やつ)” の例文
親爺おやぢは幾度か叱り飛ばしてやつと芋畑に連れ出しはしたが、成斎はいたちのやうにいつの間にか畑から滑り出して、自分のうちに帰つてゐた。
さうして女房にようばう激烈げきれつ神經痛しんけいつううつたへつゝんだ。卯平うへい有繋さすがいた。葬式さうしき姻戚みより近所きんじよとでいとなんだが、卯平うへいやつつゑすがつてつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
牛屋うしや手間取てまとり牛切ぎうきりのわかいもの、一婦いつぷめとる、とふのがはじまり。やつ女房にようばうにありついたはつけものであるが、をんな奇醜きしう)とある。
鑑定 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
磯村はそれらの雑念からのがれようとして、ひて机に坐り返して、原稿紙のうへのほこりを軽く吹きながら、やつとのことでペンを動かしはじめた。
花が咲く (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
彼方あつち此方こつちさがす中、やつとのことで大きな無花果いちじく樹蔭こかげこんでるのをつけし、親父おやぢ恭々うや/\しく近寄ちかよつて丁寧ていねいにお辭儀じぎをしてふのには
怠惰屋の弟子入り (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
辭退じたいをしてそのせきかほ不面目丈ふめんもくだけやつまぬかれたやうなものゝ、そのばん主人しゆじんなにかの機會はずみについ自分じぶん二人ふたりらさないとはかぎらなかつた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
学校では、前にも言つた如く、ちつとも学科に身を入れなかつたから、一年から二年に昇る時は、三十人許りのクラスのうち尻から二番でやつと及第した。
二筋の血 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
是ではならぬと丗五年の夏は宇都宮中学のグラウンドを借りて、猛烈な練習を積んだ結果、やつと学習院に復讐をしたが、未だ/\威張る事は世間が許さない。
それから一ト月余になるが羅甸ラテン語と希臘ギリシヤ語とをならべた難かしい手紙が来たゞけで顔を見せないから、嬢様やつと安心して先ず是で十九の厄を免れてノウ/\した。
犬物語 (新字旧仮名) / 内田魯庵(著)
やつと自分の身体になつたと思はれるまでに、手のいて来たお文は、銀場を空にして母の側に立つた。
鱧の皮 (新字旧仮名) / 上司小剣(著)
ミユンヘン大学のドクトル試験に及第してなほ此処ここの病院で研究を続けて居る深瀬さんのお世話で日本人に縁の深いパンシヨン・バトリヤの一室ひとまやつとまる事が出来た。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
幸ひ案じた程でも無いらしいので、やつと安心して、それから二人は他の談話はなしの仲間に入つた。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
今まで通つたことのない町だと大河内君が云つたが、その時暗いところから突然に巡査が出て來てかういふリヤカーでさへやつと通れるところを、車で來るなんて君も亂暴な男だと詰問した。
京洛日記 (旧字旧仮名) / 室生犀星(著)
仕方しかた御座ござりませぬでやつとまあ此處こゝをばつけしまして御座ござります、御覽下ごらんくださりませ一寸ちよつとうおにはひろ御座ござりますし、四隣あたりとほうござりますので御氣分ごきぶんためにもよからうかとぞんじまする
うつせみ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
くらふの勢ひありとか寶澤は心中に偖々さて/\ばゝめがよき貨物しろものを持て居ることよ此二品を手に入て我こそ天下の落胤らくいん名乘なのつて出なば分地でもぐらゐ萬一もし極運きやくうんかなふ時はとやつと當年十一のこゝ惡念あくねん
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
ひた走りに銀座の大通りまで走つて、やつと息をついた事があつた。
水 附渡船 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
そしてやつ
ちるちる・みちる (旧字旧仮名) / 山村暮鳥(著)
都督の辞令を受取つた中将は、やつとこの頃似合ふやうになつた背広服を、惜気をしげもなく脱ぎ捨てて早速中将の軍服に着替へようとした。
ひく粟幹あはがら屋根やねからそのくゝりつけたかやしのにはえたみゝやつきゝとれるやうなさら/\とかすかになにかをちつけるやうなひゞきまない。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
床几しやうぎしたたはらけるに、いぬ一匹いつぴき其日そのひあさよりゆるもののよしやつしよくづきましたとて、老年としより餘念よねんもなげなり。
弥次行 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
晴代は前から変に思つてゐたので丸菱が何うしたのだらうと、ぢつと聴き耳を立ててゐたが、それが牛込の女の名だといふことがやつとわかつた。
のらもの (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
『泣かないんだ、新太郎さん。私だつて今度は、一番下でやつと及第したもの。』と、弟にでも言ふ様に言つて
二筋の血 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
忌々いま/\しさうに頭をふつて、急に急足いそぎあし愛宕町あたごちやうくらい狭い路地ろぢをぐる/\まはつてやつ格子戸かうしどの小さな二階屋かいやに「小川」と薄暗い瓦斯燈がすとうけてあるのを発見めつけた。
節操 (新字旧仮名) / 国木田独歩(著)
「フム、フム」と黒幕の中で鷹揚おうやうに鼻の先の軽い一笑を演じる一つの心が其れに次ぐ。あとは気の乗らない沈黙。其間そのあひだもがいて居た首と手とはやつとのことでブトンを入れ終つた。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
源太郎は、蝋燭の火でやつと一服煙草を吸ひ付けると、掃除のわるい煙管をズウ/\音させて、無恰好に煙を吐きつつ、だらしなく披げたまゝになつてゐる手紙の上に眼を落した。
鱧の皮 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
講義筆記をメカに暗誦してやつと卒業証書を握つたのを鬼の首でも取つたやうに喜んで、得意が鼻頭はなのさき揺下ぶらさがつてる。何ぞといふと赤門の学士会のと同類の力を頼りにして威張たがる。
