はじめ)” の例文
はじめよりその辺に在り、なお手に及ばざるものあれば、力をあはせとりひしぎて、走らすことなかりしかば、かくても人の知らざりけり
探偵小説の「謎」 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
はじめのようにからかう勇気がなくなり、此方こっちも巡査の様子を見詰めていると、巡査はやはりだまったままわたくしの紙入を調べ出した。
濹東綺譚 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
わが年はまだ十三にて、はじめは何事ともわきまへざりしが、のちには男の顔色もかはりておそろしく、われにでもあらで、水に躍入おどりいりぬ。
うたかたの記 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
神事じんじをはれば人々離散りさんして普光寺に入り、はじめ棄置すておきたる衣類いるゐ懐中くわいちゆう物をるに鼻帋はながみ一枚だにうする事なし、かすむれば即座そくざ神罰しんばつあるゆゑなり。
◯英の天然詩人ウォルズオス、彼は少時より天然を熱愛せしといえども、しかもはじめより天然を以てことごとく足れりとした人ではなかった。
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
人間じんかんニ政府ヲたつル所以ハ、此通義ヲ固クスルタメノ趣旨ニテ、政府タランモノハ其臣民ニ満足ヲ得セシメはじめテ真ニ権威アルト云フベシ。
かくごとく新しき事態が間断なく継起し、新しき問題がそれと共に続出して来ると、はじめの志向や欲求はそれによって漸次変化を受け
歴史の矛盾性 (新字新仮名) / 津田左右吉(著)
ころしも一月のはじめかた、春とはいへど名のみにて、昨日きのうからの大雪に、野も山も岩も木も、つめた綿わたに包まれて、寒風そぞろに堪えがたきに。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
ええ、大分だいぶんの高だというよ。はじめッからお雪さんは嫌っていた男だってね。私も知ってるやつだよ。万吉てッて、とおりの金持の息子なの。
照葉狂言 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
なにとなく薄淋うすさびしくなつたなみおもながめながら、むねかゞみくと、今度こんど航海かうかいはじめから、不運ふうんかみ我等われら跟尾つきまとつてつたやうだ。
江戸の方では開国のはじめとは云いながら、幕府を始め諸藩大名の屋敷と云う者があって、西洋の新技術を求むることが広くきゅうである。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
そうだ! そんなことは幾何でもある、わしもそう思ってやったのだ。が、向うでははじめからはかってやった仕事だ。俺が少しでも、つまずくのを
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
梅子は固よりはじめからえずくちうごかしてゐた。其努力のおもなるものは、無論自分の前にゐる令嬢の遠慮と沈黙を打ち崩すにあつた。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
はじめのうちは、僕のそばで、まだ君の静かな息がして居った。そのうち君は立ち上った。そして石段へ腰をかけたじゃないか……。
はじめのうちは、例の壁の怪鳥に気を取られ、時々そっと振返って見ていたが、遂にそれも忘れて、殆ど夢中で観測に没頭していた。
廃灯台の怪鳥 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
はじめの幕は文豪の書斎である。モリエエルは机にむかつて脚本「良人学校りやうじんがくかう」に筆を着けて居る。其処そこへ小娘のアルマンがはひつて来る。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
その説に従えば、骨董ははじめは古銅器を指したもので、後に至って玉石の器や書画の類まで、すべて古いものを称することになったのである。
骨董 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
享保きやうほはじめころ將軍吉宗公町奉行まちぶぎやう大岡越前守と御評議ごひやうぎあつて或は農工商のうこうしやうつみなるものに仰付けられ追放つゐはう遠島ゑんたうかはりに金銀を以てつみ
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
自分がこの稿に筆を附けようとしたはじめに今更の如く気が附いたのは、従来自分が自身の貞操という事について全く無関心でいたことである。
私の貞操観 (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
またはじめに「藻汐もしおく」と置きしゆえ後に煙とも言いかねて「あまのしわざ」と主観的に置きたるところいよいよ俗にち申候。
歌よみに与ふる書 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
國民こくみん消費節約せうひせつやく程度ていど此儘このまゝ持續ぢぞくすれば、はじめ日本にほん經濟界けいざいかい基礎きそ安固あんこなものになる、ことつていのである。
金解禁前後の経済事情 (旧字旧仮名) / 井上準之助(著)
度目どめのおかみさんには、おんなまれました。はじめのおかみさんのは、のようにあかく、ゆきのようにしろおとこでした。
學校がくかうといふのは此大島小學校このおほしませうがくかうばかり、其以外そのいぐわいにはいろはのいのまな場所ばしよはなかつたので御座ございます。ぼくはじめ不精々々ふしやう/″\かよつてました。
日の出 (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
老人の顔附はおだやかにしてえみを浮めしとも云うことに唇などは今しも友達に向いて親密なる話をはじめんとするなるかと疑わる、読者記臆せよ
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
彼の露西亜の学者みたようにあってこそ、はじめて真の専門学者が出来るのであるが、今日の日本では中々そうは行かない。
教育の目的 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
サア翌日よくじつから教頭けうとうたく葉書はがきさかんにひこむ。はじめは二十まいか三十まいだつたが、追々おひ/\五十まいとなり、百まいとなり、二百まいとなり、三百まいとなつた。
