昨日きのふ)” の例文
……そして、それが、そのまど子さんの返事を聞くまで、ついまだ、昨日きのふの出来事のやうにしか、ぼくには思へなかつたのである……
十年…… (新字旧仮名) / 久保田万太郎(著)
さればわが昨日きのふ遙かに御嶽おんたけの秀絶なる姿を群山挺立ていりつうちに認めて、雀躍して路人ろじんにあやしまるゝの狂態を演じたるもまたむべならずや。
秋の岐蘇路 (旧字旧仮名) / 田山花袋(著)
「もう帰つてよろしいと警部さんが仰有るものだから、それで事が治まつたものと思つてますと、昨日きのふこんな端書はがきが来たんでせう。」
二黒の巳 (新字旧仮名) / 平出修(著)
昨日きのふ美味うま最中もなかが出来たが今日けふの茶の時間には温かい饅頭まんぢうが作られた。晩餐には事務長から一同浴衣掛ゆかたがけよろしいと云ふ許しが出る。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
読んで後架へ棄てゝ来た。欲しけりや拾つて来いと云つたら、驚いて引き下がつた。鏡で顔を見ると昨日きのふと同じ様に傷がついてゐる。
坊っちやん (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
昨日きのふの夕方ね、」と彼は答へた。「まちへ出かけたんで、すると代官が馬車から降りられるところへ、ひよつくり出つ会したんだよ。 ...
昨日きのふあさ千葉ちばわたしびまして、奧樣おくさまこの四五にちすぐれやう見上みあげられる、うぞあそばしてかと如何いかにも心配しんぱいらしくまをしますので
われから (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
『いや今日こんにちは、おゝきみ今日けふ顏色かほいろ昨日きのふよりもまたずツといですよ。まづ結構けつこうだ。』と、ミハイル、アウエリヤヌヰチは挨拶あいさつする。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
だれおれ真似まねをするのは。とつて腹を立て、其男そのをとこ引摺ひきずり出してなぐつたところが、昨日きのふ自分のれて歩いた車夫しやふでございました。
年始まはり (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
あなあはれ、摩訶曼珠沙華、出で入るとひとり眺めて、時をりは妻と眺めて、昨日きのふゆかいよよえしと、まだ今日も赤しとぞ見る。
昨日きのふ碓氷うすひ汽車きしやりて、たうげ權現樣ごんげんさままうでたとき、さしかゝりでくるまりて、あとを案内あんないつた車夫しやふに、さびしい上坂のぼりざかかれたづねた。
魔法罎 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
十九にして恋人を棄てにし宮は、昨日きのふを夢み、今日をかこちつつ、すぐせば過さるる月日をかさねて、ここに二十はたちあまりいつつの春を迎へぬ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
「どうしたつけ、昨日きのふまめはそんでもたんと收穫れた割合わりえゝだつけが」おつたがなぞのやうにいつても勘次かんじさらにはき/\といはなかつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
平素ふだんめつたに思出したためしも無いやうなことが、しかも昨日きのふあつたことゝ言ふよりも今日あつたことのやうに、生々と浮んで来た。
(新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
MM汽船会社の支店へ問ひ合せてみると、クラビンスキイ夫人が昨日きのふの朝、香港までの切符を二枚買つたといふことがわかつた。
落葉日記 (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
『そんなに東京を見くびるものぢやないわ。私は昨日きのふ東京を見て感心しちやつたのよ。麹町はい所ぢやありませんか、ねえお照さん。』
帰つてから (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
栃木山の横綱初土俵入が、常陸山会の主催で、十四日午後二時から出羽海部屋で行はれた事は昨日きのふの新聞に詳しく載つてゐた。
でも昨日きのふの樣子で鐵でないと解つた、——そこで、用人に言つて前觸れして置いて、今日荷物しらべをしたのは、惡者の細工を見るためさ。
