さかさま)” の例文
……雲を貫く、工場の太い煙は、丈に余る黒髪が、もつれて乱れるよう、そして、さかさまに立ったのは、とこしえに消えぬ人々の怨恨うらみと見えた。
南地心中 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
其一のr字をさかさまにしたような残雪は、この前劒からの帰途、南日君が辷り落ちた際に杖にしていた天幕の支柱を失った所だ。
黒部川奥の山旅 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
○放翁六十歳の時の詩に、「独り立つ柴荊の外、頽然たる一禿翁、乱山落日を呑み、野水寒空をさかさまにす」といふ句がある。
彼等は舞台の端から端へ、続けさまに二度宙返りを打ったり、正面に積上げた机の上から、真っさかさまに跳ね下りたりする。
上海游記 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
ほぼ前に掲げた比較解剖図にあるものに相当すると思われる若干の階段を選み出し、発育の程度に従うて、前とは順序をさかさまにして、まず最も発達の低いほうから説明してみるに
脳髄の進化 (新字新仮名) / 丘浅次郎(著)
天地はさかさまに相成候とも、御前様おんまへさまに限りてはと、今猶いまなほ私は疑ひ居り候ほど驚入おどろきいりまゐらせ候。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
二人はしゃがんで籠をさかさまにして数を数へてから小さいのはみんな又籠に戻しました。
二人の役人 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
夏の日はすでに沈んで、空一面の夕焼は堀割の両岸りょうがんに立並んだ土蔵の白壁をも一様に薄赤く染めなしていると、そのさかさまなる家の影は更に美しく満潮の澄渡すみわたった川水の中に漂い動いている。
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
ロメーンズの記に、牝猩々が食後空缶をさかさまに頭にかぶり観客が見て笑うを楽しみとした事あり。サヴェージ博士は黒猩時に遊楽のみのために群集し、棒で板を打って音を立つ事ありというた。
池野が夏に私の家へ訪ねて来ることがあると、早速上衣を脱ぎ、両足を高く床柱へもたせ、頭を下にし体をさかさまにして話をしたりしたものだ。こんな無遠慮なことが平気な程二人は親しかったのだ。
くびむしさかさまれてひたひがいつでもあつられてあせばんでた。百姓ひやくしやうみな見窄みすぼらしいをんなかへりみなかつた。村落むらから村落むらわたときをんな姿すがた人目ひとめくべき要點えうてんが一つもそなはつてなかつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
文「女房を取られ、さかさまになっているのは友之助ですか、ふゝん」
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
すがる波に力あり、しかと引いて水をつかんで、池にさかさまに身を投じた。爪尖つまさきの沈むのが、かんざし鸚鵡おうむの白くはねうつが如く、月光にかすかに光つた。
伯爵の釵 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
そうして、そこから、短い白髪しらがさかさまにして、門の下を覗きこんだ。外には、ただ、黒洞々こくとうとうたる夜があるばかりである。
羅生門 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
大弓をげた偉大の父を真先に、田崎と喜助が二人して、さかさまに獲物を吊した天秤棒をかつぎ、其のあとに清五郎と安が引続き、積った雪を踏みしだき、隊伍たいご正しく崖の上に立現われた時には
(新字新仮名) / 永井荷風(著)
いわく虎は山獣の君なり、かたち猫のごとくにて大きさ牛のごとく黄質黒章きのしたじくろきすじ鋸牙鉤爪のこぎりばかぎのつめ鬚健にしてとがり舌大きさ掌のごとくさかさまはりを生ず、うなじ短く鼻ふさがる、これまでは誠に文簡にして写生の妙を極め居る。
けつして安泰あんたいではない。まさつめぎ、しぼり、にくむしほねけづるやうな大苦艱だいくかんけてる、さかさまられてる。…………………
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
そこで一人づつ、持つてゐる茶碗をさかさまにして、米屋が一合ますで米をはかるやうに、ぞろぞろ虱をその襟元へあけてやると、森は、大事さうに外へこぼれた奴を拾ひながら
(新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
縋る波に力あり、しかと引いて水をつかんで、池にさかさまに身を投じた。爪尖つまさきの沈むのが、釵の鸚鵡おうむの白く羽うつがごとく、月光にかすかに光った。
