途端とたん)” の例文
忽ち背後うしろでガラガラと雷の落懸おちかかるような音がしたから、驚いて振向こうとする途端とたんに、トンと突飛されて、私はコロコロと転がった。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
いつの間にやら、第三コメディ「砂丘さきゅうの家」は幕となった。弦吾は同志帆立に脇腹わきばらを突つかれて、あわてて舞台へ拍手を送った。途端とたん
間諜座事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
と投出すやうに謂ツて湯呑ゆのみを取上げ、冷めた澁茶しぶちやをグイと飮む。途端とたん稽古けいこに來る小娘こむすめが二三人連立つれだツて格子を啓けて入ツて來た。
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
自分はなかば風に吹き寄せられた厚い窓掛の、じとじとに湿しめったのを片方へがらりと引いた。途端とたんに母の寝返りを打つ音が聞こえた。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
荷田は力をきわめて袋を引ったくる、惣太は力任せにそれをやるまじとする、その途端とたんにころがり出したのが炭団たどんほどな火薬二個。
大菩薩峠:05 龍神の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
此時このときにふと心付こゝろつくと、何者なにものわたくしうしろにこそ/\と尾行びかうして樣子やうす、オヤへんだと振返ふりかへる、途端とたんそのかげまろぶがごとわたくし足許あしもとはしつた。
かたむけて見返みかへるともなく見返みかへ途端とたんうつるは何物なにもの蓬頭亂面ほうとうらんめん青年せいねん車夫しやふなりおたか夜風よかぜにしみてかぶる/\とふるへて立止たちどまりつゝ此雪このゆきにては
別れ霜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
おこのがはらったのはずみが、ふとかたからすべったのであろう。たもとはなしたその途端とたんに、しん七はいやというほど、おこのにほほたれていた。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
こういわれて、おとこはこなかあたま突込つっこんだ途端とたんに、ガタンとふたおとしたので、小児こどもあたまはころりととれて、あか林檎りんごなかちました。
どぼうんと、途端とたんに真っ白な飛沫しぶきが橋杭の下から立った。欄干らんかんを越えて、一閑の体にも、数右衛門の影にも、水玉がかかった。
濞かみ浪人 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
盲人は杖をつき立てながら、そのまま向うへはいろうとする、——その途端とたんに黒幕の外から、さっきの巡査が飛び出して来た。
将軍 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
時間にはおくれたれどともかくも停車場すてーしょんおもむかんと大原は中川家を辞して門外へでたる途端とたん、走り寄って武者振むしゃぶくお代嬢
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
が、ひと途端とたんに、ぱちぱちまめおとがして、ばら/\と飛着とびついた、棕櫚しゆろあかいのは、幾千萬いくせんまんともかずれないのみ集團かたまりであつたのです。
人魚の祠 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
ハッと思ってその枝をけようとする途端とたんに馬は進む。私は仰向けになるという訳でとうとう馬から落ちてしまいました。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
家を出た途端とたんに、ふと東京で集金すべき金がまだ残っていることを思い出した。ざっと勘定して四五百円はあると知って、急に心のくもりが晴れた。
夫婦善哉 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
と、蝋燭ろふそくの火をげて身をかゞめた途端とたんに、根太板ねだいたの上の或物は一匹いつぴきの白いへびに成つて、するするとかさなつたたヽみえてえ去つた。刹那せつな、貢さんは
蓬生 (新字旧仮名) / 与謝野寛(著)
しかし、ゴオルに入った途端とたん、ぼく達の耳朶じだひびいたピストルは、過去二年間にわたる血となみだあせの苦労が、この五分間で終った合図でもありました。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
途端とたんに、そのスペードの女王が皮肉な冷笑を浮かべながら、自分の方に眼配せしているように見えた。その顔が彼女に生き写しであるのにぎょっとした。
譜本ふほんうたうたふやうに、距離きょり釣合つりあひちがへず、ひいふういて、みッつと途端とたん敵手あひて胸元むなもと貫通ずぶり絹鈕きぬぼたんをも芋刺いもざしにしようといふ決鬪師けっとうしぢゃ。
やがて彼は鉄鞭てつべん曳鳴ひきならして大路を右に出でしが、二町ばかりも行きて、いぬゐかたより狭き坂道の開きたるかどに来にける途端とたんに、風を帯びて馳下はせくだりたるくるま
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
『これが水道ツて言ふんですよ。ござんすか。それで恁うすると水が幾何いくらでも出て來ます。』とお吉は笑ひながらせんひねつた。途端とたんに、水がゴウと出る。
天鵞絨 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
ちょうどその途端とたんに、まだらな大きなキツツキが現われて、ほっそりした白樺しらかばの幹をせかせかと登り始めたので、すっかりそのほうに気を取られてしまった。
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
私は獨り取り殘された。途端とたんに、私は馬車の袋棚ふくろだなの中にしまつておいた荷物を忘れて來たことに氣がついた。それを安全の爲めに袋棚に入れて置いたのだが。
一層静になったように思われる時、つけたばかりの燈火のもとに、独り夕餉ゆうげはしを取上げる途端とたん、コーンとはっきり最初の一撞ひとつきが耳元みみもとにきこえてくる時である。
鐘の声 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
だが移った途端とたんに東京は大東京と劃大かくだいされ砂村も城東区砂町となって、立派に市域の内にはちがいなかった。
渾沌未分 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
やがて凡ての執着を、帛を裂くやうな鋭く高い一聲に集めて絶叫すると、その途端とたんに彼女は死んでゐた。
