にく)” の例文
世界の何人なんぴとにも認められている事実を、自分の意地から反駁している相手のばかばかしさを、にくむよりもむしろあわれむ方が多くなった。
ゼラール中尉 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
土部つちべ浜川はまかわ、横山——にくらしや、三郎兵衛、憎らしや、広海屋ひろうみや——生き果てて、早う見たい冥路よみじの花の山。なれど、死ねぬ、死ねぬ。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
追かけてちのめそうか、と思ったが、やっとこらえた。彼は此後仙さんをにくんだ。其後一二度来たきり、此二三年は頓斗とんと姿すがたを見せぬ。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
にくいいたずらはりしてやりたいとおもいましたが、どこへげたか、その子供こどもらの、かげも、かたちもあたりにはえませんでした。
はちとばらの花 (新字新仮名) / 小川未明(著)
ついのおさけひますものが、素直すなほうちへおかへりになりにくいものでござりまして、二次會にじくわいとかなんとかまをしますんで、えへゝ
月夜車 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
こうしてせっかくれかけたきつね横合よこあいからられてしまったのですから、悪右衛門あくうえもんはくやしがって、やたらに保名やすなにくみました。
葛の葉狐 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
「そして低脳ぶりを発揮はっきしろとおっしゃるんでしょう」そういって風間光枝は、横眼をつかって、さもにくらしげに帆村をじろりと見た。
什器破壊業事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
結局けつきよく麻雀界マアジヤンかいから抹殺まつさつされるにいたつたなどははなは殷鑑ゐんかんとほからざるものとして、その心根こゝろねあはれさ、ぼくへてにくにさへならない。
麻雀を語る (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
成経 父は宗盛をひどくにくんでいました。法皇ほうおうは父にその位を与えたいと思っていられるのに、あの清盛きよもりがそれをさまたげましたから。
俊寛 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
良人おっと自分じぶんまえ打死うちじにしたではないか……にくいのはあの北條ほうじょう……縦令たとえ何事なにごとがあろうとも、今更いまさらおめおめと親許おやもとなどに……。』
そゝぐ涙に哀れをめても、飽くまで世を背に見たる我子の決心、左衞門いまは夢とも上氣とも思はれず、いとしと思ふほど彌増いやまにくさ。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
「ハハア、それがウインクてんだな。新式の——」と補欠サブの佐藤が、にくらしく、お節介せっかいな口を出すと、皆がどッとふきだしました。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
知らざるにあらずしかるにいかにも忠義らしく装いながら主人の体をもって歯を冷やすとは大それた横着者おうちゃくものかなその心底にくさも憎しと。
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
憎んでも憎み足りない私であつても八年の間良人をつとと呼んだのだから、憎んでもにく甲斐がひなく、悪口言つて言ひ甲斐もないことなのである。
途上 (新字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
かれとほはたけつち潜伏せんぷくしてそのにくむべき害蟲がいちうさがしてその丈夫ぢやうぶからだをひしぎつぶしてだけ餘裕よゆう身體からだにもこゝろにもつてない。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
半左衞門は大いににくく思ひ否々いな/\其口上は幾度いくたび申すも同じ事なり決して申譯には相成ずなほ追々呼出すべしと云るゝ時手代の者立ませいと聲を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
なぜといえば、家康いえやすの心のうちには、いよいよ邪計じゃけいきざしがみえる。——武田たけだ残党ざんとうにくむことが、いぜんよりもはなはだしい。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
くちしてわたし我子わがこ可愛かあいいといふことまをしたら、さぞ皆樣みなさま大笑おほわらひをあそばしましやう、それは何方どなただからとて我子わがこにくいはありませぬもの
この子 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
またなんじらのためにすべてのひとにくまれん。されどおわりまでしのぶものはすくわるべし。このまちにて、めらるるときは、かのまちのがれよ。
斜陽 (新字新仮名) / 太宰治(著)
むかしひとは、しらみとなじみがふかかつたゝめに、なんでもなく、かういふうたつくつてゐます。そしてきたならしいあの昆蟲こんちゆうにくんでばかりもゐません。
歌の話 (旧字旧仮名) / 折口信夫(著)
西洋歴史にていうならクロムエルのごときは、彼をにくむ人の言が世に伝わり、いかにも悪党なるかのごとく、数百年間英国の歴史をけがした。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
形態的けいたいてきにははちの子やまたかいことも、それほどひどくちがって特別に先験的せんけんてきにくむべく、いやしむべき素質そしつ具備ぐびしているわけではないのである。
蛆の効用 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
それが林太郎にはにくらしくて憎らしくてなりませんでした。それにまたおかあさんをわけもなくいじめるのですから、たまらなかったのです。
あたまでっかち (新字新仮名) / 下村千秋(著)
あのかたが何年間かのあなたの心をたくはへた行李かうりけて人に見せ、焼き尽しもした程にくみを見せながらそのあなたの弟や妹に
遺書 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
あいするところ((ノ人))をろんずればすなはもつ(七五)るとせられ、にくところ((ノ人))をろんずれば、すなはもつおのれこころむとせらる。