伯爵の釵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そこで、それまで、帆桁ほげたへ尻尾をまきつけて、さかさまにぶら下りながら、ひそかに船中の容子ようすを窺つてゐた悪魔は、早速姿をその男に変へて、朝夕フランシス上人に、給仕する事になつた。
煙草と悪魔 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
つく/″\とれば無残むざんや、かたちのないこゑ言交いひかはしたごとく、かしらたゝみうへはなれ、すそうつばりにもまらずにうへからさかさまつるしてる……
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
しばらくは、石を蹴る馬蹄の音が、戞々かつかつとして、曠野の静けさを破つてゐたが、やがて利仁が、馬を止めたのを見ると、何時、捕へたのか、もう狐の後足をつかんで、さかさまに、鞍の側へ、ぶら下げてゐる。
芋粥 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
思わず、忍音しのびねを立てた——見透みすかす六尺ばかりの枝に、さかさまに裾を巻いて、毛をおどろに落ちかかったのは、虚空に消えた幽霊である。
怨霊借用 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ちと黙ったか、と思うと、め組はきょろきょろ四辺あたりを見ながら、帰天斎が扱うように、敏捷すばやく四合罎からさかさまにがぶりとって、呼吸いきかず
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ばたりとあおっておのずから上に吹開く、引窓の板を片手にもたげて、さかさまに内をのぞき、おくの、おくのとて、若き妻の名を呼ぶ。その人、おもて青く、ひげ赤し。
一景話題 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
引手茶屋は、ものの半年とも持堪もちこたえず、——残った不義理の借金のために、大川を深川から、身をさかさまに浅草へ流着ながれついた。
第二菎蒻本 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
汽車きしやさかさまちてまない。けむりいのがいはくづして、どろき/\、なみのやうなつちあふつて、七轉八倒しちてんばつたうあがきもだゆる。
魔法罎 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
胴中の縄がゆるんで、天窓がつちへ擦れ擦れに、さかさまになっておりますそうな。こりゃもっともじゃ、のう、たっての苦悩くるしみ
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
よ/\、おなまぼろしながら、かげ出家しゆつけくちよりつたへられたやうな、さかさまうつばりつるされる、繊弱かよは可哀あはれなものではい。真直まつすぐに、たゞしく、うるはしくつ。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
ひたひたとまつわる水とともに、ちらちらとくれないに目を遮ったのは、さかさまに映るという釣鐘の竜の炎でない。脱棄ぬぎすてた草履に早く戯るる一羽の赤蜻蛉の影でない。
夫人利生記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と女が高くあおぐにれ、高坂もむぐらの中に伸上のびあがった。草の緑が深くなって、さかさまに雲にうつるか、水底みなそこのようなてんの色、神霊秘密しんれいひみつめて、薄紫うすむらさきと見るばかり。
薬草取 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
手足てあしをぴち/\とねる、二歳ふたつぐらゐのをとこを、筋鐵すぢがねはひつたひだりうでに、わきはさんで、やんはりといたところは、挺身ていしんさかさまふちさぐつてどぢやう生捉いけどつたていえる。
銭湯 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
幾万すじともなき、青い炎、黒い蛇が、旧暦五月、白い日の、川波にさかさまに映って、くらも人ももうとする。
河伯令嬢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その青い火は、しかし私の魂がもう藻脱けて、虚空へ飛んで、さかさまに下の亡骸なきがらのぞいたのかも知れません。
雪霊続記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
奇觀きくわん妙觀めうくわんいつつべし。で、激流げきりう打込うちこんだ眞黒まつくろくひを、したから突支棒つツかひぼうにした高樓たかどのなぞは、股引もゝひきさかさまに、輕業かるわざ大屋臺おほやたいを、チヨンとかしらせたやうで面白おもしろい。
