けぶり)” の例文
取する者も無なりしにぞ長庵今は朝暮あさゆふけぶり立兼たちかねるより所々しよ/\方々はう/″\手の屆く丈かり盡して返すことをせざれば酒屋米屋薪屋まきやを始め何商賣なにしやうばい
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
そしてこんな不意な儲けをするのも、自分の女房かない見立みたてが善かつたからだと思つて、満足さうにけぶりをぱつと鼻の穴から吹き出した。
裏戸口うらとぐちかきしたゑられた風呂ふろにはうししたしてはなめづつてやうほのほけぶりともにべろ/\とつていぶりつゝえてる。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
私の古手紙のやうなけぶりのやうな色をしないで、それらは皆鮮かな心持のいヽ色をした封筒に入つてゐるのです。男のも一通はあるんです。
遺書 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
これを短く切って炉にべてみると、炎はやわらかいし眼には美しいし、また、まぶたにしみるけぶりもなく、薫々くんくんとよい香りさえする。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
不意に人声が聞え出した,どこから聞えるのだか? 方々を見廻すと、はるか向うの木の間からけぶりが細く、とんと蛇のように立ち昇ッていた。
初恋 (新字新仮名) / 矢崎嵯峨の舎(著)
仰ぎ見る大檣たいしょうの上高く戦闘旗は碧空へきくうたたき、煙突のけぶりまっ黒にまき上り、へさきは海をいて白波はくは高く両舷にわきぬ。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
この一本をふかしてしまったら、起きて籠から出してやろうと思いながら、口から出るけぶり行方ゆくえを見つめていた。
文鳥 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
黄金色こがねいろに藻の花の咲く入江いりえを出ると、広々とした沼のおも、絶えて久しい赤禿あかはげの駒が岳が忽眼前におどり出た。東の肩からあるか無いかのけぶり立上のぼって居る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
前途ゆくてはるかに、ちら/\と燃え行く炎が、けぶりならず白いしぶきを飛ばしたのは、駕籠屋かごや打振うちふ昼中ひるなか松明たいまつであつた。
貴婦人 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
得意らしげに微笑を送って、われを見よと言わぬばかり辰弥は意気揚々と静かに葉巻のけぶりを吹きぬ。
書記官 (新字新仮名) / 川上眉山(著)
あふ坂の関守せきもりにゆるされてより、秋こし山の黄葉もみぢ見過しがたく、浜千鳥の跡ふみつくる鳴海なるみがた、不尽ふじ高嶺たかねけぶり浮嶋がはら、清見が関、いそ小いその浦々
春日野かすがぬけぶり※嬬等をとめら春野はるぬ菟芽子うはぎみてらしも 〔巻十・一八七九〕 作者不詳
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
市郎は何処どこう歩いたか、なかばは夢中で無闇に進んで行った。それから約一時間ばかりも経ったと思う頃、彼はあなたの大きい岩の狭間から、一縷いちるの細いけぶりの迷いづるを見た。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
最も近き山にり、蕨を採りたりしに、四囲より小虫の集る事は、あだかけぶりの内に在るが如くにして、面部くび手足等に附着してぬかを撒布したるが如くにして、皮膚を見ざるに至れり。
関牧塲創業記事 (新字新仮名) / 関寛(著)
しばし何事なにごとうちわすれたるごとながりて、ほとながくつくいきつきかげにけぶりをゑがきぬ。
軒もる月 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
小林ぬしは明日わが隊とともにムッチェンのかたへ立ちたもうべければ、君たちの中にて一人塔のいただきへ案内あないし、粉ひき車のあなたに、汽車のけぶり見ゆるところをも見せたまわずや
文づかい (新字新仮名) / 森鴎外(著)
其傍では船頭のかみさんが、釜に米を入れたのを出して、川から水を汲んで、せつせとそれをいで居たが、やがて其処そこから細い紫のけぶりが絵のやうに川になびいた。夕照せきせうが赤く水を染めて居た。
(新字旧仮名) / 田山花袋(著)
れから懐中の紙を出してその紙の中に吸殻を吹出ふきだして、念を入れてもんで/\火の気のないように捩付ねじつけてたもとに入れて、しばらくして又あとの一服をろうとするその時に、袂からけぶりが出て居る。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
御堂みどう犬防いぬふせぎが燦々と螺鈿らでんを光らせている後には、名香のけぶりのたなびく中に、御本尊の如来を始め、勢至観音せいしかんのんなどのおん姿が、紫磨黄金しまおうごんおん顔や玉の瓔珞ようらく仄々ほのぼのと、御現しになっている難有ありがたさは
邪宗門 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
吾等われら兩人りやうにんせたる輕氣球けいきゝゆうは、印度洋インドやう天空てんくう横切よこぎつて、きたへ/\と二千哩にせんマイル以上いじやうも、櫻木大佐等さくらぎたいさらいへからはなれたとおもはるゝころはるか/\のてん一角いつかくに、くもか、けぶりのやうに、大陸たいりくかげみとめられた。
寒むざむと赤き日あがる田圃のすゑ工場いくつ見えてけぶりまだ立たず
雀の卵 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
御覧に供しようかねと撃て放せと向けたる筒口俊雄はこのごろみ覚えた煙草のけぶりに紛らかしにっこりと受けたまま返辞なければ往復端書はがきも駄目のことと同伴つれの男はもどかしがりさてこの土地の奇麗のと言えば
かくれんぼ (新字新仮名) / 斎藤緑雨(著)
硫黄いわうけぶりに咽び、われとわが座よりまろびて
