一夜いちや)” の例文
一夜いちや涼風りょうふうを銀座に追う。ひとかたす。正にこれ連袵れんじんを成し挙袂きょべい幕を成し渾汗こんかん雨を成すの壮観なり。良家の児女盛装してカッフェーに出入す。
偏奇館漫録 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
中には一夜いちやの中に二人まで、あの御屋形のなしの花の下で、月に笛を吹いている立烏帽子たてえぼしがあったと云う噂も、聞き及んだ事がございました。
邪宗門 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
子供はまた一生懸命に手品遣てずまつかいの方ばかり注意しだした。服装から云うと一夜いちや作りとも見られるその男はこの時精一杯大きな声を張りあげた。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「忘れがたき別府の一夜いちや」の題下には、大正八年一月末に(『踏絵』が出てから数えて三年目)湯の町の別府に、宮崎氏が白蓮さんをたずねた。
柳原燁子(白蓮) (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
このやま琵琶湖びはことも一夜いちやにして出來できたなどといふのは、科學かがくらなかつたひとのこじつけであらうが、富士ふじわか火山かざんであることには間違まちがひはない。
火山の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
ところが、一夜いちやあけて、ひるつてもかへらない。不斷ふだんそんなしだらでないいはさんだけに、女房にようばう人一倍ひといちばい心配しんぱいした。
夜釣 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
温厚な人である。其れから其年の夏、月の一夜いちや、浴衣の上に夏羽織など引かけて、ぶらりと尋ねて来た。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
「ぼくたちは、あわれなたびの者ですが、キツネにおそわれたり、人間につかまらないような、一夜いちや宿やどをさがしているのです。ここは安全あんぜん場所ばしょでしょうか?」
上諏訪かみすは布半ぬのはん旅館で、中村憲吉君、土屋文明君、上諏訪の諸君と落合つて、そこで一夜いちやを過ごした。
島木赤彦臨終記 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
おそろしき一夜いちやつひけた。ひがしそらしらんでて、融々うらゝかなる朝日あさひひかり水平線すいへいせん彼方かなたから、我等われらうへてらしてるのは昨日きのふかはらぬが、かはてたのは二人ふたり境遇みのうへである。
駿河臺するがだいすこしものさびれたところに、活動くわつどう廣告くわうこくあか行燈あんどんが、ぽつかりとついてゐたのがめうあたまのこりました。なんだかそれが如何いかにもかう、初冬しよとう一夜いちやといふやうなかんじを起させました。
冬を迎へようとして (旧字旧仮名) / 水野仙子(著)
今もの熱海に人は参り候へども、そのやうなるたのしみを持ち候ものは一人も有之これあるまじく、其代そのかはりには又、私如わたくしごと可憐あはれの跡を留め候て、其の一夜いちやを今だに歎き居り候ものも決して御座あるまじく候。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
最早もう、二時」と、梅子はかしらを垂れぬ、警吏の向ふべき日は、既に二時を経過せるなり、曙光しよくわう差しきたるの時は、すなはち篠田が暗黒の底に投ぜらるべきの時なり、三年の煩悶はんもんを此の一夜いちやに打ち明かして
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
老妻おいづまのかしげるいひうべつつ語りあかさな春の一夜いちや
閉戸閑詠 (新字旧仮名) / 河上肇(著)
ただの一夜いちやで焼野の原と
極楽とんぼ (新字旧仮名) / 野口雨情(著)
アムステルダムの一夜いちや
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
一夜いちやのなかによみかへ
全都覚醒賦 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
稲佐いなさと丸山の女は日本語とロシヤ語と英語とで一夜いちやの恋を語つてゐる。海岸通の酒場では黒奴ネグロが弾くピアノにつれてポルトガルの女が踊つてゐる。
海洋の旅 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
八畳の座敷に髯のある人と、髯のない人と、涼しき眼の女が会して、かくのごとく一夜いちやを過した。彼らの一夜をえがいたのは彼らの生涯しょうがいを描いたのである。
一夜 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
一夜いちや幼君えうくん燈火とうくわもと典籍てんせきひもときて、寂寞せきばくとしておはしたる、御耳おんみゝおどろかして、「きみひそか申上まをしあぐべきことのさふらふ」と御前ごぜん伺候しかうせしは、きみ腹心ふくしん何某なにがしなり。
十万石 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
このはず、まずにくらして、くるしき一夜いちやは、一睡いつすいゆめをもむすばず翌朝よくあさむかへたが、まだんの音沙汰おとさたい、ながめるとそらにはくもひくび、やままたやま彼方此處あちこちには
備前宰相びぜんさいしょう伽羅きゃらを切ったのも、甲比丹カピタン「ぺれいら」の時計を奪ったのも、一夜いちやに五つの土蔵を破ったのも、八人の参河侍みかわざむらいを斬り倒したのも、——そのほか末代にも伝わるような
報恩記 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
ジャワとうのパパンダヤング火山かざん西暦せいれき千七百七十二年せんしちひやくしちじゆうにねん噴火ふんかおいて、わづか一夜いちやあひだ二千七百米にせんしちひやくめーとるたかさから千五百米せんごひやくめーとるげんじ、ばしたものによつて四十箇村しじつかそん埋沒まいぼつしたといふ。
火山の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
一夜いちや明けて、写真機を持って出掛けた。なるほど、ブリガッハ川は直ぐ近くにあった。僕は昨夜ゆうべのように石橋のところから右へ折れて行った。川の水量が豊かで、張切ってながれている。
ドナウ源流行 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
消息こそせね、夫婦は一日も粕谷の一日いちにち一夜いちやを忘れなかった、と書いてある。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
一夜いちやで解ける
極楽とんぼ (新字旧仮名) / 野口雨情(著)