実験室 (旧字旧仮名) / 有島武郎(著)
その途端とたんに私はゆうべ紅茶に浮かされて寝られなかったことを思い出しまして、これは頭がだいぶ疲れているなと気が付きましたからそのまま諦めてしまいました。
所感 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
途端とたんに、空から長い網がするすると落ちて来ました。それが、見ているに、するするするすると落ちて来て、たちまち爺さんの目の前に山のようになってしまいました。
梨の実 (新字新仮名) / 小山内薫(著)
その途端とたん私はグラグラと眩暈めまいがして、暫くは気を失った様になって了いました。……あったのです。その風呂敷包の中に、債券と株券がちゃんと入っていたのです……。
二癈人 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
そのきあたりから本通りの方へ曲ろうとした途端とたんに、私は、その本通りの入口の、ちょうど宿屋の前あたりから、ぽうっと薄明うすあかるくなりだしているの中に、五六人
美しい村 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
子路は一瞬いっしゅん耳を疑った。この窮境に在ってなお驕るなきがために楽をなすとや? しかし、すぐにその心に思いいたると、途端とたんに彼は嬉しくなり、覚えずほこを執ってうた。
弟子 (新字新仮名) / 中島敦(著)
そうだ! このやっここそ、いま江戸中の御用の者を煙に巻いている神尾喬之助というお尋ね者に相違はねえのだ——! と、気が付いた途端とたん、一時ははっ! とした壁辰も
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
と止める手先てさき振切ふりきつて戸外そとへ出る途端とたんに、感が悪いから池の中へずぶりはまりました。梅
心眼 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
としちゃんは、にぎっていたいしからはなして、そのほういていると、おとこは、なにかいいたげなようすをして、こちらをにらんでいたが、ちょうどカーブへさしかかった途端とたん
白い雲 (新字新仮名) / 小川未明(著)
「あれ聞け」というのは二、三人集まっている席上の一人が、「あれを聞け、鐘の音がして来た。」とそう言ったので、それは折節時雨の降って来た途端とたんであったというのである。
俳句はかく解しかく味う (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
途端とたんに恐ろしい敏捷すばやさで東坡巾先生はと出て自分の手からそれを打落うちおとして、ややあわ気味ぎみで、飛んでもない、そんなものを口にして成るものですか、としっするがごとくに制止した。
野道 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
思いたえてふり向く途端とたん、手にさわる一蓋の菅笠、おおこれよこれよとその笠手にささげてほこらに納め行脚の行末をまもり給えとしばし祈りて山を下るに兄弟急難とのみつぶやかれて
旅の旅の旅 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
いづれもうれしさうにして、ふね近付ちかづいてるのを、退けるやうにして、天滿與力てんまよりききにふねへ、雪駄せつたあしまたんだ。途端とたん玄竹げんちくはいつにないらいのやうに高聲たかごゑで、叱咜したした。
死刑 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
その途端とたんに扉のきしる音がして入った者があった。それは白い前垂まえだれをしたわかい女が盆の上に瓢箪ひょうたんの形をした陶品せともののビンを載せ、それに小さなあしの長いコップをえて持って来たところであった。
港の妖婦 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
庄造は、途端とたんに階下の柱時計が「ぼん、………」と、半を打つのを聞いた。
猫と庄造と二人のをんな (新字旧仮名) / 谷崎潤一郎(著)
「あすこへ行ってる。ずいぶん奇体きたいだねえ。きっとまた鳥をつかまえるとこだねえ。汽車が走って行かないうちに、早く鳥がおりるといいな。」と云った途端とたん、がらんとした桔梗ききょういろの空から
銀河鉄道の夜 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
橋の眼鏡めがねしたを行くむらさきの水の色、みるに心が結ぼれて——えい、かうまでも思ふのに、さてもつれないマノンよと、恨む途端とたんに、ごろ、ごろ、ごろ、遠くでらいが鳴りだして、かぜあふり蒸暑むしあつい。
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
だいばんには大野氏おほのしはづだからとかんがへながら、なほいまいはや底部ていぶらしてやうとして、龕燈がんどう持直もちなほ途端とたんに、あし入口いりくちのくづれたる岩面いはづらんだので、ツル/\とあななかすべちた。
甚だあやしき、ぞくぞく感である。これは妙だと思った途端とたん
しゃもじ(杓子) (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
途端とたんに、夏繪なつゑたたきながら、復讐的ふくしふてき野次やじてた。
画家とセリセリス (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
と、途端とたんにガチャーンといって硝子ガラスれるようなすさまじい音がして、これにはクラブハウスの誰もがハッキリと変事へんじに気がついたのだった。
恐怖の口笛 (新字新仮名) / 海野十三(著)
しかし顔はよく似ているから親子だろう。おれは、や、来たなと思う途端とたんに、うらなり君の事は全然すっかり忘れて、若い女の方ばかり見ていた。
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
此時このとき不意ふゐに、車外しやぐわい猛獸まうじうむれ何者なにものにかおどろいた樣子やうすで、一時いちじそらむかつてうなした。途端とたん何處いづくともなく、かすかに一發いつぱつ銃聲じうせい
これはらぬと力足ちからあしふみこたゆる途端とたん、さのみにおもはざりし前鼻緒まへはなをのずる/\とけて、かさよりもこれこそ一の大事だいじりぬ。
たけくらべ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
いい年をした男が、ひょっとこの面をかぶって来たから兵馬も笑い出して、それを避ける途端とたんに道庵はころころと往来へ転がってしまいました。
大菩薩峠:02 鈴鹿山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)