かさ)” の例文
ちょうどその夜は、小雨でもあったので、長兵衛は、みのかさにすがたを包み、城下はずれのなまず橋を西へ、高台寺道こうだいじみちをいそぎかけた。
新書太閤記:11 第十一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
女等をんならみな少時しばし休憩時間きうけいじかんにもあせぬぐふにはかさをとつて地上ちじやうく。ひとつにはひもよごれるのをいとうて屹度きつとさかさにしてうらせるのである。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
其處そこで、でこぼこと足場あしばわるい、蒼苔あをごけ夜露よつゆでつる/\とすべる、きし石壇いしだんんでりて、かさいで、きしくさへ、荷物にもつうへ
二た面 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
かはつてかへつてたのはくま膏薬かうやく伝次郎でんじらう、やちぐさんだかさかむたぬき毛皮けがはそでなしをて、糧切まぎりふぢづるでさや出来できてゐる。
つな家来けらいもんのすきまからのぞいてみますと、白髪しらがのおばあさんが、つえをついて、かさをもって、もんそとっていました。家来けらい
羅生門 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
すそ海草みるめのいかゞはしき乞食こじきさへかどにはたず行過ゆきすぎるぞかし、容貌きりようよき女太夫をんなだゆうかさにかくれぬゆかしのほうせながら、喉自慢のどじまん腕自慢うでじまん
たけくらべ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
木曾きそ檜木ひのき名所めいしよですから、あのうすいたけづりまして、かさんでかぶります。そのかさあたらしいのは、檜木ひのき香氣にほひがします。
ふるさと (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
それに答えて、新しいかさを買ってそれをかぶって春の朝早く旅立ちまする、という挨拶を返したのが脇句である。またこういうのがある。
俳句への道 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
さらぬだに紙のかさが古いのに、先ほどしんが出過ぎたのを知らずにいたので、ホヤが半分ほど黒くなって、光線がいやに赤く暗い。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
と駒に打ち乗り、濁流めがけて飛び込もうとするので式部もここは必死、しのつく雨の中をみのかさもほうり投げて若殿の駒のくつわに取りすが
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
日の照りつける時は、傘を持たせると忘れたり破ったりするからと、托鉢たくはつのお坊さんのかぶるような、竹で編んだ大きな深いかさかぶります。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
多勢おおぜいの不知火の弟子どもに送られて、かさを振り振り妻恋坂をくだりながら、もう道中気分の与の公は、馬鹿にいい気持になってしまって
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
揃いの盲縞めくらじまの着物、飛白かすり前掛まえかけこん脚絆手甲きゃはんてっこうすげかさという一様な扮装いでたちで、ただ前掛の紐とか、襦袢じゅばんえりというところに、めいめいの好み
大菩薩峠:08 白根山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
小肥こぶとりにふとったその男は双子木綿ふたこもめんの羽織着物に角帯かくおびめて俎下駄まないたげた穿いていたが、頭にはかさも帽子もかぶっていなかった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
差覗さしのぞきしと/\とまた歩行出あゆみだす折柄をりからばた/\駈來かけく足音あしおとに夫と見る間も有ばこそ聲をばかけ拔打ぬきうち振向ふりむくかさ眞向まつかうよりほゝはづれを
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
明日あすうまころ、この傍のみちを旅人が通るから、そのかさを飛ばして、それをりに水に入って来るところを引込んで、その体を借りるつもりだ」
ある神主の話 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
そう考えたのであるが、まもなく、縁側へあらわれた庄兵衛がかさを持ち、草履ぞうりを持っているのを見て「あ」と口を押えた。
十八条乙 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
それは、わずかに数本のはしと手ぬぐいとだけで作った屈伸自在な人形に杯のかさを着せたものの影法師を障子の平面に踊らせるだけのものであった。
映画時代 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
彼の部屋へ着くと、ランプにかさをかけて室の外へ残しておいて、音をたてずに内へ入った。私は一足踏みこんで、彼の静かな寝息に耳をすました。
このあおいボタンをわたしのかぶっているかさのひもにむすびつけておいたら、いつか、そのおじょうさんが、金魚きんぎょおうとなさる時分じぶんつけて、どこから
青いボタン (新字新仮名) / 小川未明(著)
さびに馬上の身を旅合羽たびがっぱにくるませたる旅人たびびとあとよりは、同じやうなるかさかむりし数人の旅人相前後しつつ茶汲女ちゃくみおんなたたずみたる水茶屋みずちゃやの前を歩み行けり。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
いも助は鳥の尻尾しっぽを立てたるかごの如き形のかさかぶり、大きな拍子木ひょうしぎを携帯していた。しゃべる時、目を細くして頭を左右に打ち振るのが彼の特長であった。
めでたき風景 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
先づ饅頭笠にて汚水をいだし、さら新鮮しんせんなる温泉をたたゆ、温たかき為め冷水を調合てうごうするに又かさもちゆ、笠為にいたむものおほし、抑此日や探検たんけんの初日にして
利根水源探検紀行 (新字旧仮名) / 渡辺千吉郎(著)
播磨もかさを深くして寺まで送って行った。番町の屋敷へ帰る頃には細かい雨が笠ののきにしとしとと降って来た。
番町皿屋敷 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