万事傷心のたねならざるはなし。その翌年よくねん草の芽再び萌出もえいづる頃なるを、われも一夜いちや大久保を去りて築地つきじ独棲どくせいしければかの矢筈草もそののちはいかがなりけん。
矢はずぐさ (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
ぞくに、ひきがへるものだとふ。かつ十何匹じふなんびき行水盥ぎやうずゐだらひせたのが、一夜いちやうちかたちしたのはげんつてる。
番茶話 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
この特殊な関係を、一夜いちや苦説くぜつさかにしてくれた時、彼のお延に対する考えは変るのが至当であった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
さりとてこの大事だいじ生命いのちつなを、むさ/″\海中かいちう投棄なげすてるにはしのびず、なるべくていすみほう押遣おしやつて、またもや四五にちまへのあはれな有樣ありさま繰返くりかへして一夜いちやあかしたが、翌朝よくあさになると
「石の枕」はひとばあさんが石の枕に旅人を寝かせ、路用ろようの金を奪ふ為に上から綱につた大石おほいしを落して旅人の命を奪つてゐる、そこへ美しい稚児ちご一人ひとり一夜いちやの宿りを求めに来る。
(新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
其様な事が二三度もつゞいた。其れで自衛の必要上白は黒と同盟を結んだものと見える。一夜いちや庭先にわさきで大騒ぎが起った。飛び起きて見ると、聯合軍は野犬二疋の来襲に遇うて、形勢頗る危殆きたいであった。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
一夜いちやけて、僕らは小口の宿を立って小雲取の峰越をし、熊野本宮ほんぐうに出ようというのである。そこでまた先達を新規に雇った。川を渡ったりしてそろそろのぼりになりかけると、こまかい雨が降って来た。
遍路 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
やすらかな一夜いちやごしたことをかたつてゐた。
地震の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
一夜いちやで解ける
雨情民謡百篇 (新字旧仮名) / 野口雨情(著)
起らないばかりか此れから今日の一夜いちやを箱根なぞで費すのが餘りに馬鹿々々しく思はれる。日本人の亂雜無禮な宴會のさまが堪へられぬ程不愉快に目に浮ぶ。
新帰朝者日記 (旧字旧仮名) / 永井荷風(著)
としが改たまった時、健三は一夜いちやのうちに変った世間の外観を、気のなさそうな顔をして眺めた。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
小兒こどもたちが、またわるあたゝかいので寢苦ねぐるしいか、へん二人ふたりともそびれて、踏脱ふみぬぐ、す、せかける、すかす。で、女房にようばう一夜いちやまんじりともせず、からすこゑいたさうである。
夜釣 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
御屋形おやかたの空へ星が流れますやら、御庭の紅梅が時ならず一度に花を開きますやら、御厩おうまや白馬しろうま一夜いちやの内に黒くなりますやら、御池の水が見る間に干上ひあがって、こいふなが泥の中であえぎますやら
邪宗門 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
一夜いちや明けて、僕等は小口の宿を立つて小雲取の峰越をし、熊野本宮ほんぐうに出ようといふのである。そこでまた先達を新規に雇つた。川を渡つたりしてそろそろのぼりになりかけると、こまかい雨が降つて来た。
遍路 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
夏の一夜いちや
のきばすずめ (新字旧仮名) / 野口雨情(著)
しかし私はやがてこの暗い夜、この悲しい夜の一夜いちやごとに、鳴きしきる虫の叫びの次第に力なく弱って行くのを知りました。私はいつかあわせの上に新しい綿入羽織わたいればおりを着ています。
監獄署の裏 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
一夜いちやのちたぎりたる脳の漸く平らぎて、静かなる昔の影のちらちらと心に映る頃、ランスロットはわれに去れという。心許さぬ隠士は去るなという。とかくして二日を経たり。
薤露行 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
もしみませぬと、とてみちつうじません、ふりやんでくれさへすれば、雪車そります便宜たよりもあります、御存ごぞんじでもありませうが、へんでは、雪籠ゆきごめといつて、やまなか一夜いちやうち
雪の翼 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
おかげで井戸の水がなまぐさい血潮に変ったものもございますし、の稲を一夜いちやの中にいなむしが食ってしまったものもございますが、あの白朱社はくしゅしゃ巫女みこなどは、摩利信乃法師を祈り殺そうとした応報で
邪宗門 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
しかるをそれより三、四年にして一夜いちや激しき痢病に襲はれ一時いちじこころよくなりしかど春より夏秋より冬にと時候の変り目に雨多く降る頃ともなれば必ず腹痛みふさぎがちとはなりにけり。
矢はずぐさ (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
かれれいごとくにうちへ帰つて、一夜いちやを安閑と、書斎のなかくらすに堪えなかつたのである。ほりへだてゝ高い土手のまつが、のつゞくかぎくろならんでゐるそこの方を、電車がしきりにとほつた。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
いちたにたにさんたにたにかけて、山々やま/\峰々みね/\縱横じうわうに、れにるゝがるやう、大波おほなみせてはかへすにひとしく、一夜いちや北國空ほくこくぞらにあらゆるゆきを、ふるおとすこと、すさまじい。
雪の翼 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
屠者としやあまりのみにくさに、一夜いちやそば我慢がまんらず、田圃たんぼをすた/\げたとかや。
鑑定 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
白昼の化物ばけものの方が定石じょうせきの幽霊よりも或る場合には恐ろしい。諷語であるからだ。廃寺に一夜いちやをあかした時、庭前の一本杉の下でカッポレをおどるものがあったらこのカッポレは非常に物凄ものすごかろう。
趣味の遺伝 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)