あやし)” の例文
不気味にすごい、魔の小路だというのに、おんなが一人で、湯帰りの捷径ちかみちあやしんでは不可いけない。……実はこの小母さんだから通ったのである。
絵本の春 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
へぼ探偵にちがいないと、昨日は内心がっかりしていたのに、予期に反してこの快報をもたらしたのであるから、愕きあやしんだ。
こく——亞尼アンニーかほ——微塵みじんくだけた白色檣燈はくしよくしようとう——あやしふね——双眼鏡さうがんきやうなどがかはる/\ゆめまぼろしと腦中のうちゆうにちらついてたが
江戸表より所持しよぢ仕つり歸國の節箱根はこね山向ふよりあやしき者兩三人後になり先になり付參りすで瀬戸川せとがはまで來かゝりし時は三人の者難題なんだい
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
不好いやところへいや/\ながらかけてくのかとあやしまるゝばかり不承無承ふしようぶしようにプラツトホームをて、紅帽あかばう案内あんないされてかく茶屋ちやゝはひつた。
湯ヶ原ゆき (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
老師の部屋へも彼はほとんど行かなくなつた。老師はかえつて時々、彼の容子ようすあやしんで見舞つて来た。が、彼は言葉すくなに炉へ炭をくべてゐた。
老主の一時期 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
あやしむべきかなかつたりしところをそのままに夢むるためしは有れ、所拠よりどころも無く夢みし跡を、歴々まざまざとかく目前に見ると云ふも有る事か。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
尤も娘を誘惑できるやうな有為な騎士ではないから、実は、娘に案内させて、あやしげな喫茶店へ赴くのである。即ちこれ不良少女の巣窟である。
探偵の巻 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
ゆゑ日本國中につぽんこくちう人民じんみん此改暦このかいれきあやしひとかなら無學文盲むがくもんまう馬鹿者ばかものなり。これをあやしまざるものかなら平生へいぜい學問がくもん心掛こゝろがけある知者ちしやなり。
改暦弁 (旧字旧仮名) / 福沢諭吉(著)
「あれは、私の相手を勤めた婦人は、井上次郎の細君だったのか」そして、云い難き悔恨かいこんじょうが、私の心臓をうつろにするかとあやしまれました。
覆面の舞踏者 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
当時もとどりを麻糸でい、地織木綿じおりもめんの衣服をた弘前の人々の中へ、江戸そだちの五百らがまじったのだから、物珍らしく思われたのもあやしむに足りない。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
𤢖はの雪の夜に、何処どこからか若い女をさらって来たのであろう。お葉はいよいよ驚きあやしんで、なおひそかに成行なりゆきを窺っていた。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「おや何かしらん」とあやしみつつ漸々ようようにそのわき近付つかづいて見ると、岩の上に若い女が俯向うつむいている、これはと思って横顔を差覘さしのぞくと、再度ふたたび喫驚びっくりした。
テレパシー (新字新仮名) / 水野葉舟(著)
これも女学校の二年生だから不思議はないが、小さい連中の切符は誰が切って貰うのだろうとあやしんでいると、続いて四人、尋常一年の喜三郎君まで
親鳥子鳥 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
人のこの世に生存するは毎日の食物を摂するがためなり。食物は生存の大本たいほんなるに世人せじんの深く注意せざるはあやしむべし。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
彼の苦言もただヨブより哀哭あいこくの反覆を引き出したのみに終った。神の言であるという聖書に、かく友に対する無情なる語あるをあやしむ人があるであろう。
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
あやしんで附近の状況を調べてみると東作の部屋に繋がっている呼鈴よびりんと、S市に通ずる電話線が切断されている。
S岬西洋婦人絞殺事件 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
あるいは三角や四角の恋愛を臆面もなく手柄顔てがらがおに告白するのを少しもあやしまない今から考えると、ただこれだけで葬むられてしまったのは誠に気の毒であった。
美妙斎美妙 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
彼は西洋の小説を読むたびに、そのうちにる男女の情話が、あまりに露骨ろこつで、あまりに放肆で、且つあまりに直線的に濃厚なのを平生からあやしんでゐた。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
偶像ぐうぞうの利益功力こうりよくを失ふと云ふが如きかんがへは存し得べき事にして、尊崇そんすうすべき物品が食餘しよくよ汚物おぶつと共に同一所に捨てられしとするも敢てあやしむべきには非ざるなり。
コロボックル風俗考 (旧字旧仮名) / 坪井正五郎(著)
人々大にあやしみおそれてにげんとするもありしが、剛気がうきの者雪をほりてみるに、まづ女のかみ雪中にあらはれたり。
答なき銀子の長き睫毛まつげには露の玉をさへ貫くに梅子はいよゝあやしみつ「貴女、何かおありなすつて——」
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
女狂い賭博狂ばくちぐるいをするでもなければ身の廻りを飾るでもないから、誰もあやしむものがない、それでいよいよ捕われるまでは七兵衛の大罪を知るものはなかったわけです。
釈迦牟尼しゃかむにの其生の初にられた処をされねばならなかったか? 世間は誰しも斯く驚きあやしみました。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
やがて日暮るるほどにはらはらと時雨のふり来る音にあやしみてを見ればただ物凄ものすごく出でたる十日ごろの片われ月、覚えず身振ひして誰も美はここなりと合点がてんすべし。
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
実見せしこと度々たび/\なれば別にあやしとも思わずだ余がおおいに怪しと思いたるは老人の顔の様子なり
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
