“はじめ”のいろいろな漢字の書き方と例文
カタカナ:ハジメ
語句割合
32.9%
26.9%
最初12.1%
7.9%
初旬4.0%
太初1.9%
1.6%
当初1.6%
冒頭1.2%
0.9%
0.9%
0.9%
0.7%
上旬0.7%
初発0.5%
創始0.5%
嚆矢0.5%
當初0.5%
0.5%
原始0.2%
中旬0.2%
元始0.2%
初年0.2%
初期0.2%
初發0.2%
創国時0.2%
劫初0.2%
0.2%
0.2%
渾沌0.2%
発端0.2%
0.2%
頭初0.2%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
のようにからかう勇気がなくなり、此方も巡査の様子を見詰めていると、巡査はやはりだまったままわたくしの紙入を調べ出した。
濹東綺譚 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
一ツの羽子をびたちてつくゆゑに、あやまちて取落したるものはに定ありて、あるひは雪をうちかけ、又はより雪をあぶする。
これはつまり土地御守護らるる神様でございまして、その御本体最初からしの自然霊……つまり竜神様でございます。
といふので有繋でも相當饂飩蕎麥/\のへられた。かな卯平齒齦には一適當してた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
ちょいちょい遊びにやってくる、私も仕事の相間退窟わすれに、少なからず可愛がってやった、頃は恰度、秋の初旬九月頃だったろう
闥の響 (新字新仮名) / 北村四海(著)
太初があったかがあったか、私はそれを知らない。し誰がそれを知っていよう、私はそれを知りたいとう。そして誰がそれを知りたいと希わぬだろう。
惜みなく愛は奪う (新字新仮名) / 有島武郎(著)
この斎藤というのは名をと言い、藤堂平助と共に、江戸以来、近藤方の腹心であったが、今度は藤堂と相携えて御陵隊へせ加わってしまった。
もし入学すれば校則として当初の一年間は是非とも狂暴無残な寄宿舎生活をしなければならない事を聴知っていたからである。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
のみならず冒頭が何だか訳の分らない事から始まるかも知れないから、けっして驚いてはいけません。
文芸の哲学的基礎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
耕作、年て十齢、厚くら激励すれば、その前途実に測るべけんや。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
も置かず、世のの生物に似た鰐口も、その明星に影を重ねて、一顆一碧玉めたようなのが、棟裏に凝って紫の色をめ、扉にってなる霞を描き、舞台に靉靆き、縁をって
白花の朝顔 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
同じ事許り繰返していふ樣だが、實際も、さんの爲方にや困つて了ふね。
漂泊 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
大正十三年七月二十七日 島村一周忌(昨年八月二十六日歿)追悼句会。妙本寺の墓にで島村邸に至る。
五百句 (新字旧仮名) / 高浜虚子(著)
鹿川先生といふは、抑々創始から此学校と運命をにした、既に七十近い、徳望県下に鳴る老儒者である。
葬列 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
写本の十るので、表題山田隷書で書きました、せた山田の小説が言文一致で、の見たのでは言文一致の小説は嚆矢でした
硯友社の沿革 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
狹苦しい掘立小屋當初んだではなかつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
それから自分よりは後輩ではあるが、三宅雄二郎、井上円了、有賀長雄、大西清沢満之、高山林次郎などという人々も哲学思想の興隆には少なからざる関係があったのである。
そして恐らく、そこに人間の美的本能の唯一な傾向が語られてあるだらう。宇宙の眞理はかうである。「原始に韻律があり後に言葉がある。」
青猫 (旧字旧仮名) / 萩原朔太郎(著)
原始、自然民族に於て、は同時にであり、詩と音樂とは同一の言葉で同一の觀念に表象された。
青猫 (旧字旧仮名) / 萩原朔太郎(著)
私がて、逗子に居た時分その魔がさしたと云う事について、こう云う事がある、丁度秋の中旬だった、当時田舎屋を借りて、家内と婢女と三人で居たが、家主はつい裏の農夫であった。
一寸怪 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
神と天然とが示すある適当の方法をもってしますれば、この最悪の状態においてある土地をも元始の沃饒に返すことができます。
場所山下雁鍋の少し先に、横丁がありまする。明治初年までつてつた、大仏餅餅屋がありました。
室町の世の初期ごろには、御所の直轄で、紺灰座奉行をやっておりましたが、中期頃から民営になりまして、紺灰座問屋というのが、この京都に三軒とか許されていたものだそうです。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
天地初發の時、高天に成りませる神のは、御中主の神。次に高御産巣日の神。次に神産巣日の神。この三柱の神は、みな獨神に成りまして、を隱したまひき
創国時のアメリカ人が蛮民だ、人道の敵だと目の敵にして、滅して了ったアメリカ印度人は、其実、平和の土着民で白人こそ、侵略的で人道の敵だったのと同じことです。
越後獅子 (新字新仮名) / 羽志主水(著)
草山ひとつ縁の渾沌よりぞ
独絃哀歌 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
このとほり、三番めので、かっきりとれて、四番めのから、しく、をくりしてゐます。それで、といふ意味で、旋頭歌づけられたのでありました。
歌の話 (旧字旧仮名) / 折口信夫(著)
もとよりこの尼御前たちは在家の尼たちであるが、送られた手紙は、文章も簡潔で實に好い。それよりもよいのは、寄進された品目をいつも頭初に書いて、感謝してゐる率直な表現だ。