長吉ちやうきちはたゞ眼をまるくしておいとの顔を見るばかりである。いつもと変りのない元気のいゝはしやぎ切つた様子やうすがこの場合むしにくらしく思はれた。
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
集中、「憎し」という語のあるものは、「憎くもあらめ」の例があり、「にくくあらなくに」、「にくからなくに」の例もある。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
知人しりびとひでもすると、あをくなり、あかくなりして、那麼あんな弱者共よわいものどもころすなどと、是程これほどにくむべき罪惡ざいあくいなど、つてゐる。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
……おら、あんなあなにだまかされたんだイ。知らない内にいつの間にか殺しちまったんだイ。……おら、毛虫がにくらしくも何ともなかったんだ。
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
おゝ、御坊ごばう、をしへてくだされ、この肉體にくたいのあたりに、わし醜穢けがらはしい宿やどってゐるぞ? さ、をしへてくだされ、そのにく居所ゐどころ切裂霧さいてくれう。
今迄は手をかされることをにくんで來たけれど——以後は手を取られることをもう憎みはしないと思ふ。私は自分の手を召使に取らせるのは嫌だ。
それはあの四十年近くもこの村に住んでいるレエノルズ博士が村中の者からずっとにくまれ通しであると言うことだった。
美しい村 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
会議の時に金壺眼かなつぼまなこをぐりつかせて、おれをにらめた時はにくい奴だと思ったが、あとで考えると、それも赤シャツのねちねちした猫撫声ねこなでごえよりはましだ。
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
藍微塵あいみじん素袷すあわせ算盤玉そろばんだまの三じゃくは、るから堅気かたぎ着付きつけではなく、ことった頬冠ほおかむりの手拭てぬぐいを、鷲掴わしづかみにしたかたちには、にくいまでの落着おちつきがあった。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
飛衛の方では、また、危機をだっし得た安堵あんどと己が伎倆ぎりょうについての満足とが、敵に対するにくしみをすっかり忘れさせた。
名人伝 (新字新仮名) / 中島敦(著)
「冗談、冗談じゃ無いよお駒さん、相沢の旦那は気が弱かったんだ、ただそれだけの事だよ、自分の口から、お前に切れてくれとは言いにくかったんだ」
黄金を浴びる女 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
王 なぜ? わたしはあなたを殺した所が、王女にはいよいよにくまれるだけだ。あなたにはそれがわからないのか?
三つの宝 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
「僕らは彗星にだまされたのです。彗星は王さまへさえうそをついたのです。本当ににくいやつではありませんか。」
双子の星 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
『皆、耶蘇がさせるのです。耶蘇が皆悪くするのです。耶蘇、日本の敵です』と、至るところで彼は耶蘇教をののしり、その宣教師を仇敵きゅうてきのごとくにくんでいる。
俊男は其のさかしい頭が氣にはぬ。また見たところ柔和にうわらしいのにも似ず、案外あんぐわい理屈りくつツぽいのと根性こんじやうぽねの太いのがにくい。で、ギロリ、其の横顏をにらめ付けて
青い顔 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
(私はいまもそのじゅうを記念として大事にしている)両眼りょうがんにくしみといかりに青くえ、私をにらんで底うなりを発したとき、私の乗馬はふるえてあとずさりした。
二里あまりへだてたる村より十九歳のよめをむかへしに、容姿すがたにくからず生質うまれつき柔従やはらかにて、糸織いとはたわざにも怜利かしこければしうとしうとめ可愛かあいがり、夫婦ふうふの中もむつまし家内かない可祝めでたく春をむかへ
曰く「にくこい奴でございます、(中略)何時私が御主人の頭をにやしました(中略)これははや金子けんすまで」
にくいにはあくまで憎いであろうが、一つはこの女の性質が残忍ざんにんなせいでもあろうか、またあるいは多くの男に接したりなんぞして自然の法則を蔑視べっしした婦人等おんなたち
雁坂越 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
彼はクリストフがかなしがってるのに気がついて、いてやろうとした。しかしクリストフはおこって横を向いた。そして彼は幾日いくにち不機嫌ふきげんだった。小父おじにくんでいた。
ジャン・クリストフ (新字新仮名) / ロマン・ロラン(著)
真の勝利は、相手をにくみ、がむしゃらに相手に組みつくだけでは、決して得られるものではない。自分みずからを充実じゅうじつさせることのみが、それを決定的にするのだ。
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
白状すべきことがないから白状しないのを、それを剛情我慢とにくまれて、よけいにいじめられるものですから、米友は意地になって役人をてこずらせてしまいました。
大菩薩峠:06 間の山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
何か赤い火花のようなものが、眼のなかでくるくる回りだし、恐ろしさとにくさとで、頭の毛がもずもずうごめいた。……足音は、まっすぐわたしの方へ進んで来る。
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
そうかい、おまえさん、橋を渡って河岸かしを歩いて帰りなさるかい。今日は天気が宜いから曳舟ひきぶねから岸壁の環へ洗濯ひもを一ぱい張ってあるから歩きにくいよ。は は は。
百喩経 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
天皇はそのために、宮中の玉飾りの細工人さいくにんたちまでおにくみになって、それらの人々が知行ちぎょうにいただいていた土地を、いきなり残らず取りあげておしまいになりました。
古事記物語 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)