ほのほ)” の例文
三日目の日盛ひざかりに、彼は書斎のなかから、ぎら/\するそらいろ見詰みつめて、うへからおろほのほいきいだ時に、非常に恐ろしくなつた。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
なんでも、その大女は、あたりまへの人間のせいの三倍も高くて、その髪はふといなはのやうによれて目からはほのほき出してゐる。
虹猫の大女退治 (新字旧仮名) / 宮原晃一郎(著)
裏戸口うらとぐちかきしたゑられた風呂ふろにはうししたしてはなめづつてやうほのほけぶりともにべろ/\とつていぶりつゝえてる。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
人々出合ひて打騒うちさわころほひには、火元の建物の大半は烈火となりて、土蔵の窓々よりほのほいだし、はや如何いかにとも為んやうあらざるなり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
私は、この眼で見もし聞きもしました。大きな人で、長い黒い髮で、立つてるときにほのほの方にそれがなびいてゐるのが見えました。
その夜、千駄木の一角に、惡魔の舌のやうなほのほがありました。その焔は、二條、三條まで、厚い森をつんざいて、赤々と深夜の空を染めます。
天井てんじようまであがつたならば、屋根やねまで打拔うちぬいて火氣かきくこと。これはほのほ天井てんじようつてひろがるのをふせぐに效力こうりよくがある。
地震の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
その空からは青びかりが波になつてわくわくと降り、雪狼どもは、ずうつと遠くでほのほのやうに赤い舌をべろべろ吐いてゐます。
水仙月の四日 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
かういふ行懸ゆきがゝりり、興世王や玄明のやうなかういふ手下、とう/\火事は大きな風にあふられて大きな燃えくさにはなはだしいほのほげるに至つた。
平将門 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
私の全心が愛のほのほで燃え尽きませうとも、それを知らせる便宜たよりさへ無いぢやありませんか、此のまゝがれて死にましても
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
薄い日の光は明窓あかりまどから射して、軒から外へれる煙の渦を青白く照した。丑松は茫然と思ひ沈んで、に燃え上る『ぼや』のほのほ熟視みつめて居た。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
焔の色の薔薇ばらの花、強情がうじやうな肉をかす特製の坩堝るつぼほのほの色の薔薇ばらの花、老耄らうまうした黨員の用心、僞善ぎぜんの花よ、無言むごんの花よ。
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
彼は寝床の中から、竈のほのほに照りえてゐる其のふくよかな彼女の横顔を盗み眺めた。かうして今朝の食事の仕度したくはすつかり彼女の手で出来たのだ。
煤煙の匂ひ (新字旧仮名) / 宮地嘉六(著)
豆ラムプの細い燈心には人の眼をたてにしたやうな形の愛らしいほのほがともつてゐて、その薄い光りが窓の前に伸びた無花果いちじゆくと糸杉の葉を柔らかく照し出して居た。
アリア人の孤独 (新字旧仮名) / 松永延造(著)
慈悲と恩愛に燃ゆる怒のほのほに滿面しゆを濺げるが如く、張り裂く計りの胸の思ひに言葉さへ絶え/″\に
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
凄然せいぜんたるつきへいうへくぎ監獄かんごく骨燒場ほねやきばとほほのほ、アンドレイ、エヒミチは有繋さすが薄氣味惡うすきみわるかんたれて、しよんぼりとつてゐる。と直後すぐうしろに、ほつばか溜息ためいきこゑがする。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
大仏殿の二階の上には、千余人昇り上り、かたきの続くをのぼせじとはしをばひいてけり。猛火みやうくわまさし押懸おしかけたり。喚叫をめきさけぶ声、焦熱、大焦熱、無間むげん阿鼻あびほのほの底の罪人も、是には過じとぞ見えし。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
朝顔あさがほの花が日毎ひごとに小さくなり、西日にしびが燃えるほのほのやうにせま家中いへぢゆう差込さしこんで来る時分じぶんになると鳴きしきるせみの声が一際ひときは耳立みゝだつてせはしくきこえる。八月もいつかなかば過ぎてしまつたのである。
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
いぬどもの、みゝにはて、きばにはみ、ほのほき、黒煙くろけむりいて、くるまともはず、ひとともはず、ほのほからんで、躍上をどりあがり、飛蒐とびかゝり、狂立くるひたつて地獄ぢごく形相ぎやうさうあらはしたであらう
城崎を憶ふ (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
火脉くわみやく気息いき人間にんげん日用にちよう陽火ほんのひくはふればもえてほのほをなす、これを陰火いんくわといひ寒火かんくわといふ。寒火をひくかけひつゝこげざるは、火脉の気いまだ陽火をうけて火とならざる気息いきばかりなるゆゑ也。
途中で道に沿うて建て並べた土蔵の一つが焼け崩れて、壁のすそだけ残つた中に、青い火がちよろ/\とえてゐるのを、平八郎が足をめて見て、ふところから巻物を出してほのほの中に投げた。