有明集 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
白雲と潮のけぶりと妄執の渦巻く島の春夏秋冬
晶子鑑賞 (新字旧仮名) / 平野万里(著)
馬に寝て残夢月遠し茶のけぶり 同
古池の句の弁 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
かはえてけぶり小野をの
孔雀船 (旧字旧仮名) / 伊良子清白(著)
土塊どくわいごとうごかぬかれ身體からだからはあはれかすかなけぶりつてうてえた。わら沿びたとき襤褸ぼろかれ衣物きものこがしたのである。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
喜田氏は独語ひとりごとを言ひながら、夢を見るやうな心持で、しつ一杯のけぶりのなかにとろけさうになつてゐた。大きな鼻のあなからは、白いけぶりが二筋のつそりと這ひ出してゐた。
うしてその時分じぶんぢやからといふて、滅多めツた人通ひとどほりのない山道やまみち朝顔あさがほいてるうちけぶり道理だうりもなし。
高野聖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
どす黒く燃えてけぶりを吹いている所は、濁った液体が動いてるように見えた。濁った先が黒くなって、煙と変化するや否や、この煙が暗いものの中に吸い込まれてしまう。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
更にきてはたけの中にたゝずむ。月はいま彼方かなた大竹薮おほだけやぶを離れて、清光せいくわう溶々やう/\として上天じやうてん下地かちを浸し、身は水中に立つのおもひあり。星の光何ぞうすき。氷川ひかわの森も淡くしてけぶりふめり。
良夜 (新字旧仮名) / 徳冨蘆花(著)
ばたばたと起って、いっせいに焚火の火を踏みにじるが早いか、暗澹たるけぶりの低く立ち迷う中を、見るまに、それだけの人数が一人も余さずどこかへ逃げ散ってしまった。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
かすみを分けて入る柴舟しばふねの、行衛はけぶりの末にも知れと、しばしば心にうなずくなるべし。
書記官 (新字新仮名) / 川上眉山(著)
灯影ほかげ明るい祇園町の夜、線香のけぶり絶々たえだえの鳥辺山、二十一と十七、黒と紫とに包まれた美しい若い男女が、美しい呂昇の声に乗ってさながら眼の前におどった。おしゅんのさわりはます/\好い。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
ほんの目の前を横ぎる煙草のけぶりめばたきを一ツしたらすぐ消えてしまッた。
初恋 (新字新仮名) / 矢崎嵯峨の舎(著)
勿体もったいなさ——今になって考えましても、しとみに迷っている、護摩ごまけぶりと、右往左往に泣き惑っている女房たちの袴のあけとが、あの茫然とした験者げんざや術師たちの姿と一しょに、ありありと眼に浮かんで
邪宗門 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
其処そこに泊つて居る船も五六艘はあつた。朝炊あさげけぶりが紫に細くあがつた。
(新字旧仮名) / 田山花袋(著)
のどけくもゆゆしき野火か山越しに黄色わうじきけぶりふたくれあがれり
風隠集 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
風下かざしもの火事のけぶりを浴びながら。
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
小野をのふえけぶりなか
孔雀船 (旧字旧仮名) / 伊良子清白(著)
夜目よめなればこそだしもなれひるはづかしき古毛布ふるげつと乘客のりてしなさぞぞとられておほくはれぬやせづくこめしろほどりやしや九尺二間くしやくにけんけぶりつなあはれ手中しゆちゆうにかゝる此人このひと腕力ちからおぼつかなき細作ほそづくりに車夫しやふめかぬ人柄ひとがら華奢きやしやといふてめもせられぬ力役りきえき社會しやくわいつたとは請取うけとれず履歴りれき
別れ霜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
煙管きせるをすつといてからまた齒齦はぐき空氣くうきうてけぶりと一つにんでしまつたかとおもふやうにごくりとつばんで、それからけぶりすのである。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
なかには何かひそひそ小声でさゝやくものもあつたが、滑稽作家はこの様子を見て、可笑をかしさにたまらぬやうに、つとち上つてけぶりの中から次のしつに逃げ出して行つた。
むずと胸倉むなぐらを取られると、目の玉が出そうな豪傑のかしら対手あいてには文句も言われず、居耐いたたまらなくなった処を、けぶりいぶされて泥に酔ったように駈出かけだして来たのである、が
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そうして余はごうも二人の災難を知らずに、遠い温泉でゆの村に雲とけぶりと、雨の糸を眺め暮していた。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
葉巻の青きけぶりを吹きつつ、今日到来せし年賀状名刺など見てありし武男はふり仰ぎて
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
けぶりに顔をいぶしながら、もうそろそろ殺気を帯びて来ている顔をしか
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
汽船では乗客を皆な別の船に移して、荷を軽くして船員そうがゝりで、長い竿棹さをを五本も六本も浅い州に突張つつぱつて居た。しかも汽船は容易に動かなかつた。煙突からは白い薄いけぶりいたづらに立つて居た。
(新字旧仮名) / 田山花袋(著)
朝夕のたつきも知らざりし山中やまなかも、年々の避暑の客に思わぬけぶりを増して、瓦葺かわらぶきのも木の葉越しにところどころ見ゆ。尾上おのえに雲あり、ひときわ高き松が根に起りて、いわおにからむつたの上にたなびけり。
書記官 (新字新仮名) / 川上眉山(著)