とほ)” の例文
金と銀との花の盞から静かにこぼれ落ちる金と銀との花の芬香ふんかうは、大気の動きにつれて、音もなくあたりにとほり、また揺曳する。
水仙の幻想 (新字旧仮名) / 薄田泣菫(著)
私はやがて、繰返す女の言葉も遂には途切れたなり聞えなくなつた時、ふと薄い袷の膝をとほして、女の涙の生暖い潤ひを覺え出した。
歓楽 (旧字旧仮名) / 永井荷風永井壮吉(著)
まぶしいものが一せん硝子ガラスとほしてわたしつた。そして一しゆんのち小松こまつえだはもうかつた。それはひかりなかひかかゞや斑點はんてんであつた。
日の光を浴びて (旧字旧仮名) / 水野仙子(著)
わたした、くさにも、しつとりともやふやうでしたが、そでにはかゝらず、かたにもかず、なんぞは水晶すゐしやうとほしてるやうに透明とうめいで。
人魚の祠 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
しかもそれは皆な自己をとほして、立派な証券を持つてかれに迫つて来た。かれは愈々仏の前に手を合せなければならないことを感じた。
ある僧の奇蹟 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
其年そのとし京都きやうとふゆは、おとてずにはだとほ陰忍いんにんたちのものであつた。安井やすゐこの惡性あくしやう寒氣かんきてられて、ひどいインフルエンザにかゝつた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
昼間見置きし枕辺の聖母の心臓を剣さしとほせる油絵は、解剖図などかけし様にて、あまり心地よき寝覚めの伴侶ともにもあらざりき。
末男すゑを子供こどもきながら、まちと一しよ銀座ぎんざあかるい飾窓かざりまどまへつて、ほしえる蒼空あをそらに、すきとほるやうにえるやなぎつめた。
追憶 (旧字旧仮名) / 素木しづ(著)
すると歯にもとほる位、苦味の交つた甘さがある。その上彼の口の中には、たちまち橘の花よりも涼しい、微妙な匂が一ぱいになつた。
好色 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
新秋しんしうもちいゝかぜすだれとほしてく、それが呼吸氣管こきうきくわんまれて、酸素さんそになり、動脈どうみやく調子てうしよくつ………そのあぢはへない。
ねこ (旧字旧仮名) / 北村兼子(著)
けた少時しばし竹藪たけやぶとほしてしめつたつちけて、それから井戸ゐどかこんだ井桁ゐげたのぞんで陰氣いんきしげつた山梔子くちなしはな際立はきだつてしろくした。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
厚きしとねの積れる雪と真白き上に、乱畳みだれたためる幾重いくへきぬいろどりを争ひつつ、あでなる姿をこころかずよこたはれるを、窓の日のカアテンとほして隠々ほのぼの照したる
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
ジーンといふ音のやうな感じが、頬をとほして口のなかへ沁み渡りました。美智子は力一杯に、氷の包を握りしめました。
美智子と歯痛 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
出窓の前の青桐あをぎりとほして屋根庇やねひさしの陰に、下座敷のひつそりした障子しやうじの腰だけが見えた。其処そこからは時々若夫人の声が響いて、すぐに消えるのだつた。
朧夜 (新字旧仮名) / 犬養健(著)
奥州藤原家が何時いつの間にか、「だんまり虫が壁をとほす」格で大きなものになつてゐたのも、何を語つてゐるかと云へば
平将門 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
が、実際その通りで驚く程容易しい、此通り誰でも研究といふ程の研究はせずとも、文法の十六則に一通り目をとほしさへすれば、一寸文章も書ける。
エスペラントの話 (新字旧仮名) / 二葉亭四迷(著)
第十 常居ゐま濕氣しめりけすくな日當ひあたりよくしてかぜとほやうこゝろもちし。一ヶねん一兩度いちりやうどかなら天井てんじやうまたえんしたちりはらひ、寢所ねどころたかかわきたるはうえらぶべきこと
養生心得草 (旧字旧仮名) / 関寛(著)
上ること廿四丁、蟠廻はんくわい屈曲して山腹岩角を行く。石塊𡵧𡵧ぐわん/\大さ牛のごとくなるもの幾百となく路に横りがいそばたつ。時すでに卯後、残月光曜し山気冷然としてはだへとほれり。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
しかしながら風が少しも吹かず、一体に空気が湿つぽく落着いて居て、夕方からのち、街にあかりくと、霧をとほす温かい脂色やにいろの光がすべての物に陽気なしか奥深おくぶかい陰影を与へ
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
溺れた屍が鳥と帆檣ほばしらの下に沈み、緑色の水をとほしてほの見え、腕環うでわが洗ひ流されたか、それとも引きちぎられたかした美しい一本の腕だけが、くつきりと見えてゐるのだ。
所謂いはゆる眼光紙背にとほる者、書を読む、斯の如くにして始めて書をかすべし。天下の書は何人も自由に読むを得べし。然れども読者の多くは宝の山に入れども手をむなしうして還れり。
明治文学史 (新字旧仮名) / 山路愛山(著)
夜明けにはまだ途方もないしきっと雲が薄くなって月の光がとほって来るのだ。
秋田街道 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
濃緑の松の葉の傘は、大概楢よりも高くき上つて、光線を容易にとほしさうもなく、大空にひろがつてゐる、森の中をさまよひながら、楢の葉の大波をき分けて行くと、方々にこの黒松の集団が
亡びゆく森 (新字旧仮名) / 小島烏水(著)
とほる明るい空の青が、水平線近くで、茫と煙る金粉の靄の中に融け去つたかと思ふと、其の下から、今度は、一目見ただけで忽ち全身が染まつて了ひさうな華やかな濃藍の水が、擴がり、膨らみ
