ひと)” の例文
いつのまにか義元の扈従こじゅうたちも皆、大廊下に指をついてうずくまり、義元のことばに胸をうたれて、ひとしく暗然とさし俯向うつむいていた。
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
冷静れいせいなる社会的しやくわいてきもつれば、ひとしく之れ土居どきよして土食どしよくする一ツあな蚯蚓みゝず蝤蠐おけらともがらなればいづれをたかしとしいづれをひくしとなさん。
為文学者経 (新字旧仮名) / 内田魯庵三文字屋金平(著)
ところ宗助そうすけがゐなくなつて、自分じぶん義務ぎむ一段落いちだんらくいたといふゆるみがるとひとしく、にごつた天氣てんきがそろ/\御米およねあたまはじめた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
すると、ほかのものもひとしくまって、みんなからおくれがちになって、とぼとぼとあるいていた年寄としよりをつのでありました。
春になる前夜 (新字新仮名) / 小川未明(著)
幾年間いくねんかん女の身一人みひとつで生活と戦つて来たが、今は生命いのちひとしい希望の光もまつたく消えてしまつたのかと思ふとじつへられぬ悲愁ひしうおそはれる。
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
部長が言っていましたが、ひとしく宴会へ出ても本社のなにがしという印象を充分先方へ与えて来るものもあれば、他の社の奴等に押されて存在を
負けない男 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
夜泣きの刀、乾雲丸の取り戻し方を思いとどまってくれ……というお艶のことばは、さながら弊履へいりてよとすすめるにひとしい口ぶりだ。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
栄えに栄えた城は亡び仇も恋人もひとしく死んだ! 俺は彼らに裏切られた。俺の怨恨うらみ永劫えいごうに尽きまい。俺は一切を失った。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
是故に、二の疑ひにひとしくうながされて、我もだせりとも、こはむをえざるにいづれば、我は己を責めもせじめもせじ 七—九
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
之は他に非ず、石器時代の遺跡より發見はつけんする所の人骨は日本人の骨とも異り、又アイヌの骨ともひとしからずとの一事なり。
コロボックル風俗考 (旧字旧仮名) / 坪井正五郎(著)
さらば往きてなんぢの陥りしふちに沈まん。沈まば諸共もろともと、彼は宮がかばねを引起してうしろに負へば、そのかろきこと一片ひとひらの紙にひとし。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
鬼怒川きぬがは西岸せいがんにもうしてはるきたかつ推移すゐいした。うれひあるものもいものもひとしく耒耟らいしつておの/\ところいた。勘次かんじ一人ひとりである。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
ドクトルがまるで乞食こじきにもひとしき境遇きょうぐうと、おもわずなみだおとして、ドクトルをいだめ、こえげてくのであった。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
物質的利益に超脱ちょうだつし、名誉、地位、得喪とくそうの上に優游ゆうゆうするを得ば、世間に行わるる勝敗は児戯じぎひとしきものとなる。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
秋の木の実を見るまでは、それらはほとんど雑木ぞうきひとしいもののように見なしていましたが、その軽蔑けいべつの眼は欧洲大陸へ渡ってから余ほど変って来ました。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
少くとも三吉の方から見れば、いかめしい大名の奥御殿おくごてんに住む姫君と母とは、ひとしく思慕しぼの対象になり得る。
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
大日下の王は大命を受けたまはずて、おのが妹や、ひとうから下席したむしろにならむといひて、大刀の手上たがみとりしば
おこさんと志ざし牛馬にひとしき荒稼あらかせぎしてはげめども元より母は多病たびやうにて始終しじう名醫にも掛しかど終に養生やうじやうかなはずむなしく成しが其入費いりめ多分有る所へ又叔母をやしなひ妻を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
いまごろ再軍備反対をとなえて、となえるだけならば、なんにもしないことにほとんどひとしいでしょう。
抵抗のよりどころ (新字新仮名) / 三好十郎(著)
『あれこそは小松殿の御内みうちに花と歌はれし重景殿よ』など、女房共の罵り合ふ聲々に、人々ひとしく樂屋がくやの方を振向けば、右の方より薄紅うすくれなゐ素袍すほうに右の袖を肩脱かたぬ
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
ひとしく時の政府に反抗はんこうしたるものにして、しも西郷がこころざしを得て実際じっさいに新政府を組織そしきしたらんには、これを認むることなお維新政府いしんせいふを認めたると同様なりしならんのみ。
友の思想と自分の思想とはつねほとんど同じで、其の一方の感ずることはやがまた他方たほうひとしく感ずる處であるが、いま場合ばあひのみは、私はたゞち賛同さんどうの意をひやうすることが出來なかツた。
虚弱 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
武村兵曹たけむらへいそう彼等かれら仲間なかまでも羽振はぶりよきをとこなに一言ひとこと二言ふたこといふと、いさましき水兵すいへい一團いちだんは、ひとしくぼうたかとばして、萬歳ばんざいさけんだ、彼等かれらその敬愛けいあいする櫻木大佐さくらぎたいさ知己ちきたる吾等われら
神さまは私に捨てゝしまへと云つて生命いのちを下さつたのではありませんもの。そしてあなたが考へてらつしやる通りにすることは、自殺するにひとしいと私は思ひ始めてをります。