或いは年中作り物のような複雑な頭をして、かさ手拭てぬぐいもかぶれなくしてしまったのは、歌麿うたまろ式か豊国とよくに式か、とにかくについこの頃からの世の好みであった。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
彼の見すぼらしい服装は、蝋燭ろうそくかさが投げてる影の中でよく見えなかった。ただその落ち着いたまじめなしかも妙に悲しげな顔だけがはっきり見えていた。
爺さんの頼みがごういんでなくまた恩をかさの命令的でもなくまるで年寄りが余生の願望の只一つのやうな哀願的な態度で頼み入るので先刻云つたやうにそれ
秋の夜がたり (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
これにて椎の実ぱらぱらと落つ。この仕打再びあり。また舞台に戻り「こんな大なのが落ちて居ます」と己がかさの裏に拾ひ入れ、それを小金吾の笠にけしむ。
どうやら、城持ち大名と一騎打ちになりそうだからな、遺言があるなら、今のうちに国もとへ早飛脚立てておかねえと、かさの台が飛んでからじゃまにあわねえぜ
(三)おきのひとよ。おかさであるとまをげい。この宮城野みやぎのうへからふりちるつゆあめ以上いじようである。
歌の話 (旧字旧仮名) / 折口信夫(著)
で、こうしてつくづく眺めていると、ランプのかさかげになっている彼女の胸は、まるで真っ青な水の底にでもあるもののように、鮮かに浮き上って来るのでした。
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
饅頭型まんぢゆうがたかさを深くかむつた、乞食みたいな坊さんがひとり、手にはちの子をもつて北の方からやつて来た。そして右も左も見ないで、すつと村の中へはいつていつた。
良寛物語 手毬と鉢の子 (新字旧仮名) / 新美南吉(著)
紫のかさをしたスタンド・ランプが目を醒ましていて、薄紫の淡い光が泳ぎ回っているだけだった。彼女の夫はやっぱりいなかった。彼女はベッドの上から飛び降りた。
猟奇の街 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
そのあかりとりのガラス窓を隠すために、見物席のすぐ上に、かさのような小屋根を作ったものです。
影男 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
途端に飛びあがって房の一ぱいついた大きなランプのかさの蔭からベリヤーエフの顔をのぞきこんだ。
小波瀾 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
消化は身体を恍惚こうこつのうちにおぼらして、そこでは物の形も、影も、ランプのかさも、真黒な暖炉の中で火の粉を散らして踊ってる炎の舌も、皆よろこばしい不可思議な様子になる。
境内けいだいすぎの木立ちに限られて、鈍い青色をしている空の下、円形の石の井筒いづつの上にかさのように垂れかかっている葉桜の上の方に、二羽の鷹が輪をかいて飛んでいたのである。
阿部一族 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
そのとき電燈でんとうかさにとまつてゐた黄金蟲こがねむし豫言者よげんしやらしい口調くちやうで、こんなことをひました。
ちるちる・みちる (旧字旧仮名) / 山村暮鳥(著)
思わず転ぶを得たりやとかさにかかって清吉が振りかぶったる釿の刃先に夕日の光のきらりと宿って空に知られぬ電光いなずまの、しや遅しやその時この時、背面うしろの方に乳虎一声、馬鹿め
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
左樣さうさとられたからは百年目ひやくねんめこの一件いつけん他人たにんもらすものならば、乃公おれかさだいぶはれたこと左樣さうなればやぶれかぶれ、おまへ御主人ごしゆじんいへだつて用捨ようしやはない、でもかけて
机の上の洋燈ランプかさには彼女の名が黒々と書かれ、畳の上に頭をかかえてころげ廻る彼は
竹本綾之助 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
洒落しゃれた花形の電気のかさなどの下った二階の縁側へ出て見ると、すぐ目の前に三聯隊さんれんたいあか煉瓦れんがの兵営の建物などが見えて、飾り竹や門松のすっかり立てられた目の下の屋並みには
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
あなたみたいな方に、そうかさにかからずとも、わたしでもお相手になさればいいのに……でもあなたがいらっしゃればこそおじさんもああやってお仕事がおできになるんですのね。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
長押なげしやりへいに鉄砲、かさみのなど掛けてある。舞台の右にかたよって門がある。外はちょっとした広場があって通路に続いている。雪が深く積もって道のところだけ低くなっている。
出家とその弟子 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
しかし甚内は見返りもせず、さっさと雪路ゆきみちを急いで行きます。いつかさし始めた月の光に網代あじろかさほのめかせながら、……それぎりわたしは二年のあいだ、ずっと甚内を見ずにいるのです。
報恩記 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
蕭条しょうじょうとした山野の中を、孤独に寂しく漂泊していた旅人芭蕉が、あわれ深く優美に咲いた野花を見て、「かさに挿すべき枝のなり」といとおしんだ心こそ、リリシズムの最も純粋な表現である。
郷愁の詩人 与謝蕪村 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
するとも一人の白いかさをかぶった、せいの高いおじいさんが言いました。
グスコーブドリの伝記 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
胡麻穂というのは黒竹の小枝の葉をふるい、それをそろえて仕上げる垣根だった。仕上りはすだれ文様になり、どうぶちは青竹でおさえ、垣の上は割竹でかさを作り棕梠縄しゅろなわで編みこんだものである。
生涯の垣根 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
まだ午前であつたが、湯殿山の谿合たにあひにかかると風の工合があやしくなつてきてたうとう『御山おやま』は荒れ出して来た。豪雨が全山をでて降つてくるので、かさは飛んでしまひ、ござもちぎれさうである。
念珠集 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
ラムプのかさの真白きにそれとなく眼をあつむれば
呼子と口笛 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)