ハガキ運動 (旧字旧仮名) / 堺利彦(著)
けれど、母親が気をむまでも無く、幾程いくほどもなくお勢は我から自然に様子を変えた。まずそのはじめを云えば、こうで。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
一方道で是非彼処を参らなければなりませんが、彼処に福田屋龍藏親分が住居致して居りまして通ります人の休みどこで飴菓子を売って居ましたのがはじめ
霧陰伊香保湯煙 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
はじめの内は私もきもをつぶして、万一火事にでもなっては大変だと、何度もひやひやしましたが、ミスラ君は静に紅茶を飲みながら、一向騒ぐ容子ようすもありません。
魔術 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
然に此篇のお夏は、主人の娘として下僕かぼくに情を寄せ、其情ははじめ肉情センシユアルに起りたるにせよ、のちいたりて立派なる情愛アツフヱクシヨンにうつり、はてきはめて神聖なる恋愛ラブに迄進みぬ。
「歌念仏」を読みて (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
はじめての時は何処迄も河原を辿ろうとして大困難をした。そして偶然ホラノ貝へ下り込んで泊ったのである。
釜沢行 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
ゆゑ彌子びしおこなひいまはじめかはらざるに、まへにはけんとせられて、のちにはつみものは、(一〇九)愛憎あいぞう至變しへんなり
その祖父八木はじめといふ人は、川越松平藩士で、會津戰爭のとき、越後法師温泉にて、敵方の隊長河合某を六連發のピストルにて打ちとつたことのある人である。
萩原朔太郎 (旧字旧仮名) / 堀辰雄(著)
夏のはじめには二、三寸離れていても蠅は石油の匂いで昏倒めをまわして石油の中へ落ちてそのまま死にます。柱にとまっているのでも下から小皿を出すとコロコロ落ちます。
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
九月六日朝、はからず京師寺町ニ川村盈進えいしん入道ニ行合、幸御一家の御よふす承り御機嫌宜奉大賀候。つぎニ私共はじめ太郎高松異儀憤発出罷在、御安慮奉願候。
そもそも此集、はじめニ雄略舒明両帝ノ民ヲ恵マセ給ヒ、世ノ治マレル事ヲ悦ビ思召ス御歌ヨリ次第ニのせテ、今ノ歌ヲ以テ一部ヲ祝ヒテヘタレバ、玉匣たまくしげフタミ相カナヘルしるしアリテ
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
「多分、平泉館の記録というのは、はじめのうちは大事だったけれど、今ではもう秘密でもなんでもないんだワ。——滝山さんも、唐崎という人も自由に見られるのでしょう」
水中の宮殿 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
あるとしなつはじめやかたもり蝉時雨せみしぐれ早瀬はやせはしみずのように、かまびずしくきこえている、あつ真昼過まひるすぎのことであったともうします——やかた内部うちっていたような不時ふじ来客らいきゃく
さりながら京の様子をうかがいますと、わたくしのまだ居残っておりました九月のはじめには嵯峨の仁和にんな天竜てんりゅうの両巨刹きょさつも兵火に滅びましたし、船岡山では大合戦があったと申します。
雪の宿り (新字新仮名) / 神西清(著)
誰に手をひっぱられたのか、どこをどう通ったのか、どれ位時が経ったのか、やがてまるで端唄をうたうような意気な調子の高砂やの声にはじめてはっと眼覚める想いで、声の主をみた。
(新字新仮名) / 織田作之助(著)
その負担をのがれる為めと、やゝもすれば身辺に近づいて来る画像の誘惑から遠ざかる為めと、もひとつ彼の思ひつきの為めに彼は翌年の春のはじめ、寺のうしろの畑地の隅に居を移した。
老主の一時期 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
そこで、はじめ妻籠つまごとまりまして翌朝よくあさまた伯父をぢさんにれられて出掛でかけました。
ふるさと (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
「この鉄砲は少し狙ひが悪いよ。はじめいゝと思つたが——」と健ちやんは云つた。
周一と空気銃とハーモニカ (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
はじめにアンドレイ、エヒミチは熱心ねつしん其職そのしよくはげみ、毎日まいにちあさからばんまで、診察しんさつをしたり、手術しゆじゆつをしたり、ときには産婆さんばをもたのである、婦人等ふじんらみなかれ非常ひじやうめて名醫めいゝである、こと小兒科せうにくわ
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
はじめ、縄は野生の植物を其儘用ゐて、綯ふ必要は殆無かつた。つた・つら・つるなど言うた。太く強くする為、縒り合せねばならぬ。さうして縒つた蔓が出来た。或はしもとを縒つて使つた。
はじめのうちは、おばあさんのすきをうかがって逃げ出そうと思った位ですが、何をいうにもおばあさんが余り真面目まじめで正直なものですから、そんなずるいことをして、逃げることもなりません。
でたらめ経 (新字新仮名) / 宇野浩二(著)
さるを今しもかう無き名など世にうたはれてはじめて処せくなりぬるなん口惜くちおしとも口惜しかるべきは常なれど、心はあやしき物なりかし、この頃降りつゞく雨の夕べなどふと有し閑居のさま
樋口一葉 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
はじめあさまだきにうままぐさの一かごるにすぎないけれど、くやうなのもとにはたやうやきまりがついて村落むらすべてがみな草刈くさかりこゝろそゝやうれば、わか同志どうしあひさそうてはとほはやし小徑こみちわけく。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
はじめには天と同じ色の真青まっさおな石を使おうと思っていたが、地上にはそんなに多くはないし、大きい山を使ってしまうには惜しいし、時に賑やかなところにいって、小さいのを探すこともあったが
不周山 (新字新仮名) / 魯迅(著)
右の燒打をはじめとして、翌年正月の鳥羽とば伏見ふしみの戰ひ、其他すべては「文藝倶樂部ぶんげいくらぶ」の臨時増刊、第九年第二號「諸國年中行事」といふうちに、「三十五年前ねんぜん」と題して私は委しく話した事がある。
兵馬倥偬の人 (旧字旧仮名) / 塚原渋柿園塚原蓼洲(著)