越して太田に泊る宿狹けれど給仕の娘摺足すりあしにてちやつた待遇もてなしなり翌日雨降れど昨日きのふの車夫を雇ひ置きたれば車爭ひなくして無事に出立す母衣ほろ
木曽道中記 (旧字旧仮名) / 饗庭篁村(著)
わたくし默然もくねんとして、なほ其處そこ見詰みつめてると、暫時しばらくしてその不思議ふしぎなる岩陰いわかげから、昨日きのふ一昨日おとゝひいた、てつひゞきおこつてた。
ふり何の用かと思ひましたら今日も亦花見のおとも吾儕わたし昨日きのふ若旦那につれられて行き懲々こり/\したれば何卒なにとぞ之は長松どんか留吉どんに代らせてと言を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
昨日きのふ杖を此城頭に曳いて、鐘声を截せ来る千古一色の暮風に立ち、涙を萋々さいさいたる草裡さうりに落したりし者、よくこの今日あるを予知せりしや否や。
葬列 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
その翌日あくるひ、こんなうはさがぱつとちました。昨日きのふ乞食こじきのやうなあのぼうさんは、あれはいま生佛いきぼとけといはれてゐるお上人樣しやうにんさまだと。
ちるちる・みちる (旧字旧仮名) / 山村暮鳥(著)
昨日きのふといふ過去は幾十年を経たる昔日むかしの如く、今日けふといふ現在は幾代いくよにも亘るべき実存の如くに感じ、今迄は縁遠かりし社界は急に間近に迫り来り
厭世詩家と女性 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
あの死骸しがいをとこには、たしかに昨日きのふつてります。昨日きのふの、——さあ、午頃ひるごろでございませう。場所ばしよ關山せきやまから山科やましなへ、まゐらうと途中とちうでございます。
藪の中 (旧字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
おこつたものぢやない!』とつて五點フアイブは『わたし昨日きのふ女王樣ぢよわうさまが、うしてもおまへくびねられるやうなわることをしたとはれるのをいた!』
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
学校の学期試験は昨日きのふすんで、一方ひとかたならぬの不成績に対する教師の注意書ちゆういがきが郵便で母親の手許てもとに送り届けられた。
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
わがそびらを之にむけしはたゞ昨日きのふの朝の事なり、この者かしこに戻らんとする我にあらはれ、かくてこの路により我を導いて我家わがやに歸らしむ 五二—五四
神曲:01 地獄 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
折角せつかく樂しい昨日きのふは夢、せつない今日けふうつつかと、つい煩惱ぼんなうしやうじるが、世の戀人の身の上をなんで雲めが思ふであらう。
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
其處そこぼく昨日きのふチエホフの『ブラツクモンク』をよみさしておもはずボズさんのことかんがし、その以前いぜん二人ふたり溪流たにがは奧深おくふかさかのぼつて「やまめ」をつたことなど
都の友へ、B生より (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
がツかりしてかへつて、食卓しよくたくにつきながら、把手とつて一箇ひとつ家人かじんしめして、これがめて土偶どぐうかほでもつたら、昨日きのふ敗軍はいぐん盛返もりかへすものをとつぶやくと
さて昨日きのふ雪吹倒ふゞきたふれならん(里言にいふ所)とて皆あつまりて雪をほり死骸しがいを見るに夫婦ふうふひきあひて死居しゝゐたり。
昨日きのふは一日、芝で古道具屋をしてゐる叔母の處へ行つて、散々さんざツぱら姉の棚卸たなおろしや、自分の自惚のろけやら愚痴やら並べて、其晩寄席よせへ連出したことも確である。
絶望 (旧字旧仮名) / 徳田秋声(著)
その日も昨日きのふと同じに雪が降りつづき、銀世界と化した街に、この家ばかりはじめ/\と後暗うしろぐらい雰囲気にぢ込められ、底知れぬ恐れと不安に充たされてゐた。
父の帰宅 (新字旧仮名) / 小寺菊子(著)
