さは)” の例文
中にも苦味走つた顔の男は、巡査の人を見るやうな見方をしたと思つたので、八はしやくさはつたが、おくが出て下を向いてしまつた。
金貨 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
「父親が殺されたといふのに、何事も隱し立てをしてはいけない、——下手人を逃がすやうな事があつては、冥土めいどさはりにもならう」
云掛られ夫さへ心にさはらぬ樣云拔いひぬけて居しに今日隅田川すみだがは渡船わたしぶねにて誰かは知ず行違ゆきちがひに面を見合せしよりにはかに吾助が顏色變り狼狽うろたへたるてい
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
群集の中から三人の男が影のやうに舟にすべり込んでともづなを解いた。しづかに艣を操つて、松明の火を波にさはるやうに低く持つて漕いでゐる。
たゞ、三角測量臺かくそくりやうだい見通みとほしにさはためはらはれた空隙すきがそれをみちびいた。東隣ひがしどなり主人しゆじん屋根やねの一かくにどさりととまつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
仲冬のすゑ此人居間ゐまの二階にて書案つくゑによりて物をかきてをられしが、まどひさしさがりたる垂氷つらゝの五六尺なるがあかりにさはりてつくゑのほとりくらきゆゑ
これは「さはり」の用例に本づく説であるが、「さはりあらめやも」、「さはり多み」、「さはることなく」等だけにるとそうなるかも知れないが
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
すなら御米およねてゐるいまである。いまならどんな氣不味きまづいことを双方さうはうつのつたつて、御米およね神經しんけいさは氣遣きづかひはない
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
わたしむねけるほど亭主ていしゆ言葉ことばさはつた。死骸しがいつてる、とつたやうな、やつ言種いひぐさなんとももつ可忌いまはしい。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
ほだの煙は「自然の香」なり、篠田の心は陶然たうぜんとして酔へり、「私よりも、伯母さん、貴女あなたこそ斯様こんな深夜おそくまで夜業よなべなさいましては、お体にさはりますよ」
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
「どうぞもうわたくしにさはらないで下さい。障らないで下さい。あゝ。実になんともかとも言はれない苦痛です。」
ヂュリ そのわかにロレンスどのゝ庵室あんじつうたゆゑ、をなご謹愼つゝしみさはらぬかぎりの、ふさはしい會釋ゑしゃくをしておきました。
御座ございますけれどわたし其時そのとき自分じぶんかへりみかんがへはませぬゆゑ、良人をつとのこゝろをさつすること出來できませぬ、いやかほあそばせば、それがさはりまするし
この子 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
それまたわきつてはれるとね、わたしところ商売しやうばいさはるから、わきへやらねえやうに棒縛ぼうしばりにしたんでございます。
詩好の王様と棒縛の旅人 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
「まだこんなに温いんですが……」と、肌にさはつて見て、彼はやつぱり思切おもひきりわるさうに醫員の方を振り返つた。
嘘をつく日 (旧字旧仮名) / 水野仙子(著)
だから、時々、私もあなたのやうに、組織的な配列に從ふことに、我慢出來ないつて云ひ出すのよ。これがまつたくスキャチャード先生の氣にさはることなの。
いや、お気にさはりましたらおゆるし下さいまし。貴方とは従来これまで浸々しみじみお話を致した事もございませんで私といふ者はどんな人物であるか、御承知はございますまい。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
ソロドフニコフはパンと麹との匂のする生温なまぬるい水を飲んだ。その時歯が茶碗にさはつてがちがちと鳴つた。
私はAがあゝ云つた言葉の中に、『俺に交際つきあつてゐないと損だぞ。』といふやうな、友情の脅威が自ら含まつてゐるのを、何よりもしやくさはつて聞き取つたのだつた。
良友悪友 (新字旧仮名) / 久米正雄(著)
窓掛の間へ月が滑り出て、銀色の指で、そこらぢゆうの物にさはる。音楽が清く優しく、一間の内に漂うてゐる。その一つ一つのおんは、空の遠い星の輝きのやうである。
クサンチス (新字旧仮名) / アルベール・サマン(著)
しも気遣きづかひたりし身体にはさはりもなくて、神戸直行ちよくかうと聞きたる汽車の、にはかに静岡に停車する事となりしかば、其夜は片岡かたをかの家族と共に、停車場ステーシヨンちかき旅宿に投じぬ。
母となる (新字旧仮名) / 福田英子(著)
江戸えどからあたらしく町奉行まちぶぎやうとして來任らいにんしてから丁度ちやうど五ヶげつるもの、くもの、しやくさはることだらけのなかに、町醫まちい中田玄竹なかだげんちく水道すゐだうみづ産湯うぶゆ使つかはない人間にんげんとして
死刑 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
「それがいぜ。休みが多いやつはどし/\解雇してる時節だからなあ、今解雇されちやお前だつて楽ぢやあんめえ。」と、老職工は妙につけつけ云つた。彼は直ぐかんさはつた。
煤煙の匂ひ (新字旧仮名) / 宮地嘉六(著)
と云つて笑顔もせずに二重まはしの儘で山田はすわつた。保雄は山田の態度がしやくさはつたので
執達吏 (新字旧仮名) / 与謝野寛(著)
昨日きのふ我々われ/\那麼あんなはなしたのですが、なににはか御立腹ごりつぷくで、絶交ぜつかうすると有仰おつしやるのです、なにれともさはることでもまをしましたか、あるひ貴方あなた意見いけんはんかんがへしたので?』
