すま)” の例文
彼女は杖の所有主もちぬしの中年の紳士を睨め付けたが、対手あいては一向知らん顔ですまして居た。女の怨めし気な表情はたまらなく彼を嬉しがらせた。
乗合自動車 (新字新仮名) / 川田功(著)
一たび二たび三たびして、こたえやすると耳をすませば、はるかに滝の音聞えたり。どうどうと響くなかに、いと高くえたる声のかすか
竜潭譚 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それは今、硬直している者の腰の辺から、破れた布切を解いてきて、周章あわてて自分の腰に巻きつけたばかりであるが、すまし込んでいる。
不周山 (新字新仮名) / 魯迅(著)
露西亜ロシアの軍艦がどこで沈没したろうかなどと思い浮かべる暇も出なかった。ただ頭へぴかぴかと、平たいすましたものが映った。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
河野はおこなすまして動かなかった。七日の明け方になったところで、今まで傍にいた鹿はどこへ往くともなしに急にいなくなってしまった。
神仙河野久 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
「サア何時いつと限った事もありませんが、マアくらい時の方が多いようですね、ツマリくらいから其様そん疎匆そそうをするのでしょうよ」とすましている。
画工と幽霊 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「それの辛さに、私は髪を下して、う行いすまして居るがどうしても忘れられないのは、お前の怨めしさと、良平様の恋しさ」
百唇の譜 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
慎太郎はふと耳をすませた。誰かが音のしないように、暗い梯子はしごあがって来る。——と思うと美津みつが上り口から、そっとこちらへ声をかけた。
お律と子等と (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
兼太郎かねたろうは点滴の音に目をさました。そして油じみた坊主枕ぼうずまくらから半白はんぱくの頭をもたげて不思議そうにちょっと耳をすました。
雪解 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
もふたも無いような言い方をしてすまし込んでいるものですが、そもそもこの日本の国は神国なり、日常の道理を越えたる不思議の真実、へいとして存す。
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
をかくだつてみゝすますと、ひゞきんでも、しま西南せいなんあたつて一個ひとつ巨大おほきみさきがある、そのみさきえての彼方かなたらしい。
今までは一般に嫌っておりました。それに違いありません。……といって母は神様ではないから、衣食の資料はらないといってすましている訳にも行きません
大炊助おおいのすけが持って来た火縄を取ると、たまごめして、直ぐそう叫び狂っているおいの姿を狙いすましているのだった。
新書太閤記:01 第一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
卯平うへいやつれたあをかほをこちらへけてた。かれねむつてた。おつぎはすや/\ときこえる呼吸いき凝然ぢつみゝすました。おつぎはそれから枕元まくらもと鍋蓋なべぶたをとつてた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
おつにすましてねり込んで来るのが、亜米利加面がダイヤのブローチよりも鼻につく、並べて見ると、ウェイトレッスの方がよほど上品であるが、いずれにしても
スウィス日記 (新字新仮名) / 辻村伊助(著)
あとでみた、写真には、ハアト形のなかに、おすましな田舎いなか女学校の三年生がいて、おまけに稚拙ちせつなサインがしてあるのが、いかにも可愛かわいく、ほほ笑んでしまった。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
馬鹿云うな、君達を相手にするのは手間潰てまつぶしだ、そんなひまはないと、高くとまってすまし込んで居るから
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
だが、ここでしくじる様なことがあっては、凡ての苦心が水の泡だ。彼はじっと耳をすまして、辛抱しんぼう強く表通りの跫音あしおとを聞こうとした。……しんとして何の気はいもない。
心理試験 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
早川君は通学の当時この娘さんの姿を見かけると、すまし返るのが常だった。或時、冗談のように
ある温泉の由来 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
耳をすますと、水車の音が此処ここまで聞えて来る。ただ悲しいと思ってその音に耳を澄していると
越後の冬 (新字新仮名) / 小川未明(著)
かがみのおもてにうつした眉間みけんに、ふかい八のせたまま、ただいらいらした気持きもち繰返くりかえしていた中村松江なかむらしょうこうは、ふと、格子戸こうしどそとひとおとずれた気配けはいかんじて、じッとみみすました。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
エジツが縄をゆるながら耳をぢつとすまして「それ、釣瓶つるべが今水に着きました」としづかに言ふ時、底の底でかすかに紙の触れる様な音がした。釣瓶つるべが重いので僕も手を添へて巻上げた。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
何ともいえぬ苦しみだ、私はいて心を落着おちつけて、耳をすまして考えてみると、時は既に真夜半まよなかのことであるから、四隣あたりはシーンとしているので、益々ますます物凄い、私は最早もはや苦しさと
女の膝 (新字新仮名) / 小山内薫(著)
あら不思議、たしかその声、是もまださめ無明むみょうの夢かとこすって見れば、しょんぼりとせし像、耳をすませばかねて知るもみの木のかげあたりに子供の集りてまりつくか、風の持来もてくる数えうた
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
都貌みやこがほあり、田舎相ゐなかがほあり、ひげあり、無髯あり、場馴れしあり、まごつくあり、親しきは亭主夫婦と握手して、微笑してかはす両三言、さもなきは小生と同様すましかへつた一点頭てんとう、内閣大臣