昨日きのふ日華洋行の店さきで口をきいたのだから、今日は帽子をとつて挨拶しても失禮ではあるまいと思つた。
大阪の宿 (旧字旧仮名) / 水上滝太郎(著)
昨日きのふのはなしの折にも、私は毎年まいとし繰返していつてゐる、秋には山へいつて、山の風に吹かれてくるのだと、今年も出來ない相談であらうことを樂しく語りながら
あるとき (旧字旧仮名) / 長谷川時雨(著)
また昨日きのふ今日けふ新墓しんばか死人しびと墓衣はかぎくるまってかくれてゐよともはッしゃれ。いたばかりでも、つね身毛みのけ彌立よだったが、大事だいじみさをつるためなら、躊躇ちゅうちょせいで敢行してのけう。
入梅つゆになッてからは毎日まいにち雨降あめふりそれやつ昨日きのふあがツて、庭柘榴ざくろの花に今朝けさめづらしくあさひ紅々あか/\したとおもツたもつか午後ごゝになると、また灰色はいいろくもそら一面いちめんひろがり
虚弱 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
みんな早うのうよ。——お主達ぬしだちも早うなないと、見よ、今に南蛮寺の門に食はれるぞよ。恐いぞ、恐いぞ。昨日きのふ一昨日をととひも人が食はれたさうぢや。皆、去なうよ。去なうよ。
南蛮寺門前 (新字旧仮名) / 木下杢太郎(著)
昨日きのふから此處へ來て居ります。海といふものは美しいものね。濱邊に立つてかすんだ沖の方を眺めてゐると、夢の國へでも來てゐるやうな氣がして、思はず私は涙を流しました。
孫だち (旧字旧仮名) / 正宗白鳥(著)
ひむがしたぎ御門みかどさもらへど昨日きのふ今日けふすこともなし 〔巻二・一八四〕 日並皇子宮の舎人
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
せめて燒跡やけあとなりとも弔はんと、西八條の方に辿り行けば、夜半よはにや立ちし、早や落人おちうどの影だに見えず、昨日きのふまでも美麗に建てつらねし大門だいもん高臺かうだい、一夜の煙と立ちのぼりて、燒野原やけのはら
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
あくる日起きた時には、大根もごぼうも、昨日きのふの事はすつかり忘れてしまつて、いまだに思ひ出さないで、ごぼうは元のまゝの茶色で、毛だらけの顔をして 平気で暮してゐます。
ゴボウ君と大根君 (新字旧仮名) / 村山籌子(著)
もうきしから二けんほどもかゝつた渡船とせんをば、『こらて、て。』と、めながら、けてたのは、昨日きのふ多田院ただのゐん天滿與力てんまよりきの、かたちだけは偉丈夫然ゐじやうふぜんとした何某なにがしであつた。
死刑 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
昨日きのふけふとは思はざりしを」とのこの句はちょっと不意打ふいうちをせられて、あわてたようにも聞こゆるけれども、もし彼にして「つひに行く道」をかねて聞いておらなかったならば
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
昨日きのふまでの考へ方は自分ながらあまりにゆとりがなさ過ぎたと気が附くまでになつた。
煤煙の匂ひ (新字旧仮名) / 宮地嘉六(著)
昨日きのふよりも色が蒼く、眼が物狂はしいやうな、不気味な色を帯びてゐた。瑠璃子もなるべく父の顔を見ないやうに、俯いたまゝ食事をした。それほど、父の顔はいたましくみじめに見えた。
真珠夫人 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
もし昨日きのふまで繁昌はんじようしたサンピールの舊市街きゆうしがい零落れいらくしたあと噴出物流動ふんしゆつぶつりゆうどう方向ほうこうからながむれば、のこつたかべ枯木林かれきばやしのようにえ、それに直角ちよつかく方向ほうこうからるとかべ正面整列しようめんせいれつられたといふ。
火山の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
「はじめよりか幾らか違ふやうですが、でも昨日きのふと較べたらおんなじです。」
赤い鳥 (旧字旧仮名) / 鈴木三重吉(著)
どちら向いても野の中に唯一人取残されて、昨日きのふ迄の仲間が今日は散々ちり/″\になつて行く後影うしろかげを見送るでもなく、磨いたように光る線路を熟々つく/″\と眺めれば線路は遠く/\走つて何処いづくともなく消えて行く。
椋のミハイロ (新字旧仮名) / ボレスワフ・プルス(著)