広子はしばらく無言のまま、ゆっくり草履ぞうりを運んで行った。この沈黙は確かに篤介には精神的拷問ごうもんひとしいらしかった。彼は何か言おうとするようにちょっと一度咳払せきばらいをした。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
漢蘭ひとしく字を読み義を解することゝすれば、までこの先生を恐るゝことはない。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
『ね、わかつてください。ぼくねぐらさへつてゐない、浮浪人ふらうにんひとしいをとこなんですよ。』
彼女こゝに眠る (旧字旧仮名) / 若杉鳥子(著)
この黒い手帳に書きつけた公式や法則はそれ自身無にひとしいということを発見したんだ……おれはナ、あの晩夫婦の愚かな計画を思いとまらせるためにわざと負けてみせてやろうと思ったのだ。
黒い手帳 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
夕方になると、土人の家の樹に啼く梟の声は脅かす様な陰鬱の叫びを、此廃居にひとしいガラン堂の病院にひびかせ、その声は筒抜けに向うの城壁にこだまを返して異境に病む人々の悲しみをそそった。
梟啼く (新字新仮名) / 杉田久女(著)
ひとしく自然しぜんたいしても以前いぜんこゝろにはまつたおもむきへてたのである。
画の悲み (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
一同は、その怪音のする方を、ひとしく見上げた。
夜泣き鉄骨 (新字新仮名) / 海野十三(著)
あれもひとしく「社会主義の敵」なのか。
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
刻刻の不穏ひとしく
第二邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
少年小使しょうねんこづかいの小田おだけん一は、いったのでした。子供こどもたちは、すべてってしまって、学校がっこうなかは、にもひとしかったのです。
空晴れて (新字新仮名) / 小川未明(著)
悪人も聖者ひじりも尼もみなどこか滑稽で、しかもあわれな者、みな自分らとひとしい人間たちとして、彼らは演じているのだった。
私本太平記:11 筑紫帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
何方どつちかにしなければ生活の意義を失つたものとひとしいと考へた。其他のあらゆる中途半端ちうとはんぱの方法は、いつはりはじまつて、いつはりおはるよりほかに道はない。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
時ならぬ忠告は有害ならぬまでも、無益におわる場合多ければ、葬式そうしき祝詞しゅくじを呈し、めでたき折に泣きごとを述ぶるにひとしきことは常識にまかせてつつしみたい。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
ひとしくへだたり等しくいざなふ二の食物くひものの間にては、自由の人、その一をも齒に觸れざるさきにゑて死すべし 一—三
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
長吉ちやうきち一度ひとたび別れたおいととはたがひに異なる境遇きやうぐうからにちの心までがとほざかつて行つて、折角せつかく幼馴染をさなゝじみつひにはあかの他人にひとしいものになるであらう。
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
ドクトルがまる乞食こじきにもひとしき境遇きやうぐうと、おもはずなみだおとして、ドクトルをいだめ、こゑげてくのでつた。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
すばやく眼を交わした弥生お艶、何がなしに同じ意を汲みあって、まるで約束していたようにひとしくとぼけた。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
位置ゐちがさういふひやられたやうなかたちつてうへに、生活せいくわつ状態じやうたいから自然しぜんある程度ていどまでは注意ちういかられて日陰ひかげるとひとしいものがあつたのである。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
第三の土偶どぐうは面の上下共凹みたるせんにて界されたれど、全体ぜんたいの形状境界の位置共ゐちとも他の土偶とひとしくして、示す所は同じく頭巾のへりにて面の上下をひたる形と思はる。
コロボックル風俗考 (旧字旧仮名) / 坪井正五郎(著)
見しがたしかに三五郎奴成らんと三人ひとしく此方の土手どてかけよりて見れば二三町へだてて西の村をさし迯行にげゆく者あり掃部は彌々彼奴あいつに相違無し是々これ/\藤兵衞飛脚ひきやくを立てうちへ此ことを
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
臺所も、食事方の食料室も、召使ひたちの廣間も、表廣間も、ひとしく活氣づいてゐた。
この臭をぐとひとしく、自分も、もうやがて死ぬんだなと思い出した。死んでここの土になったら不思議なものだ。こう云うのを運命というんだろう。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
老人においてもまたしかりで、もし年齢において行きづまるも理想において行きづまらずんば、その老人の前途たるやひとしく遼遠りょうえんなりといわねばならぬ。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
そして、なくても困る、あっても苦しむ、すべての人間がひとしく持っている血を——殊に異常な情熱にそれをたかめ得る血を——どう処理したらいいのか。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
人肉じんにくにして若し他の肉類にくるゐひとしく食用に供されしものならは其調理法てうりはうに於ても亦同樣どうやうなりしならん。
コロボックル風俗考 (旧字旧仮名) / 坪井正五郎(著)
畜生ちくしやうひとしと云己等如き恩もなさけも知らぬいぬおとりし者はわすれしやも知れず某しはもと相摸さがみの國御殿場ごてんば村の百姓條七がなれのはてなり抑其方は勘當かんだううけし身にて一宿しゆくとまる家さへなきを
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)