にご)” の例文
ほおはこけ、眼の下にふかいたるみが出来た上に、皮膚の色はどす黒くにごっていた。鏡を見るごとに味気あじきなさが身にみるようである。
親馬鹿入堂記 (新字新仮名) / 尾崎士郎(著)
にごれるみづいろへて極彩色ごくさいしき金屏風きんびやうぶわたるがごとく、秋草模樣あきくさもやうつゆそでは、たか紫苑しをんこずゑりて、おどろてふとともにたゞよへり。
婦人十一題 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
此のけむりほこりとで、新しい東京は年毎としごとすゝけて行く。そして人もにごる。つい眼前めのまへにも湯屋ゆや煤突えんとつがノロ/\と黄色い煙を噴出してゐた。
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
念佛ねんぶつにごつたこゑあかるくひゞいた。地上ちじやうおほうたしも滅切めつきりしろえてれうにはてられた天棚てんだな粧飾かざりあかあをかみ明瞭はつきりとしてた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
隅田川がドブのようににごった今日とは違って、いろいろの物語に残っているように、その頃は思いのほかの綺麗な川だったのです。
しかしそれは、にごるべき所とむべき所が語によって古今の違いがあるので、今我々が濁って読む語でも昔の人は清んで読んでおった。
古代国語の音韻に就いて (新字新仮名) / 橋本進吉(著)
たずねた場合は、「絵の先生をしています」とでもにごしておこうと、私は私の家と同然な御出入口と書いてあるその硝子戸を引いた。
清貧の書 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
ところ宗助そうすけがゐなくなつて、自分じぶん義務ぎむ一段落いちだんらくいたといふゆるみがるとひとしく、にごつた天氣てんきがそろ/\御米およねあたまはじめた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
また一人ひとりは、あかいとにごったみずなかながして、ほのおのごとく、へびのように、ちらちらするのをおもしろがってていました。
台風の子 (新字新仮名) / 小川未明(著)
「東京では、こんな綺麗な月は見られないよ。箱根の高い山の上は、空気がにごっていないから、こんなに鮮かに見えるのだよ」
崩れる鬼影 (新字新仮名) / 海野十三(著)
まなこの光にごひとみ動くこと遅くいずこともなくみつむるまなざし鈍し。まといしはあわせ一枚、裾は短かく襤褸ぼろ下がり濡れしままわずかにすねを隠せり。
源おじ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
にごった楽隊の音や、かん走った蓄音機のひびきや、それらの色彩と音楽とが一つに溶け合って、師走しわすの都のちまたにあわただしい気分を作っていた。
半七捕物帳:03 勘平の死 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
かみもおはしまさば我家わがやのきとゞまりて御覽ごらんぜよ、ほとけもあらば此手元このてもとちかよりても御覽ごらんぜよ、こゝろめるかにごれるか。
軒もる月 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
黄河の水も揚子江の水も、大陸へ流れ出ると、真黄色ににごっているが、このあたりではそう濁りもない清澄な谷川であった。
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そしていつか薄明は黄昏たそがれに入りかわられ、苔の花も赤ぐろく見え西の山稜さんりょうの上のそらばかりかすかに黄いろににごりました。
インドラの網 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
水は青黒くにごってる。自分はさっそく新しい水をバケツに二はいくみ入れてやった。奈々子は水鉢の縁に小さな手を掛け
奈々子 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
出来のいい長生糸瓜ながなりへちまのように末広がりにポッテリと長くのびている。よって、阿古ににごりを打って仙波顎十郎と呼ばれる。
顎十郎捕物帳:13 遠島船 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
どんなに驚愕きょうがくし、またさびしいお気持になられるかと思えば、愚直の私も、さすがに言葉をにごさざるを得なかったのである。
惜別 (新字新仮名) / 太宰治(著)
むかうに見える劇場の内部は天井てんじやうばかりがいかにも広々ひろ/″\と見え、舞台は色づきにごつた空気のためかへつて小さくはなはだ遠く見えた。
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
鮏入らんとすれば口ひろがるやうにいかにもたくみに作りたるもの也。これをつゞといふはつゝといふべきをにごなまれるならん。
河は土色ににごっている、水が溢れている、いつ洪水になるかもしれぬ。葛西村は水のついているところもある。今は酔っている、寝る。(九、一二)
むろんさけもございました……にごってはりませぬが、しかしそう透明すきとおったものでもなかったようにおぼえてります。
目は白っぽくにごって、まるで魚の目の様であったし、皮膚のある部分は已にくずれて、トロンと皮がめくれていた。
恐怖王 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
それをたとへのようにいはないで、直接ちよくせつにまれびとなるかりといふふうにいつたところに、にごりがなくなつてをります。
歌の話 (旧字旧仮名) / 折口信夫(著)
お手のものの幇間式たいこもちしきに、おひゃらかしてこの場をにごそうとした長庵だが、咬みつくように呶鳴どなりつけられて眼をパチクリ、黙りこんだ。形勢不穏である。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
けれどもその湖の水が黒くにごって来ると、この村に何かしら悲しいことがあると云い伝えられておりました。
ルルとミミ (新字新仮名) / 夢野久作とだけん(著)
無垢むく若者わかものまへ洪水おほみづのやうにひらけるなかは、どんなにあまおほくの誘惑いうわくや、うつくしい蠱惑こわくちてせることだらう! れるな、にごるな、まよふなと
(旧字旧仮名) / 水野仙子(著)
