なや)” の例文
旧字:
そのいたみなやみの心の中に、いよいよ深く疾翔大力さまのお慈悲じひを刻みつけるじゃぞ、いいかや、まことにそれこそ菩提ぼだいのたねじゃ。
二十六夜 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
唯潔癖な彼女は周囲の不潔に一方ひとかたならずなやまされた。一番近いとなりが墓地に雑木林ぞうきばやし、生きた人間の隣は近い所で小一丁も離れて居る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
「おさないひめたちが、このあいだから風邪かぜなやんでいる。奥もきょうはそれで祈祷いのりにまいった。アレは昔からその宗門しゅうもんでもあった」
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
わが子よ。お前をんだ、おろかなる父が、お前への愛情故に、かくのごとくなやみ苦しんだということを忘れてはなるまい。云々
親馬鹿入堂記 (新字新仮名) / 尾崎士郎(著)
竿立ちになっておどり上った二頭の早馬は、なんと剛気なことにも、二頭共々々揃いに揃って、あやかになやましい牝馬めうまなのでした。
りんごのようにあかいほおをした、かわいらしいしょうちゃんが病気びょうきなやんでいるとると、しょうちゃんのおかあさんといっしょになって
幼き日 (新字新仮名) / 小川未明(著)
これでひるなやまされていたいのか、かゆいのか、それともくすぐつたいのかもいはれぬくるしみさへなかつたら、うれしさにひと飛騨山越ひだやまごえ間道かんだう
高野聖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
腹部おなか病気びょうきでございました。はりされるようにキリキリと毎日まいにちなやみつづけたすえに、とうとうこんなことになりまして……。』
かれよるになってもあかりをもけず、よもすがらねむらず、いまにも自分じぶん捕縛ほばくされ、ごくつながれはせぬかとただそればかりをおもなやんでいるのであった。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
彼は無風帯を横ぎる帆船はんせんのように、動詞のテンスを見落したり関係代名詞を間違えたり、行きなやみ行き悩み進んで行った。
保吉の手帳から (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
えたいの知れぬ混沌こんとんを成しており、この上もなく矛盾むじゅんした感情や、想念や、疑惑ぎわくや、希望や、喜びや、なやみが、つむじ風のようにうずまいていた。
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
消えもりたいおせんの風情ふぜいは、にわ秋海棠しゅうかいどうが、なまめきちる姿すがたをそのままなやましさに、おもてたもとにおおいかくした。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
いへの事は左のみ気にからなかつた。職業もなるが儘になれと度胸を据ゑた。たゞ三千代の病気と、其源因と其結果が、ひどく代助のあたまなやました。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
老人は、そばにいる少年が、春木清ではないのを知って、いままでのはげしいなやみから急に解放されたのであった。
少年探偵長 (新字新仮名) / 海野十三(著)
とうさんはそれだけのことをいにくそうにって、また自分じぶん部屋へやほうもどってった。こんななやましい、うにわれぬ一にち袖子そでことこうえおくった。
伸び支度 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
異境につちかわれた一輪の花の、やはり、実を結びがたいなやみとはかなさがあらわにあらわれていて、ぼくには如何いかにも哀れに、悲しい夢だとおもわれたのです。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
これは一にちはやくこのあやしいものを退治たいじして、天子てんしさまのおなやみをしずめてあげなければならないというので、お公卿くげさまたちがみんなって相談そうだんをしました。
(新字新仮名) / 楠山正雄(著)
草原の牝狼が、白けた冬の月の下でうえなやみながら一晩中てた土の上を歩き廻るつらさを語ることもある。
狐憑 (新字新仮名) / 中島敦(著)
返すがえす打つと、その度に肉がついた。さすがの美濃狐も、を上げて謝った。すると、尾張の女は、以後商人達をなやますなと、いましめてから許してやった。
大力物語 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
なやましいばかりの羞恥しゅうちと、人に屈辱くつじょくあたえるきりで、なんやくにも立たぬかたばかりの手続てつづきをいきどお気持きもち、そのかげからおどりあがらんばかりのよろこびが、かれの心をつらぬいた。
身体検査 (新字新仮名) / フョードル・ソログープ(著)
いかなる困苦こんくと欠乏とになやもうとも自分は正しきものである! かく考えることによってわしは自分の不幸を支えていた。しかしわしはそれがあやしくなりだした。
俊寛 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
私は親にさからふのぢやない、阿父さんと一処に居るのをきらふのぢやないが、私は金貸などと云ふいやしい家業が大嫌だいきらひなのです。人をなやめておのれこやす——浅ましい家業です!