燕尾服着初めの記 (新字旧仮名) / 徳冨蘆花(著)
こゝに或村あるむらの娘、れいの御はたやにありて心をすまし、おはたをおりてたりしに、かたはらまどをほと/\とおとなふものあり、心にそれとおぼへあれば立よりてひらき見るに、はたして心をかよはす男也。
戀とは言はず、情とも謂はず、ふや柳因りういんわかるゝや絮果ぢよくわ、いづれ迷は同じ流轉るてん世事せじ、今は言ふべきことありとも覺えず。只〻此上は夜毎よごと松風まつかぜ御魂みたますまされて、未來みらい解脱げだつこそ肝要かんえうなれ。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
といふに至りては、伏姫の心中既に大方の悲苦を擺脱はいだつして、澄清洗ふが如くになりたらむ。八房も亦た時に至りては、読経の声に耳を傾け、心をすまし欲を離れて、只管ひたすら姫上ひめうへ眷慕けんぼするの情を断ちぬ。
すると見物人けんぶつにんよろこびました。だれもまだ、たぬきき声をいた者がありませんでした。みなしずまりかえって耳をすましました。ところが、いつまでたっても人形はきません。甚兵衛じんべえはまたくりかえしました。
人形使い (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
これもよるしづかにむろのうちにこもつて、みゝすまし、には、そのとりいてゐる場所ばしよ光景こうけいを、あきらかにうかべてゐるのであります。こんなうたになると、赤人あかひとは、人麿ひとまろにも黒人くろひとにもけることはありません。
歌の話 (旧字旧仮名) / 折口信夫(著)
それからく耳をすましてきゝますと人の息をするようでげすな。
(いいえ誰も見ておりはしませんよ。)とすまして言う、婦人おんなもいつの間にか衣服きものを脱いで全身を練絹ねりぎぬのようにあらわしていたのじゃ。
高野聖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「いや。」と、忠一は考えて、「竹の折れる程はつもるまい。𤢖じゃアないか。」と、笑いながらなおも耳をすましていた。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
今迄そばにゐたものが一町許遠退とおのいた気がする。三四郎はりて置けばかつたと思つた。けれども、もう仕方がない。蝋燭たてを見てすましてゐる。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
聞きすまして居るとイギリスの労働者が海を越して遠く熱帯の地に出稼ぎに行く心持が、きたない三等室や薄暗い甲板の有様と釣合つりあつて非常にく表現されて居る。
黄昏の地中海 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
近付くまゝにうちの様子を伺えば、寥然ひっそりとして人のありともおもわれず、是は不思議とやぶれ戸に耳をつけて聞けば竊々ひそひそささやくような音、いよいよあやしくなお耳をすませばすすなきする女の声なり。
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
今言った事を忘れてしまったように、ケロリとしてすまし返って居るのでした。
こくは、草木くさきねむる、一時いちじ二時にじとのあひだ談話だんわ暫時しばし途絶とだえたとき、ふと、みゝすますと、何處いづこともなく轟々ごう/\と、あだか遠雷えんらいとゞろくがごとひゞき同時どうじ戸外こぐわいでは、猛犬稻妻まうけんいなづまがけたゝましく吠立ほえたてるので
湖から朝靄あさもやが立ちこめて、ローエングリンを送り届けた帰りみちの、道草は可笑おかしいが、もとより浮き草もない小波さざなみの上に、靄の色の羽づくろいして白鳥が一羽、おつにすましておよいでいたばかり
スウィス日記 (新字新仮名) / 辻村伊助(著)
又もとのあなへはいりしゆゑわしあなの口に雪車哥そりうたのこゑやすらんとみゝすまして聞居きゝゐたりしが、滝の音のみにて鳥のもきかず、その日もむなしくくれて又穴に一夜をあかし、熊のうゑをしのぎ
しかその種々いろ/\さけびの錯雜さくざつしてきこえるこゑ自分じぶん心部むねからあるものつかんでくやうで、自然しぜんにそれへみゝすますとなんだかのないやうな果敢はかなさをかんじてなみだちた。なみだ卯平うへい白髮しらがしたゝつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
耳をすますとたしかに日本海の波音である。二人はやっと橋の上を渡った。……岸に雪が積っていて、河の流れは細くなって、ほとんど見えなかった。二人は橋を渡って、またあるかなきかの道をたどった。
北の冬 (新字新仮名) / 小川未明(著)
阿姪あてつ阿甥あせい書生とうの眼を避けて、鏡にそむいてすまし居たり。
燕尾服着初めの記 (新字旧仮名) / 徳冨蘆花(著)
国俊の一刀、八方眼にすままして血顫ちぶるいした。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「其はまた何といふわけでござらうの。」とすまして、例の糸をる、五体は悉皆しっかい、車の仕かけで、人形の動くやう、媼は少頃しばらくも手を休めず。
二世の契 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
唄の声はまさしくお葉であった。重太郎は枯柳にひし取付とりついて、酔えるように耳をすましていた。雪はいよいよ降頻ふりしきって、重太郎も柳も真白まっしろになった。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
車のおとの動くのが、白い雲の動くのに関係でもある様に耳をすましてゐる。車は落付いた秋のなかを容赦なく近付いてる。やがて門の前へとまつた。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
小林という自分と同じ名前が幾度か言出されるのをふと聞きつけて何心なく耳をすました。
寐顔 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
彼は懐中電気を握ったまま、しばらく耳をすましてたたずんだ。
(新字新仮名) / 小川未明(著)
が、きやくたうがつまいが、一向いつかう頓着とんぢやくなく、此方こつち此方こつち、とすました工合ぐあひが、徳川家時代とくがはけじだいからあぢかはらぬたのもしさであらう。
松の葉 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)