一口ひとくち)” の例文
そしていきなりおひめさまにとびかかって、ただ一口ひとくちべようとしました。おひめさまはびっくりして、とおくなってしまいました。
一寸法師 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
凡てが、君とか、親とか、国とか、社会とか、みんなひと本位であつた。それを一口ひとくちにいふと教育を受けるものが悉く偽善家であつた。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
菊地半九郎は売女ばいじょにうつつをぬかして大小を手放したとただ一口ひとくちにいわれては、武士の面目にもかかわる。支配頭への聞えもある。
鳥辺山心中 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
そしていちばんはじめに手拭てぬぐひすゝんだ鹿しかから、一口ひとくちづつ団子だんごをたべました。六ぴきめの鹿しかは、やつと豆粒まめつぶのくらゐをたべただけです。
鹿踊りのはじまり (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
ゆえに一口ひとくちにいえば悪い意味における裏面の有無うむを判断する者は当事者とうじしゃ一人というべく、他人は容易にこれを断定し得るものではない。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
是においてか老いて貧しき身をもちて彼去りぬ、世もし一口ひとくち一口と食を乞ひ求めし時のその固き心を知らば 一三九—一四一
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
宛ながら足の四本に止まるをうらむが如く、一口ひとくちに他の犬をうてしまうことが出来ぬを悲しむ如く、しこ壮夫ますらおデカ君が悲鳴をあげつゝ追駈おっかける。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
この こえを ききつけて、わにざめが どこからか やって きて、一口ひとくちに おもちゃを のみこもうと しました。
うみぼうずと おひめさま (新字新仮名) / 小川未明(著)
私の母は女ながらもつい一口ひとくちでも芝居の事を子供に云わず、兄もまた行こうと云わず、家内中かないじゅう一寸ちょいとでも話がない。夏、暑い時の事であるからすずみには行く。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
嬰兒あかんぼちゝみますから、あつしうでも、彼女あれにはるものの一口ひとくちはせたうござんすから。」——で、さしあたり仕立したてものなどのあつらへはないから
十六夜 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
この線を見ると、あなたにはたいへんな幸運と、一口ひとくちにいえないほどの莫大な財産が備わっていることがわかる
キャラコさん:01 社交室 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
あるとき猿廻さるまわしの背中せなかわれているさるに、かきをくれてやったら、一口ひとくちもたべずにべたにすててしまいました。みんながじぶんをきらっていたのです。
花のき村と盗人たち (新字新仮名) / 新美南吉(著)
なべそこにはしろいどろりとしたこめかゆがあつた。汁椀しるわんをとつてたら小皿こざらにはひしほすこせてあつた。卯平うへいめた白粥しろがゆへまだ一口ひとくちはしをつけた容子ようすがない。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
内儀かみさんまことに失礼しつれいでございますが、なにかお土産みやげつたところ仕儀しぎでございますから、御主人ごしゆじんがおかへりになつたら一口ひとくちうぞげて下さいまし。
こゝにるよお千代ちよ阿母おつかさんだよいゝかへわかつたかへおとつさんもお呼申よびまをしたよサアしつかりしてくすり一口ひとくちおあがりヱむねがくるしいアヽさうだらうこのマアあせ
闇桜 (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
浅黄色の上着うはぎで、火夫だといふことだけわかりました。一口ひとくちも口を利かず、たゞそのからだだけで迫つて来る力に、わたくしは、取りひしがれてしまひました。
(新字旧仮名) / 岸田国士(著)
よく友人たち一口ひとくちに「君、それは鼠だろう」とけなしてしまう、成程なるほど鼠のるべきところなら鼠の所業しわざかと合点がてんもするが、鼠のるべからざるところでも、往々おうおうにして聞くのだ
頭上の響 (新字新仮名) / 北村四海(著)
