて、弁慶べんけい黒糸くろいとおどしのよろいの上にすみぞめのころもて、しろ頭巾ずきんをかぶり、なぎなたをつえについて、毎晩まいばん五条ごじょうはしのたもとにっていました。
牛若と弁慶 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
安積あさかじい、そち大急ぎで、林念寺前の上屋敷へこの旨を伝えに行ってくれぬか。それから、大八、すずりすみを持ってまいれ。もう一度、峰丹波に笹の便りをやるのだ
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
ひやうに曰く證文の文字の消失きえうせしは長庵が計略により烏賊いかすみにて認めしゆゑならんか古今に其例そのためし有りとかや
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
しかし私のもっとも痛切に感じたのは、最後にすみの余りで書き添えたらしく見える、もっと早く死ぬべきだのになぜ今まで生きていたのだろうという意味の文句でした。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ヘッドライトのガラスにすみで書かれたものだ。それが恐ろしく拡大されて塀に写ったのだ。
魔術師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
ところが、その一郎が、近頃、なにに感じたものか、毎朝起きると机に向ってすみをする。
未来の地下戦車長 (新字新仮名) / 海野十三(著)
すでに和するの敵に向うは男子のはずるところ、執念しゅうねん深きに過ぎて進退しんたいきゅうするのたるをさとり、きょうに乗じて深入りの無益たるを知り、双方共にさらりと前世界の古証文ふるしょうもんすみを引き
旧藩情 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
龍華寺りうげじぼうさまにいぢめられんは心外しんぐわいと、これより學校がくかうかよことおもしろからず、わがまゝの本性ほんせうあなどられしが口惜くやしさに、石筆せきひつすみをすて、書物ほん十露盤そろばんらぬものにして
たけくらべ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
そう言って長者の子供は、白いへいの前につっ立ちました。その姿通りの影が、白塀しろべいの上にはっきりうつりました。それを他の子供たちが、すみをいっぱいふくました筆で写し取りました。
影法師 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
各色の音楽的調和によりて企てずしておのずから画面に空気の感情を起さしむるといへども、肉筆画にありては、しゅ胡粉ごふんすみ等の顔料がんりょうは皆そのままに独立して生硬なる色彩の乱雑を生ずるのみ。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
にほやかにさくらかむと春陽はるひのもとぬばたまのすみをすり流したり
(新字旧仮名) / 岡本かの子(著)