おほ)” の例文
その主觀の情は、唯なかばおほはれてかすかに響きいづるのみ。(同所)是れ豈逍遙子が所謂、我を解脱して世間相を寫すものにあらずや。
柵草紙の山房論文 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
おほかぶさつてるまゆ山羊やぎのやうで、あかはな佛頂面ぶつちやうづらたかくはないがせて節塊立ふしくれだつて、何處どこにかう一くせありさうなをとこ
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
人心観想の黙移実に驚くべきかな。近体新声の耳目にならはざるを以て、倉皇視聴をおほはむとする人々よ、詩天の星の宿はのぼりぬ、心せよ。
海潮音 (新字旧仮名) / 上田敏(著)
院長ゐんちやうなにがしなかだちをしたのだといふうはさもあつた。人々ひと/″\はたゞ彼女かのぢよよわをんなであるといふことのために、おほみゝおほうて彼女かのぢよゆるした。
(旧字旧仮名) / 水野仙子(著)
夜が大鳥の翼のやうにいちおほつてゐる。此二三日雪が降つてゐたので、地面の蒼ざめた顔が死人の顔のやうに、ドルフに見えた。
「あ!」と叫びし口はとみふさがざりき。満枝は仇無あどなげに口をおほひて笑へり。この罰として貫一はただちに三服の吸付莨をひられぬ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
媼は痩せたるひぢさし伸べて、洞門をおほへる蔦蘿つたかづらとばりの如くなるを推し開くに、外面とのもは暗夜なりき。濕りたる濃き霧は四方の山岳をめぐれり。
さうするとむきつたあとまめ陸穗をかぼかつしたくちつめたいみづやういきほひづいて、四五にちうちあをもつはたけつち寸隙すんげきもなくおほはれる。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
近衞家このゑけ京武士みやこぶしは、綺麗きれいあふぎで、のツぺりしたかほおほひつゝ、片手かたてなはまんで、三げんはなれたところから、鼻聲はなごゑした。
死刑 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
にち、ペエエル・ラセエズの大墓地へはひつてつたら、文豪ミユツセの墓に一株の柳が青んで文豪の彫像をおほうたその枝にメルルがいて居た。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
「幸に濃妝のうせうをもつて妾が雙頬さうけふ啼痕ていこんおほふを得るも菱華りやうくわは独り妾が妝前せうぜん愁眉しうびてらさざる殆ど稀なり」という文体である。
婦人と文学 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
そして、二人共出來ずに、豐吉だけ誇りかに手を擧げた時は、美しい藤野さんの顏が瞬く間暗いかげおほはれるのであつた。
二筋の血 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
僕の如きも現にあざむかれて居た一人いちにんのだ、そりや君、酒は飲む放蕩はうたうはする、篠田の偽善程恐るべき者は無い、現に其のおほふべからざる明証の一は
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
ゆる荒熊あらくまと一しょにもつながれう、はかなかにも幽閉おしこめられう、から/\と骸骨がいこつむさくさ向脛むかはぎばんだあごのない髑髏しゃれかうべ夜々よる/\おほかぶさらうと。
昼か、よるか、それもおれにはわからない。唯、どこかで蒼鷺あをさぎの啼く声がしたと思つたら、蔦葛つたかづらおほはれた木々のこずゑに、薄明りのほのめく空が見えた。
(新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
長い/\山国の冬が次第にちかづいたことを思はせるのはこれ。其朝、丑松の部屋の窓の外は白い煙におほはれたやうであつた。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
我は既に魂等全くおほふさがれ玻璃の中なる藁屑わらくづの如く見えける處にゐたり(これを詩となすだに恐ろし) 一〇—一二
神曲:01 地獄 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
それに、此間は越戸の大山を主峰とした小さな山脈でおほはれてゐるので、海は全くその路から見えなかつた。しかし、松は次第に多くなつて行つた。
伊良湖岬 (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
さいはひに一ぱいみて歇息やすませ給へとて、酒をあたため、下物さかなつらねてすすむるに、赤穴九一袖をもておもておほひ、其のにほひをくるに似たり。左門いふ。
「一寸手を受けて下さい。こゝから。」と、青木さんは変なところから、手の平に何かをおほうてお出しになる。
桑の実 (新字旧仮名) / 鈴木三重吉(著)
途端わたくし敏雄を抱きあげて袂で顏をおほひました、不憫ふびんぢやありませぬか。お兄さまもよく/\罪の深い方ぢやありませんか。それでも人間と言へますか。
業苦 (旧字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
が、妖雲が、天日をおほはんとするとき、却つて天日の光が、冴え渡るやうに、和気清麻呂わけのきよまろが、宇佐八幡から
二千六百年史抄 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
一種の苦い感じが夕立雲の空に拡がる如く急に心頭におほひかぶさつて、折角の感興も之が為に台なしにされたとかで、氏はたゞちに之を日本人の排外思想と見做みな
露都雑記 (新字旧仮名) / 二葉亭四迷(著)
彼の文中には屡々「妻女にのろき」、「眼を皿にして」など言へる洒落たる文字あれども、しかも是れ彼が正直にして多感的なるをおほはんとする狡獪かうくわい手段なるのみ。
明治文学史 (新字旧仮名) / 山路愛山(著)
私と別れることよりも、私が京都へ行くことに決心したその心根を察して、いぢらしくなつたのであらう、父はその大きな筋張つた、節くれ立つた手で顔をおほうた。
