猶更なほさら)” の例文
人の上に立つものはそれだけに苦労が多く、里方がこの様な身柄では猶更なほさらのこと人にあなどられぬやうの心懸けもしなければ成るまじ
十三夜 (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
「十三囘忌くわいき、はあ、大分だいぶひさしいあとの佛樣ほとけさまを、あのてあひには猶更なほさら奇特きとくことでござります。」と手拭てぬぐひつかんだを、むねいてかたむいて
月夜車 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
食物のきらひと云ふ事は一家族の中にさへ有る事故、異りたる國民、異りたる人種じんしゆの間に於ては猶更なほさら甚しき懸隔けんかくを見るものなり。
コロボックル風俗考 (旧字旧仮名) / 坪井正五郎(著)
夫人は「岸までは猶更なほさら遠い。少し待ちなさい、ロダンの馬車に馬を附けさせて送らせませう」と云つて馭者ぎよしやを呼んで命ぜられた。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
彼女は猶更なほさら口が利けなくなつた。夫もしまひには白けた顔をして、つまらなさうに商売向きの雑誌か何かばかり読んでゐた。
(新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
寂然じやくねんとして端坐してゐる如来像によらいざう、それはもう昔の単なる如来像ではなかつた。ある時ある人の手でられたブロンズの仏像では猶更なほさらなかつた。
ある僧の奇蹟 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
検定試験を受けるやうな人は、いづれ長く学校に関係した連中だから、是も知れずに居る筈が無し、君等の方はまた猶更なほさらだらう。それ見給へ。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
さいはひに貴方は無事であつた、から猶更なほさら今日は私の意見を用ゐてもらはなければならんのです。今に阿父さんも間のやうな災難を必ず受けるですよ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
掛られけるとぞ此元は皆全く師の竹本政太夫のおかげなりとて猶更なほさら是をも大切にして兩人のはゝへ孝行をつくしけるこそ殊勝しゆしようなれ
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
薄暗うすぐらつるしランプの光がせこけた小作こづくりの身体からだをば猶更なほさらけて見せるので、ふいとれがむかし立派りつぱな質屋の可愛かあいらしい箱入娘はこいりむすめだつたのかと思ふと
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
「まあいぢやありませんか」と叔母をばめてくれるのがれいであるが、さうすると、猶更なほさらにくい心持こゝろもちがした。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
さう思うて見るせゐか猶更なほさら先方の顔には変な気分がかすかに漂つてゐるやうだつた。然しどうしても善良な変人といふ以上の悪感を与へるものではなかつた。
煤煙の匂ひ (新字旧仮名) / 宮地嘉六(著)
種々いろ/\状態じやうたい明瞭はつきり目先めさきにちらついてしみ/″\とかなしいやうつてたりして猶更なほさら僂麻質斯レウマチス疼痛いたみがぢり/\と自分じぶん身體からだ引緊ひきしめてしまやうにもかんぜられた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
猶更なほさら小便の音が引立ひつたつわけだ。どうしたものかと考へた末、八は一生の智恵を絞り出して、椿の木の幹にしかけた。それでもをりをりれてしゆつと云ふことがある。
金貨 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
病院びやうゐんなどにはひるものは、みんな病人びやうにん百姓共ひやくしやうどもだから、其位そのくらゐ不自由ふじいうなんでもいことである、自家じかにゐたならば、猶更なほさら不自由ふじいうねばなるまいとか、地方自治體ちはうじちたい補助ほじよもなくて
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
が、答へが出来なかつただけに、没論理の反感が、猶更なほさらむら/\とき立つた。Aは実際忠告でなしに、もう明らさまに私を攻撃してゐるのだ。私に対する侮蔑を、忠告の形で披瀝ひれきしてゐるのだ。
良友悪友 (新字旧仮名) / 久米正雄(著)
月の光を受けて其顏は猶更なほさらあをざめて見えた。
少年の悲哀 (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
自分じぶんいへで、とへば猶更なほさらです……いてある事柄ことがら事柄ことがらだけに、すぐにもえさしがつて、天井裏てんじやううらけさうで可恐おそろしい。
艶書 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
ひとうへつものはだけ苦勞くらうおほく、里方さとかた此樣このやう身柄みがらでは猶更なほさらのことひとあなどられぬやうの心懸こゝろがけもしなければるまじ
十三夜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
なんなら祗園ぎをんのまん中にでも、光悦くわうえつ蒔絵まきゑにあるやうな太いやつが二三本、玉立ぎよくりつしてゐてくれたら、猶更なほさら以て結構だと思ふ。
京都日記 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
平生へいぜいから骨董がかつた物に余り興味を持つてない自分は、して自分の生活とまつたく交渉の無い地下の髑髏どくろなどは猶更なほさら観たくないが、好奇心の多い
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
『そんなら僕の時を考へて見給へ。あの時の送別会は半日以上かゝつた。僕の為に課業を休んで呉れる位なら、瀬川君の為に休むのは猶更なほさらのことだ。』
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
あたゝかかす事ならずかねて金二分に質入しちいれせし抱卷かいまき蒲團ふとんあれども其日を送る事さへ心にまかせねばしちを出す金は猶更なほさらなく其上吉之助一人口がふゑ難儀なんぎの事故夫婦はひざ