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
このころの私の小説を考えなやんでいる、そのうちにそれがどうやら少しずつ発展して来ているような気もする、そう言った私のもどかしい気持さながらであったからだ。
美しい村 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
いただかねばなりませぬ。それが果して成るか成らぬか。そこに脊骨せぼねしぼられるようななやみが……
鵞鳥 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
みょうなことには、遠きもの日々にうとしで、日夜、一緒いっしょに暮している与平へ対する愛情の方が、いまでは色いものとなっているだけに、千穂子はその情愛になやむのである。
河沙魚 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
歌姫の歌には、ちょうどそれと同じかろやかさと確かさとがありました。またわたしは、ゴルゴタのおか十字架じゅうじかの下で苦しみなやむ母親のことを思わずにはいられませんでした。
夜、宿へつくとくたくたにつかれていたので、寺田は女中にアルコールを貰ってメタボリンを注射した。一代が死んだ当座寺田は一代の想い出と嫉妬になやまされて、眠れぬ夜が続いた。
競馬 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
しかし、私はそう答えながら、ものごとを片付けるなら一番あとにして下さいとたのむ。それほど私には、片付けられるまでの途中の肌質きめのこまかいなやましさがなつかしく大事なのだから。
桃のある風景 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
もうずいぶんまえから、そこのところがわからないであたまなやましていたのでした。六の六ばいは三十六だといわれても、それは三十六の椅子いすなのか、三十六の胡桃くるみなのかわからないのです。
母の話 (新字新仮名) / アナトール・フランス(著)
うめいて、紫色むらさきいろ雑木林ざふきばやしこずゑが、湿味うるみつたあをそらにスク/\けてえ、やなぎがまだあら初東風はつこちなやまされて時分じぶんは、むやみと三きやく持出もちだして、郊外かうぐわい景色けしきあさつてあるくのであるが
背負揚 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
しかし、その壮行会の席につらなった人たちの中に、恭一と道江みちえという二人の人間がいて、何かにつけむつまじく言葉をかわしていたことは、かれにとって消しがたいなやみの種になっていた。
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
八一何となくなやみ出でて、八二鬼化もののけのやうに狂はしげなれば、ここに来りて幾日もあらず、此のわざはひかかる悲しさに、八三みづからもものさへわすれて八四いだたすくれども、只八五をのみ泣きて
これをれ知らずしてみずから心をなやますは、誤謬ごびゅうはなはだしき者というべし。故に有形なる身分の下落げらく昇進しょうしんに心を関せずして、無形なる士族固有の品行を維持いじせんこと、余輩の懇々こんこん企望きぼうするところなり。
旧藩情 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
なべてみななやみ入る、夏ののいと青き光のなかに。——
邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
過ぎて行く春のなやみが書いてあるでせう。
春の詩集 (新字旧仮名) / 河井酔茗(著)
若き女の死ぬごときなやましさあり
一握の砂 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
優婆夷うばゐか、なやいろもなし
茴香 (新字旧仮名) / 末吉安持(著)
は、まれてなか予想よそうをしなかったほど、複雑ふくざつなのにあたまなやましました。そして、空恐そらおそろしさにふるえていました。
明るき世界へ (新字新仮名) / 小川未明(著)
今わたしは、その日からわたしの情熱が始まったと言ったが、も一つその上に、わたしのなやみもその日から始まったと、言いえてもいいだろう。
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
関翁は過日来足痛そくつうすこぶる行歩ぎょうぶなやんで居られると云うことをあとで聞いた。それに少しも其様な容子ようすも見せず、若い者なみに四里の往復は全く恐れ入った。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
いまふさがず、れいみはつて、ひそむべきなやみもげに、ひたひばかりのすぢきざまず、うつくしうやさしまゆびたまゝ、またゝきもしないで、のまゝ見据みすえた。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
一郎はジュリアの美しさを沁々しみじみと見たような気がした。ただ美しいといったのではいけない、なやましい美しさというのはまさにジュリアの美しさのことだ。
恐怖の口笛 (新字新仮名) / 海野十三(著)
そのいくさは九ねんもつづいて、そのあいだにはずいぶんはげしい大雪おおゆきなやんだり、兵糧ひょうろうがなくなってあやうくにをしかけたり、一てきいきおいがたいそうつよくって
八幡太郎 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
ただ現世げんせのこした父母ふぼことはどうあせりましてもあきらめねてなやきました。そんな場合ばあいには、神様かみさまも、精神統一せいしんとういつも、まるきりあったものではございませぬ。
「ところが、斥候ものみの者のしらせによると、にわかに四、五百のかくし部隊があらわれて、亀井武蔵守かめいむさしのかみをはじめ、徳川勢をさんざんになやめているとのことでござる」
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
まだねむらないで南京虫なんきんむしたたかっているものもあろう、あるいつよ繃帯ほうたいめられてなやんでうなっているものもあろう、また患者等かんじゃら看護婦かんごふ相手あいて骨牌遊かるたあそびをしているものもあろう
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
代助は最近の候補者に就て、此間このあひだから親爺おやぢに二度程なやまされてゐる。親爺おやぢの論理は何時いついても昔し風に甚だ義理かたいものであつたが、其代り今度は左程権柄づくでもなかつた。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
このふくれるように盛りあがって満ちてくるしおなやましさ! わしはこの島の春がいちばん苦しい。わしの郷愁きょうしゅうえがたいほどさそうから。とぼしい草木くさきも春のよそおいをしている。
俊寛 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
自分の肉体がむしろにくい——一方の生活慾を満足させようとあせりながら、その方法(貝原に買われること)に離反する。矛盾むじゅん我儘わがままに自分をなやめ抜く自分の肉体が今は小初に憎くなった。
渾沌未分 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
秋子のかおるような呼吸が感ぜられ、坂本はなやましいほど幸福な気がした。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)