どろ)” の例文
くはかついで遺跡ゐせきさぐりにあるき、貝塚かひづかどろだらけにつてり、その掘出ほりだしたる土器どき破片はへん背負せおひ、うしていへかへつて井戸端ゐどばたあらふ。
大将(泣く。)「ああ情けない。犬め、畜生ちくしょうども。どろ人形ども、勲章くんしょうをみんな食い居ったな。どうするか見ろ。情けない。うわあ。」
饑餓陣営:一幕 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
どろんこになって助ちゃんと私が帰ってきたので、家ではびっくりした。私たちはすぐ湯殿へ廻って躯を洗い、沸いていた湯に入った。
桜林 (新字新仮名) / 小山清(著)
つちうへらばつてゐる書類しよるゐ一纏ひとまとめにして、文庫ぶんこなかれて、しもどろよごれたまゝ宗助そうすけ勝手口かつてぐちまでつてた。腰障子こししやうじけて、きよ
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
尤も何方が雲かどろかは、其れは見る人の心次第だが、兎に角著しく変った。引越した年の秋、お麁末そまつながら浴室ゆどのや女中部屋を建増した。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
さうすると、ふしぎなことには、その鐘は、まるでどろかなんかでこしらへたやうに、いくら鳴らしてもちつとも鳴りませんでした。
湖水の鐘 (新字旧仮名) / 鈴木三重吉(著)
この現象は単に上を流れる流体のみならず、地盤となる砂やどろの形質にもよるらしいから、問題は決してそう簡単でないであろう。
自然界の縞模様 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
彼はそれを見ると、急に煙草が吸いたくなった。彼は、汚いという気持もなく、吸殻すいがらの方へ手をのばして、どろをはらうと口にくわえた。
脳の中の麗人 (新字新仮名) / 海野十三(著)
と、くちうちでいふとすぐいた。下駄げたどろおびにべつたりとついたのもかまはないで、きあげて、引占ひきしめると、かたところへかじりついた。
迷子 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
洪水もフランスのうるわしい花崗岩かこうがんを浸食しはしないだろう。流されてきたどろをかきわけて、僕は君にその花崗岩をさわらしてあげよう。
歯の幅に下の方にどろが黒くついて居る雪のかたまりが二つずつ、木の根と云う根の処に必ず思い思いの方を向いてころがって居る。
農村 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
何の目的も無く生まれたからツて………何さ、むでもらツたからと謂ツて、其れがかならずしも俺の尊嚴そんげんどろを塗るといふわけではあるまい。
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
「よきはどうしたんだ」おつぎはきしあがつてどろだらけのあしくさうへひざついた。與吉よきち笑交わらひまじりにいて兩手りやうてしてかれようとする。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
それを貞之助や、板倉や、庄吉までが彼女を救い出すためにどろまみれになって働いてくれたのと比べると、余りな相違ではないか。
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
けれど泥がふかいから、足がはまつたら最後二度と拔けなかつた。水の外につかまるものが無いのだから、もがけばもがくほどどろに吸はれて行く。
筑波ねのほとり (旧字旧仮名) / 横瀬夜雨(著)
子供のように、泣きながらどろの上を引きずられて来たよごれた手で、足の裏を時々ガリガリやりながら思い出したようにシャックリをする。
魚の序文 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
百姓は、そっと黒いつめをしたどろまみれのふとゆびをのばして、まだひくひくひっつれているわたしのくちびるにかるくさわりました。
ソレ御覧、色狂いして親の顔にどろッても仕様がないところを、お勢さんが出来が宜いばっかりに叔母さんまで人にうらやまれる。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
もし水が多ければ、死はすみやかであって、直ちにのみ込まれてしまう。もしどろが多ければ、死はゆるやかであって、徐々に埋没される。
口を塞いだ澁紙に一應どろは附いてをりますが、紙の性はしつかりして、長く床下や土中にあつたものとは思へなかつたのです。
夫人と結婚して間もない頃、雨でずぶれになった小猫を拾って帰り、そのどろだらけのままの猫を懐中かいちゅうに入れて、長い間やさしく暖めていた。
静止するとあたかもどろの上にただ貝の空殻だけが落ちているごとくに見えて、そこに生きた蟹がいるとは誰も気がつかぬ。
自然界の虚偽 (新字新仮名) / 丘浅次郎(著)
あなたは宝のたまのように、かわいがればかわいがるほど光が出てくる人だってことを、私ちゃんと知っててよ。あなたはどろだらけな宝の珠だわ。
ドモ又の死 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
くつも、靴下くつしたも、ふくらはぎ真黒まっくろです。緑の草原くさはらせいが、いいつけをまもらない四人の者に、こんなどろのゲートルをはかせたのです。
母の話 (新字新仮名) / アナトール・フランス(著)
総司令部(元の大蔵省ビルのGHQ)の周囲には銀製のライターだの、シガレットケースや万年筆などが植込みの中にどろにまみれて落ちてゐる。
老残 (新字旧仮名) / 宮地嘉六(著)
しかし、これからさき、どのくらいのあいだ、このアシとどろの岸とを、鳥たちがじぶんのものとしていられるかは、ちょっと見当けんとうがつきません。
悪童どもは飽きもせず、毎日やって来て青べかの虐待ぎゃくたいに興じた。雨の日にさえ、学校のゆき帰りに石を投げ、どろを投げ、悪罵あくばと嘲弄をあびせかけた。
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