お滝も、あの時の無情な仕打しうちを考え出しては多少良心にじないわけにはゆかないから、言葉をにごして
大菩薩峠:02 鈴鹿山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
今日の都会の青年子女について、気持ちの話になって、はっきり一つの意味の言葉を言切いいきる者はすくない。必ず意味ににごりを打つか取消しの準備を言内に付け加えている。
山田やまだともかず石橋いしばしとも付かずでお茶をにごしてたのです、其頃そのころ世間せけん持囃もてはやされた読物よみものは、はるのやくん書生気質しよせいかたぎ南翠なんすゐくんなんで有つたか、社会小説しやくわいせうせつでした、それから
硯友社の沿革 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
のたうつような戦慄せんりつ陣痛の苦悶くもんであり、奇妙な風船笛のような鳴き声も、すこやかな産声うぶごえであり、怪しげなにごみずも、胎児の保護を終えた軽やかな羊水であったのか
灯台鬼 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
何故ならばその當時私はまだほんののみ兒で當歳か、やつと二歳ふたつかであつたのである。次で乳母のなかから見た海はにごつた黄いろいぞうの皮膚のやうなものだつた。
思ひ出:抒情小曲集 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
子どもらにとっては、ただ手足をふれているだけで、じゅうぶん満足のできる、こころよい感触かんしょくであった。水はここではじめて人の手にふれ、せきとめられてにごった。
二十四の瞳 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
文麻呂 (次第に懺悔ざんげするもののごとく)なよたけ、……許しておくれ。僕は自分の心をいつわっていたんだ。不純な虚栄に心をうばわれていたんだ。僕の心はにごっていた。
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
祖母はやはり母家を仕切って裏側の部屋に住んでいたが、間の檜戸ひのきどかたく釘づけにされて開かなかった。裏の泉水せんすいは木の葉や泥でうずもって浅く汚くそしてにごっていた。
最近に八郎潟はちろうがたのほとりで生れた者が訪ねて来て、いっしょに岡のふもと蘆原あしはらをあるいて、この鳥のさえずりを聴いたのだが、この人々ははっきりとジの音をにごって呼んでいた。
と同時です。もうその場から汚情おじょうに血が燃え出したものか、十郎次のにごった声が伝わりました。
川口界隈かわぐちかいわい煤煙ばいえんにくすんだ空の色が、重くこの橋の上に垂れている。川の水もにごっている。
馬地獄 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
なまづ醫者の煙幕は、この老婆が現はれるまでの空虚をにごし埋めるためのものらしかつた。
天国の記録 (旧字旧仮名) / 下村千秋(著)
しかし東京の大火の煙は田端たばたの空さへにごらせてゐる。野口君もけふは元禄袖げんろくそでしやの羽織などは着用してゐない。なんだか火事頭巾づきんの如きものに雲龍うんりゆうさしと云ふ出立いでたちである。
相当に御茶をにごすことが出来るが、歴史的探偵小説を研究した参考書などは一冊もなく
歴史的探偵小説の興味 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
と、中頃は余り言いすごしたと思ったので、末にはその意をにごしてしまった。言ったとて今更どうなることでも無いので、図に乗って少し饒舌しゃべり過ぎたと思ったのは疑いも無い。
鵞鳥 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
が、この青年までが、母の周囲に惹き付けられているのを知ると、美奈子は平気ではいられなかった。かすかではあるが、母に対する美奈子の純なにごらない心持が、揺ぎ初めた。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
しるしなきものおもはずは一坏ひとつきにごれるさけむべくあるらし 〔巻三・三三八〕 大伴旅人
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
大部分だいぶぶんひと生活せいかつしてゐる都會とかいは、せま土地とち大勢おほぜいひとみ、石炭せきたん煤煙ばいえんや、そのほか塵埃じんあいでもって空氣くうきがおそろしくにごつてをり、また各種かくしゆ交通機關こうつうきかん發達はつたつして晝夜ちゆうやわかちなく
森林と樹木と動物 (旧字旧仮名) / 本多静六(著)
つつましやかな氣持で甲板かんぱん一隅ひとすみにぢつとたゝずみながら、今まで心の中に持つてゐた、人間的なあらゆるみにくさ、にごり、曇り、いやしさ、暗さを跡方あとかたもなくふきぬぐはれてしまつたやうな
処女作の思い出 (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
鍋蓋なべぶた古手拭ふるてぬぐい、茶碗のかけ、色々の物ががって来て、底は清潔になり、水量も多少は増したが、依然たる赤土水のにごり水で、如何に無頓着の彼でもがぶ/\飲む気になれなかった。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
み切った月が、暗くにごったしょくの火に打ち勝って、座敷ざしきはいちめんに青みがかった光りを浴びている。どこか近くで鳴く蟋蟀こおろぎの声が、笛のにまじって聞こえる。甘利はまぶたが重くなった。
佐橋甚五郎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
橄欖かんらんみどりしたたるオリムピアがすでにむかしに過ぎ去ってしまった証拠しょうこには、みんなの面に、身体に、帰ってからの遊蕩ゆうとう、不節制のあとが歴々と刻まれ、くもり空、どんよりにごった隅田川すみだがわ
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
しかし、それはほんの瞬間で、しかもその時の感じは、お祖母さんのいきさつのために、ひどくにごらされていた。今夜の感じには、それとは比べものにならない、澄みきった厳粛さがあった。
次郎物語:01 第一部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)