『イヤ、イヤ、けつして御心配ごしんぱいなく。』とかれ此時このとき珈琲カツヒー一口ひとくちんだが、悠々ゆう/\鼻髯びぜんひねりながら
「来年卒業してから試験を受けるんでさアね。大学校へ行く前に、もう一ツ……大きな学校があるんです。」お豊は何も一口ひとくちに説明してやりたいと心ばかりはあせっても
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
わたしはなしは、短歌たんかのみならず、日本につぽんうた大凡おほよそわたつて、知識ちしきをおけしたいとおもふのですから、こんなことから、はじめたわけです。それで一口ひとくちだけ、旋頭歌せどうかについてまをしませう。
歌の話 (旧字旧仮名) / 折口信夫(著)
「三井物産では、今度、玉井に、焚料口バンカぐちを、一口ひとくち、持たせるという話を聞いたが……?」
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
私は思わず「お母さん、お母さん」と一口ひとくち二口ふたくち叫んだが、それが丁度ちょうどその時刻頃であったろう」と、従兄自身も不思議な顔をして語ったので、そばに居たその男も、すこぶる妙に感じたと
感応 (新字新仮名) / 岩村透(著)
さびしく、けれどもミルクを一口ひとくち飲んだくらいの甘さを体内に感じて風呂から出た。
正義と微笑 (新字新仮名) / 太宰治(著)
とうさんの田舍ゐなかはうではあのはち佃煮つくだにのやうにして大層たいそう賞美しやうびするといたら、お前達まへたちおどろくでせうか。一口ひとくちはちひましても、木曾きそ賞美しやうびするのは地蜂ぢばちからつただけです。
ふるさと (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
その言うことを聞いていると挨拶の末には、親分はこれから江戸へ出て面白い仕事をなさるのだそうだが、どうか自分たちを子分にして、その仕事に一口ひとくち乗せて下さいというのであります。
大菩薩峠:20 禹門三級の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
衣類いるゐ大小だいせうしち一口ひとくち最早もはや月切つきぎれ相成あひなりながれに出しゆゑ先日一寸御斷り申上げましたが止ておけとの事ゆゑ今日けふ迄見合せ置たれども今になん御沙汰ごさたもなきにより最早流れ切に致しますそれともあげを
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
「自分といふものゝ沒却ぼツきやく………ま、其の何だ。一口ひとくちにいふと、すツかり我を無くしてゐても、大きな家に入ツて、美味うまい物を喰ツて、しやなら/\と暮らしてゐた方がいと思ふんですか。」
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
しらべると、びんに半分はんぶんほどのこつたウィスキイに青酸加里せいさんかり混入こんにゅうしてあつた。だから老人ろうじんは、それを一口ひとくちか、せいぜい二口ふたくちむとくるしくなり、金魚鉢きんぎょばちのそばまでつてつてんだのにちがいない。
金魚は死んでいた (新字新仮名) / 大下宇陀児(著)
彼はウヰスキイ炭酸たんさん一口ひとくち飲み、もう一度ふだんの彼自身に返った。
彼 第二 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
例えば在原業平ありわらのなりひら悠遊ゆうゆうしていたころには、おに一口ひとくちいてんけりといったが、大江山の酒顛童子しゅてんどうじに至っては、都に出でて多くの美女を捕え来りしゃくをさせて酒を飲むような習癖があったもののごとく
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
昨年さくねんなつ女中ぢよちゆうから小田原をだはらのお婿むこさんなどなぶられてたのを自分じぶんつてる、あゝ愈々いよ/\さうだ! とおもふとぼくいやになつてしまつた。一口ひとくちへば、うみやまもない、おき大島おほしまれがなんだらう。
湯ヶ原より (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
と、牝鶏めんどり一口ひとくちにけなしつけるのでした。
「おれにそんな事ができるものか」と兄は一口ひとくちしりぞけた。兄の腹の中には、世の中でこれから仕事をしようという気がちていた。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
はらがいっぱいになると、もうかれは、だなのなかのものをべたいなどというよくこしませんでした。それよりか、ただ一口ひとくちみずみたかったのです。
ねずみとバケツの話 (新字新仮名) / 小川未明(著)