大塩平八郎 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
わたし此後このゝちあるひ光子みつこ離縁りえんするかもはかられぬ。次第しだいつては、光子みつこ父母ちゝはゝに、此事このこと告白こくはくせぬともかぎらぬ。が、告白こくはくしたところで、離縁りえんをしたところで、光子みつこたいする嫉妬しつとほのほは、つひすことが出来できぬ。
背負揚 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
君はもろ/\の力をその座より退け給ひ、火の中のほのほさへも從へ給ふ。
頌歌 (旧字旧仮名) / ポール・クローデル(著)
われを見ればほのほ少女をとめ君みれば君も火なりと涙ながしぬ
舞姫 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
篝火に立ち添ふ恋の煙こそ世には絶えせぬほのほなりけれ
源氏物語:27 篝火 (新字新仮名) / 紫式部(著)
ほのほだち林檎一つぞ燃えにける上皿うはざら一キロ自動計量器
黒檜 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
その高いすすまじりのほのほをもつといやがれこはいと思へ
太陽の子 (旧字旧仮名) / 福士幸次郎(著)
をさなたはむれならず、らふの火は輕きほのほ
おびやかかりよそほひに松明たいまつほのほつづきぬ。
有明集 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
はとみに鴉羽からすばいろのほのほして
白羊宮 (旧字旧仮名) / 薄田泣菫薄田淳介(著)
認め得し小さきほのほきさい
焔の后 (新字旧仮名) / 末吉安持(著)
焦燥と苦闘のほのほで走る
ほのほはあまりつよくして
孔雀船 (旧字旧仮名) / 伊良子清白(著)
そらは深くんで、澄んだなかに、西にしはてから焼ける火のほのほが、薄赤く吹き返して来て、三四郎のあたまうへほてつてゐる様に思はれた。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
炭火はチラチラ青いほのほを出し、窓ガラスからはうるんだ白い雲が、額もかっと痛いやうなまっ青なそらをあてなく流れて行くのが見えました。
耕耘部の時計 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
乾燥かんさうした藁束わらたば周圍しうゐねぶつて、さらそのほのほ薄闇うすぐらいへうちからのがれようとして屋根裏やねうらうた。それが迅速じんそくちから瞬間しゆんかん活動くわつどうであつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
障子しようじのような建具たてぐえついたならば、この建具たてぐたふすこと、衣類いるいえついたときは、ゆかまた地面じめん一轉ひところがりすれば、ほのほだけはえる。
地震の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
つい先刻さつき出て來たばかりの青葉の寮から、凄まじい黒煙が吹き出して、人々の叫ぶ聲、ほのほのはぜる音が手に取るやう。
蝋燭のほのほと炭火の熱と多人数たにんず熱蒸いきれと混じたる一種の温気うんきほとんど凝りて動かざる一間の内を、たばこけふり燈火ともしびの油煙とはたがひもつれて渦巻きつつ立迷へり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
五分もつと、混亂の雲が消えた。自分が自分の寢臺にあることや、あの紅いほのほが子供部屋の煖爐の火であることが判つた。夜であつた。蝋燭が卓子テエブルの上に燃えてゐた。
天つ御国をつちに 建てんと叫ぶ我がしたに 燃ゆれど尽きぬ博愛の 永久のほのほ恵みてよ
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
胸に燃ゆる情のほのほは、他を燒かざれば其身をかん、まゝならぬ戀路こひぢに世をかこちて、秋ならぬ風に散りゆく露の命葉いのちば、或は墨染すみぞめころも有漏うろの身をつゝむ、さては淵川ふちかはに身を棄つる
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
うつくしさは、よるくもくらこずゑおほはれながら、もみぢのえだうらくばかり、友染いうぜんくれなゐちら/\と、櫛卷くしまき黒髮くろかみ濡色ぬれいろつゆしたゝる、天井てんじやうたかやまに、電燈でんとうかげしろうして、ゆらめくごと暖爐だんろほのほ
印度更紗 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
狂ひの子われにほのほはねかろき百三十里あわただしの旅
みだれ髪 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
一人ゐてこがるる胸の苦しきに思ひ余れるほのほとぞ見し
源氏物語:31 真木柱 (新字新仮名) / 紫式部(著)
捕手は皆ほのほを避けて、板塀の戸口から表庭おもてにはへ出た。
大塩平八郎 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
飛火とぶひほのほ紅々あか/\炎上えんじやうのひかり忘却ばうきやく
海潮音 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
耀かがやく沼は彼らを一団いちだんほのほちぢむ。
畑の祭 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
折しもほのほはゆるき『時』のくさり
ああこの煙りがほのほになる
太陽の子 (旧字旧仮名) / 福士幸次郎(著)