折角せつかく)” の例文
折角せつかく鶴吉の骨折りで、泥の中から頭を持ち上げかけた鶴床は、他愛もなくずる/\と元にも増した不景気の深みに引きずり込まれた。
お末の死 (新字旧仮名) / 有島武郎(著)
そんでよめたせるにしても折角せつかくこつちにはたらいてんだから自分じぶんとこへはれてわけにやかねえとおもつてななんちつてもそれ
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
折角せつかく錢形の親分が來ても、あの通りだ。武家の馬鹿息子が、十九の可愛い娘を殺しても町方の御用聞には縛る繩はなかつたんだ」
「お気の毒だが、わたしの力には及ばない。しかし、折角せつかくたび/\お出でになつたのであるから、もう一度ためして御覧になるがよい。」
そればかりか、折角せつかくのごちさう はとみれば、そのあひだに、これはまんまと、あなげこんでしまつてゐるのです。そしてあなくちからあたまをだして
ちるちる・みちる (旧字旧仮名) / 山村暮鳥(著)
『でせう。大変に御成おなんなすつたでせう。ですから猶々なほ/\大切にして下さいと言ふんです。折角せつかく快く成りかけて、逆返ぶりかへしでもしたら——』
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
アーおほきに御苦労ごくらう折角せつかく思召おぼしめしだから受納じゆなふいたしまする。先「中々なかなかうまいねえ……これかへりましてもよろしうございますか。 ...
西洋の丁稚 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
これを一読するにおしむべし論者は幕末ばくまつ外交の真相しんそうつまびらかにせざるがために、折角せつかくの評論も全く事実にてきせずしていたずらに一篇の空文字くうもんじしたるに過ぎず。
折角せつかく親爺おやぢ記念かたみだとおもつて、つてやうなものゝ、仕樣しやうがないねこれぢや、場塞ばふさげで」とこぼしたことも一二あつた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
とげたし然どもかくしてやりたる病氣が一日二日の中に起らば折角せつかくなしゝ婚姻こんいん破談はだんになりてたからの山へ入ながらにして手を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
おほからうが。おほいぞ。おかへまをせ。——折角せつかくですが、かやうなことくせになりますで、以来いらい悪例あくれいになりますでな。」
十和田湖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
折角せつかく樂しい昨日きのふは夢、せつない今日けふうつつかと、つい煩惱ぼんなうしやうじるが、世の戀人の身の上をなんで雲めが思ふであらう。
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
折角せつかく釣れ盛つて来たら三人の小船頭が綸をもつらかした責任のなすり合ひを始め、『お前がねや』『わしがねや』と語尾にねやねやとつけ乍ら喧嘩を始めた。
坊つちやん「遺蹟めぐり」 (新字旧仮名) / 岡本一平(著)
いやな顔をして、折角せつかく楽しげに遊んで居たのも直ぐ止めて帰つて了ふやうになつたといふ事位のものであるさうな。
重右衛門の最後 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
長吉ちやうきち一度ひとたび別れたおいととはたがひに異なる境遇きやうぐうからにちの心までがとほざかつて行つて、折角せつかく幼馴染をさなゝじみつひにはあかの他人にひとしいものになるであらう。
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
懐かしさうに私の手を取つたのは、年老としよつた主婦のお文さんであつた。この人が生きてゐてくれなかつたら、折角せつかく訪ねて来ても、私には取附端がないのである。
念仏の家 (新字旧仮名) / 小寺菊子(著)
折角せつかく着込きごんでつた探檢服たんけんふくに、すこしもどろけずしてたくへと引揚ひきあげた。大學連中だいがくれんぢうみなとまみである。
主命しゆうめいりて糸子いとこ縁談えんだんの申しこみなるべし、其時そのとき雪三せつざう决然けつぜんとせし聲音こわねにて、折角せつかく御懇望ごこんもうながら糸子いとこさま御儀おんぎ他家たけしたまふ御身おんみならねばおこゝろうけたまはるまでもなし
たま襻 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
「ハア、折角せつかくの日曜も姉さんのいらつしやらぬ教会で、長谷川の寝言など聞くのは馬鹿らしいから、今朝篠田さんを訪問したのです、——非常に憤慨ふんがいしてでしたよ」
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
しかし其と同時に、余り自分を卑下しすぎたり、彼の心の確実さを疑ひすぎるやうな気がして、折角せつかくいて来た幸運を、取逃してしまつたやうな寂しさを感じた。
或売笑婦の話 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
けれども勿論もちろんおだやかな日和ひよりばかりはつづきません、ある時はからすが來て折角せつかくえかけたその芽をついばみ、ある時は恐ろしいあらしがあれて、根柢こんていから何ももをくつがへしてしまひます。
冬を迎へようとして (旧字旧仮名) / 水野仙子(著)
折角せつかく暖かになつた二人の身体はまた凍り付くかと思はれた。種田君はややたしかな歩調を運ばせ乍ら
二黒の巳 (新字旧仮名) / 平出修(著)
折角せつかく御越おこしやさかい、山中やまぢうさがしましたがたつたぽんほか見附みつかりまへなんので、えらどんこととす」
茸の香 (新字旧仮名) / 薄田泣菫(著)
が、その祝宴が開かれた時、鴉は白鳥と舞踏する拍子ひやうし折角せつかくの羽根を残らず落してしまつた。
翻訳小品 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
全體ぜんたいたびをしながら何物なにものをもず、ても何等なんら感興かんきようおこさず、おこしてもそれ折角せつかく同伴者つれかたあつさらきようすこともしないなら、はじめから其人そのひとたび面白おもしろみをらないのだ
湯ヶ原ゆき (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
氣絶きぜつするほど甲板かんぱんうへ投倒なげたふされて、折角せつかくたかまつたわたくしはな無殘むざん拗折へしをられてしまつた。