何分なにぶん支那しなひろくにでありますし、またその東部とうぶ大河たいがながしたどろだとか、かぜおくつてきたちひさいすなだとかゞつもつて、非常ひじようにそれがふかいために
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
権兵衛は釜礁かまばえの上の方へ往った。人夫たちは釜礁を離れて其の右側の大半砕いてある礁の根元を砕いていた。其処には赤どろんだ膝まで来るうしおがあった。
海神に祈る (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
さあ皆が大いにあわててバックをして見たが一生懸命漕いだ勢いでどろに深くい込んだ艇はちっとも後退あとすざりをしない。
競漕 (新字新仮名) / 久米正雄(著)
縁側えんがわに小さきどろ足跡あしあとあまたありて、だんだんに座敷に入り、オクナイサマの神棚かみだなのところにとどまりてありしかば、さてはと思いてそのとびらを開き見れば
遠野物語 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
... 受けたとえば大樹の衆鳥れに集ればすなわち枯折のわずらい有るがごとく」また「世間に縛著ばくちゃく」せられて「譬えば老象のどろおぼれて自らずる事あたわざるが如く」
愛と認識との出発 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
砂地のけつくようなの直射や、木蔭こかげ微風びふうのそよぎや、氾濫はんらんのあとのどろのにおいや、繁華はんか大通おおどおりを行交う白衣の人々の姿や、沐浴もくよくのあとの香油こうゆにおい
木乃伊 (新字新仮名) / 中島敦(著)
かれはそう思いながら、じとじとになった岸の土をぱっとみこんでは、くるしそうに吐いていた。どろにごりした水が乱れたきたない水脈をつくっては流れた。
寂しき魚 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
そり(字彙)禹王うわう水ををさめし時のりたる物四ツあり、水にはふねりくには車、どろにはそり、山にはかんじき。(書経註)しかれば此そりといふもの唐土もろこしの上古よりありしぞかし。
けれど、親木おやぎは、子供こどもあっせられて、地面じめんをはって、どろよごされて、かげもなかったのであります。
親木と若木 (新字新仮名) / 小川未明(著)
感覚が全然ないのであろう、どろのついた履物はきもののままずかずかと房内に入りこむのは始終のことであった。
(新字新仮名) / 島木健作(著)
まつりは昨日きのふぎてそのあくるより美登利みどり學校がくかうかよことふつとあとたえしは、ふまでもひたいどろあらふてもえがたき恥辱ちゞよくを、にしみて口惜くやしければぞかし
たけくらべ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
草鞋わらじいてくれたり足のどろを洗ってくれたり何やかやと世話を焼いてくれるのが嬉しくてならない。
雁坂越 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
さうしてこの現象げんしよう原因げんいんは、水田すいでんどろそう敷地しきちとも水桶内みづをけないけるみづ動搖どうようおな性質せいしつ震動しんどうおこし、校舍こうしや敷地しきちあたところ蒲鉾かまぼこなりに持上もちあがつて地割ぢわれをしよう
地震の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
地蔵じぞうさまと毘沙門びしゃもんさまのおぞうの、あたまにもむねにも、手足にも、肩先かたさきにも、幾箇所いくかしょとなくかたなきずやきずがあって、おまけにおあしにはこてこてとどろさえついておりました。
田村将軍 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
しょっぴいて引っぱたいて、一件のどろを吐かせて、みごとおいらが手柄てがらにするか? 一件とは何だ?
つづれ烏羽玉 (新字新仮名) / 林不忘(著)
学校で照彦てるひこ様が喧嘩けんかをしてなぐられるかもしれない。帰りの電車の中で車掌しゃしょうにけんつくを食わされるかもしれない。平民の自動車にどろをはねかけられるかもしれない。
苦心の学友 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
あるのはただ、どろんこと、俗悪と、アジア的野蛮だけだ。……僕は、真面目くさった顔つきが、身ぶるいするほどきらいです。真面目くさった会話にも、身ぶるいが出る。
桜の園 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
掘り出したものは何度も何度も洗ったりどろかせたりしなければならぬ。寒い季節になると巴里パリの魚屋の店頭にはこうして産地から来た蝸牛がかごの中をまわっている。
異国食餌抄 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
そこで今度は、どろのついていることがこの失敗となにか関係があるかもしれん、と考えた。
黄金虫 (新字新仮名) / エドガー・アラン・ポー(著)
矢の根には、トリカブトといふ草の根からとつた毒汁どくじるブシをどろにねりまぜたものが塗つてあるので、その矢があたれば、どんな猛悪な熊でも、すぐ、ゴロリとたふれて死ぬのです。
熊捕り競争 (新字旧仮名) / 宮原晃一郎(著)
雲飛うんぴは三年の壽命じゆみやうぐらゐなんでもないとこたへたので老叟、二本のゆびで一のあなふれたと思ふと石はあだかどろのやうになり、手にしたがつてぢ、つひ三個みつゝあなふさいでしまつて、さて言ふには
石清虚 (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
驚きしもうべなりけり、蒼然そうぜんとして死人に等しきわが面色めんしょく、帽をばいつのまにか失い、髪はおどろと乱れて、幾度か道にてつまずき倒れしことなれば、衣はどろまじりの雪によごれ
舞姫 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
一つの風景を、もやのふかい空のもとにある、しめった、肥沃ひよくな、広漠こうばくとした熱帯の沼沢地を、島と泥地でいちどろをうかべた水流とから成っている、一種の原始のままの荒蕪こうぶ地を見た。