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
全くね、間はああ云ふ不断の大人おとなしい人だから、つまらない喧嘩けんかなぞを為る気遣きづかひはなし、何でもそれに違は無いのさ。それだから猶更なほさら気の毒で、何ともひやうが無い
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
宗助そうすけ玄關げんくわんから下駄げたげてて、すぐにはりた。えんさき便所べんじよまがつてしてゐるので、いとゞせま崖下がけしたが、うらける半間はんげんほどところ猶更なほさら狹苦せまくるしくなつてゐた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
うち這入はいると足場あしばの悪い梯子段はしごだんが立つてゐて、中程なかほどからまがるあたりはもう薄暗うすぐらく、くさ生暖なまあたゝか人込ひとごみ温気うんき猶更なほさら暗い上のはうから吹きりて来る。しきりに役者の名を呼ぶ掛声かけごゑきこえる。
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
それからは、猶更なほさらもつてじやれいて、ろくに團右衞門だんゑもんやしきへもかず、まつはりつくので、ふら/\ちたいほどかゝつた。
二た面 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
が、一度眼がさめた以上、なつかしい彼の日に焼けた顔を何時までも見ずにゐる事は、猶更なほさら彼女には堪へられなかつた。
南京の基督 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
ひとはなしひと猶更なほさらなからんをなにつとか馬鹿ばからしさよと他目よそめにはゆるゐものからまだ立去たちさりもせず前後ぜんごくばるは人待ひとまこゝろえぬなるべし
別れ霜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
今度間がああ云ふ目に遭うたから、俺は猶更なほさらえらい目に遭はうと謂うて、心配してくれるんか、あ?
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
「御隠居さんに左様さう言つて頂くと……猶更なほさら……折角せつかく是迄にして……是迄に辛苦して……。」
死の床 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
殺したる覺えは御座りませんよつ猶更なほさら兩人が首の有處存じ居る筈がと云んとするを理左衞門默止と止めコレ九助其方他行先たぎやうさきが怪しいこと願書ぐわんしよの趣きにては其方名主役なぬしやくに相成り私慾を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
小六ころくうつまでは、こんな結果けつくわやうとは、まるかなかつたのだから猶更なほさら當惑たうわくした。仕方しかたがないからるべく食事中しよくじちゆうはなしをして、めて手持無沙汰てもちぶさた隙間すきまだけでもおぎなはうとつとめた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
ああ云ふ仙人にはすぐになれさうだ。しかしどうせなる位なら、俗な仙人にはなりたくない。横文字の読める若隠居なぞは、猶更なほさらおれは真平まつぴら御免ごめんだ。
雑筆 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
頭ごなしにのゝしらうとして、かへつて丑松の為に言敗いひまくられた気味が有るので、軽蔑けいべつ憎悪にくしみとは猶更なほさら容貌の上に表れる。『何だ——この穢多めが』とは其の怒気いかりを帯びた眼が言つた。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
いたからとてかつてやらうとひと猶更なほさらなし、あの時近處ときゝんじよかはなりいけなりあらうならわたしさだめげて仕舞しまひましたろ、はなしはまことの百分一、わたし其頃そのころからくるつたのでござんす
にごりえ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
けれども、淡泊たんぱくで、無難ぶなんで、第一だいいち儉約けんやくで、君子くんしふものだ、わたしすきだ。がふまでもなく、それどころか、椎茸しひたけ湯皮ゆばもない。金魚麩きんぎよぶさへないものを、ちつとはましな、車麩くるまぶ猶更なほさらであつた。
間引菜 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
これがため美醜びしうの標準にくるひが出やうとは猶更なほさら懸念できない。
点頭録 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
ましてその方面の歴史的或は科学的知識に至つては、猶更なほさら不案内な人間である。
竜村平蔵氏の芸術 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
聞いたからとて買てやらうと言ふ人は猶更なほさらなし、あの時近処に川なり池なりあらうなら私はさだめし身を投げてしまひましたろ、話しは誠の百分一、私はその頃から気が狂つたのでござんす
にごりえ (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
その山崎と云ふ人の手紙は、内容証明になつてゐたから、僕も早速さつそく内容証明で、あなたには逢つたこともなければ、金を借りたおぼえは猶更なほさらないと云つてやつた。それから僕は軽井沢かるゐざはに行つた。
偽者二題 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
さては按摩あんまふえいぬこゑ小路こうぢひとへだてゝとほきこゆるが猶更なほさらさび
別れ霜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
まだそれほどふかくもなしおむかひもいままゐらんゆるりなされと好遇もてなさるゝほど猶更なほさらどくがたくなりて何時いつまでちてもえませねばはゞかりながらくるまひとねがひたしと婢女はしため周旋しうせんのほどたのればそれはなん造作ざうさもなきことなれどつひちがひにおむかひのまゐるまじともまをされず今少いますこしおまちなされてはと澁々しぶ/\にいふは
別れ霜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)