飯坂ゆき (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
あをは、しかしわたしたましひ藻脱もぬけて、虚空こくうんで、さかさました亡骸なきがらのぞいたのかもれません。
雪霊続記 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
ぬくぬくと肩さ並べて、手を組んで突立つったったわ、手を上げると袖の中から、口いくと咽喉のどからいて、真白まっしろ水柱みずばしらが、から、さかさまにざあざあと船さ目がけて突蒐つっかかる。
海異記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
、二、三ちょう春の真昼に、人通りが一人もない。何故なぜはばかられて、手を触れても見なかった。緋の毛氈は、何処どこのか座敷から柳のこずえさかさまに映る雛壇の影かも知れない。
雛がたり (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
暗くなる……薄暗い中に、さっと風にあおられて、なまめかしいおんなもすそが燃えるのかと思う、あからさまな、真白まっしろな大きな腹が、あおざめた顔して、宙にさかさまにぶら下りました。
木の子説法 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
しかるにさかさまに伏してのぞかぬ目には見えないであろう、尻ッこけになったいわおの裾に居て、可怪あやしい喬木の梢なる樹々の葉をしとねとして、大胡坐おおあぐらを組んだ、——何等のものぞ。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
禁を犯して採伐するものの、綱を伝って樹を上りつつ、一目見るやさかさまに墜落するのが約束らしい。
いくさは、銑吉が勝らしい。由来いかなる戦史、軍記にも、薙刀をさかさまについた方は負である。同時に、その刃尖が肉を削り、鮮血なまちかかとを染めて伝わりそうで、見る目も危い。
神鷺之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
空にうかんだおからだが、下界から見る月の中から、この世へ下りる間には、雲がさかさまに百千万千、一億万丈の滝となって、ただどうどうと底知れぬ下界のそらへ落ちている。
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
霧の晴れたのではない、かれが飾れる宝玉の一叢ひとむら樹立こだちの中へ、さかさま同一おなじ光を敷くのであった。
伊勢之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
屋台から舞妓が一人さかさまに落ちた。そこに、めらめらと鎌首を立て、這いかかったためである。
南地心中 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
……動悸どうきに波を打たし、ぐたりと手をつきそうになった時は、二河白道にがびゃくどうのそれではないが——石段は幻に白く浮いた、まんじの馬の、片鐙かたあぶみをはずしてさかさまに落ちそうにさえ思われた。
開扉一妖帖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
龍虎梅竹りうこばいちく玉堂富貴ぎよくだうふつき、ナソレ牡丹ぼたん芍藥しやくやくすゝきらんこひ瀧登たきのぼりがとふと、ふな索麺さうめんつて、やなぎつばめを、さかさまけると、あしがんとひつくりかへる……ヨイ/\とやつでさ。
画の裡 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
赤い鼠がそこまで追廻したものらしい。キャッとそこで悲鳴を立てると、女は、宙へ、飛上った。くめの仙人をさかさまだ、その白さったら、と消防夫しごとしらしい若い奴は怪しからん事を。
半島一奇抄 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
抱合って、目を見交わして、姉妹きょうだい美人たおやめは、身をさかさまに崖に投じた。あわれ、蔦にかずらとどまった、道子と菅子が色ある残懐なごりは、滅びたる世の海の底に、珊瑚さんごの砕けしに異ならず。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
橋杭はしぐいももうせて——潮入しおいりの小川の、なだらかにのんびりと薄墨色うすずみいろして、瀬は愚か、流れるほどは揺れもしないのに、水に映る影は弱って、さかさまに宿るあしの葉とともに蹌踉よろよろする。
海の使者 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)