世の中へ (新字旧仮名) / 加能作次郎(著)
春先きから夏へかけて美しい柔かな葉がしげつて、柱から羽目から屋根からすべてを、まるで緑色の天驚絨ビロウドの夜具を頭からすつぽりひつかぶつたやうにおほひ隠してしまつた。
新らしき祖先 (新字旧仮名) / 相馬泰三(著)
車上しやじやうひと肩掛かたかけふかひきあげて人目ひとめゆるは頭巾づきんいろ肩掛かたかけ派手模樣はでもやうのみ、くるま如法によほふぐるまなり母衣ほろゆきふせぐにらねば、洋傘かうもりから前面ぜんめんおほひてくこと幾町いくちやう
別れ霜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
丸髷まるまげ島田しまだに結つて帽の代りに髮の形を美しく見せる樣になつて居る場合に帽は却て不調和であるけれども、束髮姿そくはつすがたには何うも帽の樣な上からおほふ物が必要であるらしい。
巴里にて (旧字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
掻いたあとは、赤くみみずのやうにれ上り、それが腕全体をおほひ、やがては体にまで及んだ。
良寛物語 手毬と鉢の子 (新字旧仮名) / 新美南吉(著)
私は鎧戸よろひどを締め、雪が吹き込まないやうにドアの下には莚を置き、火をよく備へ、そして一時間近くに坐つて耳をおほふ嵐の狂亂に聞き入つてゐたが、やがて蝋燭をともして
うかい、さうかい』とつてグリフォンは、自分じぶんばんたとはぬばかりに、これもまた長太息ためいききました、それから二ひき動物どうぶつかほをその前足まへあしおほかくしました。
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
どうかと氣遣つた天氣は次第に晴れて大空の大半をおほつてゐた雲は追々に散らけ、梅雨上りの夏の來たことを思はせる暑い日が赫々と前甲板の上を蔽ふたテントの上に照りつけた。
湖光島影:琵琶湖めぐり (旧字旧仮名) / 近松秋江(著)
山と水と寂寞として地に横はり、星と月と寂寞じやくまくとして天にかゝれり。うるはしのはみかな。願はくは月よ傾かざれ、星よ沈まざれ、永久とはの夜の、この世の聲色せいしよくおほひつゝめよかし。
清見寺の鐘声 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
あきれた。彼女かのぢよ屍體したい白布しろぬのおほはれて、その屍室ししつはこばれた。
彼女こゝに眠る (旧字旧仮名) / 若杉鳥子(著)
其晩そのばん夫婦ふうふ火鉢ひばちけた鐵瓶てつびんを、双方さうはうからおほやうにしてむかつた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
履きたり母はふちのほつれし竹の子笠をかぶりたるが何故にやおとがひの濡るゝまで仰向きたり思へばこれせなの子を濡らさじと小さき笠をうしろおほふ爲なりしまだ其下にもあとの子を入れんとにやうしろさまに右の手を
木曽道中記 (旧字旧仮名) / 饗庭篁村(著)
とないだふしくがごとく、うらむがごとく、いつも(おう)のきたりて市街しがい横行わうかうするにしたがうて、くだん童謠どうえう東西とうざいき、南北なんぼくし、言語ごんごえたる不快ふくわい嫌惡けんをじやう喚起よびおこして、市人いちびとみゝおほはざるなし。
蛇くひ (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
趣向歌の臭味におほはれないで、鋭い感覚が写されてゐるのである。
契沖は代匠記で、「歌ト云ヒ詩ト云ヒ声ヲ呑テ涙ヲおほフニいとまナシ」
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
緑林おほふ連山と怒濤轟く海洋と 155
イーリアス:03 イーリアス (旧字旧仮名) / ホーマー(著)
彩羽あやはもてしばしはおほ
春鳥集 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
海をおほひし
未刊童謡 (新字旧仮名) / 野口雨情(著)
然れどもゾラが言の如く、美に代ふるに實を以てし、術に代ふるに批評と試驗とを以てするときは、矛盾のあとつひにおほふべからざるに至らむ。
柵草紙の山房論文 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
日本服の上に花の附いた帽を面紗おもぎぬおほふた晶子の異様な姿に路路みちみち人だかりがする、西班女エスパニヨルだなどと評して居る者もある。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
そして、二人共出来ずに、豊吉だけ誇りかに手を挙げた時は、美しい藤野さんの顔が瞬く間暗い翳におほはれるのであつた。
二筋の血 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
「どうしてつちつたつて、らがにやわかんねえよ」おつぎはうらめしさうしかしながら周圍しうゐはゞかやうにして小聲こごゑでいつた。たもとかほおほうたまゝである。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
僧官のうちなる一人、すなはちこれを取りて、ベルナルドオが前に進み給ひぬ。我友は此時ひざまづきたるが、もろ手に面をおほひて、この冠を頭に受けたり。
貫一は彼の説進むに従ひて、やうやくその心事の火をるよりあきらかなるを得たり。彼が千言万語の舌をろうしてまざるは、畢竟ひつきよう利の一字をおほはんが為のみ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
「銀子さん、皆様みなさんは私の独身主義を全然まるで砂原の心かの様に思つて下ださいますけれど、——すべては神様が御承知です」梅子はハンケチもて眼をおほひつ
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
昔は姜度きやうとたんするや、李林甫りりんぼしゆ書を作つていはく、聞く、弄麞ろうしやうよろこびありと。客之を視て口をおほふ。蓋し林甫りんぽ璋字しやうじを誤つて、麞字しやうじを書せるを笑へるなり。