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
かゝ曲物くせものを置きたりとて何のさはりにもなるまじけれど、そのあくたある処に集り、穢物ゑぶつあるところに群がるの性あるを見ては、人間の往々之に類するもの多きを想ひ至りていさゝむね悪くなりたれば
秋窓雑記 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
そしてこの子供をスタニスラウス様だと極めた。そして色の青いオスワルドの、尖つた肘にさはらないやうに皿を持つて行く時、さも小さいスタニスラウス様をいたはると云ふ態度をしてゐた。
祭日 (新字旧仮名) / ライネル・マリア・リルケ(著)
助十 そりやあおれも知つてゐるが、あの野郎があんまり癪にさはるからよ。
権三と助十 (旧字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
黄泉路よみぢさはりとなるはその方どもの未来なり、その方どもは心得悪しく、切支丹きりしたんの御宗門にも帰依きえし奉らず候まま、未来は「いんへるの」と申す地獄にち、悪魔の餌食とも成り果て候べし。
糸女覚え書 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
立ちとまり霧のまがきの過ぎうくば草の戸ざしにさはりしもせじ
源氏物語:05 若紫 (新字新仮名) / 紫式部(著)
その寂しい生活が大分だいぶん健康にさはつたらしい。
何んのさはりもなく、武士は二三人つながつて歩いて居ても、そのうちのたつた一人だけが見事に髷を切られることさへあるのでした。
此位な事がさはりもすまいと思つて、小石川から馬車を自分の西片町の宅に寄せて貰つて、妻を案内者として附けて遣ることにしたのである。
魔睡 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
にぎり向ふをきつと見詰たる手先にさは箸箱はしばこをばつかみながらに忌々いま/\しいと怒りの餘り打氣うつきもなくかたへ茫然ぼんやりすわりゐて獨言をば聞ゐたる和吉の天窓あたま
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
明日あしたさはりにでもりやしめえしかまあこたあんめえな、おとつゝあは」といつておつぎは勘次かんじしつけてしまふのである。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
さるをおんそうしば/\こゝにきたりて回向ゑかうありつる功徳くどくによりてありがたき仏果ぶつくわをばえたれども、かしら黒髪くろかみさはりとなりて閻浮えんぶまよふあさましさよ。
しばらくしてまたばさりとさはつた、かゝときかゝ山家やまがゆき夜半よはおと恐氣おぢけだつた、婦人氣をんなぎはどんなであらう。
雪の翼 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
いやなら忌で其れもよう御座んすサ、只だ其のいひぷりしやくさはりまさアネ、——ヘン、軍人はわたしいやです
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
私の顏付か態度か何かゞ、氣にさはつたらしく、こらへてゐたが、ひどくいら/\とした調子で云つた。
貴方、して私共がそんな事を夢にだつて思ひは致しません。けれども、そんなに有仰おつしやいますなら、何か私共の致しました事がお気にさはりましたので御座いませう。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
なんだか可笑をかしな樣子やうすだねわたしことなにかんにでもさはつたの、それならそのやうにつてれたがい、だまつて其樣そんかほをしてられるとつて仕方しかたいとへば
わかれ道 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
うみぎなむ時も渡らなむかく立つ浪に船出すべしや」(巻九・一七八一)、「たらちねの母にさはらばいたづらにいましも吾も事成るべしや」(巻十一・二五一七)等である。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
宗助そうすけこゝろのうちで、このまめやかな細君さいくんあたらしい感謝かんしやねんいだくと同時どうじに、かうぎる結果けつくわが、一度いちど身體からださはやうさわぎでもおこしてれなければいがと心配しんぱいした。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
サン いやさ、おらコーラーさはるが最後さいご、すぐにもッこいてくれようといふンぢゃ。
セルギウスはパシエンカの差し伸べた手にはさはらずに、跡に付いて上つて来た。
其の後道臣とお時とは、寄るとさはると金毘羅參りの話ばかりしてゐた。
天満宮 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
人々には少しも気分にさはりなきむねを答へ、胸の苦痛を忍び/\て、只管ひたすら母上の全快を祈る程に、追々おひ/\薄紙はくしぐが如くにえ行きて、はては、とこの上に起き上られ、せふ月琴げつきんと兄上の八雲琴やくもごとに和して
母となる (新字旧仮名) / 福田英子(著)
其滿足そのまんぞくかほひと見下みさげるやうな樣子やうすかれんで同僚どうれうことばふか長靴ながぐつ此等これらみな氣障きざでならなかつたが、ことしやくさはるのは、かれ治療ちれうすること自分じぶんつとめとして、眞面目まじめ治療ちれうをしてゐるつもりなのが。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
『おい、う感動するな。平気でれ。身体からださはるから。』
執達吏 (新字旧仮名) / 与謝野寛(著)
して居ると知れると、身分にもさはるだらう。それを書面にして目安箱へ投り込むとか、御目付衆の耳に入れるとか、工夫のしやうがあるだらうよ