巡査先生これを見てあやしんだのである。獣医を呼ぶまでもなしと予がうたので。家内安心した
牛舎の日記 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
しきりと私達をあやしむようにえた。この犬は番人に飼われて、種々いろいろな役に立つと見えた。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
二人でそろって行くのはあやしまれるおそれがあるので、祥子だけは下に待たしてあった。
秘境の日輪旗 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
エモンを字のごとくイモンと読んできぬけたもん心得こゝろえ小説家せうせつかがあつたさうだが、あるわか御新造ごしんぞう羽織はをり幾枚いくまいこしらへても、実家じつかもんを附けるのを隣の老婢ばあやあやしんでたづねると
もゝはがき (新字旧仮名) / 斎藤緑雨(著)
夜中やちゅう真黒まっくらな中に坐禅ということをしていたのか、坐りながら眠っていたのか、眠りながら坐っていたのか、今夜だけ偶然にこういうていであったのか、始終こうなのか、とあやしまどうた。
観画談 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
君子の信ずるところは小人の疑うところとなり、老婆のやすんずる所は少年の笑うところとなる。新をむさぼる者はちんきらい、古を好む者はあやしむ。人心のおなじからざる、なおその面のごとし。
教門論疑問 (新字新仮名) / 柏原孝章(著)
虚々うかうかとおのれも里のかた呻吟さまよひ出でて、或る人家のかたわらよぎりしに。ふと聞けば、垣のうちにてあやしうめき声す。耳傾けて立聞けば、何処どこやらん黄金丸の声音こわねに似たるに。今は少しも逡巡ためらはず。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
もとより口実だったのでしょうけれども、聞く人もそれをあやしまなかったのです。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
しかるに病院びやうゐんうちでは院長ゐんちやうアンドレイ、エヒミチが六號室がうしつしきりかよしたのをあやしんで、其評判そのひやうばんたかくなり、代診だいしんも、看護婦かんごふも、一やうなんためくのか、なん數時間餘すうじかんよ那麼處あんなところにゐるのか
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
三膳出しましたといって、かえってこの男をあやしんだ、ここおいてこの男は主人の妻子が付纏つきまとって、こんな不思議を見せるのだと思い、とてのがれぬと観念した、自訴じそせんととっえす途上捕縛ほばくされて
枯尾花 (新字新仮名) / 関根黙庵(著)
私があやしんで聞くと、このさきの砂川(遠州)が止まったといった、それで日はまだ高いのに掛川かけがわに泊った。しかし幸にして翌日川が開けた。砂川は小さな川であるが忽ち増水する川であった。
鳴雪自叙伝 (新字新仮名) / 内藤鳴雪(著)
と思わず声を放ちて祈りますると、島人は不思議そうに文治の顔を見ては、うかされるのかとあやしんで居りまする。文治はそれと心付きて、島人を励まし、自分も力を添えて舟をあやつりましたが
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
上級の生徒は、少しそれに不服であつた。然し私は何もあやしまなかつた。何故なれば、藤野さんは其頃、學校中で、村中で、否、當時の私にとつての全世界で、一番美しい、善い人であつたのだから。
二筋の血 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
「僕ぁ十日ばかり前に新聞で、こんな名の外国船が入港した記事を見たように思ったので訊いたら、正に入港していたし、今日夕刻、こそこそと出帆した容子ようすまでが相違なくあやしいと睨んだのです。」
危し‼ 潜水艦の秘密 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
金太もおいてけ堀のあやしい話は聞いていた。
おいてけ堀 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
あはれみてやめぐむともなきめぐみによくして鹽噌えんそ苦勞くらうらずといふなるそはまた何處いづこれなるにやさてあやしむべくたつとむべき此慈善家このじぜんか姓氏せいしといはず心情しんじやうといはず義理ぎりしがらみさこそとるはひとりおたか乳母うばあるのみしのび/\のみつぎのものそれからそれと人手ひとで
別れ霜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
いずれもそのあやしき物の姿を見ざる趣なり。あとの三羽の烏出でて輪に加わる頃より、画工全く立上り、我を忘れたるさまして踊りいだす。
紅玉 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
る/\うちあやしふね白色檣燈はくしよくしやうとう弦月丸げんげつまる檣燈しやうとう並行へいかうになつた——や、彼方かなた右舷うげん緑燈りよくとう左舷さげん紅燈こうとう尻眼しりめにかけて
かりはたらかせしが其の夜はおそなりしかば翌朝かへしけるにはや辰刻頃いつゝごろなるに隱居所の裏口うらぐちしまり居て未だ起ざる樣子なれば大いにあやし何時いつも早く目を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
(たしかに、おかしい。あの兵士等の、鉄冑てつかぶとかぶようあやしい。姿勢も、よろしくない。うン、これは、真正ほんとの軍隊ではない。それならば、よオしッ)
空襲葬送曲 (新字新仮名) / 海野十三(著)
貫一が胸はますますくるしく成りまさりぬ。彼をおもひ、これを思ふに、生きて在るべき心地はせで、むしろかのあやしき夢の如く成りなんを、快からずやと疑へるなり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
私は世間の家で庭へ草が生えると草取男を雇って取らせるのに、何故なぜ台所のために蠅取男を雇わないかとあやしみます。
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
狂人きちがいか、乞食か、ただしは山𤢖やまわろ眷族けんぞくか、殆ど正体の判らぬの老女を一目見るや、市郎も流石さすが悸然ぎょっとした。トムがあやしんで吠えるのも無理は無い。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
それゆえ天元五年に成って、永観えいかん二年にたてまつられた『医心方』が、ほとんど九百年の後の世にでたのを見て、学者が血をき立たせたのもあやしむに足らない。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)