なぐさ)” の例文
「うむ、そういうものかな、はははは、いや、大きにそうであろう。おれは何も、あれを一時のなぐさみ物にするというのではないのだ」
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
ロレ いや、そのことば鋭鋒きっさきふせ甲胄よろひおまさう。逆境ぎゃくきゃうあまちゝぢゃと哲學てつがくこそはひとこゝろなぐさぐさぢゃ、よしや追放つゐはうとならうと。
天晴あつぱ一芸いちげいのあるかひに、わざもつつまあがなへ! 魔神まじんなぐさたのしますものゝ、美女びじよへてしかるべきなら立処たちどころかへさする。——
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
須利耶さまがお従弟さまにっしゃるには、お前もさようななぐさみの殺生せっしょうを、もういい加減かげんやめたらどうだと、うでございました。
雁の童子 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
自ら不良少女と名乘なのることによつてわずかになぐさんでゐる心のそこに、良心りやうしん貞操ていさうとを大切にいたわつているのを、人々は(こと男子だんしおいて)
冬を迎へようとして (旧字旧仮名) / 水野仙子(著)
園長邸を訪ねた帆村は心痛しんつうしている夫人をなぐさめ、遺留いりゅうの上衣を丹念に調べてから何か手帖に書き止めると、ほかに園長の写真を一葉借り
爬虫館事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
心なき里人も世に痛はしく思ひて、色々の物など送りてなぐさむるうち、かの上﨟はおもひおもりてや、みつきて程もず返らぬ人となりぬ。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
ほんの一時のなぐさみ物として、妾をそそのかしているのだと、このように思っていられるからであろうか? いやいやそんなはずはない。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
それをぼつぼつと摘まんで食べたのは、客などのきたときのただのなぐさみであって、うえしのぐというのは始めからの目的でなかった。
母の手毬歌 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
かく悲しく思いつづけつつ、われはなお茫然としておりたれど、一点の光だにわれをなぐさむるものもあらぬに、詮方せんかたなくてやがていねたり。
一夜のうれい (新字新仮名) / 田山花袋(著)
その側から、なぐさめ兼ねておろ/\して居るのは、『小父さん』と言はれる、故人と眤懇じつこんの浪人者、跡部滿十郎といふ四十男です。
と、そんな悔いさえ交じって、可惜あたら、棒に振った生涯が、腹が立って、たまらない。——しかし自分だけは、多少はやりかけた、となぐさめた。
雲霧閻魔帳 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
またその時予がさいむかって、今日福沢諭吉は大丸だいまるほどの身代しんだいに成りたれば、いつにても予が宅に来て数日逗留とうりゅうし、意をなぐさめ給うべしとなり。
頼光らいこうむすめなぐさめて、おしえられたとおり行きますと、なるほど大きないかめしいてつもんこうにえて、黒鬼くろおに赤鬼あかおにばんをしていました。
大江山 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
それで、時々とき/″\お手がみやおうたをおおくりになると、それにはいち/\お返事へんじをさしげますので、やう/\おこゝろなぐさめておいでになりました。
竹取物語 (旧字旧仮名) / 和田万吉(著)
わすれはせまじ餘りなさけなき仕方しかたなりと利兵衞をうらみけるが吉三郎はもとより孝心かうしんふかければ母をなぐさめ利兵衞殿斯の如く約束やくそくへん音信おとづれ
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
それであいちやんは、なぐさみに雛菊ひなぎく花環はなわつくつてやうとしましたが、面倒めんだうおもひをしてそれをさがしたりんだりして勘定かんぢやうふだらうかと
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
しかしその電燈でんとうひかりらされた夕刊ゆふかん紙面しめん見渡みわたしても、やはりわたくし憂鬱いううつなぐさむべく世間せけんあまりに平凡へいぼん出來事できごとばかりでつてゐた。
蜜柑 (旧字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
「ここはお国を何百里」と日ねもすめぐる木馬のほかに、吹きなれたラッパの外に、もう一つ、彼をなぐさめるものが、待っていさえしたのである。
木馬は廻る (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
しからば、天下てんかひんなんだ。まアいです』となぐさめたが、あるひまた兒島氏こじまし大瀧氏おほたきしところにも、天下てんかぴんとゞいてはせぬか?
が、すすりきはじめたおくさんのかたをかけると、また心をとりなほしながら、力つよく、なぐさめるやうにその耳元にささやいた。
(旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
にくんでくれ。あなたがたは仲よくなぐさめ合って暮らしてくれ。わしはそれを望む。わしはそれをねたんではならない。(慟哭どうこくす)
俊寛 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
学生2 (なぐさめるように)第一、たちばな先生がいけないんだよ。……いくらなんでも葵祭の翌日に試験をするなんて、あんまり非常識すぎるよ。
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
「ほんによな、いたかつぺえなそりや、そんでもおつかあがねえからはたらかなくつちやなんねえな」女房にようばうなぐさめるやうにいつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
僕はつねに失望する人をなぐさめんとするとき、あるいはみずから失望し落胆らくたんせんとするとき、みずから励まして、「マア十年待て」といっている。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
勧めて無理な勉強をさして、此様こんな事になってしまって、まことにみません、とぶる外に彼等はなぐさめの言を知らなかった。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
それから大病中徒然つれづれなぐさめるため繪(繪といふ名はちとぶんに過ぎるから、繪のやうなものと云つた方が適切ですが)その繪を描いて遊んでゐると
『伝説の時代』序 (旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
何物にもなぐさまなかった小さな心が、縹渺ひょうびょうとした海の単調へ溶けるように同化してしまうのを感じて、さわやかな眩暈めまいを覚えた。
小さな部屋 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
中川「先方の人物次第で病中のなぐさみになるような高潔の書籍とかあるいは西洋風に美しい花なぞを持って行くのが一番だね。 ...