もつとも周三は近頃ちかごろおそろしい藝術的げいじゆつてき頬悶ほんもんおちいツて、何うかすると、折角せつかく築上つきあげて來た藝術上の信仰しんかう根底こんていからぐらつくのであツた、此のぐらつきは、藝術家にりて、もつとも恐るべき現象げんしやう
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
『あれが東光院だらう。折角せつかく行かうと思つたんだから、彼處あすこへ行つて見やう。』
東光院 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
何時いつでも、僕は死ぬ事には自信がつきましたよ。でも、何ですな、まア、折角せつかく、神より頂戴した生命なンだから、一日でも生きのびた方が、死んで灰になるよりは、いくらかましですから……
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
冬にいたりて帰蟄きちつする者なればなり、つ一行二十七名の多勢なれば、如何なる動物どうぶつと雖も皆遁逃とんとうしてただちにかげしつし、あへがいくわふるものなかりき、折角せつかく携帯けいたいせる三尺の秋水しうすゐむなしく伐木刀とへん
利根水源探検紀行 (新字旧仮名) / 渡辺千吉郎(著)
誰とも近づきがないから折角せつかくあんたの持つて生れた火を打つて出すものがない。あんたは病氣だ。何故なら男の人に與へる最高の感情、最も高く、最もやさしいものがあんたから遠く隔つてゐるから。
「くみちやん、折角せつかくのが冷たくなつたわ。」
桑の実 (新字旧仮名) / 鈴木三重吉(著)
「まあ其麽そんなことゆはねえで折角せつかくのことに、勘次かんじさんもわる料簡れうけんでしたんでもなかんべえから」となだめても到頭たうとう卯平うへいかなかつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
折角せつかくお美乃が嫁入りするんだぜ、そのなりで高砂やアでもあるめエ。——これで間に合はなきや、又何んとかするぜ」
折角せつかく、お大事だいじになせえよ。おいらは、これでやつと蘇生いきかへつたわけさ。まるで火炮ひあぶりにでもなつてゐるやうだつたんでね」
ちるちる・みちる (旧字旧仮名) / 山村暮鳥(著)
折角せつかく祭の仕度が出來た、仲直りがてらお霜婆に見せて來るが好からう、と兄が言つて、嫌がる私を無理やりに背中に乘せ婆さんの家へかつぎ込みました。
立て一たんめぐみ遣はしたる金子を今受取ては一分立ずと申して何分請取うけとり申さず是に依て私し儀も折角せつかくむすめまで賣たる金を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
つてつてらうかといふ一寸ちよつとおこるやいなや、そりや五六年前ねんぜんことだとかんがへあとからて、折角せつかく心持こゝろもちおもつきをすぐして仕舞しまつた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
さりながらおうかげをもとゞめざるときだに、いとふべき蛇喰へびくひおもいださしめて、折角せつかく愉快ゆくわい打消うちけされ、掃愁さうしうさけむるは、各自かくじともなをさなもの唱歌しやうかなり。
蛇くひ (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
わたしうしてもうと決心けつしんしてるのだからそれは折角せつかくだけれどきかれないよとふに、きちなみだつめて、おきやうさん後生ごしやうだから此肩こゝはなしておくんなさい。
わかれ道 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
折角せつかくこゝまで来た以上、すぐに帰つてしまふわけにも行かないので、病人の枕もとで看病の手つだひなどをしてゐるうちに、師走のみじかい日はいつか暮れてしまつて
それは水害すゐがいのためにもしふね転覆ひつくりかへると蘇生よみがへ亡者やつが多いので、それでは折角せつかくひらけようといふ地獄ぢごく衰微すゐびだといふので、とほ鉄橋てつけうになつちまいました、それ御覧ごらうじろ
明治の地獄 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
今日こんにちこの日本に起つた事としては書きこなしにくい、もししひて書けば、多くの場合不自然の感を読者に起させて、その結果折角せつかくのテエマまでも犬死をさせる事になってしまふ。
澄江堂雑記 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
気が進まないからつてことわつてしまつた。折角せつかくきてくれた両人には心外であつた。
畜生道 (新字旧仮名) / 平出修(著)
折角せつかく、寺の復活を考へてれて来たが、これでは駄目だ……。しかし、一人あゝしてはふつて置くといふことが間違つてゐるのである。何処の寺でも、今では女房子を持たないものはない。
ある僧の奇蹟 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
『こんなとこへ、もう一生來ることあれへん。折角せつかく來たんやよつて、まア東光院とうくわうゐんへでも寄つて行きまへう。』と、おみつは、銀貨を取り出して、東光院へ行く停車場ステーシヨンまでの切符を女房に買はせた。
東光院 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
ながめて微笑しつ「婆や、私だつて、今日此頃外へ出るなど少しも好みはしませんがネ、折角せつかく母様がお誘ひ下ださるのだから、御伴おともするんです——けれど、婆や、別に心配なこと無いぢやないかネ」
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
勘次かんじさんそんでもえんなよ、どくだつちんだから、おれ折角せつかくべつにしてたんだから」おしなすこおこけていつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
「でも折角せつかく御供をして参りましたのに……『何だつて病院まで行かないんだ、何の為にいて行つたんだ』なんて、きつとまた私が旦那様に叱られます——」
灯火 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
却説かくて傳吉は酒宴しゆえんの席へ出で扨々折角せつかく御招ぎ申しても何も進ずる物もなししかし今日の座興ざきよう歸國きこくなす道中の物語を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)