僕は知つてゐるよ。君の思つてゐることくらゐ、見とほせないでたまるか。あたしは、虫けらだ。精一ぱいだ。命をあげる。ああ、信じてもらへないのかなあ。さうだらう? いづれ、そんなところだ。
火の鳥 (新字旧仮名) / 太宰治(著)
くだまきぞ宵はぜたれ子がいてすずむしの音のみ今はとほりぬ
風隠集 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
玉枝の聲は小さいが、實によくとほりました。
しかも、晶子の動悸どうきうすものとほしてふる
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
悲しさ骨身ほねみとほすなり
しら玉の清らにとほ
恋衣 (新字旧仮名) / 山川登美子増田雅子与謝野晶子(著)
てんにでもいゝ、にでもいゝ、すがらうとするこゝろいのらうとするねがひが、不純ふじゆんすなとほしてきよくとろ/\と彼女かのぢよむねながた。
(旧字旧仮名) / 水野仙子(著)
たまにはくるが、もう以前いぜんのやうにやま邸町やしきまちべい、くろべい、幾曲いくまがりを一聲ひとこゑにめぐつて、とほつて、山王樣さんわうさまもりひゞくやうなのはかれない。
木菟俗見 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
まばらな鎮守の森をとほして、閃々きら/\する燈火の影が二つ三つ見え出した頃には、月がすでにその美しい姿を高社山の黒い偉大なる姿の上にあらはして居て
重右衛門の最後 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
かれはいきなり蕎麥幹そばがらたばおほきなあしつた。かれさらみじかたけぼうつてつてきつとちからめてとほした。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
宮はすかさずをどかかりて、我物得つと手に為れば、遣らじと満枝の組付くを、推隔おしへだつるわきの下より後突うしろづきに、𣠽つかとほれと刺したる急所、一声さけびて仰反のけぞる満枝。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
そらるとこほつてゐるやうであるし、うちなかにゐると、陰氣いんき障子しやうじかみとほして、さむさがんでるかとおもはれるくらゐだのに、御米およねあたまはしきりにほてつてた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
が、フランソア・ヴイヨンだけは彼の心にしみとほつた。彼は何篇かの詩の中に「美しい牡」を発見した。
或阿呆の一生 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
※クトリヤ・ホテルは一町いつちやうとないところと云ふので、赤帽に鞄を持たせて、その跡を私等二入は歩いて行つた。わたしは目がめた。見えない暗い中も見とほせる程頭がはつきりとして来た。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
どんなに淡いかすみにしても、それをとほして向う側の星を見たら、多少は星の光が薄らぐものだけれど、彗星となるとそれが少しもないんだ。彗星の尾を透して他の星がはつきり見えるんだ。
朧夜 (新字旧仮名) / 犬養健(著)
陽の光もとほらぬ深い泉のやうに澄んだこの善良な人が、私の血管から血一滴とらずとも、また彼の水晶のやうな良心に、ほんの微かな罪の汚點をつけるだけで忽ち私を殺し得ると思つた。
それがしやくに触ると言つて、お客は桃太郎の頭から熱爛あつかんの酒をぶつ掛けた。酒は肩から膝一面に流れた。あか長襦袢ながじゆばんの色は透綾すきやの表にまでとほつて来たが、桃太郎は眉毛一つ動かさうとしなかつた。
マントルピース火立ほだち華やぐかたへには金髮のふさとほりゆらげり
白南風 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
きぬとほして乾物ひものごとく骨だちぬ。
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
ひい、といてくもとほる、……あはれに、かなしげな、なんとも異樣いやうこゑが、人々ひと/″\みゝをもむねをも突貫つきつらぬいてひゞいたのである。
霰ふる (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
おつぎはランプをいて勘次かんじがしたやうにはなてゝにほひいでたり、ひだりだけをそでとほしてたりした。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
すると彼是かれこれ半時ばかり経つて、深山の夜気が肌寒く薄い着物にとほり出した頃、突然空中に声があつて
杜子春 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
さうして落ちかゝつた日が、凡ての向ふから横にひかりとほしてくる。女は此夕日に向いて立つてゐた。三四郎のしやがんでゐるひくかげから見ると岡の上は大変あかるい。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
貴方もお諦め下さいまし、全く因果なのでございますから、せめてさうと諦めてでもゐて下されば、それだけでも私幾分か思がとほつたやうな気が致すのでございます。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
路は昼間小僮せうどうに案内して貰つて知つて居るから別段甚しく迷ひもせずに、やがて緑樹の欝蒼こんもりと生ひ茂つた、月の光の満足にさしとほらぬ、少しく小暗をぐらい阪道へとかゝつて来た。
重右衛門の最後 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
オテル・ド・※ロンの鉄門を押してはひると、石を敷き詰めた広い中庭が高い鉄柵で七分三分にしきられ、柵をとほして見える古い層楼の正面の石廊せきらうへ夕日の斜めにした光景が物寂びて居た。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)