とかくこの客気血気けっきがあれば考えにあやまりを生じやすい。一口ひとくちに熱心などと称するからよく聞こえるが、思慮のない熱心ほどおのれを害し人を害するものはない。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
この仏壇ぶつだんの下のつぼには、だいじなものがはいっている。かけはあめのようだけれど、ほんとうは、一口ひとくちでもなめたら、ころりとまいってしまうひどい毒薬どくやくだ。
和尚さんと小僧 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
ふべき場合ばあひではないけれども、まことにてん美祿びろくである。家内かない一口ひとくちした。不斷ふだん一滴いつてきたしなまない、一軒いつけんとなりの齒科しくわ白井しらゐさんも、しろ仕事着しごとぎのまゝでかたむけた。
露宿 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
割箸わりばしを添えて爺が手渡すどんぶりを受取って、一口ひとくちすすると、なまぐさいダシでむかッと来たが、それでも二杯食った。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
唯の百文ひゃくもんも借りたることはないその上に、品行は清浄しょうじょう潔白にして俯仰ふぎょう天地にはじずと云う、おのずからほかの者と違う処があるから、一緒になってワイ/\云て居ながら、マア一口ひとくちに云えば
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
しかいま塲合ばあひなにはずに辛抱しんばうしてつたが、印度洋インドやう炎熱えんねつが、始終しじう其上そのうへやうてらしてるのだからたまらない、その晝食ちうしよくとき一口ひとくちくちにした無邪氣むじやき少年せうねんは、たちまそのにく海上かいじやうして
「何もございませんが、一口ひとくち召上れな」と言って、お銚子ちょうし洗肉あらいをつきつけられたところで、いやな気持はしないが、わざわざ安倍川をこしらえて来て食べさせるところが、お雪ちゃんらしいなと
大菩薩峠:26 めいろの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
さうしてかれ茶碗ちやわんさけをだら/\とこぼしながらに一口ひとくちんだ。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
君もそんなに気取ってないで一口ひとくちまあ、こころみてごらん。
春の枯葉 (新字新仮名) / 太宰治(著)
なし兎も角も一ツ長屋に居れば我々まで引合ひきあひになるも知れず日來ひごろ一口ひとくちづつ呑合のみあひし者は今さら仕方なし皆々恐れ用心ようじんしてぞ居たりける偖文右衞門久兵衞の兩人は増々ます/\云募いひつの假令たとへ浪人らうにんしても大橋文右衞門ぞや他人の金などに目を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
「もう駄目でせう」と一口ひとくち答へたが、野々宮君の呑気なのには驚ろいた。三四郎は此無神経を全くよるひるの差別から起るものと断定した。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
すなわちその妻子を思うの感情、一口ひとくちにいうと自家の感情である。これは社会に対すれば私の感情であるけれども、その個人から見れば愛他的のものである。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
あかちゃんは、なにかお菓子かしがほしいと、ちいさなかわいらしい、それは大人おとなくちなら一口ひとくちでのんでしまわれそうな、やわらかなって、「おくれ。」をいたしました。
はてしなき世界 (新字新仮名) / 小川未明(著)
それで生白なまじろい色をして、あおいものもあるがね、煮られて皿の中に横になった姿てえものは、魚々さかなさかな一口ひとくちにゃあいうけれど、考えて見りゃあ生身なまみをぐつぐつ煮着につけたのだ
三尺角 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
でも一口ひとくち、玉子焼を口にほおばると、一雄は急にいやな顔をして、すぐはき出してしまいました。
祖母 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
晩餐後ばんさんご喫茶きつちやがはじまると、櫻木大佐さくらぎたいさをはじめ同席どうせき水兵等すいへいらは、ひとしくくちそろへて『御身おんみこのしま漂着へうちやく次第しだいくわしく物語ものがたたまへ。』といふので、わたくし珈琲カフヒー一口ひとくちんで、おもむろにかたした。