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
二人はぶるぶるふるえながら、しっかりとき合って、子供らしい言葉でたがいになぐさめ合うよりしかたがありませんでした。
神様の布団 (新字新仮名) / 下村千秋(著)
これはただなぐさめの言葉ことばよりも幾分いくぶんかききめがあったようで、はははそれからめっきりとらくになって、もなく気息いききとったのでございました。
けれど、病気びょうきであったなら、ははも、祖母そぼも、かならずくちをそろえて、「おおかわいそうに。」といって、かえった自分じぶんなぐさめてくれるにちがいない。
風雨の晩の小僧さん (新字新仮名) / 小川未明(著)
こんな出鱈目でたらめな色刷でも無聊ぶりょうな壁をなぐさめるものだ。灯がやわらかいせいか、濡れているように海の色などは青々と眼にしみた。
清貧の書 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
客窓の徒然つれづれなぐさむるよすがにもと眼にあたりしままジグビー、グランドを、文魁堂ぶんかいどうとやら云えるみせにてうて帰りぬ。
突貫紀行 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
この時の事勢においてこれを抑制よくせいすることあたわず、ついに姑息こそくさくで、その執政をしりぞけて一時の人心をなぐさめたり。
旧藩情 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
あんなに大勢おほぜい女のゐる中で、どうして自分は一人も自分をなぐさめてくれる相手に邂逅めぐりあはないのであらう。れでもいゝ。
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
北海道の人里はなれた植民地に咲く福寿草は、そこに孤独こどくな生活を送る人々の心を、どんなになぐさめることでしょう。
季節の植物帳 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
気のいい老父は、よかれあしかれ三人の父親である耕吉の、泣いて弁解めいたことを言ってるのに哀れをもよおして、しまいにはこうなぐさめるようにも言った。
贋物 (新字新仮名) / 葛西善蔵(著)
えゝどうも今日こんにちは何もおなぐさみもなく、お叱りを受けるかは存じませんが、亭主が深川の芸者を呼び置きましたと申すことで、一寸ちょっとお酌を取りましても
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
が、その苦しさも、ハワイの素晴しい自然が、すぐなぐさめてくれ、甘いものとする。そう考えるほど、ぼくは自分のなかだけで、恋情を育てていたのです。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
なに左樣さうでない、このじう泥土どろと、松脂まつやにとで、毛皮けがわてつのやうにかためてるのだから、小銃せうじう彈丸たまぐらいでは容易ようゐつらぬこと出來できないのさ。』とわたくしなぐさめた。
わびるやうになぐさめられて、それでもと椀白わんぱくへず、しくしくきに平常つね元氣げんきなくなりて、悄然しよんぼりとせし姿すがた可憐いぢらし。
暁月夜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
なんとなれば、無智むちには幾分いくぶんか、意識いしき意旨いしとがある。が、作用さようにはなにもない。たいして恐怖きょうふいだ臆病者おくびょうものは、のことをもっ自分じぶんなぐさめることが出来できる。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
お前はまるで、この宇宙のあらゆる財宝を、ひとりめにしているかのようだ。憂愁ゆうしゅうでさえ、お前にとってはなぐさめだ。悲哀ひあいでさえ、お前には似つかわしい。
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
芸者が来ると、蝶子はしかし、ありったけの芸を出し切って一座をさらい、土地の芸者から「大阪おおさかの芸者衆にはかなわんわ」と言われて、わずかに心がなぐさまった。
夫婦善哉 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
するときゅう生徒監せいとかんはシューラにやさしくなって、あたまでたり、なぐさめたり、ふくを着るのを手伝ったりした。
身体検査 (新字新仮名) / フョードル・ソログープ(著)
この二人を見ることだけで、この二人の世話をしてあげることだけで、私の心はやっとなぐさめられていた。
見ると、いつのまにか矢車草やぐまるそうの森の精がうしろに立っていました。それでも王子は帰ろうとされませんでした。けれど千草姫は、むりに王子をなぐさめて帰らせました。
お月様の唄 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
そして、ちょうどいまわたしにほほえみかけているのと同じように、箱船はこぶねの上にほほえみかけて、やがて花き出ようとする新しい世界のなぐさめをもたらしたのです。
動かしたのなら有難いけれども多分一場いちじょうの笑い草にしてやろうというなぐさみ半分のいたずらであるとしか思えなかったしそれに人前で聴かせるほどの自信もなかった。
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)