犬物語 (新字旧仮名) / 内田魯庵(著)
その何だか頻に嫌にお成りなされて何處へか行かう行かうと仰しやる、仕方が御座りませぬでやつとまあ此處をば見つけ出しまして御座ります、御覽下さりませ一寸こうお庭も廣う御座りますし
うつせみ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
「それで、やつと安心した。夫ぢや何を気を付けるんですい」
坊っちやん (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
「三十年もかゝつてやつと溜めたんですもの、私には子供のやうにしか思へません。せめて一本でも残して置きたいもんですね。」
はだか飛込とびこんだ、侍方さむらひがたふねりはつたれども、ほのほせぬ。やつとのおもひでふねひつくらかへした時分じぶんには、緋鯉ひごひのやうにしづんだげな。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
らはあぜねりもしねえで」卯平うへい他人ひとさわぎにまれようとするよりも、自分じぶん心裏しんりあるものやつとのことさうとするやうにつぶやいた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
たえ子はその晩、やつと/\電車でんしやに間に合つた。勿論どこをさがしても話をするやうな家はなかつた。何処でも戸をしめてゐたり、火を落してゐたりした。
復讐 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
源太郎は、蝋燭の火でやつと一服煙草を吸ひ付けると、掃除のわるい煙管をズウ/\音させて、無恰好に煙を吐きつゝ、だらしなくひろげたまゝになつてゐる手紙の上に眼を落した。
鱧の皮 (新字旧仮名) / 上司小剣(著)
『泣かないんだ、新太郎さん。私だつて今度は、一番下でやつと及第したもの。』と、弟にでも言ふ樣に言つて、『明日好い物持つてつて上げるから、泣かないんだ。皆が笑ふから。』
二筋の血 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
大磯おほいそちかくなつてやつ諸君しよくん晝飯ちうはんをはり、自分じぶんは二空箱あきばこひとつには笹葉さゝつぱのこり一には煮肴にざかなしるあとだけがのこつてやつをかたづけて腰掛こしかけした押込おしこみ、老婦人らうふじんは三空箱あきばこ丁寧ていねいかさねて
湯ヶ原ゆき (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
その何だかしきりいやにお成りなされて何処どこへかかう行かうとおつしやる、仕方が御座りませぬでやつとまあ此処をば見つけ出しまして御座ります、御覧下さりませ一寸ちよいとこうお庭も広う御座りますし
うつせみ (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
やつと原稿も出来上つたので、芥川氏は東京に帰つて来た。すると千葉の旅籠屋はたごや宛に出した漱石氏の手紙が、あとから追つ駈けて入つて来た。
やつとのおもひ、念力ねんりきで、をんなましたときは、絹絲きぬいとも、むれて、ほろ/\とれてえさうに、なよ/\として、たゞうつむいてたのであります。
三人の盲の話 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
木山の納屋なやには、米杉べいすぎの角材や板や、内地ものの細かいものが少しあるだけだつたが、方々駈けまはつてやつ入用いりようだけのものを取そろへ、今度こそはまうけする積りで
のらもの (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
荒物屋に少しばかりの呉服物ごふくものを附け加へた家の並んでゐる片側町かたかはまちを通つて、やつと車の通ふほどの野道の、十字形になつたところへ來ると、二人は足を止めて、う行かうかと顏を見合はした。
東光院 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
伯母様も何処どこやら痩せが見えまする、心配のあまり煩ふて下さりますな、それでも日増しにい方で御座んすか、手紙で様子は聞けど見ねば気にかかりて、今日のおいとまを待ちに待つてやつとの事
大つごもり (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
やつと安心すると、動悸が高く胸に打つて居る。
病院の窓 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
こんな事を言ひ/\、樵夫きこりやつ枯木かれきり倒すと、なかから土でこさへたふくろの形をした物が、三つまでころころと転がり出した。
つま皓體かうたい氣懸きがかりさに、大盡だいじんましぐらにおく駈込かけこむと、やつさつあかつて、扱帶しごきいてところ物狂ものくるはしくつてかへせば、畫師ゑし何處どこへやら。
画の裡 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
ちやうど彼女も二千円ばかりの借金を二年半ばかりで切つてしまつて、やつと身軽な看板借りで、山の手から下町へ来て披露目ひろめをした其の当日から、三日にあげず遊びに来た木山は
のらもの (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
伯母樣おばさま何處どこやらせがえまする、心配しんぱいのあまりわづらふてくださりますな、れでも日増ひましにほう御座ござんすか、手紙てがみ樣子やうすけどねばにかゝりて、今日けふのおいとまちにつてやつとのこと
大つごもり (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
やつと安心すると、動悸が高く胸に打つて居る。
病院の窓 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
春挙氏は石を集め出したのは、やつとこなひだなのに、もうそんなに噂が高まつたのかと、頸窩ぼんのくぼへ手をやつて、満足さうに声を立てて笑つた。
ふたつめのたうげ大良だいらからは、岨道そばみち一方いつぱううみ吹放ふきはなたれるのでゆきうすい。くるま敦賀つるがまで、やつつうじた。
麻を刈る (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
私はまだ思ひ出せなかつたが、巴黎院パリーゐんといふ、一頃通りで非常にさかつた理髪店のマダムの面影が、うやらやつとのことで思ひ出せた。マスタアは洋行帰りのモダンな紳士であつた。
町の踊り場 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)